広すぎるだろネジ山!
怒りに震える私の名はレイコ。したくもない山籠もりをさせられ、山の持ち主であるヤーコンへの恨みを増幅させている女だ。
マジでここしか次の街に行く道ないのか?それならもっと簡略化してよヤーコン!旅人が死んじゃうよ!

ネジ山という恐ろしいダンジョンを進む私は、作業場付近にある休憩所でやっと息をつき、あとどれだけ続くかもわからない山道を思って、憂鬱な気分に陥っている。
マジで長い…ネジ山…途方もねぇよ。長い上に複雑という多重苦マウンテンは、旅人の心を折り、休憩所では何人かが屍のように眠っていた。ある者は泣き、ある者は狂って笑い、ある者はニートを目指す…そう、私はこんなところで休んでいる場合ではないのだ。目的を思い出して立ち上がり、一刻も早くここから出てポケモンセンターのベッドに飛び込む事だけを生き甲斐に走り出す。

休憩ついでに、気晴らしも兼ねてメラルバの様子でも見てみようと、私は軽く野生のポケモンと戦わせてみる事にした。ちょうど氷タイプが出るエリアがあったので、記録がてら初戦闘である。
炎虫という弱点多すぎ案件に一抹の不安は覚えつつも、氷タイプ相手ならわりと難はなかった。というか、糸を吐いて雁字搦めにして火の粉で燃やすというさすがの私も引いてしまうような恐ろしい戦い方に、戦慄したと言っても過言ではない。
怖い。無表情で何を考えているのか全くわからないが、敵をじわじわと焼き尽くしていく姿に、素質を感じた事は間違いないよ…戦闘狂いの素質をな。
やはり卵時代から最強のポケモンを最前列で見ていた奴は違うな…と苦笑し、辺りを火の海にしたところで我々は出発した。これだけ時間を稼いだらチェレンもとっくに山越えしてるだろう、と鉢合わせ回避を確信する私だったが、現実がそんなに甘いはずがなく、まるで大きな力…増田などの力に引きずられるかのように、私は混沌の渦へと叩き落されていくのであった。


「…くっ、強いな!」

膝をつき、堕ちる前の女騎士みたいな台詞を吐くプラズマ団を遠目に見ながら、私は秒でチェレンと鉢合わせてしまった主人公力を憂いている。
出口が近付いてきた事を感じ、やっと寝れるわ…と安堵した瞬間の出来事であった。角を曲がって早々チェレンを見かけ、その正面にプラズマ団の下っ端がいたから、今世紀一混ぜるな危険の取り合わせと遭遇した自分を嘆いた。
神引きが過ぎるだろ。なんでどいつもこいつも出口付近でたむろしてんだ?中腹でやれよ!邪魔なんだから!連休中だったら渋滞が発生していたであろう状況に舌打ちして、私は致し方なしに原付を停めた。
チェレンと下っ端は当然仲良く話し合っているはずもなく、激しい戦闘の最中だったから、一瞬助太刀も考えたけれど、私がだらだらエンジンを止めている間に決着はついたようだった。機敏に動けよ。
しばらく傍観していれば、敗北したプラズマは負けたくせに上から目線でチェレンを罵るので、私の中の全PTAが出動しかけたもんだが、そこは大人なチェレン、自ら相手をたしなめた。

「だが、その強さはお前らトレーナーがポケモンを支配する事で実現している強さだよな!?」

良心を揺さぶる卑劣な問いかけにも、チェレンは動じずに自分の意見を通す。

「…だからポケモンを自由にしたい…そう望むなら、君達はそうすればいい」

インテリのように眼鏡を上げるチェレンを見ながら、確かにそんなに解放したいならまず自分が解放しろよと私は心の中で野次を飛ばした。
ほんまや。お前らだってポケモンを支配する事で実現してる解放活動じゃん。力がなければ文系を押し通せない歌仙兼定のように、結局はポケモンの力を借りなければ成し遂げられない、皮肉なもんだぜ。もうその時点で答えは出てるように思うんだけど。人とポケモンは一緒にいる事で不可能を可能にする…そう、ニートさえもね。
早く可能にしてほしい私をよそに、チェレンは雑魚相手にも真剣に言葉を投げ、育ちの違いを見せつけられた私は、心の中で静かに涙を流すのであった。

「だけどね、力に任せてみんなのポケモンを奪うのはどう考えても間違っている。それは強さじゃない!」

私は思わず立ち上がり、無名のピアニストに才能を見出した人のように感激の拍手を送って、チェレンを称えた。私もそれが言いたかったんですよと適当なことをぬかし、大きく頷く。
その通りだチェレン。もっと言ってやれ。それはただの窃盗、強盗、圧倒的犯罪ですよ。どう考えても思考を放棄したテロ行為だし、大体トレーナーと離れ離れになったポケモンの声を聞いたら、どう思ってるかなんて一発でわかるはずだろ。お前だよN。聞いても尚信じられないってのか?ポケモンは嘘をつかないのに?全部お前が言ったことじゃねーか。跳ね返りが半端じゃないぞ。次会ったら西城秀樹のブーメランストリートでも歌ってやろうか?
言ってる事とやってる事が矛盾だらけの組織のやばさを噛みしめていたら、出口の方からもう一人下っ端が走ってきて、この期に及んで加勢か?と私は思わず身構える。
チェレンさんの手を借りるまでもないですよ、次は私がこの非情なメラルバで相手を焼き尽くしてやるからよ。いつになく好戦的になっていたが、やってきた下っ端は随分と慌てていて、チェレンにボコボコにされた同志を見つけると、オーバーなリアクションで駆け寄っていく。どうやら戦闘の意思はないらしい。

「おお仲間よ、ここにいたか!例のモノが見つかったぞ!」

息を切らしながら、お母さんの病院に向かったメイでも見つけたかのように重大性をアピールして、私のテンションを降下させる。何やら重要アイテムが出現したっぽい発言には、当然いい予感などあるはずもなかった。
なんだ、例の物って。いやどうでもいい!どうでもいいぞ!知りたくもねぇし聞きたくもねぇわ。もう私は寝るの!ポケモンセンターのベッドで!明日の筋肉痛に怯えながらね!
Nの頭を治す有能な医者がついに見つかったんだろうと結論付け、私は原付のエンジンをかけながら、連中がさっさと消えていくのを待った。早くしてくれるか?通してくれないなら産婆と偽って駆け抜けても構わないんだぞ。

「さぁ我々も塔に向かおう!」

大名行列でさえ産婆は横切っても許されるのに、プラズマはまだ話を続け、二人揃ってチェレンに向き直る。

「いいか!プラズマ団は、ポケモンが支配されているこの世界を変えるための力を手に入れた!そうとも!間違った世界を正すためなら力づくも当然だ!」
「我らの王様、N様の元に集おう!」

妙に芝居がかった台詞を言い、まるで私たちに次の目的を知らせるNPCであったかのような雰囲気をちらつかせながら、下っ端たちは去った。結局力づくの脳筋に過ぎない組織に呆れ果て、しかし聞き逃せない発言に、私は静かに合掌する。

いま、N様って言ったかな?
ヘルメットごと頭を抱え、私は憂鬱な展開になりそうな事態に苦しみを覚える。
N奴、近くにいるってこと?ここを抜けたら、新章に突入する可能性がある、そういう事ですか?
引き返そうかな…とマジに考え、でも戻ったら戻ったでトラウマのフキヨセシティだから、私はもうこのまま山男と化すしかないのかもしれない。
マジで鬱すぎる。絶対に会いたくないんだけど神回避できると思うか?これまでの旅を振り返り、限りなく絶望に近い確率を思うと、私は卒倒しそうであった。

無理だ。絶対会う。間違いなく会うし、例のモノってもしかしてあれなんじゃない?なんとか石…カーリングストーン。伝説のポケモンが冬眠してるというとんでもない石だ。
血眼になって探してるって言ってたから、あの慌て振りを見るに…そのストーンである可能性は十分にある。世界を変えるための力を手に入れたとまで言ってたんだ、もう確実にそうじゃん。
伝説のポケモンが目覚めるかはわからないが、記録チャンスを逃さないためには、自ら赴かなくてはならない場合もあるわけで、つまり地獄である。早くNを書類送検したいのに、伝説ポケモンを記録するまではそれも叶わないという、最悪の板挟みであった。
ニートになるのってこんなに大変なんだっけ?とおかしな世の中に疑問を抱いていると、チェレンは溜息まじりに口を開いた。私の存在には気付いていたようだ。そりゃ後ろで野次飛ばしたり拍手してたらわかるわな。静かに見てろよ。

「…あいつら、何を手に入れたか知らないけど、わざわざ強くなってまで皆に迷惑かけるだなんてメンドーな連中だよ…」

本当にな。おっしゃる通りボタンがあったら千回押してるわ。そしてわざわざ強くなってまでニートする私も本末転倒な気がしてきてる。無職とは…ニートとは一体…。
哲学に悩む私をチェレンは振り返り、そしてまたすぐ目をそらした。

「…レイコさん」
「あ、はい」
「僕はもう少しここにいます」

マジで?こんな気が狂いそうなダンジョンに?ネジ山に翻弄されすぎて頭のネジまで飛んでしまったらしいチェレンに同情して、私は眉を下げた。
正気かよお前。こんな鉱石とガントルしか出ないようなところにいるなんて…そんな物好きツワブキダイゴだけかと思ってたんだが…お前まで魅せられてしまったというのか、石の魔力に。まだ若いのに金のかかる趣味を…と憐れんでいれば、チェレンは私のしょうもない妄想を打ち砕く真面目さを披露したため、そろそろ爪の垢を煎じて飲ませていただいた方がいいかもしれない。

「…ちょっと考えたいんです。チャンピオンに言われたこと…」

その言葉を聞き、私は彼が真剣に自分自身と向き合っていると思い知らされ、それ以上何も言えなかった。そんなのポケセンで考えればいいのに…と思わなくもなかったが、極限環境の方が追い詰められて答えを出しやすいのかもしれない。
ド田舎にいた頃に思い描いていた未来と、実際旅をして夢を追ってみるのとでは、当たり前だがまるで違うのだ。理想と真実の間で揺れ動くチェレンは、きっとそのうち答えを見つけるのだろう。私がだらだらやってる間に。

「僕は強くなって何がしたいのか…?そもそも僕は誰のために強くなる…?」

自問自答する彼の姿が羨ましくも思え、眉を下げて微笑みを向けながら、私は一人立ち去った。考え事の邪魔をするほど野暮なニートじゃないから、スピーディーに出口へと向かっていく。いつも考えるのを途中でやめてしまう私とは裏腹に、山籠もりしてまで答えを出したい彼は、カノコで初めて出会った時よりも、確かに随分たくましく見えた。ヤーコン目線になってしまった自分の事は恥じたが。誰がBBAだよ。

一目散に出口を目指しながら、私はチェレンの言葉を思い返した。
誰のために強くなる…か…。ニートのためにしか生きていない私には、何となく重たい言葉である。本当はニートのためだけじゃないとわかってはいるけど、それを認めるのは、勇気のいる話なのだ。

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