明日の筋肉痛が決定したところで、私はやっとチェレンとハチクを見つけていた。

「レイコか!」
「あ、どうも…すいません遅くなりまして…」

息を切らしながらリュウラセンの塔を進む私は、その過酷なダンジョンに肉体を痛めつけられている。
意気揚々と乗り込んだはいいが、この塔、階段がとにかく急だった。その時点で心が挫けたってのに、プラズマ団の下っ端がいちいち勝負を仕掛けてくるし、同じところをぐるぐる回っているかのような錯覚に陥る構造、いつ頂上に辿り着くかわからない不安、そして運動不足の体に無理を強いたせいで確定した筋肉痛、などが私の精神をさらに蝕んでいく。やはりこの塔に人が入るべきではなかった、そう感じさせる道のりであった。
そして上へ行くにつれ、謎の揺れが我々を襲い、ついには倒壊の危機まで感じ始めている。

これ何?何の振動なんだ?
まるででかいポケモンでも暴れているかのように、不規則に響く地鳴りと揺れが、度々私の足を止めた。しかしプラズマ団たちはさほど驚いていないというか、まるで有り難い振動であるかの如く振る舞っていたので、きっと奴らの目的通りに事が動いているのだろう。
これはマジにスタンガンコースかもな…とNの強制退去を目論んでいる時に、私はやっと見つけたのだ。チェレンとハチクがプラズマ団と交戦しているところを。

出遅れたけど、こっちはワンパンで勝負つくから追いついちゃったんだな。忙しなく下っ端たちと戦う二人を見ながら、助太刀のタイミングを見計らうけれど、大縄跳びに入って行けない人のように右往左往して、私はうろつくばかりである。邪魔。
そんなニートを見かねたのか、同じくニートのハチクさんはこちらを振り返ると、いきなり丸投げをしてきたので、私は五度見余裕だった。

「私達はこいつらを食い止める。だから君が行け!」
「え!?」

そんな死亡フラグみたいな台詞を言いながら何を…!無理矢理道を開けられ、私は素直に戸惑った。

いや何でだよ。可憐な乙女をやばい団体の巣窟に一人で放り込むとか正気か?そりゃハチクさんは3タテされた分私の強さを信用してるのかもしれないけどさぁ、でも私にだってチェレンを保護する義務があるし、こんな大量の下っ端がいる場所に置いていくのは気が引けるっていうか、とりあえず一人にしないでほしい。Nとマンツーマン、正直キツいです。
ぼっちは嫌だよぉ〜と泣き言を言えるほど弱くない私は、向かってきた下っ端をまたしてもワンパンで蹴散らしてしまい、この力のせいでいつも単独行動を強いられるんだよな…と遠い目をしながらしみじみ思った。
強すぎる…。一緒に来てほしいなどと言っても、いや一人で余裕っしょ、と返されてしまうこの圧倒的パワー…私が欲しかった力はこんなものじゃなくもないが、いくらポケモンが強くてもこちとら生身、スタンガンに頼らなくては生きていない非力な乙女なのよ。その辺を加味して検討してもらえないだろうか?
縋るような目をしてみたが、ハチクさんは私を行かせるために頑張ってくれているので、無駄に性格のいいニートは水を差す事ができない。
ならばチェレンに語りかけようと戦場を駆け抜け、彼の傍へ寄った。

「…手伝いましょうか?」
「これぐらい平気です」

秒で断られた。嘘でも助けてって言ってほしかったよ。

「だけどプラズマ団がこんなにいるとはね…全くメンドーだな…」
「メンドーならお手伝いを…」
「大丈夫です」

面倒臭ぇな男のプライド!何なの!?強がりなの!?そりゃ平気だと思うし下っ端ごときを倒せないチェレンじゃないとは思うけど、でも私の手を借りれば一瞬で終わって共に最上階に行けるじゃん!断らないでよぉ!一人は嫌なんだって!こっちはあのフキヨセの悪夢を体験したばかりなんだよ!?心の傷がまだ止血も済んでないくらいだってのに、一人で強制猥褻男と対峙なんて、無法地帯にも程があるよ!

私は憎んだ。全ての元凶であるNを心から憎んだ。
少しは話のわかる奴だと思ったのに…所詮お前はコミュ力に欠く野蛮なホモサピエンスに過ぎなかった…うら若き乙女の純情を奪い、少年に猥褻な現場を見せ、挙句女の趣味を最悪にさせた…もうみんなお前のせいだな。やはりここは心を鬼にしてスタンガンでいこう。お前が何をしようとしてるかなんてどうでもいい、ただ私の狂気を止めるには、もうお前をこうするしかないんだ…。私は覚悟を決め、スタンガンの素振りをしながら再び塔を駆け上がる。

こんな私の姿を…チェレンに見せるわけにはいかないからな。一人で行くよ。もう決めた。これでNの用事がくだらない内容だったら勢い余って塔から突き落とすかもしれないけど大丈夫か?ここまでさせたからには対価に見合った働きをしてくれよ。伝説のポケモン記録させてくれるとかさぁ!
伝説ポケモンを蘇らせたいのか蘇らせたくないのかよくわからない事になっている私の前に、またしても新たなトラブルが舞い込んでくる。
窓がないせいでどれだけ登ったかもわからず、空間把握能力もない私は、ゴールの見えない状況に絶望しつつ、少し広いエリアへ出た。下っ端も消え始めていたから、いよいよ頂上が近いのかもしれない。
このまま何事もなくスタンガンを振るえますように…と祈る私が角を曲がると、そんな願いを嘲笑うかの如く声が響く。

「いよいよである。N様が英雄になられる!」

不吉すぎる叫びに、私は一瞬引き返そうかと思った。派手な衣装に既視感を覚えた私は、いっそここでスタンガンを使うか…と思ったけれど、それは下っ端団員に阻止されてしまう。

「ジャ…ジャロ様!うしろうしろ!」

全員集合しそうな下っ端の呼びかけで、ジャロと呼ばれたおっさんがこちらを振り返った。
あのヴィオとかいう奴と似た系の服を着ているところから見るに…どう考えても幹部、六文銭だか八犬伝だか七賢人だかの一人に間違いない。

どうやら私は、七賢人のジャロというおっさんが部下に弁を振るっている最中に、空気も読まず飛び出してしまったらしい。だってそんな角まがってすぐのところにいたらわかんないって…こっちだって関わりたくて関わってるわけじゃないんだから…。
嘆く私に、四人の下っ端とジャロの視線が一身に注がれる。珍しく警戒しているようだ。無理もない、あれだけの数の下っ端を蹴散らし、挙句この長い長い階段を徒歩で登ってきたわけだからな。面構えが違う。

「なんと!ここまで来る者がいようとは!」

ジャロは驚いたように声を上げ、失礼な事に私を指差した。その指先から感電させてやろうか?とスタンガンを取り出す直前に、四人の下っ端がにじり寄ってくる。そして卑劣にも、ジャロの声を合図に、連中は総出で私に勝負を仕掛けてくるのだった。

「えぇい!N様のため!こいつを足止めせよ!」
「…え?」
「プラズマ団以外は全て敵!全力で排除する!」
「ええ?」

物騒な掛け声と共に、強制戦闘が開始された。一斉にポケモンを出した四人の下っ端は、スポーツマンシップのスの字もないらしく、多勢に無勢という卑怯な状況を平気で作り出す。なんて悪い奴らなんだ、と私は呆気に取られ、よく考えずにうっかりメラルバを出してしまう。

「あっ」

やべ、と思ったが、出てきたメラルバはいつになく闘志に燃えていた。そういえばこいつも、相手を糸で雁字搦めにしてから燃やし尽くすという、汚いなさすが忍者汚いと言われてもおかしくない非情なポケモンであった事を思い出す。
私のような乙女を寄ってたかってボコろうとする大人たちVS無表情の殺戮マシンメラルバ。案外いいカードだったかもな。ポケットモンスターとは思えない謎の1シーン…戦いの火蓋は切って落とされた。

「イッシュの夜明けを邪魔させるわけにはいかない!」

そう叫んだ下っ端を、息を突かせる間もなく、メラルバは燃やした。あわや火事、となる前に仲間が鎮火し、スタンガンさえ躊躇う私にはとてもできない芸当に、トレーナーながら戦慄してしまう。

怖。触る者みな傷付ける、ギザギザハートの子守歌か?
戦いに情は不要…とでも言いたげな後ろ姿で、メラルバはどこか満足そうに体を揺らしている。表情はわからずとも高揚感は伝わってきたので、やっぱりポケモン勝負でこそわかる事が、この世にはたくさんあるように私は思った。新入りに血も涙もない事はあんまり知りたくなかったけどな。

その後、いけ!やっちまえ!汚物は消毒だ!などと野次を飛ばす私に応え、メラルバは善戦した。ニトロチャージによって神速と化したこの幼虫は、下っ端たちによる消火活動が追いつかないくらい火炎を吐き続け、さすがに私まで歴史的建造物を全焼させるわけにはいかなかったから、敵の戦意が喪失したところで放火をやめた。
額から流れる汗が、熱くて出たものなのか冷や汗なのか、私にはもうわからない。アデク、お前はとんでもない卵を私に寄越してくれたもんだな…爺さんもまさかこういう非情な戦い方をするの?炎の体で突進していき、相手を火傷状態にしてじわじわ追い詰めていく…弱っていく相手のポケモンを見下ろしながら、これが戦いだ、と挑戦者に言い放つような…そんなチャンピオンだっていうの…?全年齢詐欺もいい加減にしとけ。

ジジイの妄想はさておき、あの変な衣装が防災頭巾の代わりを成す事になった下っ端たちは、自らの服が焦げつこうとも、老い先短い幹部を守っていた。その姿、スズメバチに襲われながらも必死で巣を守るミツバチの如く勇敢で儚いものであったという…。容赦のない縦社会を見せつけられた私は、やはり何かに属するのは愚行だな…と一層無職への誓いを強めたのだった。

「英雄によって新しい世界に導かれる…」

下っ端たちに守られた幹部は意味深に呟き、ようやく私の前に立った。脳筋の私は、来るなら来いよと火炎放射器を抱えて待っていたけれど、相手はポケモンを出すつもりはないらしく、どこか確信めいた目つきでこちらを見据える。そしてひやりとさせる決め台詞を、服についた煤を払いながら放つのだった。

「そう!お前達トレーナーは、ポケモンを失う事になる!」

四人の下っ端とそのポケモンを蹴散らされても尚、堂々と言い放ったジャロに、私は思わず身を引いた。こんなに強い私を目の当たりにしたというのに、一切揺るがない態度は、腕力以外での強さによる勝利を信じ切っているようで、こっちの精神が揺さぶられる。

何なんだ、この自信。お前ただ服についた煤を払ってただけのくせに偉そうじゃないか?公共広告機構みたいな名前しやがって。まぁプラズマ団の中では偉いんだろうが、私からしたらただのおっさんなので、威圧的な態度にドン引きである。
しかし幹部クラスがこう言い切るって事は…間違いなくNは何かをやるつもりなんだろう。そしてそれを成功させるとみんなが信じている。部下から謎の信頼を寄せられている電波青年には疑問しかないけど、奴なら何かやりかねないという感覚は私にもわかるので、悲鳴を上げる足腰を奮い立たせながら、残りの階段を駆け上がった。

ていうか何でこんなに必死こいて走ってんだよ…普通に私関係ないじゃん…呼ぶなら指名料払ってくれや。こちとら世界救済率ナンバーワンの売れっ子トレーナーだぞ!気軽に呼びつけないでちょうだい!

こうなったら脳筋の強さを見せてくれる。
お前が伝説のポケモンを従えようが、チャンピオンを越えようが、全て物理で上から捻じ伏せてやるからな。理想を追求する奴が何だってんだ?こっちだって幼い頃からニートを追求して戦ってきたんだ、負けるとは思えん。
そうやって得た力が、私達の強さなのかもしれないと思う。非情の幼獣メラルバも、卵の頃から私達と共にあり、そして今がある。一人で強くなるわけじゃない、ポケモンも人間も、互いに影響を与え合って生きていく、私も今までそうだった。というか今もそうだ。自然にそう思えて、28.8キロの重みが、私に大事なことを思い出させた気がした。
だから負けるわけがねぇ、と確信した時、頭上から響いた謎の鳴き声が、私の足と思考を止めさせるのだった。

「バリバリダー!」

…何語?

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