「キミのポケモン…いま話していたよね」

謎の声が響いてきて、私達はほぼ同時に視線を向けた。
するとそこには、深々と帽子を被った長身のイケメンが立っており、ウホッいい男って感じにつなぎのファスナーを下ろしかけるくらいには中性的美青年であったため、一瞬無意味にカメラで撮りそうになる。やめろ親父に男の趣味がバレるだろうが。渚カヲルとか全然好きじゃないんだからね!
しかしスルー出来ない電波発言も聞いた気がするので、イケメンに話しかけられた事を手放しに喜ぶ気には当然なれず、私は訝しげに顔を歪める。

何、何だ、私かな?私に話しかけたのか?
演説が終わり、人が捌けた広場でこのイケメンの近くにいるのは私達だけであり、尚且つ彼の視線はこちらに向いている事から、推察される事は一つ。私だ。確実に私に向かって話しかけている。こいつが承太郎であったなら、きっと今のは私に言ったのよ!とモブ女子のように喜んでいた事だろうが、スタンド使いには見えないので舞い上がっている場合ではない。

新手のナンパだろうかと自意識過剰乙しながらも私は目を細め、とりあえず反応してやる事にした。やばそうだったら逃げればいいし、まずは様子見が定石。チェレンの見ている前で邪険な扱いをするわけにもいくまい。いきなりやばい発言をしてきた不審なイケメンにも丁寧に対応してあげるレイコさんはなんて素敵な人なんだろう、そう思われたい気持ちが全くないと言えば嘘だしな。むしろある。汚い大人だよ。

「…なんですか?」
「ポケモンが話した…だって?おかしな事を言うね」

いや完全に台詞被せてきたんだけどこいつ。待って。私が言い終わってからにして。
何故か代弁してくれたチェレンに歯痒い気持ちを抱きつつも、まぁナンパ避けにはいいかと思ったので便乗して頷いておいた。言い忘れていたけどチェレン、旅をするにあたって一番重要なのは私の台詞に自分の台詞を被せない事だからね。仮面ライダーだって変身するまで怪人は攻撃せずに待ってるでしょ、そういう事。大人の世界ってシビアなんだよ。
心の中で言い聞かせていれば相手はすぐに反応を示し、目を伏せながら、憐れむような瞳で我々を見たあと、静かに呟く。随分早口な男だった。

「そうか…キミ達にも聞こえないのか、可哀相に」

ナンパではない事をすぐに察したが、できれば察したくない事も察してしまった。私は咄嗟にチェレンを庇うように立ちはだかり、イケメンから少し距離を取った。

やばい、やばいよ。この人、絶対どっかの病院から抜け出してきた人だよ。

間違いねぇなと確信し、私は手に汗を握った。看護婦さんこっちです!お願い!早く来て!ここであなたが来てくれなかったら幼いチェレンにトラウマを植え付けちゃう!さっさと連れ帰ってくれたら不審者ルートは回避できる、私達も平和な旅が送れるんだから!次回、平穏死す。デュエルスタンバイ!

悠長に城之内を殺してる場合ではない。やべぇな。突然現れて何言ってんだろうこの人…イッシュに来て早々変な奴に出会ってしまったせいで、私のテンションはガタ落ちである。
いや絶対駄目でしょ、関わったら駄目な物件だよこれ。よく見たら目にハイライト入ってないし。ヤンデレの妹に殺されるCDで見た事ある感じの目じゃん。通報一択だな。

可哀相なのはお前だよと追い払いたい気持ちを抑えつつ、とりあえず落ち着いてあしらう事に専念しなくてはならない。こういうのは下手に刺激すると突然逆上しかねないからな。私も父にニートの約束反故にされた時は殺してやるって思って首絞めたし。犯罪です。キレる若者かよ。私の話はいいんだよと首を振って息を吐いた。

何だっけ…ポケモンが話していた…とか?何とか?言ってたな。もうファーストコンタクトからやばいじゃん。やぁ、の一言くらい挟んでたらまだ印象違ったよ。
そういうさぁ、幻聴?みたいなの聞こえる人いるらしいけど、いま別に求めてないから。まともに話ができるかどうか見極めたかったので、私は咳払いをし、イケメン電波に威嚇を込めた声を放つ。

「…うちのポケモン、基本的に寝てるから話ができる状態ではないと思いますが?」
「今は起きているよ。そろそろ食事の時間なんだろう?」

突っぱねるつもりが電波青年にドヤ顔でそう返され、私は普通に動揺した。完全に幻聴の類だと思っていた気持ちが、今はアニメの喋るニャースの擬人化か?というところまで昇格している。

やべぇ合ってる。確かにそう。うちのカビゴン定時ぴったりに食事をせがむ体内時計持ちだからそろそろご飯やらないとやばいと思ってたわけよ。時間を過ぎると機嫌悪くなるし。だから早く切り抜けたいんだけど。お前の電波をもってしてもカビゴンの体内時計は狂わないんでな。

しかし落ち着けレイコ、冷静に考えれば今は飯時だ。このくらいの事なら推察できてもおかしくはない。ドヤ顔で自信ありげに言うから信じかけたが、絶対胡散臭いでしょ。決めつけるのは早いなと擬人化ニャースを見て私は鼻を鳴らす。
本当にマジでカビゴンの機嫌がやばそうなので、今すぐにでも切り抜けたいところだが、イケメンはそう簡単に解放してはくれないらしい。わざわざ離れた距離を詰められて、思わず背筋を伸ばした。

「キミ達…名前は?」

不審者に尋ねられて答える奴がいるかよ、と口を閉ざしていたが、早々に身内から裏切り者が出た事により、私は白目を剥く。名前を聞かれて馬鹿正直に答えるような真面目野郎がいる事を、すっかり失念していた。

「僕は…チェレン。こっちはレイコさん」

待ちな。
私は眉を寄せてチェレンの背中を軽く叩いた。

この田舎者!馬鹿!なに正直に答えてんのよ!大体人の個人情報まで流すんじゃないよ!
全くとんでもない事をしてくれたな!とシティガールの私は、事の重大さを重く受け止める。

お前…田舎では教わらなかったかもしれないけど、知らない人に簡単に名前を教えては駄目なんですよ。特に私の情報を勝手に流すのは禁止です。プライバシーポリシーを知らんのか。ヤマブキの小学生たちは登下校時には名札を外すように言いつけられてるんだからね、不審者に個人情報特定されないようにさぁ。昨今のネット社会ではちょっとした情報ですぐに身元わかっちゃうんだから本当にやめて。出しゃばるんじゃない、と再びチェレンの前に立ち、私はイケメン電波と対峙する。

いいか、この人は…イケメンだ。目にハイライトがなくともイケメンはイケメンだ。イケメンは一見害のなさそうな顔をしているかもしれない。でもこの人はイケメンであると同時に不審者でもある。不審者は露出をする事がある。考えてもみなよ、君の目の前でいきなりズボンを下ろして発達した性器を見せつけてくる事だってあるかもしれない、慌てる君を見て興奮する事だってあるかもしれないじゃん。どうだ?トラウマだろうが。ファービーとかピングーに出てくるトドとかふっかつのじゅもんがちがいますとかそういう系に並ぶよこれは。
私がついていながらそんな恐ろしい目に遭わせたとあってはアララギ博士に怒られてしまう…とにかく後ろにいろと制し、これ以上の情報流出を防ぐべく口を閉ざしていれば、電波青年は私達を見下ろしながら手を広げて声を上げた。

「僕の名はN」

名乗っちゃった不審者。え、名乗るの?いいのかそれ。特定しちゃうよ警察が。私が通報したら即家宅捜索入るんじゃないの。

チェレンの教育方針について考えていれば、何故かイケメンは普通に自己紹介をしてきたので、私はもう混乱に混乱を極めて宇宙空間をさまようカーズの心境である。考えるのやめたい。

しかし引っかかるワードがあった、というか引っかかる事しかなかったので、私はすぐに冷静になって首を傾げた。

N。N…とは…?一体…?何。
それは…名前か?あだ名か?元素記号か?
真面目な顔でそう言ったイケメンに、いろいろと衝撃を隠せない。
あれかな…今でいうキラキラネームってやつなのかな…本人を見る限り親もDQNだろうとは思っていたが、この分だと家系全部がやばそうである。お前の家族全員前科持ちとかじゃねぇだろうな、大丈夫か。ゲーフリの方向性を疑う。

取り繕う事もできずにぽかんとしていると、それをじっと見られている事に気付いて私はハッと我に返る。するとNと名乗ったイケメンは小さく笑みをこぼし、これには普通に頭にきた。沸点が低い事で有名なレイコであった。誰が短気だよ。その通りだ。

なんだ?てめぇ人の醜態を笑うとは…そんなキラキラネーム聞いたら誰だってぽかんとするでしょ!チェレンだってほら見て!嘘でした全然目ギラついてるわ。しっかりしてらっしゃる。
気弱優等生みたいな外見をしつつも何だかんだでたくましくやっていけそうな様子に少しほっとしたところで、再度Nと名乗る青年を見た。しかし相手はすでに私から目をそらしており、視線の先を辿っていくと、どうやらチェレンの手元を見ているようだった。私はNとチェレンを交互に確認する。
いま彼の手にあるのはライブキャスターと、もう一つ。

「それ、ポケモン図鑑だね」

NだかMだかSだか名前問題に気を取られている私をよそに、イケメンはチェレンの図鑑に目をつけたようで、早々に話題を切り替えた。

その名前はさぁ、そんな簡単にスルーしていいような感じなのかなぁ…引っかかってるのは私だけなんだろうか。イッシュでは別に普通?太郎みたいな感じ?何か腑に落ちなかったけど、誰も気にしていないようなので、私も素直に忘れる事にする。
イッシュ人とは感覚違うのかもしれない…確かに外国人ってこれが本場の寿司ですって顔してカリフォルニアロールとか出してくるし…。
悩んでいると、チェレンはNを見て強めの口調で答えを返していた。懲りずに変態と関わる気だなこいつ。結構図太いな。私はもうかなりしんどいけど。イッシュ回り切る自信がねぇよ。

「頼まれてポケモン図鑑を完成させるための旅に出たところだ。もっとも最終目標はチャンピオンだけど」

ちょっと喋りすぎじゃないかなチェレン君。そんなこと言ったらこの変態はリーグ付近で君が来るのをずっと待ってるかもしれないよ。その瞬間露出狂に変わるかもしれない。私もう知らないからね。君の命運どうなっても知らないから。いやさすがにそれはよくないんでピンチの時は電話するように。チェレンからの初めてのヘルプコールが露出狂退治とか嫌すぎますけど。

しかし、これで一つはっきりした事がある。
やっぱりね、やっぱり君はバトル狂だったようだなチェレン氏!どうりで私のしょうもない噂とか知ってるはずだよ!できれば出禁になってる事は早急に忘れて頂きたい。
わかるか、トレーナー協会から厳かな出禁通達文書が届くたびに父に嫌味を言われる私の気持ちが。チャンピオンも楽じゃないんだよ。四回リーグ制覇したけど、この溢れんばかりの才能を駆使して制覇したけどさ、目指すものの重さが制覇に繋がったっていうかさ、とにかく楽じゃないからチャンピオンは。自慢じゃなくて警告だから。目指してるなら出禁も視野に入れておけよ!そんなのは私だけ。

「ポケモン図鑑ね…そのために幾多のポケモンをモンスターボールに閉じ込めるんだ」

自分ageが止まらない私であったが、呟くように言った電波青年に冷ややかな視線を向けられると、さすがにどきっとして緊張感が走る。天狗になっている場合ではなかった事を痛感しつつもやめられない。ナルシスト乙。

さっきから話が二転三転するからよくわからないが、とりあえずこのNとかいう奴は図鑑を作るためにポケモンを捕まえる行為を快く思っていないようだった。

まぁその点は私もわからんではないけど。ポケモン捕まえて各博士達が何してんのか知らないしな。別に非人道的な事をやってるわけじゃないだろうが…野生にいた方が幸せだった奴だっているだろうし…でもその研究のおかげでポケモンの助けになってる部分もあるし…難しいラインですね。社会問題についても考える主人公、レイコです。別にニートになる事ばっかり考えてるわけじゃねぇよ。嘘乙。私の脳内メーカー全部ニート。

ただ一つ言わせてもらうとしたら、私はこの生涯でポケモンを捕獲した事など数えるほどしかないという事だ。記録専門です。見つけた数制覇担当。カメラマン。だからヤンデレ目でこっちを見るなよ。
いちいち目が怖いなと怯えつつ、視線をそらすともっと怖いのでジト目に真っ向から立ち向かう。私の濁った目を見つめていてもひるまないNは、さらに話を続けた。

「僕もトレーナーだがいつも疑問で仕方ない。ポケモンはそれで幸せなのかって」

二転三転どころかどんどん大きくなっていく話に、何だか違う方向での怪しさを私は感じ始めていた。同情を誘うような眼差しに騙される事なく、腕を組む。

もしかしてこの人…宗教の勧誘なんじゃないの?違う?ポケモンが幸せになれる幸運のモンスターボールを今ならなんと半額で!さらに国産のポケモンフーズとネジ山からわずかしか取れない湧き水もつけてこのお値段!会員になればさらにお安く提供!みたいな事なんじゃないか。あるある。宗教団体と偽って金をまきあげる詐欺集団な。勧誘担当かこいつ。まぁ勧誘にしては電波すぎて向かないと思うので可能性は低いだろうが。いくら顔がよくても無理。仕事変えな。

しかし電波に言われた事とはいえ、ポケモンの幸せとか語られると後ろ暗いところがなきにしもあらずという感じであった。自分の幸せ…つまりニートばかり追い求めてる私にとってはかなり。ニートになってもついてきてくれるかなとか普通に心配。でも例えついてきてくれないとしても、ニートにはなる。これだけは譲れない。
そう遠くない未来の事を考える私に、Nは少し近付いて軽く微笑む。その手にはいつの間にかモンスターボールが握られていて、これはもしやと嫌な予感が巡った時にはすでに、相手は戦闘態勢であった。

マジかよ。ここでポケモン勝負?何でだ。どの流れでその結論に至ったんだよ。
思わぬ急展開に周囲を見渡し、私は焦る。演説が終わって人のいない広場は、まさに勝負にはうってつけって感じになっていて、尚のこと気分は落ちた。空気読むな。舞台整えてんじゃない。
こんな時ピッピ人形があれば逃げられたかもしれないと現実逃避をする私に、Nはさらなる言葉を投げかける。全くわけがわからないんだが、とりあえず勝負に勝てば追い払えるかもしれないという希望に賭けて私は覚悟を決めた。この覚悟というのは電波を負かして逆恨みされる事も辞さないという覚悟である。私の辞書に敗北の文字はないからだ。そういう設定。

「そうだね、レイコだったか。キミのポケモンの声をもっと聞かせてもらおうか!」

呼び捨てかよてめぇ。何歳だコラ。どこ中出身か言ってみろ。こちとら小卒だぞ。なめんじゃねーよ。

有無を言わさぬ様子で低学歴の私に勝負を仕掛けてきたNは、早々にネコ型ポケモンを繰り出してきた。
こいつは確か…チョロネコ。さっき見たぞ。何か二頭身のノラミャーコさんって感じの外見だよな。デザイン被りなどどうでもいい。どんなポケモンを出してこようと負ける気がしないので、軽く片付ける気持ちでボールを放つ。

仕方ない、私のカビゴンの食前運動といかせてもらうか。お前は少しダイエットするべきだからな。生まれた時からBMIが肥満を指してるし。自分のストレス発散もかねてイッシュでの初トレーナーバトルに花を飾るべく、決め台詞を添えた。

「貴様を倒してジュンサーさんに引き渡す!」

何かあんまりかっこよくなかったな。最終的にジュンサーさん頼りなのがもろバレである。
チェレンの手前きれいに決めたかったけど、でもここでスマートに勝てば間違いなく格好いいので、うっかり私に惚れたりしないかが少し心配なところだ。我ながら今日もナルシストが冴える。自重というものを知らない。私の性格もカビゴンの実力もな。

ぼーっとしてるように見えて案外好戦的なカビゴンである。仕事のあとのビールが美味いのと同じで、戦闘後のご飯はまた格別なのだろう、雑魚相手にも常に全力だ。今回も例に漏れず最初からクライマックスだったため、まばたきをする間もなく勝負はつき、私は早々に勝利を収める事となった。

やっぱ100レベは軽いよな私のカビゴン。強靭無敵最強。ブルーアイズもびっくりって感じ。我ながらよく育てたもんですよ。まぁ捕まえた時から普通に強かったけど。何者なんだよお前は。

電波退治に一役買ったカビゴンとハイタッチをして、夕飯が遅れている事へのフォローとしてデザートをつけてやる旨を伝えれば、喜んでボールに戻っていった。Nのおかげで余計な出費となったがまぁ別に構わん、旅立つ前に親父のクレジットちょろまかしてきたからな。犯罪。
カビゴンをボールに戻してNに目を向けると、一瞬で勝負がついた事への驚きからか、奴は明らかに放心気味な様子だった。無理もない、圧倒的実力差だったからな。これが経験値の差。レベルを上げて出直してきたまえ。ドヤ顔を決めて勝者のセリフを吐き捨てようとすれば、その前にNは口を開いた。私の台詞は容赦なく遮られていく宿命であった。

「そんな事を言うポケモンがいるのか…?」

実力差に放心してるんじゃなかったのかよ。
違う何かに驚いているような様子のNに対し、私は機嫌を損ねて眉をひそめる。

おい。なに自分の世界に入ってんだ。もっと驚いてこの実力の差に。驚け。頼むよ。こんな田舎町で100レベのポケモン持ったトレーナーがいるんだぞ。なんで驚かないの。チェレン見て。こんなに驚いて…ない。なかった。普通に見てるわ。え、なんで?こんなに強いカビゴン見てもその反応ですか…?嘘でしょ。冷めすぎだろイッシュ人。

あっさりスルーされてちょっと傷付いたので、おとなしくチェレンの元へと戻っていく。
つら。つらすぎ。普通にドヤって恥ずかしいわ。もう電波には強さをひけらかしたりしません。誓います。三話後くらいに破られそうだが。

いまだNは驚いた表情で、ボールに戻ったカビゴンを見つめていたので、正直気味の悪いものを感じつつ、私もボールへ目を落とす。

その…何、ポケモンの声…的な?ものが?聞こえてしまったのかな?幻聴の線が濃厚なので早々に病院にお戻りいただいた方がいいとは思うが、こんなに電波を驚かせる発言をうちのカビゴンがしたのかと思うと、それはそれで気になるので、チラチラとNとカビゴンを交互に見やる。
いや別に信じてないけど。信じてないけどどんな幻聴だったのかなってちょっと気になるじゃん。いや別に全然気にならないし全然信じちゃいないけど、まぁ聞くだけ聞くみたいなスタンスっていうか、何事もとりあえず話だけなら聞く姿勢っていうか、そういうの大事にしてるところあるし?もう正直に気になるから教えてって言え。おせーて!おせーてくれよお!

脳内スピードワゴンが騒ぎつつも、プライドにかけて電波に教えを乞うなんて事はできないので、スピードワゴンにはクールに去ってもらい、私はすぐに頭を切り替える。
何て喋ったか教えて、なんて聞いたら私の方が電波だろうが。心外です。一人だったらいいけどチェレンの見てる前でそんな電波発言できるかよ。ニートならかっこつけろってシャ乱Qも唄ってた。せめて子供にはまともな人と思われたい私はちょっといい女だったよ…だけどズルい女。バイバイありがとうさようなら!ハイさようなら!電波さようなら!つんくがさよならって言ってんだからさっさと病室へお帰り。さ、Nさんお薬の時間ですよ。

「ボールに閉じ込められている限りポケモンは完全な存在にはなれない。僕はポケモンというトモダチのため世界を変える」

シャ乱Qメドレーを頭の中で気持ち良く唄っていれば、Nは聞いてもいないのに野望を語って帽子を深く被り直した。

トモダチ…トモダチか。シャ乱Qの楽曲に女友達ってのはあるがそれとはまた別の話だって事は言うまでもない。何かまたこう独特のワード出してくるし私には中二病患者の気持ちはよくわからないよ…修学旅行でドラゴンと剣のキーホルダーを買ってしまう事しか…。
20世紀少年のあの覆面を思い浮かべつつ、さっきから彼の主題を模索するにもヒントが電波すぎてさっぱりであったが、ようやく野望を簡潔に説明してくれて、何となく理解が及んだ。

つまりポケモンがボールに閉じ込められてる現状に納得できない部分があるから、モンスターボール製造工場を破壊すると…そう言ってるわけだな?恐らく違う。でも惜しい気がするぞ。まぁでも頭のおかしいテロリスト候補である事には違いない。やはりここは警察に通報した方が良さそうだ。参考までに私の友達の数教えてあげようか?永遠の0。

しかし閉じ込められているという表現はなかなかに心外である。
モンスターボールの中ってのは人を駄目にするソファくらい快適だって事を知らんのか?みんな好きこのんで入ってるし、嫌だったらどっかのアニメのピカチュウみたいにボールから出るよ。あれは大人の事情かもしんないけど真実の姿でもあるんですよ。だから馬鹿な真似はやめてさっさと警察行くぞと顔を上げたら、一体いつの間に消えたのか、そこにはもうNの姿はなかった。

なんと…なんという早業。忍者かお前は。どこ行きやがったと辺りを見渡したが、それらしき電波は見当たらず、目の前を舞うのは枯れた落ち葉だけである。これが本当の唐草タウン…ってか…言った事を後悔するくらいなら寒いギャグは言わない方がいいぞ。

一体なんだったんだあれ。何しに来たんだよ。フラグを立てに来たという事だけは信じたくないから無視するけど、突然現れて突然消えるあたり不気味さしかないので、思わず身震いをした。
まぁ消えちゃったからどうにもできないしもういいけど…でも恐ろしい土地だよイッシュ。また同じように絡まれた人がいたらきっと通報してくれると信じて忘れるに限るな。たぶん万国共通の不審者っぷりでしょあれ。でなきゃイッシュおかしい。通報もできないこんな世の中じゃポイズンだよ。
一体なんだったんだろうね、とチェレンと視線を合わせて私は肩をすくめた。

「…おかしな奴」

独り言のように呟くチェレンの言葉を聞きながら、そう思うなら何でもべらべら話すんじゃないよと心の中で溜息をついた。大体人の名前まで普通にバラしやがって。呼び捨てにされちゃったじゃん。心外すぎる。
まぁチェレンが可愛かったから今日は許すけど。今日はね。三話後はどうなってるかわからん。鼻を鳴らしているとチェレンは私を見上げ、様子を窺うように声をかけてきた。

「レイコさん…大丈夫ですか」
「私は…大丈夫だけど…でも君ちょっと気をつけなよ。ああいう変人に会ったらあんまり関わらない方がいいと思う」

ガチなトーンで忠告したら、何故か苦笑された。笑い事じゃねーよ。何だそのラインスタンプのウサギみたいな顔は。大人の言う事は真面目に受け止めな。公然猥褻の被害にあっても知らないよ。それはおじさんのきんのたまだからね!

「それよりさ、さっき広場で演説やってたじゃん。あれ何、何かポケモン解放とか聞こえてたけど何かの宗教?」
「そんな感じです。演説もですけど…さっきのNって奴の事も、あんまり気にしない方がいいですよ」

不意に気になって聞いてみたが、概ね予想通りだったので、適当に流して腕を組んだ。別に最初から気にしてない私よりも、そう言ったチェレンの方がなんだか気にしてるみたいだった。早々にこの少年の旅が前途多難であるような気がし、少し心配になる。

くれぐれも怪しい宗教にははまらないようにな。ああいうのは真面目な奴ほどはまりやすいらしいから。鬱病と一緒。君やっぱ闇落ち顔してると思うんで結構心配だよ。

気にしない方がいいと言われたが、この先各地を回っていたら嫌でも出くわしそうな気がして、ちょっとは考えておいた方がいいかなという気持ちになってくる。Nじゃなくて演説してた団体の方な。宗教勧誘撃退法とかネットで調べとこ。ドラクエ5だって結局光の教団と戦うはめになったし、フラグは一本でも折っておいた方がいい。後の快適なニート生活のためにもな。

大体解放って何なんだよ。さっきのNって奴もボールに閉じ込めてるとかなんとか言ってたし、そういう謳い文句流行ってるのかな。
もしやあの宗教団体が演説をし、それを聞いた人々にNが幸運のモンスターボールを売りつけるという結託された一連の流れなのでは…?そうか、そういう事だったのか!謎は全て解けた!と言っても私はコナンじゃないので小五郎のおっちゃんに麻酔針を打つ事もなく、とにかく絶対に関わらないという意志を持って怪しい奴らはドリフト走行で避け続ける事を固く誓った。

ともかく今日は疲れたよ本当に…マジで疲れたわ。ニートでだらけた肉体は決して若くはないと悟って悲しくなりつつも、今は全てを忘れ、私はチェレンの肩を軽く叩く。一緒にご飯食べようぜと彼をナンパして、風の吹く穏やかな町、カラクサタウンで静かな夜を過ごしたのだった。

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