強すぎて気まずいという気持ち、ご理解いただけるだろうか。語弊なく瞬殺してしまった私は、いつになく気落ちしているチェレンに何と声をかけたらいいかわからず、水たまりを見つめている。
Nとの路チューを見られ、何故か問い詰められ、勝負をし、勝ち、気まずいという躁鬱フルコンボだドン!を展開している私の名はレイコ。思春期の少年の悩みに寄り添ってやれない無職の女だ。

勝負してくれと言われたので応じたはいいが…敗北したチェレンは眼鏡を押さえたまま動かず、その重苦しい空気に対処できなくて、私はぼのぼののように汗を飛ばすばかりである。
…なに?今日お前ちょっとおかしいぞ。頼むからなんか言ってくれないか。こうなるの…わかってたよね?私はわかってた。わかってたけど覚悟して来てる女だから遠慮なくブチのめさせてもらったよ。手加減をしない、それが礼儀だからな。まぁできもしないんですけど。すまん。
どうも会った時から本調子でなかったチェレンを、私は何気に心配していた。
そりゃあな、純情なチェレンきゅんが大人の路チューを目の当たりにしたら、相当ショックは大きいと思いますよ。カノコタウンでは到底目にする機会がない犯罪現場…これが都会か、そう衝撃を受けて然りだと私は思う。しかも尊敬するレイコさんがあんな変質者と相合傘してたら、もうこの世の終わりみたいな心境だろうね。わかるわ。よく自分で言えるなお前。
でもそれだけが原因とは思えず、私は黙って見守った。彼もまた成長途中にいるのだろうと知っているからだ。

「…ポケモン勝負は楽しい」

ようやく口を開いてもらえ、私は心底ホッとしたけれど、思ってもみない言葉につい肩をすくめる。

楽しいのか、チェレン。勝てない勝負でも。
微塵も理解できない感覚に、私は口を開ける。負けた事ないからな私。勝てる楽しさしか知らんわ。
しかし私も、強い奴に挑む事に楽しさを見出す孫悟空のような連中を多数見てきた。練りに練った戦略を試し、たとえ通じなくても、彼らとポケモンはそうやって戦う事で、強い絆を得てきたのだと感じた。私にだって、そういうものを尊い…と思う感性を持っていた時期があったはずなのに、今はもっぱら推しだけが尊く、萌えのあまり語彙を失うばかりの日々…。ポケモン勝負が楽しいなんて、最後に思ったのはいつなんだ。そんなに昔じゃなかったはずだぞ。

「だけど、強いってなんだよ…?」

自らに問いかけるチェレンが、とうとうその境地に達してしまった事に、私は静かに合掌した。それは私も、今でも答えが出せずにいる難問だからだ。
ポケモンが強いだけでは、真に強いとは言えない…今までの私は君の望む強さを持っていたが…こうなるともう…終わりだね。いずれ君も気付いてしまう事でしょう、私はトレーナーとしてド底辺の、クソゴミクズニートであるという事に…。そこまで言う事なくない?
自虐にキレるという新しい技を展開しながら、共に強さの意味を模索していると、私は急に背中に寒気を感じた。通り抜けた風がもたらした冷気ではなく、もっとオカルト的な感覚である。
こ、この感じ…!夢主特有の勘の良さが発揮される時のやつ…!
何かが起こる!と顔を上げれば、崖の上に誰かが立っているのが見えた。何奴だ!と思ったけれど、あんな五芒星のようなシルエットの奴なんて、この世には一人しかいねぇ!
武藤遊戯!

「なかなかのポケモン勝負であったな!」

違った!妖怪卵押し付けジジイ!

「二人ともトレーナーとして成長しておるようで何より!」

豪快な声が響いた方を、チェレンも見上げた。逆光で顔は見えなかったが、一瞬で察しがついた正体に、私は思わず口を歪める。さっきまでの雨が嘘のように眩しい空を背負ったその男は、結構な高さがある崖から軽快に飛び降りたので、まさかの展開に私はたまらずチェレンの方へ寄った。

え?死ぬんちゃう?

目の前で人が転落死するというショッキングすぎる現場を覚悟し、私は咄嗟にチェレンの視界を覆おうとした。5メートルはあると思われる場所から飛んで、無事でいられるとは考えにくい。加えてご老体である。今夜が峠、と搬送先で言われるところまで想像した私だったが、イッシュの老人は私が思っていたより百倍は元気だったらしい。両足でしっかり着地すると、腕を組んで超人ぶりをアピールした。
なんだこのジジイ。サイボークかな?

「…どなたかと思えば、チャンピオンのアデクさんですか」

チェレンに先に紹介させてしまったが、とんでもないところから現れたのはイッシュリーグのチャンピオン、アデクだった。どうやら私と彼の修羅場トルを見ていたらしい。
崖の上から飛び降りて無傷という武井壮みたいな爺さんは、一体いつの間にそこにいたのか、我々を見て満足そうに微笑んでいる。情報が渋滞して追いつけない私は、しばし頭を抱え唸った。
なに?いつからここはSASUKEになったの?
アデクといいダークなんとかといい、この地の肉体派はおかしいよ。人間離れした連中に、私の憂いは止まらない。
なんだろう…水…などが原因かな?確かにカントーの飲み水とは違うなって感じてたけど…と私が一番愚かな脳筋のようなことを考えていれば、その間にもストーリーは進行し、悩める若者のチェレンはアデクの賛辞を受け止められず、首を振っていた。

「…自分は弱くて負けたんです!それなのにいい勝負と言われても、正直困ります…」

複雑な心境を露わにするチェレンに、私もいい勝負が何なのかわからないので、共に眉を下げておく。
チェレンはまぁ…よかったと思うよ、懸命さがあってさ。私はもう…投げる。ボールをただ投げる。そういう作業だから、確かにいい勝負と言われても正直困るわな。アデクさん肉体は元気でも老眼入ってんじゃない?
老人をディスりながらも、弱くて負けたというチェレンの言葉に、私は少し引っかかりを覚える。だって私も別に、強くて勝ってるわけじゃないからだ。ポケモンは強いけど、私自身はボールを放るだけである。誰でもできるそんな作業で、果たして強いと言えるんだろうか。勝ったからっていい勝負になるわけでもないし。

この頃こんな調子なので、私はずっと悩んでいる。Nは私とポケモンが向き合ってると言うし、アデクはいい勝負だと言ってくれたけど、じゃあ何をもってしてそう思ったんだ?何が見えてるんだよ。私はそれが知りたい。きっと、ずっと前からそれを知りたい。知りたくない振りをしてただけだ。

「…全く。トゲのある言い方をせず素直に喜べ。それで前にも尋ねたが、強くなってどうするのかね?」

呆れの中に優しさを交えた声で、アデクはチェレンに問いかけた。弊社の志望動機でも聞いているかのような構図に、就職恐怖症の私は怯えてしまう。
いきなり来た上にいきなり圧迫面接とは…恐ろしい爺さんだぜ…チャンピオンなだけあってただのクソジジイでは終わらないところが、私の警戒心をかきたてる。頼むから私に人間性をはかるような問いかけはしないでくれよな、これ以上チェレンに引かれたくねぇからよ。
確かにこの間までのチェレンは、強くなることが目標で、その後どうするかと聞かれても、キョトンとするばかりであった。
たとえばエレンが調査兵団に入るのは、とにかく巨人をぶっ殺したいからである。チェレンも何かこの旅で、強さを得た先の未来を考えたのだろうか。全く考えていないわけじゃない事は、もちろんわかっているけど。それこそポケモン勝負をすればわかるって話だ。皮肉なことだが。

代表取締役自ら面接に赴いてきても、チェレンは緊張した様子もなく口を開いた。しかし強い意思の中に、どこか迷いも混ざった声色だ。

「…強くなれば…チャンピオンになれば、それが僕の存在理由になる。僕は生きている証がほしい」

なるほど、承認欲求…ですね?
オタクにありがちな回答に、私は腕を組んで唸る。
まぁ…わりとあるらしいからな、生きている意味を感じられない若者ってやつ。悲しき現代社会の闇は、日本だけではなくイッシュにまで及んでいるようだった。

人間誰しも生きているだけで価値があり、人権が守られるべきものであるという当たり前のことを、なかなか実感できない人は多い。とりわけオタクなんかは、他者からの評価をよりどころにしている分、RTやいいねがないと激しく気落ちし、思うような反応がなければ、ツイッター辞めます…と呟き、えっ!Aさんの作品好きだったのに…と悲しむリプが来ると味を占め、何度も辞める辞める詐欺を繰り返してしまうという、SNS上でよく見られるあの光景に陥ってしまう者も多数いる。恐らくチェレンも、その中の一人なのでしょう。強くなればフォロワーが1億越え…あのジャスティン・ビーバーも目じゃない、そんな気持ちで頂点を目指している…そうだね?違うだろうな。

チャンピオンになったらなったで、チャンピオンという肩書きでしか自分を見てくれない事に葛藤する日々が待っていそうなものだが、偉そうに指摘できるほど私は人間ができていないので、全てをアデクにお任せした。
結局生きてる証なんてのは、チャンピオンになったからといって得られるものではないわけだ。私はそう思う。必要なのは無償の愛だよ。私のような人格クソゴミカスニートがさほど卑屈にならず健康に生きていられるのも、ポケモン達が見放さずについてきてくれてるからだと思うしな。
では何故見放さないのかと考えた時、果てしなく自惚れそうで、私はそれ以上思考を動かせないのだった。

「…なるほど、確かに何になりたいかは大事だ」

アデクの頷きに、ニートでもかな?という茶々を入れなかった私を褒めてよ。

「だがそれ以上に大事なのは、強くなり得た力で何をするのか、ではないのか?」

返す言葉もございません状態の私は、チェレンと共に俯いた。
なりたい職業もないからとりあえず大学行くか…っていう学生も多いってのに、まだ若いチェレンにそれを問うのは酷な気もするが、アデクだって無差別に無茶振りをしているわけではないと知っているので、私は親心のようなものを抱きながら、チェレンの横顔を盗み見た。ニート女に秒殺された挙句ジジイに説教までされて沈んだ表情ではあったけれど、素直に受け止めた事が感じられる眼差しをしている。
チェレンは、きっとちゃんと考えて答えを出せる子なんだよな。しっかりしてるし賢いし、性格は冷静沈着で他人に流されず、少し神経質な面もあるが常に前向きで、虎視眈々と正レギュラーを狙ってさ…。それは日吉若。

ニートになりたいという強い思いの先に、特に何もない私は、アグレッシブベースライナーに置いて行かれるばかりである。そりゃ力を持つからには、その危険性を理解し、自分がどんな道に進むかしっかり考えておかないと、思わぬ事故を起こしかねないから、ちゃんと自分を持てよ!って忠告する気持ちはわかる…それに引きかえニートは無害だからな。自宅警備のその先なんて考えるまでもないかもしれないけど。
でも私も、うっかりしてたらやばいだけの力を持っていることは確かであった。ニートになるからには、考えなくちゃならない事があるのだ。だって私一人がニートになるわけじゃないんだから。
そんな時に、アデクは核心を突くような言葉を投げ、私の思考を再稼働させる。

「まぁこれからゆっくり考えるといい。じゃあな若きトレーナー達!共に歩むポケモンが何を望むか忘れるなよ!」

相変わらずでかい声でアデクはそう言い、さっさと立ち去っていったが、その別れの言葉を私はスルーできなかった。遊戯ボーイみたいなシルエットをしながら、重要な事を言い残して消えていく姿、まさによくあるチャンピオン像である。
いまだに半信半疑だったが…あの爺さん本当にチャンピオンなんだな…こんなところを徘徊して仕事はどうしたんだよって感じだけど、チャンピオンってのもただリーグで座っているだけが仕事じゃないわけだ。

「ポケモンが何を望むか…」

自分にしか聞こえない声で呟き、私はその場で立ち尽くす。ポケモンとどう向き合うかはそれぞれが考えて決めればいいと、アララギ博士も前に言っていた。Nを完全論破した名言だ。
何を望んでるんだろうな、私のポケモン。もしニートが嫌だったら…どうしよう。死ぬまで前線で戦いてぇ、そう言われた時、私は真っ当なトレーナーとして生きる道を選べるんだろうか。
いや無理だ。絶対無理だ。ニートじゃなきゃ駄目。今こうやって頑張ってるのはニートという夢が待っているからで、それがなくなったらトレーナーも頑張れないよ。無職もポケモンも手放せねぇ。本当に向き合って考えちゃったら、両方は選べないという悲しい事実が待ってるかもしれないじゃんか。無理だ。だから誤魔化しながら生きていきたいのに、何なんだこの土地は。
それじゃ駄目なんだって、思わせてくる。

「何をしたいか…それがわからないからトレーナーとして強くなる事で、自分という存在をみんなに認めてもらうんだよ…!」

悔しげに呟くチェレンは決意を滲ませながら、眼鏡の奥の瞳を揺らした。ポケモントレーナーじゃなかったら四年制大学に通っていたに違いない彼もまた、己の弱さに葛藤し、がむしゃらに今、自分が求める目先の幸せを追っている。

「…レイコさん」
「あ、は…はい…」
「次には僕が勝つ」

鬼気迫る様子のチェレンに、私はテンパりながら振り返って、そして思わず腕を掴んだ。立ち去りを阻止された彼は困惑したように私を見ていたけど、どうしてもこの手を離せない。

私が言うのもあれなんですけど…勝つ事が全てなのか?ポケモン勝負って。本当に私が言うのも何だけどな。すまん。才能が有り余っててすまない。
次も次の次もその次もチェレンは私に勝てないし、今まで出会った連中だってそうだった。中には強さに固執する奴もいたが、最終的にはそれだけじゃないって結論付けていたように思う。何より勝つ事が全てなんて言われたら、お前は一生…もう…無理だからな、絶対成し遂げられないから。私という戦うボディのせいで。すまん。
つまり私が勝つことが全てだと肯定してしまったら、全世界のトレーナーの存在意義を否定する事になっちゃうんだよ。
トップに立つ者は、その言動に責任がある。負いたくないけど、トップなんだからしょうがねぇし、強い奴は力を使う義務があるってチェレンに言われてびびったけど、それもわりと本当の事だと今なら思える。
世界一の私が、私だからこそ言わなきゃならない事があるんだ。

「私は…」

語彙をかき集め、何かいい事を言わなくては…と思ったけど、どうせ小卒のクソニート…集めたところで大した語彙にはならないから、素直な気持ちをチェレンにぶつけた。

「たとえチェレンが私に勝てなくても…私は君自身の価値を感じてるよ。きっとアララギ博士もアデクさんも」

メンドーメンドー言いながらも本当は面倒見がいいし、若干気難しいがいい子である事には変わりない。私には永久に勝てないが、ちゃんとポケモン育てて努力してる、自分を持ってる、何より田舎町で出会った得体の知れない私を、さん付けで呼んでくれた…!貴重なジュノンボーイなのだから…!
私の中ではスーパーボーイコンテストグランプリの彼に目力を込め、若干上から目線で思いを伝えた。ポケモン勝負で勝てなかろうが、私の偶像を追っていようが、そんな事は関係ねぇ。チェレンはそこにいるだけで存在価値があるんだって事をわからせてやりたいんだよ私は。そしてどうせ勝てないんだから早く諦めて悟りの境地に達してほしい、気まずいので。私からは以上だ。
最後のが一番の本音である事を隠しながら、駄目押しで付け加えた。

「どんなチェレンでも大事だからさ…」

柄にもなく真面目な事を言って照れた私は、途中からチェレンの顔を見られずに俯いた。何故大の大人こんな真似をしてるんだ…と恥ずかしくなり、そんなこと言わなくてもわかってよ!とド突いて茶化そうとする。
しかし、その前にチェレンは私の腕を振り払って、意味ありげな目つきでこちらを見つめた。やはり偉そうに語り過ぎたか、と後悔し、喪女なんだから強めに腕払われたら傷付くでしょ!と内心でクレームを入れる。妙齢の女は繊細なんだ、丁重に扱ってくれよな。ただでさえ路チューの傷が癒えてないんだからね!
ごめんて…と謝罪しかけた時、事態は急展開を迎える。てっきり怒っているかと思われたチェレンが、なんと私の肩口に額を寄せ、背中に腕を回してきたのだ。まさかの展開に、私は思わず口元を押さえて驚いた。

うそ…チェレン…感動してる…?
私のあの語彙のない台詞で?
信じられない。よもや人を感動させられるとは思っていなかった私は、衝撃で声すらかけられなかった。ただ棒立ちし、お前いろいろ大丈夫かと逆に心配になる。あの程度で感極まってたらいつか騙されるぞ。壺買わされたりしないようにな…とガチめのアドバイスをしかけたところで、いきなりリュックが不自然に揺れた。引っ張られるような動きに気を取られ、次のチェレンの言葉を、私は半分しか聞いていられなかった。

卵だ。
もしかして、孵るのかも。アデクの熱気にあてられたかな?

「…好きなんです」
「え?」

背中から伝わる振動に意識を向ける私へ、チェレンは何かを呟いた。ぶっちゃけ聞き返さない方がよかったと気付いた時には、いつも大体遅いのである。
私は学んだ。Nと会ったあとに、チェレンと会うのは、やっぱ駄目だな!

「レイコさんの事が…好きなんです」

瞬間、また平成史が駆け巡りそうになった。宇宙猫の顔で意識を飛ばしかけるも、卵の揺れで現実に戻り、ハッとしながらチェレンを見下ろす。いつものアホ毛が少ししおらしく見え、私は謎の兆候に息を飲んだ。

す…。え?それは…あれか?尊敬してるって意味か、と自分を誤魔化そうとすれば、離れたチェレンは耳まで真っ赤だったので、これはもうアカンですわ…と思わず目頭を押さえる。その間に彼はスピーディーに去ってしまったから、お前は瞬足の靴でも履いてんのか、なんて軽口を叩くこともできず、私は呆然と立ち尽くした。時間が経つにつれ、段々と胸が痛み、私はリュックを下ろしながらその場に座り込む。

「なんという事でしょう…」

女の趣味が劇的ビフォーアフターしてしまったチェレンを嘆いて、たまらず正座した。

え…?本当に?本当か?やばいぞそれは…それはやばい。事態の重大さを認識すればするほど、私は追い詰められていく。
だって私だぜ?他ならぬ私を…す…好きなの?本当に?どこに脈絡あったの?全然気付かなかったんだけど。
鈍感夢主として名を馳せている私が当然兆しに気付けるはずもなく、気分は完全にサプライズである。

お前…さすがにそれは…早計だぞ!
やっとチェレンの機嫌が悪かった理由に気付き、私は納得の溜息を漏らした。
いや私を愛しているならNにキレてくれんか!?どう見ても犯罪現場だったでしょ!?なんで私を信じてくれないんだよ!日頃の行ないが悪いから!?そうだな!すまんね!N殺す!
ついでに言えば私は人間性はカスだし性格は悪いしただポケモンが強いだけの引きニートだからお前は完全に騙されている。私がお前の親だったらこう言うね、あの人はやめた方がいい、きっとお前を不幸にするからってな。やかましいわ。

私のいいところなんて顔しかないのに…と厚かましい事を思って、今後の対応をどうするか真剣に悩んでいると、突然リュックが光り出した。まだ突然の告白も整理できていないというのに、続々と訪れる急展開に私はいっそ怯えた。

待て待て待て!え?本当に孵化かな!?今なの!?林修でさえ決め台詞をためらうレベルに時期尚早だと思うんだが本当に今ですか!?
当然卵は待っちゃくれないから、慌ててリュックを開けると、勢いよく殻が飛び出してきて、私は頭に破片のシャワーを浴びるはめになる。いてぇわ!いきなり親不孝だな!

どうやら戸惑っている間に孵ってしまったらしい。さすがあのアデクにもらった卵というべきか、孵化のタイミングが悪すぎるという出オチを体験した私は、一体どんな顔してやがるんだよ、と毛みたいな体を引っ張り上げる。どうも頭が引っかかって抜けないみたいだ。意外とでかいな。卵の面積と違いすぎるだろ。
ちょっと珍しいポケモンの卵と言っていたが…これですでに記録した事あるやつだったらあのジジイ本当に許さんからな。大体お前が余計なこと言うから告られちまったんじゃねーかよ。どうすんのこの先。めちゃくちゃ気まずいじゃん。
変質者とガキにしかモテないという切ない現状を嘆く私の目に飛び込んできたのは、あの豪快なジジイにしては随分と遠慮がちなポケモンで、私は一瞬呆気に取られた。

「アデクさん…虫取りジジイだったのか…」

リュックから飛び出てきたのは、意外なことに虫ポケモンであった。赤と白の体毛に、あの虫独特の体がうねっていて、ワオ…と一瞬思ったけれども、青い瞳でなかなか可愛い顔をしている。そこはかとなくアデクの髪型に似ている気もするが、まぁ目を瞑ろう。何故なら初めて見るポケモンだったからな。

小学三年生くらいの重量はありそうなそいつを膝に乗せ、私は図鑑をかざす。やはり虫ポケモンで合っていたが、炎タイプも持っているらしい。幸いにも手持ちと被っていないので、とりあえず連れていくか…と軽くなったリュックから空のボールを取り出した。

「メラルバ…」

言いにくい名前だ。普通に噛みそう。
図鑑の説明文に、太陽から生まれたと言われている、なんて書いてあったため、とんでもない根明だったらどうしよう…と焦ったものだけど、生まれたてのメラルバは無表情でおとなしくしており、どうやら私の怠惰にまみれた卵教育のおかげで無気力な性格みたいだ。これなら私のニートドリームもわかってもらえそうだな…とホッとしたところで、視線が合う。

「でかいな…意外と…」

素直な感想を口にしても、少し首を傾げるだけで、特に反応はなかった。ただじっと私の膝に落ち着き、次第にうとうとし始める。全てを忘れて寝たいのはこっちだぜ…と苦笑するも、孵化騒動のおかげで忙しなかった気分は少し晴れた。
別に卵を孵すのは初めてでも久しぶりでもなかったが、何だか荒んだ気持ちが洗われたような気がする。図鑑にも貢献したし、アデクもたまには役に立つやんけとどこから目線で思いながら、メラルバを撫でた。柔軟剤を使ったかのような柔らかさは、私の手を掴んで離さない。

なんだろうこの…懐かしい感覚…!
私は天を仰ぎ、いま共に戦っているポケモン達とのファーストコンタクトを思い出して眉間を寄せた。
なんか…戸惑いが九割を占めてたけど、末永く一緒にいるわけだから、頑張らないとなって思ってた気がする…いつも…。実際頑張ってたよ、私を置いてめきめきと強者としての頭角を現していくモンスター相手に、平凡なニートの私が右往左往しながらさ…。死ぬまで一緒にいる事を疑問にすら思っていなかった自分が、愚かだけども羨ましいとも感じた。

共に歩むポケモンが何を望むのか。
アデクの言葉を何度も再生し、それは私の望みと同じならいいのにと、素直に願うレイコなのであった。

ていうか調べたけどメラルバって28キロもあんだな。そりゃ重いはずだわ。

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