随分と下まで降りちまったぞ…と、ついに人っ子一人いない状態に怯えている私の元に、ようやく尋ね人が合流した。

「…やっと追いついた」
「あ、チェレン…ご無沙汰…」

やってきた少年に手を挙げ、孤独が解消された私は、思わず安堵の息をつく。
あれからプラズマ団の下っ端を蹴散らし、たまにポケモンの声が響く以外は静かな城内をひたすらに下って、私はアデクとチェレンを探していた。
心細かった…今もし天変地異が起きたら間違いなく城と共にお陀仏だとか考えちゃって、そこから思考がマイナス一択よ。死が隣に越してきた絶望を味わいながらも、石を見つけなくてはならないという健気な責任感から足を止められず、半泣きで進んでいた時に、やっとチェレンが追いついてきたのが現状であった。何故先に行ったはずの君を私が追い越しているのかはよくわからない。ゲームフリークに聞いて。

「ここって何階まであるのかな?もうかなり下まで来たと…」

途方もない城内の広さトークを展開しながら、階段を下り切った時、目の前に突然ド派手な二人組が見え、私は思わず口を閉ざした。ついでに足も止め、咄嗟にチェレンの手を掴む。
長い階段の先には、今までで一番広い空間があった。ここが最下層かなぁ?とのん気に観光していられなかったのは、アデクと、彼の前に想像もしていなかった人物がいたからである。

「お前達…こっちに…わしの側に来るんだ」

私達に気付いたアデクが、振り返って早々に深刻な顔でそう告げた。ただならぬ空気に素直に従って、チェレンの手を引きながらチャンピオンを盾に身をひそめる。

「お揃いのようですね」

極めてイレギュラーな存在に声をかけられた私達は、静かに息を飲んだ。アデクの前で並々ならぬプレッシャーを放つ男の名を、私は心の中で呼ぶ。

ゲーチス。どうしてここに…。
下層でアデクと一触即発状態だったのは、意外や意外、七賢人の一人であり一番偉い男、ゲーチスであった。
護衛もつけず、たった一人で砂の上に立つ相手の姿には、正直混乱しかない。
なんで?おっさんが二人で何してんの?赤と緑、反対色で無駄にカラフルなんだが?双方キャラが濃すぎて処理し切れない私は、異様な光景を疑問視しないはずもなく、アデクとゲーチスを交互に見る。
するとゲーチスは我々を見下ろし、ここにいる理由を匂わせてきたので、そのNPCらしさには若干ホッとさせられた。してる場合ではないけども。

「もう一匹のドラゴン…レシラムを復活させるため苦労なされていますね。ですが、ここにはお探しのライトストーンはないようです」

こっちの情報が筒抜けなのにも驚いたが、すでに捜索が完了した風の発言に、私は呆然とした。そして次に湧いてくるのはそう、怒りである。

なるほどな、プラズマ団は我々よりも早くストーンの捜索を開始し、そしてその指揮はゲーチス自ら執っていたというわけか。だからこんなところにいるのね。扱いにくい現場監督に、下っ端がやりづらそうな空気を醸し出している姿を想像して、絶対にここでは働きたくないと強く思う。
という事は、だ。わざわざここでそれを教えるくらいなら、あのダーク何とかトリニティでも使って先に教えてくれたらよかったんじゃないの?古代の城にストーンはないって。そしたら今頃私はポケセンでごろごろできてたんじゃないのか?すでに筋繊維を修復し始めている膝の痛みに苛まれている私は、度重なる階段移動のせいで、いつまで筋肉痛が続くかわからない状況を嘆き、そして怒り狂った。

ここまで来た意味、なに!?教えて!教えてくれなきゃ私がお前にさよならを教えてやるよ!現世とのな!
ありえん!と拳を握りしめ、どこまでも無駄を強いる組織を心底憎んだ。意味もなく塔を登らされ、意味もなく砂の城を歩かされ、これでキレるなって言う方が無理だろ!今の私は自宅のWi-Fiより切れやすいからな!発言には気を付けろよ!
ゲーチスの言っていることが本当にしろ嘘にしろ、プラズマ団の姿がないところを見ると、こいつらがここの捜索を打ち切った事は間違いない。あれだけの人数で探して見つからないのであれば、本当にここにはないのかもしれなかった。

どう足掻いても胸糞悪いわー。元はといえば石を探すはめになったのも全部プラズマ団のせいだし、こいつらさえ血迷った思想を掲げなければこんな事になってねぇんだよ。これまでのつらかった日々が、走馬灯のようによみがえり、私は心の中でゲーチスを簀巻きにして燃やした。東京湾に沈め、シャバの空気にさよならバイバイ、俺はこいつとムショ入る、って感じだ。

Nはともかくとして…ヤーコンも言ってたが、どうもこいつは胡散臭いぜ。アデクもマジに警戒してるし、七賢人もびびってた、私も何か…初見時から嫌な感じがしている。他の七賢人に比べてキャラデザがちゃんとあるところとかがこう…怪しいと思ってるんですよ。
メタ的な意味でゲーチスを不審に思っていれば、不意に視線が合ってしまい、一瞬ひるんだけれど、私はすぐに睨み返した。若い頃はバスケットでもやってましたか?ってくらいでかい男は、立っているだけでも威圧的だというのに、近付いて来られたらもっと脅威で、助けを求めるようアデクの手を握る。
ええ…何…!こっち来んなよ!ハウス!森へお帰り!

何故か私の方へ向かってくるゲーチスにびびり散らしていれば、何と頼りになる事か、アデクが私を庇うように立ってくれたので、私の中の全孫心が感動で震え上がった。おじいちゃん…!と赤の他人を呼んでしまいそうになる。
アデクさん…!本当マジで卵は押し付けるしチャンピオンのわりにふらふらしてるし何だこのジジイはって思ってたけど!でもこんな…もはや強すぎて誰も助けてくれない私の盾になってくれるなんて…感激値がカンストしちゃったよ。ここに来てチャンピオンらしい姿を見せてくれた事に、私の胸は熱くなる。
今まで心の中でディスりまくってて申し訳なかった。これからは心を入れ替え、卵譲渡ジジイに格上げしたいと思います。大差ねぇよ。

進行を阻まれたゲーチスは一応足を止めたが、それでも尚こちらから目をそらさず、周りの全てを無視して私を見据えていた。赤い瞳が光ったように見え、それだけでもゾッとする。

「さて…おめでとうレイコ。あなたは我らが王に選ばれました」

呼び捨てすんな。さんを付けろよデコ助野郎。
急に名指しされた私は、まさかあのとき応募したホリプロスカウトキャラバンに…?と現実逃避をし、首を傾げた。井森ダンスしか踊れない私が見初められた理由は知らないが、改まって言われなくても何となく察していたので、そうか、という感じである。
そうか。わかった。辞退させてくれ。井森ダンス一本で生きていけるとは思えない。私にはもっと相応しい場所がある。そう、自宅だ。つまり無職だ。英雄が職業かどうかは怪しいところだけど、基本的に何にも属していたくないので、降板できるならしたいものである。

しかし、もうできはしないのだと、私には結構前からわかっていた。
降板できない。おっしゃる通りNが私を選んだなら、もはやそうするしかないんだ。物理的解決ではなく、Nを納得させる形での解決を私も望んでいるから、謹んでグランプリ、お受けしようと思う。そして何よりチェレンの手前、私は駄々をこねる事ができない…!つらい。世間体を捨てられない自分が浅ましいよ。

別に選んでいただいて全然構いませんけど?という態度を取る私に、ゲーチスはさらに続けた。

「あなたがこのままポケモンと共存する世界を望むのなら、伝説に記されたもう一匹のドラゴンポケモンを従え、我らの王と戦いなさい」

なんだこいつ偉そうに。言われなくてもそのつもりですが?って感じ。一体何様なんだ?と口元を歪め、当事者でもないくせに、お父さんともっと仲良くしなよ?と第三者から家族について上からアドバイスをされた時のような、お前には関係ねぇだろ!と言いたい案件と化した状況を、ひたすら不快に思うレイコであった。

「でないなら、プラズマ団が全てのポケモンを人から奪い、逃がし、解き放ちましょう!」

ドヤ顔で宣言され、私はしばし沈黙した。それ今もやってるやんけ、と指摘しかけたが、本格的に解放計画が始動するという話なのかもしれない。静かに相手を睨んで、本当にやりかねない空気を纏う男から、また一歩引く。
ていうか、わざわざ奪って逃がさなくてもいいように、Nが自主的に解放を促そうとしてるんでしょ、今。それもどうかと思うが、言葉遣いが丁寧なわりに乱暴な単語を並べるゲーチスを信用できず、Nも何故こんな邪悪そうな奴を侍らせているのか、全く理解できない。
付き合う人は選びなよ、とストーカー被害真っ只中の私からアドバイスされてしまうNに同情しつつ、そのストーカーはNなのでやっぱり同情は取り消したりしている間に、アデクもゲーチスの台詞に引っかかりを覚えたようだ。語彙の無い私の代わりに煽ってくれて、私はただ頷くだけの野次馬と化す。楽な仕事だよ。

「…解き放つだと?トレーナーと共にあるポケモンがそれを望んだのか?人々からポケモンを奪う事が、お前達プラズマ団の謳うポケモンの解放なのか?」

遺憾した様子で訴えたアデクの後ろで、国会なみの野次を飛ばした。
そうだそうだ!物理的に切り離す事が解放だなんて安直すぎて笑えもしないぞ!ポケモンが望んでもいないのに解き放ったってお互い不幸になるだけだ!公約が守れないなら辞めちまえ!辞任しろ!
しかしゲーチス議員は、そんなアデクの正論をせせら笑うと、長台詞で煽り返してきたため、どうやらしばらく泥仕合が続くみたいだ。頼むから純粋なチェレンに醜いラップバトルを見せないでくれよな、と野次馬は一人願う。

「おやおや、これはチャンピオンのアデク殿…長年のパートナーだったポケモンを病で失った数年前より真剣勝負をせず、四天王にリーグを守るよう命じたあと、自分はイッシュをふらふらしている…そのようなチャンピオンでも、人々とポケモンが共に暮らす今の世界を守りたいと?」

プレイヤーが読み飛ばしてしまうような長文に、あまりにも大事な情報が収録されていて、私は二人を交互に二度見した。アデクの衝撃の過去は、できればこんな形で知りたくはなかったと思い、素直にリアクションに困る。

マジかよアデクさん…チャンピオンのくせに遊び呆けてると思ったらそういう理由があったのか…。計り知れない喪失感を思うと胸が痛み、掴んでいる手を強く握れば、同じくらいの力で握り返された。余計に悲しくなり、そしてそんな話を煽りに使うなとゲーチスにキレそうである。
お前!スネイプだってシリウスが死んだ事でハリーを煽らなかったんだぞ!それを…なんてクソ野郎なんだ。こいつこのまま埋めて帰らない?穴はカビゴンが掘るからさぁ!
物騒な埋葬計画を立てる私とは裏腹に、アデクは表情を変えなかった。長年生きていた者の頼もしい横顔には切なさすら感じて、そのまま私も黙り込む。以前アデクが、強くなるのもいいけど、いろんな人にポケモンを好きになってもらうのも大事だと言っていた事を思い出して、私のセンチメンタルは加速する一方だ。

もしかしたらアデクさんも、前は強さを求めてひた走ってたのかもしれない。でも大事なポケモンを失った時、それ以外にも大切なことがあったと気付いたんだろうか。そしてそんなつらい別れを経験したあとでも、みんなにポケモンを好きになってもらいたいと思える心の強さ…まさにチャンピオン足る風格。到底マネできない私は、眉を下げて目を閉じる。
長年のパートナーを失うとか…本当に…無理だな。無理だわ。つらいなんてもんじゃねぇよ。そんな悲しすぎる別れを体験したら、もう二度とポケモンなんていらないと思ってしまいそうなもんだけど、でも卵を孵した私は、悲しみを与えるのもポケモンなら、それを上回る喜びを与えてくれるのもポケモンであるという事を、もう知っていた。それを教えるために卵を渡したのだとしたら…このジジイ…とんでもない男だよ。
アデクの思いをしっかり受け止め、そしてお前やっぱ実質ニートだな?と無職の同胞を感情の無い目で見つめた。もう年なんだし辞めるならちゃんと辞任しなよ。そういう責任感ないのは駄目だと思うぞ。本当に。

ニートがニートにマジレスするという地獄を展開していれば、悪質な煽り屋は突然声を荒げた。

「我らがプラズマ団の王は、ポケモンを縛り付けるチャンピオンより強い事を、イッシュの人間に示します!」

公開演説が始まってしまった。本人を前にしての勝利宣言、しかも自分が戦うわけじゃないのに強気に言い放たれ、私は引き気味に目を細めた。
絶対FF外から失礼してくるタイプじゃんこいつ。FF内でも勘弁してほしいわ。失礼な文言が多すぎるあまり、一つ一つにキレていたらキリがないので、ここは脳筋で決着をつけようじゃないかと自らに有利な土俵に誘おうとするも、一度走り出した演説は止まらない。

「そしてイッシュを建国した英雄と同じように、伝説のポケモンを従え号令を発布するのです!全てのトレーナーに、ポケモンを解き放てと!」

悪い顔で公約を掲げたプラズマ党のゲーチス代表は、さらに選挙事務所の存在もチラつかせる。

「そのため伝説のゼクロムや、王に相応しい城もすでに用意しているのですよ」

マジかよ。美しすぎる秘書だけでは飽き足らず、城までとな?
一気にいろいろ言われて右往左往したが、何にしても目的が変わるわけではないから焦る必要はない。でも城はちょっと意味がわからない。城…?意味がわからない。
城…?と再び私は首を傾げ、何とか想像を試みた。まさかこれから急ピッチで建設するわけじゃないだろうから、すでにどこかにあるという事なんでしょう。

でも見てないな、城なんて。この砂に埋もれた古代の城くらいか。人知れずどこかに建っていた廃れた城でもリフォームしたの?それとも建設して上手く隠してるのか?
前にヤーコンが、プラズマ団のアジトがいくら探しても見つからないと言っていたのを思い出し、どうやら相当のステルス要塞である事は間違いないみたいだけど、今度はそこまで来いとか言われたらマジでお前…わかってるよな?本当にもう…無理だからな?
度重なる移動で精神を病んだ私は、憎しみを胸に立ち上がる。もしまた偉そうに、君も城に来い、とか言われたら…その時は…シャバを捨てよう。心のナイフを尖らせ、不穏な決意をする私だったが、きっとそうはならないよう、尽力してくれる人の存在を信じていた。
そう、先輩ニートチャンピオンこと、アデクである。

「…わしは負けぬ!ポケモンを愛するトレーナーのために!トレーナーを信じるポケモンのためにも!」

言い切ったアデクに、いいぞ!よく言った!と野次を飛ばしながら、私は大きく頷いた。
そうだよ!武井壮のような肉体に熱い魂を秘めたこのニートジジイが、あんな渚カヲルのなり損ないみたいな奴に負けるわけないだろ!真剣勝負を決意したアデクへの頼もしさがカンストし、このまま私の出番が来ないように頑張ってほしいと本気で思った。

マジにアデクさんが勝ってくれたら万々歳なんだって…!チャンピオンに勝ってこそ、人とポケモンの絆の脆さを主張できるわけで、アデクが勝利さえしてしまえば、所詮伝説のポケモンを従えようと信じ合うポケモンとトレーナーの熱い絆の前には無力だったね、とNを全力で煽れるんだからな。プラズマ団は完全敗北、私はレシラムを探さずに済み、こうしてイッシュは救われたのだった…完。
完璧なエンドロールを夢見て、すでに気分はスタンディングオベーションだ。これで頼む、と脚本をゲーチスに渡したいのだが、センスのない監督は見もせずに突っぱねてしまう。

「…王はあなたに興味などない。勝利するのが当然の相手だと判断なさっておるのですよ」
「それを言うためここに残っていたのか?わしも馬鹿にされたものだな」

煽られまくりのアデクだったけど、安い挑発は鼻で笑って突き返していた。揺るがないチャンピオンに安堵して、私もチェレンも思わず口角を上げる。アデクさんなら…きっと何とかしてくれる…!と仙道彰のような期待を抱き、そんな我々をまとめて嘲笑いながら、ゲーチスは頑なに煽り続けるのであった。

「まさか。親切ですよ親切…チャンピオンのあなたが無駄な怪我などなさらぬようにね」

そして最後に、邪悪な本性を露わにする。

「確かにワタクシは、人々が絶望する…その瞬間を見るのが大好きですがね」

取り繕いもせずそう言い放たれた瞬間、私の中の点と線が、一瞬繋がりかけた。しかし決定打に欠け、けれども今まで感じた事のないゲスの極みには、自然と怒りが湧いてくる。
N奴、マジで付き合う人間は選んだ方がいいぞ。どんな仲かは知らないが、こいつはお前と真逆の性質…恐らくお前が最も忌むべきタイプの人間ですよ。こう…ゲスなところを集めて濾過してより純粋な悪を凝縮したような…そういうやばさがあるわ。川谷絵音も驚く非道な笑顔には、ベッキーでなくても顔面蒼白してしまう事でしょう。

アデクさん本当こんな組織には負けないでほしいんですけど!言われっぱなしじゃ終われないよなぁ!?見せてやってよチャンピオンの力!ワタクシもゲーチスが絶望する顔見たいし!
同じ穴のムジナだった私を一瞥したのち、ゲーチスは不敵に笑うと、終始余裕の表情を浮かべたまま、この城から去っていった。

「では、ごきげんよう」

横を通り過ぎた時、しっかりと瞳を見据えられる。胸中をざわつかせながら二人の手を強く握ると、わずかに震えていることに気付いて、この私がびびっているとでもいうのか…?と自嘲した。
ちょっとでかいからって調子に乗んなよ。2メートルがなんだ、ジャイアント馬場より9センチも低いじゃねーか。何故だか私はゲーチスに、凄まじく嫌な感情を覚えていて、それが一体どこから湧き上がっているのか、掴めそうで掴めない。
今まで悪い連中は引くほど見てきたけど…その中でもこいつは特に底が知れないというか、何かやばい事を考えてるのはわかるんだが、でもそれが何なのかがわからない。私を揺さぶる途方もない何かだ。絶対正体暴いてやると誓い、しかしその役目はアデクさんに譲りたいところである。

砂ばかりが続く道を、相手の姿が見えなくなるまで私達は見つめていた。否、目が離せなかったという方が正しいだろうか。
ホッとする事ができたのは、ゲーチスの気配が消失した時で、大きく息を吐いた私は何も話す気になれず、その場で呆然と俯いていた。アデクさんの重めの過去も聞き、リアクションに困るあまり、チェレンの声が耳に入らない。

「…レイコさん」

ぼーっとしていると片手を挙げられ、私は思わずアデクを見た。何故か急に引っ張られた事に、おいジジイ何しとんねんとメンチ切る事もできずにいると、チェレンの方からも溜息が聞こえてきたため、二人して何なの?と眉を寄せる。
なに、もしかして…いろいろ口に出てた?ヤダ!うそうそ!冗談だって!ゲーチスの絶望する顔とか別に見たくないからさ!真に受けないでよ!
慌てて取り繕うとする愚かな私に、アデクは苦笑を浮かべ、何とも奇妙な言葉を投げかける。

「二股は感心せんな」
「え?」

別の意味でゲスな単語が飛び、状況が読めない私は、つい素の声で聞き返してしまう。
うそ…二股…?私が川谷絵音だとでも…?一体何の事だよ、とLINEの画像を見せられる恐怖に怯えていたら、突然二人は同時に手を挙げ、すると私の両手も自動的に持ち上げられる。
あ、そういう事ね…とようやく気付き、繋ぎっぱなしだった手を払って苦笑した。
びっくりしたー。卒論でも提出されるかと思ったわ。手を繋いだくらいで二股呼ばわりとかどんだけお高く止まってんだよ!安売りしてくれ!
チェレンを守り、そしてアデクに守っていただくための決意なんだからこれは…。などと考える私に、アデクは衝撃の告白を寄越したので、今日はこいつのドッキリが多すぎると切に思うのだった。

「わしは孫もいる身…誘惑は勘弁してくれ」
「え、孫…!?そんなにお若いのに?」

しょうもない社交辞令みたいな台詞を吐いてしまったが、本当に驚いたのは事実である。ポケモン界婚期が早すぎる問題を、まさかこんなところでも提唱するはめになるとは思わなかったのだ。

マジかよアデクさん!孫までいるのか!アデクといいオーキドといい、若いジジイのなんと多い事よ!
オーキド博士にあんなでかい孫がいるのも驚いたが、そしてあんな孫だとも思わなかったが、この自由に生きてそうな人がまさか孫までいるとは想像もしておらず、ただただ驚愕に口を開けてしまう。
ちゃんと家事育児に協力してるんだろうな?とどこから目線で思う私に、チェレンが大きく咳払いをして話を途切れさせた。いつまでもどうでもいい事を喋っていた自分を反省し、すまんと小さく謝罪した。

「それで…アデクさん、これからどうするのですか?」

真面目なチェレンが問いかけてくれた事により、やっとストーリーが進みそうである。君がいなかったらアデクと世間話して終わってたな。お孫さんおいくつなんですか?じゃあ今が一番可愛い時ですね〜っつって解散してた。役に立たないニートは黙り、真剣な顔に戻ったアデクが、決意を交えた声で返事をする。

「ふむ…わしがポケモンリーグに戻りNと戦うしかないな…」

せやな、と頷き、他に言う事もないので黙っておく。ぶっちゃけそこで勝ちさえすれば私は何もせずに済むため、今すぐ戦ってほしいくらいであった。
Nもだらだらしてないで早くバッジ集めてポケモンリーグに行きな?アデクもふらふらしてないで帰れよ。行き違いになってたら笑えないだろ。
こういう時くらいはチャンピオンの責任を果たしていただきたいな、と偉そうに構える私をよそに、二人は至って真剣に今後の計画を立てようとしていたので、それは最初に考えるべき事だったんじゃないかな?とマジレスし、額に青筋を浮かべる。

「だがゲーチスの言う通り…というのも癪だし、何よりライトストーンをどうすればいいものか…」

いやもういいじゃん。ゲーチスがここに石はないって言ったんだから信じよ?その方が私も有り難いよ…そして石を探さずに済む状況が一番なので、やはり勝て、という台詞しか出てこない。とにかく勝ってくれ。私が駆け付けた時にはNはもう…冷たくなって…的な状態にしといてくれよ。ちゃんと警察署まで付き合ってやるからさ。
お前が勝てば何も悩む事はないんだよ!と横暴なことを考える私が何の役にも立たないものだから、結局チェレンが最後まで進行役を買って出てくれて、本当に頭が上がらない。すまん。謝罪の語彙もなくてすまん。

「アデクさん、とにかく外へ出ませんか」
「うむ…そうするか。何だかここは息苦しいわ!」

まぁ外の方が息苦しいと思うけどな。砂嵐的な意味で。
言い放ったアデクに続き、私は砂に足を取られながら、来た道を憂鬱な気持ちで戻っていく。行きも面倒なら帰りももちろん面倒の極みだ。溜息しか出せずに歩く私を、二人はやはり置いて行ってしまうのであった。
団体行動!

  / back / top