13.シッポウ博物館

チェレンに諭されて、今日から本気出す!なんて息巻いたはいいが、博物館前に濃い面子が集結していると、近寄りたくねぇな…と素直に思ってしまった。
私の名はレイコ。呼び出しを食らう事に定評のある女だ。アララギ博士から、今すぐシッポウ博物館に来い!と命じられ、度重なる移動に心身を疲弊させながらも、何とか街までやってきたのだが、見慣れた人物が並んでいる姿を見ると、どうにも足が止まってしまう。

アデクにアララギ父娘…どうやら皆さんお揃いのようだな。普通に歩いててあの集団に出くわしたら絶対に引き返すレベルのやばさだよ。濃すぎるメンバーは間違いなくカタギじゃないし、面倒事に巻き込まれる予感しかしないから普段ならスルー推奨なんだけども、すでに騒動の渦中にいる私は、自棄気味に近寄っていく他なかった。
絶対ろくな事ないよこんなの。この人達が一堂に会するなんてシン・ゴジラが出た時くらいなもんでしょ。緊急事態感がすごいわ。行きたくなさすぎ。後ろ髪を引かれまくりながらも、シン・ニートは意を決して博物館前に降り立ち、運んでくれたカイリューをボールにしまった。メタボ龍に気付いたアララギ博士が手を挙げ、とても明るいとは言えない表情で私を出迎える。

「あ、レイコさん…」

重役出勤のように遅れて登場した私は、三人に軽く挨拶をし、気乗りしない様子を隠す事なく眉を下げた。そんな私を見たアララギ博士が、心配した声で現状を嘆いてくれたものだから、多少気分が救われたニートであった。

「…アデクさんから話は窺ったわ。レイコさん、大変な事に巻き込まれちゃったのね…」
「私もまさかこんな事になるとは…まぁ慣れましたけど…」

あまり博士に心配をかけるのも良くないなと思い、苦笑気味につい強がりを告げる。実際わりと良くある事なのだが、自分で言ってて悲しくなった。
いや慣れてたまるかよ。好きで慣れてねぇわ。各地で体験した世界の危機を思い出し、何故かいつも解決を強いられた記憶に、血の涙が止まらない。
つらい。これが力を持った者の義務なの?マグマに飛び込んだり隕石止めたり人とポケモンの未来を守ったりする事が?放棄させてくれ。触れるもの皆壊れていく…私が欲しかったのはこんな力じゃない!吉田沙保里の境地に達しながら、今後の人生を私は固く決意する。

もう絶対この旅終わったらニートするから。今回ばかりはマジ。このあと素晴らしき自宅警備生活が待っているのであれば、電波王と戦うのもまぁ良しとするわ。最後の戦いと思って頑張りますよ。乗りかかった船、さすがに放っておけないしね。チェレンに励まされたせいで逃げ場を失ったところもあるし。レイコはイメージダウンを恐れるニートであった。
本当の敵は眼鏡少年からの純粋な期待かもしれない…と怯える私の元に、新たな登場人物が出現した。そもそも博士たちが何故博物館の前で立ち往生しているのか、その答えが発覚し、私は一人頷く。

「探し物はこれかい?」

声のした方を向いて、私は久しぶりに会ったその人に軽く会釈をした。待ってましたと言わんばかりに全員が注目した人物は、ここシッポウシティのジムリーダー、人妻枠のアロエであった。
そういえば館長だったな、この人。出て来るなり挨拶もなしに何かを差し出してきたアロエは、丁重に封を解いて謎の物体を我々に見せる。彼女が持っていたのは、特に何てことはない白い球体だった。
何ぞこれ、と顔を上げると、衝撃の発言が飛び出し、ようやくここに呼ばれた意味を理解する。

「リゾートデザートで見つかった古い石なんだけど、本当にドラゴンポケモンなのかい?」

その言葉で、私は完全に覚醒した。疲れすぎて鳥頭と化していたが、パズルのピースが一致し、思わず感嘆の息を漏らす。
そういう事か!そういう事ね!いやそりゃそうだわな!

ポンコツすぎる自分に呆れながらも、苦労しただけの甲斐があった事に安堵し、やっと見え始めたゴールを心底嬉しく思う。

これが石か!レシラムが眠ってるっていう、ライトストーン!
これを見つけたから博士はここに私を呼んだんだ!と言葉足らずなアララギを一睨みし、ついつい深い溜息をつく。しかし、我々がうろうろしてる間に仕事をしていたらしいインテリ集団には、素直に感謝を覚えた。
それならそうと早く言ってよ!なんか仰々しい面子が集まってるから誰か死んだかと思ったじゃん!物騒なイッシュに思いを馳せ、全員五体満足であることに喜びながら、アロエの持ってきた玉をまじまじと見つめた。
ところどころ窪みのあるそれに対し、感動と拍子抜けが同時に押し寄せた私は、一人百面相をする。

なんか…普通の石じゃね?漬物石かな?本当にドラゴンポケモン?と言ったアロエの台詞に同意しかない粗末な石は、どう見てもただの石にしか見えず、疑いに目を細めた。
まぁ偉い博士が言うならそうなんだと思うけど…でもこれが伝説のポケモンなんですか?物件選び下手すぎじゃない?自分が長い眠りにつくってのに、こんな雑な石で本当にいいのかと問いかけたくなるレベルだぞ。
それでもこれをレシラムだって言うからには何か根拠があるんでしょうね?と博士を見たら、アララギ父の方が口を開き、ドヤ顔で私に解説をした。

「うむ…リュウラセンの塔を調査したところ、このライトストーンと同じ時代を示す成分が含まれていたんだよ」
「…という事を、私が調べたのね」

そんな事までわかるなんてアララギ父すごいな、と見直したのも束の間、即座にアララギ娘が訂正したので、自分の手柄にしてんじゃねぇよとおっさんを軽く小突く。完全に騙されたじゃねーか。これだから研究職の父親は信用ならないんだよ。悔い改めて。
アララギ博士すごーい、現代女性の鑑〜と露骨に褒めていれば、アロエは私に一歩近付き、おもむろに石を差し出してくる。一切の威厳を感じないそれを突きつけられ、私は感慨もなくただストーンを見下ろした。

「じゃあレイコ、これを…」

目の前まで持ってこられた時、やっと他人事ではないと気付く。

え?持っとくの?私が?
それは、リュックの整理整頓すらできない女には重すぎる課題であった。いきなり歴史的に価値のある石を渡され、じゃあお言葉に甘えて…と受け取れるはずもなく、私は笑ってごまかすばかりだ。
いや冗談でしょ!だって…伝説のポケモンかもしれない石なんだろ?そりゃ私がレシラムを従えなきゃならないのはわかるけど、でも持っとかなきゃいけないわけ?すごく大事な石を?コンビニの割り箸だらけのリュックに詰めろと?捨てろや。
こんなクソニートの所持品になったら目覚めるものも目覚めねーよと危惧する私だったが、アララギ親子とアロエは期待に満ちた目でこちらを見ているので、その熱い眼差しに、お前の席ねぇからとは言えなくなってしまい、泣く泣く受け取る覚悟を決めた。苦汁の決断であった。
まぁ…持っておかないといざという時どうにもならないし…私が所持しておくのが妥当か…。割り箸を捨てる決心をしていれば、そんな私の気持ちを鈍らせるよう、アデクが声を上げる。

「ちょっと待つんだレイコ!」

突然の制止に、私は思わず肩を震わせる。無駄に通る声が間近で響くと脅威でしかなく、頼むからこれ以上追い打ちをかけないで!と心で叫んだ。
もうびっくりさせないでよ!ボイス音量だけマックスなのか!?サウンド設定見直してくれないと困りますよ本当に!
さっきはアララギ博士に大声で呼ばれるし、今度はアデクに叫ばれるし、鼓膜が悲鳴を上げている私は、一体何事ですかと首を傾げた。ここまで来て止める理由もないように思うが、そこはチャンピオン、トレーナーとして事の重大さを理解しているらしく、私の気持ちを確認するよう、優しく問いかける。

「そのライトストーンを手にするという事は、わしに何かあったときNと戦うという事だぞ。それでいいのか?」

改まってそう言われると、私の手は止まってしまった。普通にそのつもりではあったが、イッシュの命運が懸っているわけである。故郷じゃないからどうでもいいとは思えず、もしここでしくじればその余波はカントーにまで来るかもしれないし、いくらポケモンが強かろうと、人の意思を変えるのは難しい。私のようなニートに負けたNは、果たして納得してくれるんだろうか。
勝っても負けてもやばそうな事態は、私の決心を易々と鈍らせる。マジでアデク、何故いまそれを言った?普通にぶっつけ本番の方が絶対よかったって!迷いのない純粋な気持ちで行くべきだったんじゃないかなぁ!せっかく結構前から覚悟決めてたのに!お前にそう尋ねられたらここで多少は葛藤しとかないと私が軽薄な人間みたいでしょ!

実際わりと軽薄である事はさておいて、軽薄は軽薄なりに熱くて厚い部分も持ち合わせているのだ。いろいろと放っておけないと思っているのも事実、そしていつだってポケモンと共に苦難を乗り越えた実績も、私には心強い味方であった。
アデクにだってそういう日々が、きっとあったに違いない。それなのに何を弱気な事を言ってるんだ。勝てよ!わしに何かあった時は…じゃねーよ!何もねぇよ!それともあれか!?持病でもあんのか!?嘘つけよターミネーターみたいな体のくせに!溶鉱炉に沈んでる場合か!
脅してきたアデクに、今度は私が反撃をする。

「…自信ないんですか?」

えっそんなに人生経験豊富なのに若造に負けちゃうんですか!?チャンピオンなのにポッと出の電波に膝をついちゃうんですか!?それだけはしないでくれ…ッとか言っちゃうんですか!?と煽り、一瞬未来のビジョンを見ながらも振り払って、私はアデクを挑発した。
チャンピオンたるもの、もしもの時などあってはならない、そうだろ?常にトップで有り続けろよ!国民の期待背負ってんだから!今はニートとはいえ!今は私と同じといえどもな!
嫌味を交えて激励したら、一瞬呆気に取られた顔をしたあと、アデクは笑って私の背中を叩く。本人からしたら子猫のじゃれつきみたいなものだったかもしれないが、ターミネーターにじゃれつかれたらどうなるか皆さんにはおわかりいただけるかと思う。つまり痛ぇよ。I’ll be back拒否するぞ。

「生意気言いおって…」

どうやら挑発は成功したらしい。やる気どころか殺る気すら感じるアデクのオーラは、私をホッとさせるには充分だった。
よし…!よし!これで私の仕事は消えたわ。ただ石を持って歩いてるだけで良い。サンキュードラゴンボール。あと六つ集めてNのパンティーでも貰うか!一番いらねぇよ。
まぁ半分は冗談として、私もちゃんとレシラムの事は考えておこう。アデクに何かあろうがなかろうが、Nに対して思うところがないわけでもないしな。漬物石を見つめながら、来るべき最終決戦を思い、静かに口を開く。

「私…確かめたい事あるんだよ、いろいろと。だから…行こうと思う。気乗りしないけど」

マジで本当に気乗りしないけど。寝不足の日の化粧ノリくらい乗らんわ。
嫌々である事はアピールしたが、都合のいいところだけチョイスしたアデクは頷くと、満足げに微笑んだ。

「…今のがお前の覚悟なんだな」

そうだよ。気乗りしないながらも行くから相当な覚悟ですよ。だから負けんな!本当に!本当だぞ!フラグじゃないからこれは!ゲーフリのシナリオ捻じ曲げていく覚悟もできてるんだからね!

「わかった。心して受け取れい!」

公式の方針に逆らう気概を認めてくれたアデクは、そう言って私を石の前に押した。
ただの漬物石にしか見えなかったが、いざ受け取るとなると偉大な宝に見えてきて、思わず息を飲む。その上アロエが追い打ちをかけるものだから、ますます手を伸ばしづらくなるレイコであった。

「そうか…このライトストーンは、いざという時にあたしらとポケモン達の理想の未来を守るんだね」

おいやめろよプレッシャーかけるの!私がポンコツだったら守ってくれないってわけでしょ!?やめて!自然体で行かせて!圧力に耐えられない私は、顔を歪めて両手を震わせた。

「レイコ、大事にしておくれよ」

するけどさぁ〜!と地団駄を踏みながら、私はとうとうライトストーンを受け取った。畳みかけるようなプレッシャーで目頭が熱く、しかも結構な重さに絶望を覚える。
マジに漬物石か?普通に重いんですけど。それともこれが世界の重みだって言うの?何より気が重いよ私は…こんなもん背負って旅しなきゃならないなんて…。卵地獄から解放された矢先に岩石地獄が訪れ、何も石の状態で冬眠しなくてもいいのに…と初っ端からレシラムに喧嘩を売った。だって紙とかでいいじゃん。詫び石かガチャチケの違いだろうが。
危うく10連したい病に罹患しかけたところで、石をリュックにしまう私に、そもそもの疑問をアララギ父が投げかける。

「で?どうすればストーンからドラゴンポケモンが目覚めるというのかね?」

コンビニでもらった割り箸とおしぼりの間に石を詰め込むのん気な私は、一瞬博士の言葉を飲み込めず黙り込んだ。何とか荷物を背負い直したところで、その衝撃的事実に顔を歪めた。

…え?それ、まだわかってなかったの?
これだけ偉い博士が集まっててそれはないでしょ、とアララギ親子を見たら、順番に目をそらされてしまい、どうか冗談であってほしい事態に私は項垂れた。だってあれだけ血相変えて呼び出したのだから、当然そこまで済んでるだろうと思っていたのだ。

マジで言ってる?本当に?じゃあ何?このお荷物の石を、どうしたらいいかもわからない状態で私に持ってろって事か?
ほとんど進展の見られない状況を、私達は受け入れざるを得なかった。ショックのあまり肩を落とし、そして重くのしかかる煩わしい石に唸る。もういっそ漬物作るか?その方が有意義だろどう考えても。そうやって漬けた胡瓜や茄子を食べて喜んでもらえたらレシラムだって本望でしょうよ。そんなわけない。

結局遅れを取ったままか…と溜息をついた瞬間、目の前でアロエがいきなり大声を出したため、私は驚いた小動物のように飛び上がってしまい、反動で石が背中を直撃した。痛いやらびっくりやらで一人忙しない私をものともせず、四人は会話を進行させる。こうも無視されるともはや感情がなくなるな。無。私は無です。

「そうだよ!あいつらがいるじゃないか!」

私の心は無だが、どうやら希望は有らしい。あいつら、と心当たりを示唆したアロエに続き、アデクも思い出したように口を開いた。

「そうか、あいつらがおったな」

誰だよ。早く説明してくれ。こっちは短気なんだよ。生き急ぐ私は首を傾げ、新キャラ登場の予感におとなしく待機していると、そんな私の健気さを裏切るよう、アデクはまたしても移動を強いるのであった。

「レイコ!ソウリュウシティに向かうぞ。あの街のジムリーダーはドラゴンタイプの使い手、何か知っているかもしれぬ」
「えっ?は?」

早々に飛び立つ準備をしたアデクの前で、私は反復横跳びなみに右往左往した。新たに出てきたワードをまだ消化できていないというのに、いきなり現地に飛ぶと言われ、困惑しない方が無理だろう。待って、と手をかざし、元気な老人の暴走を止めようとした。

いや待てよ。だから説明しろって!どいつもこいつも我が道を行きすぎじゃない?こっちは素人なんですよ!物言わぬ主人公だからって何でも言うこと聞くと思ったら大間違いですからね!
意義を申し立てようとすれば、当然人の話など聞いちゃいないアデクはさっさとポケモンを出し、秘伝マシン2の力を駆使して宙に浮く。休憩の慈悲を与えられない私は、もういっそカイリューの上で寝ようかな…と疲れ切った頭で思うのだった。

「先に行って待っておるぞ!ではな!」

ソウリュウシティとやらの場所も知らない私はその場で立ち尽くし、上空へ消えていく爺さんを見送りながら、ろくに機能していない脳がいよいよ死んでいくのを感じた。
駄目だ、何も考えられん。今日一日だけでどれだけの事件が起きたと思ってんだよ。そんなに機敏に動けないって…こっちはぬるま湯で育った人間なんだから…。生涯現役ジジイの体力に付き合い切れない私は頭を抱えつつ、追わないわけにはいかない状況を、ただただ悲しく思った。

とりあえず…そのソウリュウシティのジムリーダーがドラゴンタイプの使い手だから、何か手がかりがあるかもしれないって事だな?相変わらず藁にも縋る思いである事に変わりはないが、しらみ潰しにしていくしかない現状である。休憩を諦めた私は大きな溜息をつき、アデクを追う決意を固めた。
このままだと普通に夜になりそうだわ。さすがに時間が来ればアデクさんも寝るよね?そのとき私も…就寝できるんですよね?イッシュ人の生活リズムの不透明さに怯える私へ、アララギ父が不意に声をかける。

「レイコよ」

どうしたアララギよ。
カイリューに登ろうとした時に呼ばれ、もういろいろと面倒だった私は、一度乗ってからカイリューごと博士を振り返った。この巨龍に乗るの容易じゃないから昇降を繰り返すのしんどいんだわ、許せ。
2メートル上から博士を見下ろしていると、そんな私の無礼講を特に咎める事なく、相手は口を開く。優しげにカイリューを見つめる眼差しが、何だか印象深かった。

「お前さんのすぐ隣にはいつもポケモンがいること、忘れるんじゃないよ」

すぐ下にいるけどな今は。見上げてきたカイリューと視線を合わせ、微笑み合ったあと、露骨な最終決戦フラグを立てられた事につい目頭を押さえた。
それって…ラストバトルに向かう者に放たれる台詞じゃないのかな?大丈夫だよね?アデク…勝つよね?
嫌な予感に顔を歪めながらも、こんなに傍にいるんだから忘れるわけないよ、と博士に返した時、忘れていた頃もあったと気付いて、こっそり泣いたレイコなのであった。ちなみにこの涙には、移動がつらい気持ちも含まれている。

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