14.シリンダーブリッジ

ソウリュウシティは、セッカを抜けた先にあるシリンダーブリッジとやらを越えると見えてくるらしい。
また橋か…と私は途中でカイリューを降り、土地勘のないところは飛びたくないとほざく我儘なメタボ龍に代わって、再び原付を走らせている。苦労しながら湿地を進み、噂のシリンダーブリッジに着くと、そこは下を鉄道が通る、何ともけたたましい場所であった。

なんだこの金網みたいな橋。物を落としたら一巻の終わりって感じだな。ライトストーンちゃんと持っとかないと世界が終わっちゃうよ。石落として終了とか微塵も笑えねぇわ。
真下に電車が透けて見えるため、何となく落ち着かないながらも進み、様々な音が飛び交う場所から早く抜けようと原付を飛ばした。

とりあえずさっさとアデクを追わないとな…どうせ目的地が同じなら一緒に行けばいいものを、頑なに別行動を強いてくるのがこの星の住人である。急いでいるにも関わらずこれだから、もはやどうかしているとしか思えない。何か別行動しなきゃならない理由でもあんのか?それがシナリオだから?ゲーフリの指示通りに動かなきゃいけない人生なんて…つらすぎるよ…。それに踊らされながらもメタで対抗する私は、突然原付の前に人が飛び出してきた事により、馬鹿なことばかり考えてもいられなくなる。

それは、本当に急だった。対向車もないくらい閑散としていた通りで、見通しの良い道路だったにも関わらず、まるで瞬間移動でもしてきたかのように人影が出現したから、私は慌ててブレーキを踏むはめになった。夢主にあるまじき奇声を発した次の瞬間には、これまた夢主にあるまじき怒号を飛ばし、私がメインヒロインを降板させられたらお前のせいだぞ!と誰かもわからない相手に憤った。

「て、てめェ!どこ見て歩いてんだ!」

ベタな野次を飛ばした私だったが、顔を上げた先の光景に、すぐさま絶句する事となる。
そもそも、いきなり人が現れるなんて事がすでに常軌を逸していたんだ。その時点で気付いてもよかったのに、疲れからか黒塗りの三つ子に追突しかけてこのザマなので、やはり休息は大事だと痛感させられる。
なんて思っていた次の瞬間、私は原付から降ろされており、いつもの捕らわれた宇宙人スタイルを強いられていた。もはや驚きのリアクションを取るのも面倒で、されるがまま宙に吊るされるしかない。いっそこのままソウリュウまで連れてってくれない?

「…来い」

ダークトくぁwせdrftgyふじこlp氏〜数時間ぶりでござるよ〜!
せっかく覚えた名前を忘れた私は、お前らいい加減にしろよと両足をばたつかせながら抗議する。再登場が早すぎるのもご勘弁願いたいが、いい加減この移動方法を何とかしてほしくて唸りを上げた。

もう…またお前らかよ!性懲りもなくストーキング!?プラズマ団どんだけストーカー育成に力入れてんだ。マジで世の為にも解散させた方がいい、これはもはや聖戦ですよ。平成最後のジャンヌダルクとしてイッシュに降臨した私は、聖女にしては憐れな姿で引きずられている自分に、悲しみのあまり溜息をつく。

もうさぁ…私だって空気の読める大人なんだから逃げないって…どうせ逃げられないしよぉ…せめてもうちょっとマシな運び方してくんない?こっちは夢主だぞ、お姫様抱っことかいろいろ相応しい形があるでしょ。なんでいつも宇宙人なの?そんであいつはどうして原付にまた勝手に乗ってるの?後ろから乗車してついてくる男は、コーナーで差をつけろ…ッ!って感じにドライビングテクニックを披露していたから、運転上手くなってんじゃねぇと謎の怒りをぶつけた。もはや自分が何を言っているのかもよくわからなかった。

もう…いいわ、どうでも。疲れた脳が思考を放棄し、好きにしてくれと私は死んだ目で道路を見つめる。
で?今度はどこに連れて行く気だよ…。どこでもいいけどどこでも嫌だわ。ソウリュウ以外には行きたくねぇから。そしてソウリュウにも本当は行きたくないから。もうただ実家に帰りたい。まだWindowsXPが置いてある時が止まった部屋へ帰りたいよ。
時代に置いて行かれている私は、しばらく引きずられたのち、前方に何やらド派手な柄が見えた気がして、神妙な面持ちで目を細めた。この間どころかさっき見た覚えのあるその衣装に、テンションはこの上ないくらい落ちていく。思わず、うわ、とドン引きしてしまい、その不躾な態度は忠誠値の高い忍者の怒りを買って、普通に頭を叩かれた。理不尽すぎる。今すぐここから落ちて電車を遅延させてくれないかな?

「ゲーチス様、連れてきました」

遠くからでも正体がわかるほど派手な服を着ているその巨人は、私を見ると不敵に微笑んだ。またお前か、と悪態をつきたい気持ちを堪え、何とか顔を歪めるに留める。

ゲーチス、小一時間ぶりだな。古代の城で会ったのが今生の別れでもよかったんだぞ。

今度はどこに連れて行かれるのかと思っていたら、まさかの貧乏くじ、私を待ち受けていたのはお前でなければ誰でもよかった枠こと、ゲーチスであった。
解放された私はでかい音を立てて着地し、金網の上で身構える。こんな低俗な場所にお出ましとは…案外フットワークが軽いんだな、七賢人ってやつは。家から出ない私の重さを見習ってよ。
意味もなく威張りつつ、仕事が終わってゲーチスの後ろに待機しているダークトリニティの一人が、いまだに私の原付に乗ったままなせいで、いまいち話に集中できない。
お前それ…返せよ?絶対返せよな?返してくれなかったら本当にもう無理だから、徒歩だけは無理だから、これはマジのお願いなんだけど私に人を撃たせないでほしい。シャバの空気にさよならバイバイさせられそうな事態を危惧し、そんな私の心境など知りもしないゲーチスは、しっかりストーリーを進行させていく。

「見事ライトストーンを手にしたようですね。まずはお疲れ様と申し上げておきましょうか」

その言葉に、本当に疲れている私は、早々に怒りのボルテージが上限到達するのを感じた。塔に始まり、砂漠、博物館、そして橋までの軌跡が走馬灯のように駆け巡り、この苦しみが貴様にわかるのかと掴みかかりたくなってくる。

は〜?お疲れ様と申し上げます?暑中お見舞いみたいに言うな!こっちはマジなんだよ!マジで疲労困憊なの!それを何?お疲れ〜じゃねぇよ!殺すか本当に!?生かしておく理由どこ!?声帯が速水奨なところ!?
代表作を神宮寺寂雷に譲って死んでくれ!と殺意を強める私は、ラップバトルでゲーチスに勝負を挑もうとしたけれど、ヒプノシスマイクを持つ前に話題を変えられたため、この領土を賭けるのはひとまずお預けとなった。頼む〜今だけ私の声帯を木村昴にしてくれ〜。

「N様のお考え…それは、伝説のポケモンを従えた者同士が信念をかけて闘い、自分が本物の英雄なのか確かめたい…との事です」

今はNどころじゃねぇ、世はまさに大ラッパー時代、ポケモンを闘わせてどうする。お前のラップで白黒つけろよ!それが平成最後にするべき事でしょ!?
そんなわけはないので、私は冷静に一度深呼吸をし、整理するから待ってくれ、とマイクを置く。

そうだった…今は人類とポケモンの未来を懸けた大事な時…私がやらなきゃならないのはラップじゃない、レシラムの復活である。
石を手に入れた事まで把握しているプラズマ団のストーカーぶりに引きながら、私はリュックをしっかりと掴んだ。大切なキーアイテムを所持している時に敵と出会うと、まるで銀行で大金を引き落とした時の帰り道のような緊張感があり、ふざけてばかりもいられない。
一応…ストーンを奪う気はないみたいだな…。強奪しに来たのであればとっくにあの忍者軍団がやってるだろうし、Nの意向に沿うつもりならこのまま私を泳がせておく気なんだろう。
じゃ何しに来たの?と純粋な疑問を抱いていれば、世間話をしに来た説が濃厚なゲーチスは話を続けた。

「そんな事をなさらずとも、英雄になるための教育を幼い頃より施され、結果、伝説のポケモンに認められたというのに…」

半分呆れたように首を振ったあと、対照的な私に、意味深な目を向けた。

「本当に純粋なお方です」

含みのある表情は、何だか心臓をざわつかせ、うるさいはずの鉄道の音も遠くに感じていく。
最初に会った時から、ゲーチスには何となく嫌な感じというか、奇妙な違和感があった。胡散臭い奴っていうのは共通認識だと思うんだけど、それだけじゃないっていうか…何故Nの傍にいるのだろうと疑問が湧くくらい、違う人種に見えたのだ。服の系統が違う二人組は高確率でオタクのオフ会だとは言うが、それにしたって推しが被っているようにも見えない。ずっと変だって思ってた事が、何となく今繋がった。

「…教育?」

響きがいかがわしすぎて、思わず復唱する。ずっと謎に包まれていたNの実態が、段々と透明になり、今まで小卒なりに考察して仮説を立てるも結局しっくり来なかったが、ここに来て地獄みたいな結論に達しそうである。

英雄の教育を施したって、何?
無学の私には想像もつかず、どうりで観覧車見て円運動…力学…とかインテリじみたこと言ってたはずだよと、とりあえず馬鹿全開の感想を抱いた。しかしそれだけで純粋な人間が出来上がるとは思えないから、いろいろ考えるたび、嫌な汗が滲む。

幼い頃からって事は…ゲーチスはNの事を昔から知ってるのかな?電波王になる前のまだまだ可愛い盛りの頃から知ってて、そんでそんな段階から、英雄になるための教育をさせてたってこと?という事は…このポケモン解放計画は、ずっと前から企画されてた話なのか?
途方もない年月を想像し、その執念の深さに、ニートへ執着しまくっている私でも恐怖を覚え、一歩引いた。

怖い怖い。何だそれ。洗脳じゃないの?一体どうしてあのような成人男性が出来上がってしまうのか甚だ疑問だったけど、ついに全貌が見えてきた事に、驚愕と衝撃が襲い来る。
純粋って言うけど…そういう風に育てたからああなってるんじゃないのかよ。
スポンジのように吸収していくピュアティなN。どっちの英雄が本物なのか確かめたいって事は、自分が本物じゃないかもって思っているから出てくる発想だ。絶対的に自分が正しいと感じてたら、そんな疑問を持ったりしない。人と自分は違うんだから当たり前だし、疑問を抱くのは普通の事だろう。そうやってみんな異なる価値観を受け止めて生きている。
でも今までそうじゃなかったって事は、それを教えられる環境じゃなかったって事なんじゃないのか。
ポケモンと暮らし育ったというNの言葉が、今頃になって効いてくる。

あれ、そのままの意味だったんだろうか。
本当にもののけ姫みたいに、ただポケモンと暮らして生きてきたのかよ?他人の存在もなく、同じ思想を持ったロボットような七賢人に教育され、大人になってもあの状態。挨拶もしないし路チューもかます、社交性の欠如したやばい奴。
それもこれもみんな、根っこはポケモン解放に繋がっていて、Nも歯車の一部なんだとしたら、事情が変わるどころの話じゃない。

私は目の前の男にドン引きすると共に、静かに怒りを覚えた。もし私の想像通りだとしたら、そんな事を平然と言えるこの巨人の神経が理解できない。いきなり重い要素ブチ込むのやめてくれんか?普通にむかつくから速水奨の声帯を辞退してくれ。お前にはもったいねぇよ!私が神だったら天龍源一郎の声と取り換えてたね!
滑舌が最悪になったゲーチスを想像し、それでも治まらない怒りが、私の心を占めていく。同時に、どうしてNの壮絶な境遇で私がこんなに怒り狂わなきゃならないんだ、と理不尽な感情でも憤り、とにかく激怒で忙しかった。レイコは感受性が豊かなニートだった。

「…Nが伝説のポケモンに認められたのは、お前らの教育のおかげなんかじゃない…」

勝手に口が反論を叫ぶと、ダークトリニティ全員にメンチを切られた。その圧力にもひるまず、悪の化身に立ち向かう。
気付けば私の中で、Nの回想が始まっていた。お前死ぬのか?ってくらいにカラクサのファーストコンタクトから、直近のリュウラセンの塔までの記憶がよみがえる。どれもこれも正直クソみたいな思い出だが、最初から最後まで、Nがポケモンの事を真剣に思っている事だけは変わらなかった。敵対する私のポケモンにも優しかったし、正直ポケモンを思う心だけで突っ走るのは、容易なことじゃないだろうと感じる。私でさえ世間体を守りたい気持ちが溢れると、ニートへの執着が薄らいでしまう事もあった。普通に働いた方が幸せなんじゃないかと考える時だってあったけど。
でも色んな世界を見て回り社畜に出会ったら、やっぱニートになりてぇって思って頑張れるんだよな。Nも色んなポケモンに出会って、きっと同じ事を考えるんだろう。

そして英雄になった。それはきっと、ただポケモンを人から解放したいと願っているだけじゃないからだとも思う。ゼクロムが英雄を求めるのは、人間とポケモンが手を取り合う事で可能になるものがあると知っているからだ。Nもそれに気付き始めているんじゃないんだろうか。忘れかけていた私だって、思い出せたんだし。

「N自身が考えて…答えを求めてるからだよ」

何で私がNの肩を持たなきゃいけないんだ?とキレ気味に言い放てば、ゲーチスはそんな事はどうでもいいんだよと言わんばかりに鼻で笑ったので、いよいよ拳を振り上げかけた。
こいつマジ何?私の事もNの事もどうでもよさげじゃね?じゃあ来るなよ!何しにそこで待ち構えてんだっつーの!

用がないなら帰ってくんない!?と私は橋を踏みつけて舌打ちする。原付から降りて帰れよお前ら!喋りに来ただけなら何もこんなやかましい場所選ばなくたっていいじゃん!ファミレスに行こうよ!いや行きたくねぇけどな!
奢りならやぶさかではない私は、真面目に考えると、Nのやばすぎる境遇を暴露する事でこちらを動揺させる作戦だったのではないかと気付き、その卑劣さにますます反吐が出そうになる。
イカレてるぜこの男。しっかり動揺した私は、次Nに会った時どういうリアクションしたらいいんだろう…と気まずい心境になり、チェレンといいNといいイッシュの男はとことん人を困らせる生き物だな、なんて頭を抱えていれば、イカレたゲーチスはさらにイカレた事実を発表し、私のプレッシャーを煽りまくるのである。

「ワタクシ…プラズマ団が謳うポケモン解放とは、愚かな人々からポケモンを切り離す事!」

知っとるがな、と目を細めた次の瞬間、初耳の発言が私を襲った。

「そう!世のトレーナー共がワタクシ共に逆らえぬよう、無力にする事なのです」

声高らかに語るゲーチスを、はいはいわかったわかった、と流そうとしたところで、聞き逃せない発言があった事に気付く。いやまぁ大体聞き逃せないんだけど、今回ばかりは聞き逃したら一大事だったので、私は目を剥く事となった。
…もしかして私は今、とんでもないフラグ増設現場に立ち会ったのではなかろうか。

「ワタクシ達だけが、ポケモンを使えばいいのです」

立ち会ったみたいだわ。
悪い顔で言ったゲーチスに、もはや何を告げられても驚かないと思ったものの、これにはさすがに呆然とした。何というか、そう来てもおかしくはない感じはあったけど、でもちょっと安直すぎる気もして、何より、せめてポケモンのためを思っての解放活動であってほしいとどこかで願っていたから、この瞬間、私は全てに諦めがついた。
怒りを通り越すと、もはや何の躊躇いもなくなってくる。この残忍な人間に残忍な感情を抱くのは、何も悪い事ではないのだと思ってしまう。

「こ…この人でなし…!」

思わずサウスパークしてしまい、私は震える声で叫んだ。
はあ?正気か?お前…本当にクズじゃん!どんだけ崇高な目的があるのかと思いきや、結局はただの金目当てだったっていうダイハードなみのどんでん返し!ホリーの腕時計を外してビルから落としてやりたい気分に駆られ、原付が人質じゃなかったらマジにやっていたかもしれないと思った。

つまり結局、お前が!全部!悪いって事だな!わかった!殺そう!ケニーも死んだ事だし!
全ての元凶、諸悪の根源、真のラスボスに、もはやラップバトルなど生温い、暴力で解決だ!と私は脳筋に戻った。拙僧の筋肉がこの上なく唸り、奴は私を動揺させに来たのかもしれないけど、逆にやる気が増してしまって、それを誤算に思えばいいと拳を強く握りしめる。

マジに許さん。何がこんなに許せないのかわからないが、とにかく許せない。別にゲーチスが非道な悪人だろうとやる事は変わらないのに、何だか無性に憎らしい。
Nが最初にプラズマ団の王だと告白したあの時、さすがにちょっと若すぎない?アカギの二十七歳がギリでしょ、と思ったものだが、その直感は正しかったのだ。表向きはポケモン解放保護団体、みんなNの思想に同調し、何も知らずに活動している。しかしその実態は、ゲーチスが何十年もかけて計画したイッシュ征服団体で、Nさえも駒の一つに過ぎないという圧倒的ブラックカンパニーだったのだ。
事実を知る者が、一体どれだけいるのだろう。逆になんで私に言うんだよ。言ったところで影響ないから?わかった殺そう。

「その準備は整いました。ワタクシの完全な計画が実行されれば…プラズマ団に逆らえない愚かなトレーナー共が、一人、二人とポケモンを手放していくでしょう」

私の怒りも知らず、ゲーチスは淡々と話し続ける。

「その人数は百人となり、千人となっていく…チャンピオンもジムリーダーも、その流れには逆らえぬようになります。ポケモンを持つ事が悪となるのです!そんな世界に変わるのですよ」

キレすぎて語彙を失っている私は、赤べこのように首を左右に振るばかりだ。そんな世界にはならない、私がしない、と啖呵切ってもよかったけれど、喋るといろいろ溢れてしまいそうだったからやめた。脳筋は殴るに限る。言ってもわからない奴は、私が拳で思い知らせてやるしかねぇんだよ。
良い子も悪い子も決して真似してはならない思想を掲げ、ここに今、クズ人間VSクソニートの戦いの火蓋が、切って落とされたのである。

「あなたがストーンを持っていても、伝説のポケモンに認められ、英雄になれるとは思えません」

それは同意だ。すまんが私もそう思う。イッシュごめん、でも最悪拳で勝つから許してな。

「ですが、愛しのポケモンと別れたくなければ、せいぜい頑張りなさい…」

嘲るような態度でそう告げたあと、ゲーチスと忍者軍団はその場から去って行った。ちゃんと原付を置いていった事にはホッとしつつ、消えない気分の悪さが内情を占め、エンジンをかける手も何だか重い。とんでもない爆弾を落とされた私は、下を通る電車を見つめ、しばらく呆然と立ち尽くした。

いやいくら何でも胸糞悪すぎでしょ。ダンサーインザダークを見たあとみたいなお通夜状態だよ。
抱えきれない闇に、どうしたらいいのかと頭を抱えた。何も知らないNを思うと、胸が痛くて死にそうである。
なんで私が同情してやらきゃならないんだ?路チューまでされたんだぞこっちは。ゲーチス共々獄中にブチ込んでやりてぇよ。横縞の囚人服を着る二人を想像し、ざまあ、と鼻で笑いながら原付を走らせる。何故だか視界が滲んで、涙は横に流れないんですよという工藤新一の言葉を思い出した私は、こめかみに伝う水滴を拭った。

「な、泣ける…」

Nに負けず劣らずピュアな私は、家庭環境が劣悪だったと思われる彼の幼少期を想像すると目頭が熱くなってしまい、事故る前に原付を停めた。私も結構雑な親に育てられたものだが、そんなもん比じゃないくらい過酷な日々だったに違いない。その異常さに気付かないほどに。
そういう世界で、どんなポケモンの声を聞いてたんだろうな。思えば初めて会った時、私のカビゴンの言葉に驚いていたような気がする。あの瞬間からNの常識は崩れていき、今やっと世界はいろんな人とポケモンに溢れていると、気付き始めているんじゃないだろうか。君は変わったとどこから目線で言われたけども、Nだって変わり続けている。あんなゲーチスにいいように使われるような存在じゃないよ。
それをクソゲーチス野郎に思い知らせてやる。

気合いを入れ直し、再び原付を走らせた。もはや人とポケモンの未来とかより、イッシュで出会ったもののけ姫を救いたいアシタカのような気持ちで道を進む。私の目的は決まった。箇条書きでお伝えしよう。

・レシラム復活
・プラズマ団壊滅
・Nを刑務所にブチ込む
・ゲーチスをブン殴る←New!

ちゃんと練習しとかなきゃな、とシャドーボクシングに勤しむ私は、リュックの中で少し石が動いた事に、気付かないのであった。

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