太陽の眩しさに感動する間もなく、私は新手に行く手を阻まれている。

「おう!レイコくん!」
「うっわ!」

やっとネジ山から抜け、引きニートの私が外の空気を有り難く感じるという貴重な瞬間を遮る者が、そこにはいた。
私はポケモンニートのレイコ。いきなり人に声をかけられる事に定評のある女である。

「あ、アララギ博士…」

プラズマ団の不穏なフラグを察知しながらも、次の街へとやってきた私は、山を抜けて早々に冴えない親父に話しかけられた。パパ活博士…いや、アララギ博士の父親の、アララギ博士である。ややこしいな。

「調子はどうかね」
「まぁ…それなりに…」

突然何事かと思えば他愛のない会話を切り出され、同じく他愛のない返事を投げながら、私は深い溜息をつく。
あーびっくりした…もうやめてよいきなり現れるの!驚きのあまり私の心臓が止まるだけでなく、こっちは暴走原付、そちらの命も危ぶまれるという事をしっかりご理解いただきたいんですけどね!
人轢いて免停になりたくないよ…と項垂れる私は、次から次へと出くわす他人に気を滅入らせる。一体いつになったら休めるのか、ポケモンセンターは目の前だというのにお預けを食らいまくって、このまま寸止めを続けられたらもうこの場で寝てしまうかもしれない。人としての尊厳を失う前に解放してもらわなくてはならない私は、それで何か用なの?と博士の本題を待った。

「ん?そいつは新しいポケモンか?」

すると、博士は早々に話を脱線させてきたので、私は危うく即寝を展開するところであった。
やめろやめろ、世間話をしていられるほど私の肉体は元気じゃないんだよ。もはや重力に逆らっていられず、原付に全体重を任せてしまう。そしてその原付の荷台にはメラルバが乗っているので、目ざとく見つけた博士は後ろに回って声をかけた。
もう歩くのがしんどすぎてずっと原付を走らせてたんだけど、通行の邪魔をしてくるガントルを排除するべく、メラルバに荷台から火を吹きまくって撃退していただいたので、ご乗車ありがとうございます状態で我々は出口までやってきていたのだ。お前もお疲れだったな…とボールにしまおうとすると、博士は両手でメラルバを撫で、満足げに微笑む。

「おお!ずいぶん懐かれているようだな!いい顔つきをしている!」
「えっ、顔つき…?無表情では…?」

見えないものが見えている博士の発言に戸惑って、私は少し身を反らした。どう考えても表情筋は死んでいると思うのだが、アララギパパにはいい顔に見えているらしい。
マジでどの辺が?懐かれてる手応えもなければ目にハイライトも入ってない、耳鼻口がどこにあるかもわからない、セガールも驚く沈黙の戦艦なんですけど。博士がメラルバを持ち上げようとしても変わらず無反応で、重すぎて諦めた時も表情は変わらなかった。無理すんなジジイ。そいつは28.8キロなんだ。ダルメシアンくらいある。

「ポケモン図鑑も大事だが、こうして一緒に過ごす時間が何よりだもんな」

悪かったな図鑑厨で。好きでやってねぇよ。
こっちだってできる事ならポケモンとだらだら過ごしたいんだって…。私は心で泣き、それもこれもあんたの娘のせいだからなと博士を軽く睨む。
まぁ確かに…このメラルバ、生まれてから一度も笑顔を見ていない綾波レイのようなポケモンですから、コミュニケーションが必要なことは明白…今のところわかってるのは全く手がかからないという事と、戦闘においては無慈悲という点のみだ。可愛い顔して相手を火だるまにする事に何の抵抗もない、本当に恐ろしい虫だよ。何故私にこの卵を託したの?ワンパンバトルという非道なスタイルの私にぴったりだと判断なされたか?もしかしてアデクさんもこういう非道な戦法で戦うチャンピオン…?親近感湧くな。うるせぇよ。
何にせよ今はまだメラルバの事はよくわからないので、そのうち、笑えばいいと思うよ…と言える日が来るまで精進しなくちゃなるまい。もし不慣れゆえの無表情でなく、それが素だって言われたら、そうか…って感じだけど。そうか。強く生きろよ。

それでこの爺さんは一体何の用なんだよ。本当に世間話に来ただけか?
出オチ食らってそりゃないぜ…と諦めかけたその時、この世に役に立たない人間などいないと知らしめるかのように、突然事態は動き出した。もはや脈絡のなさには驚かない。老人の話というのはそういうものだからだ。

「ところでお前さん、リュウラセンの塔を知っておるかね?」

思いついたように発せられた博士の言葉に、私は瞬時に目をギラつかせた。やはりただ世間話に来たわけではなかったか、とホッとし、しかし塔と言われていい予感がするはずもなく、聞かない方がよかった可能性に頭を悩ます。
この親父…まるで待ち構えていたかのように現れたからには、絶対何か話があるだろうとは思っていた…でも塔の話なんか聞きたくなかったですよ、シティガールの私はね。
リュウラセンなんていうこの世のごつい言葉を集約したみたいな名前の場所に、当然何もないとは思えないため、一体どんな施設なのか確認する前から、私の憂鬱は止まらない。その上、大変な事にも気付いてしまったのだ。

さっきのプラズマたち、塔に向かうって言わなかったっけ?

いや聞き間違いだよ、と能天気な私が言い、確実に言ってたし前話を見たらわかる、とリアリストの私が言う。そして最終的に私のゴーストは、次の話ではもう行く事になってるよ、と囁くのだった。地獄。

「リュウラセンの塔とは、イッシュで一番古い建造物と言われている。何より、伝説のポケモンが生まれた場所とも、眠る場所とも伝わっているな」
「あー…」

フラグ回収完了。もはや天地がひっくり返っても行かないという選択肢はない。
完全なるお膳立てに、私は深い絶望を覚えた。伝説のポケモンに関係がある塔と言われ、これで何もなかったら逆にキレる事でしょう。山の次は塔というハードな展開に、旅をするのがうら若き少年少女だけだと思うなよとゲーフリに異議申し立てをしたくなった。

無理。鬱。だって確実にそうじゃん、石が見つかった的な事を匂わせていったプラズマ団、奴らが向かったという塔、そしてイッシュに古くから建つリュウラセンの塔は、伝説のポケモンにまつわる場所である…点と点がマジックインキくらい太い線で繋がったわ今。消してぇ。アジカンの力でリライトしてくれないかな?有名アーティストに無茶振りをしてしまうくらい参った私は、博士の言葉でさらにテンションを降下させていく。

「このセッカシティを抜けた先にあるのだが…」

そして近ぇ。すぐそこじゃん。想像以上の急展開に耐え切れず、どうして地球の裏側に配置してくれなかったの?と塔を建てた人間に憤った。私は狂っていた。

「詳しい事は何一つわかっておらん。何しろ塔に入った人間がおらんのでな」
「え…そうなんですか?」

絶望の中で気を狂わせる私だったが、博士の思わぬ言葉にはたまらず顔を上げた。
誰も入った事ないって…何それ。どういう事?わけがわからず、ポカンと口を開けてしまう。
何で入らないんだ?入れない理由があるってこと?まさか毒ガスなどが充満しており、人もポケモンも生きられない環境だから永久的に封鎖されてる…とか?それとも選ばれし者にしか開けられない扉などが…?いろいろ考えるも、もし誰も入れないのであればプラズマ団も入れない可能性が高い。まだ希望はあるぞ、と己を奮い立たせ、どうか塔に入れずプラズマ団の計画が頓挫しますように…と必死で祈るのだった。
そんな私をよそに、アララギパパは塔の話を続け、学者のわりに執着心の薄い発言をする。

「私の娘も中を調べたがっているが…なぁに、わからない事がある、そういうのもロマンというものだ」
「まぁ…そっとしておいた方がいいものってあるしね」
「というわけでじじいはリュウラセンの塔を見物に行くのであった!じゃあな!」

作文調でそう締めくくったアララギ父は、じじいと言ったわりには早すぎるスピードで私の前から去り、街を駆け抜けていった。見渡すと、街中にも関わらず湿地帯が広がり、ここもなかなか癖のある街であると伝わってくる。
アララギパパは置いといて…とりあえず私は休むから。このじめじめした街でね。やっとポケモンセンターに直行できる喜びに震え、28.8キロをボールにしまい、遠くにそびえ立つ建物を見上げる。

あ。あれか、リュウラセンの塔。めちゃくちゃでかいじゃねーかよ。
名前にラセンなんてついてるくらいだから螺旋階段で永遠にのぼり続けるとかいうダンジョンじゃないだろうな…と危惧しながら、まだ行くと決まったわけではないので、私はそれ以上考えるのをやめた。アララギ博士がわざわざNPC的に塔の話をしたのも別にフラグじゃないし、プラズマ団が向かった塔だってドルアーガの方かもしれない。
決めつけるのは良くないよね、と現実逃避をし、泥のように眠った私は翌日、やはりフラグ回収に赴かねばならない事態を迎えてしまうのであった。
もう夜明けないでほしい。

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