魂を鎮める鐘なんて言うからどんな音なのかと警戒していたけれど、鳴り響いたのは至って普通の鐘の音だった。教会の鐘とかウテナの決闘の時の鐘とかと一緒だ。
しかし澄み渡るような音色は耳に残り、高い天辺からイッシュ中に広がっていく。この鐘を鳴らしに来るってのは、死んでしまったポケモンに、お前のこと忘れてねーぞって伝えたい気持ちもあるのかもな、としみじみ思う。除夜の鐘スタイルで音色を轟かせた私に、フウロは目を閉じて感想を述べた。

「いい音色…」

煩悩が一つ消えたからな。多少マシになってると思うわ。

「レイコさんは優しくて強い人…そんな音色…」

大絶賛されてどうリアクションしたらいいかわからない私は、思わぬ鐘つきの才能を見せてしまった事に照れて、景色を眺めながら頭をかく。優しくて強いなんて言ってもらえるような人格を持ち合わせていない点は、素直に心苦しかった。

フウロに、タワーオブヘブンへ来いと言われた私は、言われるがまま塔を登り、マジでラプンツェルでも住んでんのかってくらいの高さに辟易しながら、天辺に辿り着いていた。
なんでエレベーターないんだよここ。年寄りが墓参り来る時どうしてんだ?みんな徒歩で上がってんのか?正気を疑う。大体ポケモン界の墓地って高い塔に建てがちなのに絶対的に階段移動だからな。大阪城を見習ってくれよ。魂より私の筋肉痛を鎮めてくれ。
動悸、息切れに悩ませられながらも何とか登り切れば、天辺にいたフウロはすでにポケモンを助けたあとだった。手当てをしたら元気に飛び去って行ったらしく、私が明日の筋肉痛に怯えている間に何とも手際のいいお嬢さんである。素直に平伏するわ。クソほどの役にも立たなくて申し訳ない。そして野生ポケモンも出ないから特にする事もない。何しに来たのかな?
きつい運動をしに来ただけの私にフウロは、せっかく来たから鐘を鳴らしたら?と提案してくれ、こんな厳かなものに私みたいなカスが触れていいのかと思いつつ、言われるがまま一発轟音を響かせた。鳴らす人の心根が音色に反映されるという恐ろしい前情報を入手していた私は怯えていたけど、フウロはいい評価をくれたので、安堵の溜息を漏らす。

タワーオブヘブンか…これまでいろんな地方の墓地を見てきたけど、みんなそれぞれポケモンのためを思って作られてんだよな…人間のためを思ってはないからエレベーターは皆無だが。等しく思ってくれや。
墓参りに来ている人と度々擦れ違い、当たり前だけど生命は限りあるものだと痛感する。私もいつか死ぬし、ポケモンも死ぬし、どっちが先かは知らないけど、そのわずかな時間で何をするべきかは、ちゃんと考えないと悔いが残るだろうと思う。私にだってそれくらいはわかるけど、何かした方が後悔を生むかもしれないから、結局動けないのだった。

墓の見過ぎでいつになくセンチメンタルになっている私だったが、フキヨセジムへ挑戦した瞬間、そんな感情は消え失せる事となる。

「殺す気か…!」

フウロを倒し、命からがらジムの入口まで戻ってきた私は、思わず膝をついて項垂れる。
確かに、ここのジムはぶっ飛んでるからな!とアララギパパは言っていた。他の地方もそうだが、ジムリーダーに挑戦する前にジムの仕掛けをクリアしなくてはならないところは多く、イッシュもまた例外ではなく、数々の脳トレを強いられたものである。
でもこれは殺人未遂だからね!?
まさかぶっ飛んでるという言葉が、ぶっ飛んでジムを移動するなんて意味だとは思わず、私は久しぶりに死を感じた。
頭おかしいだろあの女!よくこの仕掛けを認可したな!施設基準ちゃんと確認したの!?まさに人間大砲と言っても一切の語弊が無い手段でフウロの元まで辿り着いた頃には、生きている事への喜びを感じるレベルに達していた始末である。本当に死ぬかと思った。人間ってあんなに綺麗に飛ぶんだな。意識も飛びかけたけど。

もはやトラウマなしに過ごせる場所がないイッシュに怯える私を、ジムの入口にいるおっさんが優しく労った。おーっす未来のチャンピオン!元気しとぉや!系のあのおっさんだ。
お疲れ、というシンプルな言葉が心に沁み、そして雨降ってきたから気を付けてね、と言われ鬱が加速した。

風の次は雨!これが地獄!
心が淀んでいる中、せめて空くらいは晴れていてほしかった…と嘆き、おっさんに礼を述べ、私はジムの外へ出た。扉が開いた時点で結構な雨量を観測し、傘持ってねぇよと舌打ちする。
ジム終わったら一度ポケセンに戻る予定だったからな…荷物置きっ放しだわ…どこまでもついてねぇ。きっと方角が悪いんだろうなイッシュ。風水をよく見ておくべきだった、と溜息をついたところで、右側に緑色が見えた気がし、私は青ざめる。

「うっわ!」

亡霊のように佇む人物を見た私は、飛んできた虫に驚く人なみに跳躍し、野太い悲鳴を上げる。飛び上がりすぎて屋根からはみ出た体を戻せず、相手と一定の距離を取った。雨が降り注いできたけれど、衝撃すぎてそんな事を気にしていられなかった。

「おい!何やってんだお前は!びっくりさせんなよ!」

思わず怒号を飛ばすも、相手は意味深に微笑むばかりで、まともに話が通じそうにない。今まで数々の待ち伏せを受けたが、こんな出オチみたいなところに立っているのは初めてだったため、本当に心臓が止まりかけた。

マジで皆勤賞か?何日連続で出るんだよ!N!

現れた相手に絶望しながらも、このあとさらなる絶望が待ち受けている事を、この時のレイコはまだ知らないのであった。

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