15.ソウリュウシティ

「レイコ」

怒りと憎しみに支配された私、ポケモンニートのレイコは、ザナルカンドのような近代都市であるソウリュウシティに辿り着き、早々にアデクと合流した。シリンダーブリッジの余韻が抜けぬまま、修羅の形相でジジイに近付いていったけれど、向こうも向こうで難しい顔をしている。理由はこのあとすぐに判明した。

「こっちだ」

またどこかへ連れて行かれそうだが、そんな事はもはやどうでもいい。どこだろうとも花京院のように、いつ出発する?私も同行するって感じだからな。ついて行ってやろうじゃねーの。こっちはいつになくやる気、いや殺る気だからね。次ゲーチスを見たら殴り飛ばすって決めてるから。アデクさんはNを倒せ。私がゲーチスをやる。イッシュのチャンピオンと三大陸制覇チャンピオンの共闘といこうじゃないか。ナチュラルに自分を良く見せようとしたこと、反省します。
GI編のヒソカとの共闘、熱かったな…と仕事をしていた頃の冨樫に思いを馳せる私は、アデクに連れられ、ソウリュウの街を歩いていく。

ていうかすごいなこの街。都会通り越して近代的すぎじゃね?
青のネオンが街中を照らし、民家の雰囲気も他の街とは異なっている。道行く人のファッションも何だか前衛的で、しかし派手な服を見るたびに奴の事を思い出してしまう私は、再び修羅の顔面に戻った。

あのゲーチス野郎…次会ったらタダじゃおかねぇ。衝撃発言が後を引きまくっているため、いろいろと複雑な思いが混ざり、最終的には憎悪に終着した私である。あの男の顔を一秒でも見ようものなら、いつ殴りかかってもおかしくはない状況であった。
今度ツラ見せてみろ、その若い時はイケてた事がわかる顔を歪ませてやるからな。血の気の多いバーサーカーと化した私は、なんという運命のいたずらか、早々に拳を振るう状況に遭遇してしまうのだった。

「そうなのです!我らが王…N様は、伝説のポケモンと力を合わせ!新しい理想の国を作ろうとなさっています!これこそイッシュに伝わる英雄の建国伝説の再現!」

おい!
ゲーチス!いるんかい!

アデクに連れてこられた広場で、私は先程宣戦布告をしてきた男の姿を発見し、思わず叫びかけた。どうりでアデクが神妙な面持ちだったはずだよ!と理解し、下っ端たちを従えて演説をするゲス野郎を睨みつける。再登場速度最短記録を更新されてしまっては、アップが終わっていない拳を打ち込む事もできず、ただただ項垂れた。

なんでいるんだよ!何なの!?どういうこと!?
ソウリュウの中心で解放を叫ぶ演説集団に、私は飛びかかりそうな自分を必死で抑えた。ここで会うなら、さっきわざわざあんな橋の上で一触即発しなくても良かったのでは?と思い、というかこっちで演説するのが本命で、通り道ついでに私を牽制したパターンだと気付いた瞬間、いよいよ壇上に乱入しそうな勢いで怒り狂う。市長の挨拶を邪魔する新成人のように。

おいおいおいおい!どこまで舐めた真似してくれんだ!?本当にやっちまうか!?今すぐ東京湾に沈めてやろうかっつってんだよ!
もう頭きたわー。最初からきてたけど限界まで到達したから。こんなクソ宗教団体の話を真面目に聞く民衆の横で、公約違反だぞ!引っ込め!と野次を飛ばして応戦し、私はブーイングを続けた。どこからどう見てもチンピラだった。
そんな私の横で、アデクは歯痒そうに目を細めながらぽつりと呟く。奴の本性を知っているのは私だけだと思っていたのだが、さすが腐ってもチャンピオン、本当の悪が何なのか見抜いていたらしい。

「…嘘つきゲーチスめ」

戸惑いながら演説を聞く人々を眺め、再びゲーチスを睨んだ。

「皆をたぶらかそうと必死に弁舌を振るっておる」

アデク氏〜!その通りでござるよ〜!
私は激しく頷き、あの男がどれくらいゲスなのかを感じ取っていたジジイに感動して、やっと少し落ち着く事となった。怒りに支配されていた感情が、他人と分かち合う事によって分散していくようである。

そうなんだよ!あのクソ野郎はなぁ!ポケモンの自由を謳いながら、本当は自分達だけがポケモンを使って世界征服するため民衆に解放を促す、正真正銘悪の組織の親玉だから!民だけでなく下っ端も、Nの心すら裏切ってやがる人間のクズだ。カスだ。クソだ。ニートだ。それは私だ。

「ポケモンは人間とは異なり、未知の可能性を秘めた生き物なのです。我々が学ぶべきところを数多く持つ存在なのです。その素晴らしさを認め、我々の支配から解放すべき存在なのです!」

図々しく、どの口がほざく?と言いたくなる台詞を吐き散らすゲーチスへ、私の嫌悪感は止まらない。本当今すぐ息の根が止まってほしい。遠慮はいらないから溶鉱炉に沈んでくれないか。もう戻ってくるんじゃないぞ。
べらべら喋る巨神兵を見ていると本当に殴りかかりそうだったので、私はアデクの謎構造の服を掴みながら、必死に破壊衝動を抑えた。

「我々プラズマ団と共に新しい国を!ポケモンも人も、みんなが自由になれる新しい国を作るため、みなさんポケモンを解き放ってください」

このままだと私の握力でアデクの服がボロ切れになっちゃう!というところで、ゲーチスの演説は終了した。ご静聴ありがとうございました、などと心にもない事を言いながら、部下を引き連れ、最後に私と視線を合わせる。お前みたいなニートが何をしたって無駄…的な目つきは癇に障るどころの話ではなく、私は衝動的に人混みをかきわけ、思わず走り出していた。そのまま人でも刺しそうな勢いで。

…野郎!どこまでも馬鹿にしやがって!Nの件もそうだが、演説ついでに私と駄弁りに来たっていうグリコのおまけ感が一番許せねぇよ!おまけが本編ってタグつけてやろうか!?
沸点の低い私は、雑魚扱いされた怒りでゲーチスを襲撃しようかとも考えた。こんな屈辱を受けて殴らずにはいられない、私がカミーユ・ビダンであれば確実に修正していたであろう。雷親父のように拳を振り上げ、下っ端の壁の中心にいるゲーチスにスタンガンをお見舞いしようとしたけれど、なけなしの理性が私をギリギリで踏みとどまらせる。

駄目だ…ここでゲーチスを殴っても、何も解決しない。
暴行罪で豚箱にブチ込まれるのがせいぜいだと気付き、前科のついたニートなんてごめんだと心底思う。何よりNが私を待っているのだと考えたら、それ以上足が前へ出ない。
あの電波野郎に、所詮暴力でしか解決できない野蛮な人間なんだね、って感じの態度で来られたら、それこそ刺しそうだろ。耐えろ。今は耐え忍ぶ時。
ド派手なローブを揺らしながら去っていくゲーチスを顔芸で睨み、満足したところで私は再びアデクの元へ戻った。あんなにざわついていた広場はいつの間にやら人が消え、あの目立つ赤髪がぽつんと残っているかと思いきや、彼の前には見知らぬおっさんが立っており、不思議な光景に私は目を細める。

誰だ、あのマッチョのカーネル・サンダースみたいな奴。

「シャガよ、久しいな」

傍に寄ったところで、アデクはケンタッキーおじさんにそう呼びかける。近くで見ると、カーネルにしては随分厳つい顔だったので、どうやらフライドチキンを売ってる愉快なおじさんではなさそうだった。
ゲーチスを追っている間に展開が進んでいたらしく、完全に置いて行かれた私は棒立ちしながら二人を見つめる他ない。このケンタッキーおじさんが誰だか知らないが、年はアデクと同じくらいだろうか。口が隠れるほど髭を生やし、というか…え?その髭どうなってんの?重力に逆らってんの?顎髭の構造に頭を捻り、考えても答えは出なさそうだから、それ以上おっさんを凝視するのはやめておいた。
てかアデクさん本当顔広いな。アララギ博士とも知り合いだったし、私なみに町を歩けば知り合いに出会うんじゃない?好きで会ってねぇけどよ。早く手術して主人公属性を全摘してほしいわ。

フラグ乱立を嘆く私のことは置いといて、シャガと呼ばれた老紳士風の男は、アデクとは対照的にきっちりした身なりで、硬派な雰囲気を纏っている。オーラもあるし、どっかのお偉いさんなのかもしれない。このイッシュで無職なのは私とアデクとハチクくらいなもんだからな、何らかの職に就いている事は間違いないでしょう。
相変わらずファッションチェックと職業推理しかできない愚かな私に触れる事なく、二人は会話を進行させる。紹介してもいただけないとなると、アデクさんにとって私はその程度の女だったのね…と哀愁を覚えるばかりだ。卵まで貰った仲なのに…。親密さを微塵も感じねぇよ。

「…どうした。ポケモンリーグを離れ、各地をさまようチャンピオンが一体何の用だ?」

嫌味なのか冗談なのかわからないトーンで尋ねたシャガに、アデクは普段通り快活に答える。

「ずばり!伝説のドラゴンポケモンの事を教えてくれい!」

ストレートにそう告げた時、私は気付いた。この髭のおっさんが、偶然出くわしたアデクの単なる知り合いではない事に。
ハッとしながらシャガを見つめ、モブキャラにしては剛毛すぎる相手の正体に、今さらながら気付く。

そうか、このカーネル・サンダースLv100みたいなおっさんが、ドラゴンの手がかりを持ってるかもしれないっていう、ソウリュウシティのジムリーダーなのか。
どうりで威圧的なサスペンダーをしてるはずだよ…と納得して、意外と事が早く済みそうな状況に安堵する。
よかった、すぐ会えて。これでジムリーダー不在とかだったらマジギレしてたかもしれん。たださえゲーチスにブチギレてんのに、ここで足踏みさせられるとか狂気の沙汰だから。一日働かされたニートの恨み、なめないでいただこう。
疲れた気分が舞い戻って鬱になる私の頭上で、元気な二人の老人は難しい顔を作り、話を続けている。

「先程の演説でゲーチスなる胡散臭い男が言っていたな。Nというトレーナー、ゼクロムを復活させたと…」

やっぱあいつ誰の目から見ても胡散臭いんだな。憐れだわ。

「おうよ!そのNというトレーナーが、ここにいるレイコにもう一匹のドラゴンを探せ!と言ったらしいのでな」

邪心を見抜かれまくっているゲーチスに失笑していると、まさかのタイミングで紹介されてしまい、私は完全に遅れを取った。ぼーっとして気の緩んだ顔をシャガに凝視され、真顔を作ったが時すでに遅し。こいつで大丈夫か?と思われた可能性が無きにしも非ずな事が、ただただつらかった。

おい!アデク!紹介するなら先に言って!?もっとキリっとした顔作ったのにさぁ!こんなだらけたニートみたいな奴が英雄に挑むなんて知ったら、教えてくれるものも教えてくれなくなるかもしれないでしょ!
見た感じ、厳格そうな爺さんである。両親は教師、幼い頃より規律を重んじるよう育てられ、融通の利かない頑固な大人に育った的な顔をしている相手に、想像で勝手に怯える私は、自分がニートなせいで手がかりを失ったらどうしようと焦った。それでも働く気はないので、レイコは救えないクズであった。

「解せぬな…」

私を見ながら渋い顔で唸ったシャガに、怒られる!とアデクの影にそっと隠れる。しかし、シャガが険しい表情をした理由は他にあり、私のニートが発覚したわけではなかった事に心底ホッとした。
よかった、アデクと一緒にいるからニート仲間と思われてたらどうしようかと思った。まぁ実際ニート仲間だから弁解できないけども。強く生きよう。

「自分の信念のため、二匹のドラゴンポケモンをあえて戦わせるつもりか、そのNとやらは…?」

シャガは首を傾げ、理解不能なNの思考に思いを馳せる。あいつちょっとおかしいからあんまり考えない方がいいよ、とアドバイスしかけるも、私もだいぶ頭がおかしくなっているので、Nの気持ちが少しはわかり、こっちの方が解せねぇよという感じだった。

信念のためもあるだろうけど…それだけじゃないし、意味のない戦いでもないと今なら言える。そして私もそれにぼちぼち応えたいと思っていた。前話でNの衝撃の過去が明かされた今、あんな風に人伝ではなく、N自身とぶつかり合って相撲を取る事で、彼とわかり合いたいと考えているわけだ。サンを救うアシタカのような気分でね。
まぁ全部終わったら自首してもらうけど、と司法に関しては容赦なくいきたい私は、そういうトレーナー同士の熱い思いをシャガに語ろうとしたけれど、語彙ないしどうしようかな…と悩んでいた時、アデクが口を開く。

「ポケモンを戦わせるのは、トレーナー同士…そしてトレーナーとポケモンが理解し合うためだよ」

そう。私もそれが言いたかった。
わかってるじゃないかアデク、と偉そうな顔で頷き、Nも同じように考えてくれていたらいいなとしみじみ思った。というか、実際そうなんだ。どれだけ否定しようとも、私達はポケモン勝負で理解を深め、互いに何かを感じ取ったのだ。そして結論を出すために、伝説のポケモンと共に戦おうとしている。
私もそれをNに教えてやりたいのは山々だが、まぁアデクが?どうしても?Nにポケモン勝負の何たるかを説きたいって言うなら?譲ってやってもいいぞ。老い先短い身だからな、見せ場は明け渡そうじゃないの。存分に力を振るうといい。陰ながら応援してる。スタバでコーヒーとか飲みながらね。
親切で軽薄な私は穏やかな笑みをたずさえ、アデクの勝利を願った。願うというかもう勝ち以外ありえないから。ジジイ本当…わかってるよな?お前ここで負けたら立場ないからな?ただでさえサボりまくりのチャンピオン、イッシュの命運を懸けた戦いで負ける事でもあれば、民衆の絶望と失望は生半可なものじゃないよ。私も口利くのやめようかなって思うし。
心の中でプレッシャーをかけていると、何かを感じ取ったのか、アデクは背筋を伸ばし、決意に満ちた眼差しで私を見つめた。その目の頼もしさといったら、絶体絶命のピンチにセガールが駆けつけてくれたかのような安心感があり、私は彼の勝利を確信する。そしてこれがフラグでない事を祈るわ。本当。マジに。

「さてと…わしはポケモンリーグに向かう!いや、この場合は戻ると言うべきかな…?」

冗談っぽく笑ったチャンピオンに、私は頷いた。正直、私をこの初対面のカーネル・サンダースの元に残していくわけ?とは思ったが、もはやNに勝ってくれるなら何でもいいよ。皆無のコミュ力を働かせて乗り切るから、アデクさんも絶対、絶対絶対絶対…。

「もちろんNに勝つ!」

そう、勝って。ロッキー2のエイドリアンのように、私は熱意を込めてアデクを応援した。

「トレーナーとポケモンが仲良く暮らしている今の世界の素晴らしさ、彼奴に教えてやるのだ!」
「うん」
「そしてレイコ!チャンピオンとしてお前さんを待つとしよう!」
「…え、待…え?待ってんの?」

調子良く頷いている私だったが、最後の言葉に引っかかり、思わず苦笑した。何で待ってんだよと素で困惑し、それまで縦に振りまくりだった首を、つい横に振る。

いや待たないでよ。普通に行きたくねぇわ。そりゃアデクさんが持病で倒れて止む無しとかそういう時のために、控え選手として現地には行こうと思ってますよ。Nの行く末を見届けたいとも思うしな。でもチャレンジャーとしては行かないから。どう考えても時期じゃないでしょ。休んでから行くんで。私の事は捨て置いていただきたい。
そのうちね、と念押しし、当分挑むつもりはない事を察してくれたかは定かではないが、微笑んだアデクに軽く背中を叩かれ、私は少し前のめりになる。
だから叩くんじゃねぇよ握力ゴリラ!自分がバケモンリーグチャンピオンだって自覚持ってくんない!?あんたは戯れの一撃のつもりでも小鳥くらいなら死ぬよ多分!

「だからソウリュウのジムバッジを手に入れてリーグに来い」
「はい…そのうち…いやすぐに駆けつけます…」
「最も、ソウリュウのジムリーダーは手強いぞ!」

シャガを見たアデクに、いや余裕っしょ、と慢心にも程がある台詞を本人の前で吐きかけ、私は自分の顔を叩いた。お前は本当に失礼な女だなレイコ。親の顔が見てみたいよ。普通に見飽きたからやっぱいいわ。

「じゃあな、頼んだぞシャガ!」

頼まれたシャガが軽く頷くのを見届けると、アデクはさっさと空を飛び、初対面の二人を残して去って行った。姿が小さくなるまで見送り、案外Nとの対決はアデクにとっても意味のあるものだったのかもな…なんてぼんやり思う。
相棒のポケモンを亡くして傷心気味だった爺さんが、リーグで私を待ってると言ったのだ。それもチャンピオンとして。良し悪しはどうあれ、この件がチャンピオンに戻るきっかけとなったのは確かである。やっぱトレーナーにとってポケモン勝負は、なくてはならない大事なものなんだろう。そして今の私には、それが痛いほどわかる。

「…アデクさん、何か力入ってるみたいだけど…大丈夫かな」

老人の高血圧を案じていると、強面のシャガは意外にも優しい口調で返してくれたので、コミュ力5のゴミの私は、露骨に安心してしまうのだった。

「心配ないだろう。彼はイッシュで一番強いポケモントレーナーだからね」

心強い台詞に頷きつつ、まぁ今は私が一番だけどな…と興醒めする事を思うレイコなのであった。

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