「アデクを追ってリーグに向かってほしい。アデクの強さは知っているが、Nという男の強さは底知れぬ…」

憂さ晴らし…違った、ジム戦に勝利した私は、シャガの弱気な発言を聞き、一人眉を下げている。
伝説のドラゴンポケモンの話を聞き、結局レシラム復活の方法を得られなかった私は、その足でジムに挑戦して、易々とバッジを入手していた。強力なドラゴンではあったけれど、やはりマントがなくては真の力は発揮できないのだろう。難なく秒殺し、レジェンドバッジを貰ったところで、冒頭の台詞を告げられる。こんな時に不安を煽らないでくれるか?と思うも、確かにゼクロムを手にしたNの力は計り知れないので、心配といえば心配であった。

そりゃ行くけどさぁ…でも仮に、仮にだぞ。仮に私がNと戦う事になった時、結局レシラムを復活させてないと何の意味もないんじゃないか?
手がかりもなくリーグへ向かう事には不安が残る。さらに時間もない。これらを解決する手段はそう、やはりアデクが勝つ以外にありえないんですよ。
何もかもぶっつけ本番で行くしかないのか…と生き急ぐNに舌打ちし、ソウリュウジムの自動ドアを出ると、そこで思わぬ人物に私は遭遇する事となった。

「あ。アララギ博士…」

待ち構えていた女性の名を呼び、私は軽く手を挙げる。白衣を揺らしながら近付いてくるのは、イッシュの天使こと、娘の方のアララギ博士だった。
何故こんなところに?と首を傾げ、手にしたバッジを露骨にチラつかせて自慢しながら、私は彼女と合流する。

「ハーイ、レイコさん。シャガさんはどうだった?」
「まぁぼちぼちって感じですね…」

印籠のようにバッジを提示し、ぼちぼちどころか瞬殺だった事は伏せ、世間話に花を咲かせた。
博物館ぶりだな、博士。話数が進みすぎて忘れがちだけど、最後に会ってから数時間と経ってないぞ。てっきりレシラム復活方法について今頃死力を尽くして調べてくれてると思ってたんだが、こんなところに来てるってことは終わったのか?調査とか解析とか。
もしや重大な事件でも起きたのではあるまいな…と身構え、目を細めながら博士に尋ねる。

「何かあったんですか?」
「あなたに会いに来たのよ。レシラムを復活させる方法についての報告にね」

覚悟して聞いてたみたけれど、博士からの返答は意外なもので、私は思わず目を見開いた。先程シャガ宅で何の成果も得られず、がっかりして帰った私には朗報どころの話ではない。マジ!?とあからさまに食いつき、これでニートは確定、いやNとの補欠決戦準備が完了するな!と喜び勇んだ。
やるじゃんアララギ!さすが先進国に生きる女性博士は違うな!優秀な者が上へ行く社会が出来上がってる。日本のどっかの医大とは大違いだぜ。
風刺も欠かさない私は、早く報告してくれと短気さを披露し、大きく身を乗り出した。

「ライブキャスターで伝えるのも何だか申し訳ないしね」
「いやいや…わざわざすいません。それで復活させる方法とは…?」

固唾を飲んで待っていると、途端に眉を下げた博士の態度から、これは良くない報せだとすぐに察してしまう。グッドニュースとバッドニュースどっちを先に聞きたい?という選択肢すら与えられず、私のテンションは地まで落ちた。

「結論を言っちゃうと…まだ解明できていないの」
「…はあ?」

大地の底から響くような低音で、私は聞き返した。信じがたい台詞に、一瞬我が耳を疑ったけれど、悲しいかな聴力は正常である。消沈した表情の博士は、きっと必死で調べてくれたのだろう、それでどうしても解明できなかったってんなら、仕方のない事だとは思う。思うけど。思うけどさぁ!
でももっと本気出せよ!

いっそライブキャスターであっさり伝えてくれた方がよかったわ…と溜息をつき、落胆を隠すことなく肩を落とした。わざわざ御足労いただいたからにはグッドニュースに違いないと思ったのに…どうして夢見させるような事するの…!不良と化した三井に一喝する木暮の気持ちで、私は拳を握りしめる。
いや本当マジで、私もやっと危機感を覚えてきたところだからな?あんなドラゴン英雄伝を聞いたらさすがに焦りますって。ゼクロムが本気出したら青い稲妻でイッシュを攻め、大地も人もポケモンをも焼き尽くしSMAPも解散させるっていう恐ろしい生物なんだろ?それに太刀打ちできるのが、元は同一の存在だったレシラムのみってんなら、絶対に復活させないとやばいじゃん。いくら私が最強とはいえ、それはあくまで対ポケモンの場合だからよ。一瞬で世界滅ぼすってんなら、その一瞬を見抜いて勝負をつけなくてはならない。普通に無理だ。ゼクロムと共鳴し合うレシラムじゃないと、マジに無理。絶望。

「きっとポケモンが誰かを認めた時に目覚めるのね…」

博士の雑すぎる総括に、そんなことはわかってんだよと失笑する。どういう場合にどういう人を認めるかを知りたいんだってば!いやまぁそれがわかったところで私が急に真人間になれるわけでもないから意味ないかもしれないけど!鬱だ。Nもこんな人間性が底辺の私を指名しなくたっていいのに…お前は本当に見る目がねぇよ。しっかりハイライトを入れて私を見てみろよ。地位、名誉、人格、どれを取っても能力値たったの5のゴミでしょ?うるせぇな。好きでこう生まれたわけじゃねぇわ。

もはや浮上しないテンションで項垂れる私に、アララギ博士は話題を変え、お通夜のような空気を入れ替えようと画策してくれた。困っているのは私だけではないと気付き、しっかりしなくてはと顔を上げる。
そうだよな…みんないろいろ抱えてんだから、私だけが悲劇のヒロイン気取るわけにはいかないよな…たとえトチったらポケモンと人が離れ離れになってしまうとしても、つらいのは私だけじゃない。たとえトチったら世界が滅ぶとしても、つらいのは私だけじゃないわけだ。いやどう考えてもこっちの負担がでかすぎるだろ。悲劇のヒロインくらいやらせてくれ。

「それよりも…すごいじゃない!イッシュのジムバッジを8個揃えたんでしょ、ますますたくましくなったよね!」

うそ…マッチョのシャガを倒した余波が私にまで…?博士からの賛辞に、インナーマッスルをさすりながら私は苦笑した。
たくましいどころか筋肉痛は悪化の一途を辿るばかりって感じだけども、博士の目に映る私は清く正しく成長してるって事なのでしょう。いつぞやに4番道路あたりで不穏なことを言われた私にとっては、何とも有り難い言葉だった。

「自分では実感ないかもしれないけど、初めて出会った時とは大違い。トレーナーとして大事なものを見つけたような…そんな感じがする」

露骨に褒めて話題変えてんじゃねーぞ、などと野暮な事は言わず、素直に博士の気持ちを受け取っておいた。確かにイッシュに来て心を入れ替えた自覚はあったため、そしてそれはわりとNのおかげだったりもするので、たとえレシラムに認めてもらえなくても、私は行かねばならないと強く思う。

「レイコさん、たくさん旅をしてきたんでしょ?つらい事も嬉しい事も、きっとあったはずよね」
「まぁ…人並み以上には」
「旅立ったのを後悔した事ある?」

そう尋ねてきた博士に、何故ないと思った?と逆に問いたかったが、私は大人である、ノーリアクションで沈黙した。しかし、ありまくりだよ、と言うのも何だか違う気がして、軽く俯く。
完全にあの最初の旅立ちが選択ミスだったからな…図鑑集めたらニートにしてくれるっていう親父の言葉を信じた私が愚かだった。過去の自分を振り返り、純粋な若人だった頃はまさかこんな事になるとは思いもせず、ただただ無職を夢見ていた姿が、今は無性に眩しい。
ずるずるとイッシュまで来ちゃったけど…そして果てしなくつらい旅路だったけど、今も絶望の淵に立ってるけど、でも思い出すのはポケモンと過ごした楽しい日々、成り行きで助けた人達の笑顔、素敵な観光地、奇人変人、きんのたまおじさん…。ちょっと汚い思い出が混ざってしまったが、後悔ばかりとは言えず、きんのたまだって五千円で売れるんだから、今となっては全てがかけがえのないものだったと言えるかもしれない。
隠し切れない苦笑を浮かべながら、正直に何の成果も得られなかった事を告白してくれた博士に、私も正直になって答えた。

「後悔はわりとしてるけど…でもそれ以上に楽しい時もあったから、それでチャラかな」

頭空っぽの方が夢詰め込める回答をすると、アララギ博士は優しく微笑み頷いた。

「よかった!あなたに図鑑を託せて、私も嬉しかったんだ」

本当に嬉しそうに言われてしまい、胸が痛むやら萌えるやらで感情が追いつかない。守りたいこの笑顔的な博士の表情は、正統派ヒロインを感じさせ、必ず生きて帰ろうという気持ちが増した。
博士にそう言ってもらえると、私も多少はやる気が出るってもんですよ。これをこなしても本当にニートになれるかわからない昨今、モチベが下がっていく毎日で、博士からの応援が私を奮い立たせる…そんな夜もあるじゃん。カノコタウンで待つあなたに笑顔を届けられるのなら…と、どんどん百合方向に走り始める私にブレーキをかけるよう、アララギ博士は苦笑を漏らす。

「送られてきたデータを見てるとね、レイコさんが何を見て、何を感じているかわかるみたいで…ウォーグルに追いかけられて空中旋回してるところなんか思わず笑っちゃったし…」

笑ってんじゃねぇ。死にかけたわこっちは。

「それもこれも、あなたがポケモンと一緒にいて、本当に楽しそうだからなのよね」

死にかけエピソードが博士の笑いを誘った事には引っかかりつつ、確かに私も最近は、というか火炎放射器ことメラルバが生まれてからは、気持ちが澄んでいる気がしていた。真っ当なトレーナーだった頃…はなかったかもしれないけど、自分とポケモンを信じてひた走っていた日々を、微妙に取り戻せた感じがする。
面と向かって言われると照れたので、キモヲタのようにデュフフと笑ってごまかしていれば、また話が180度回転した。

「レイコさん」
「あ、はい」
「これ、受け取って」

急。突然の貢ぎ。
感傷に浸る間すら与えてくれない博士は、おもむろに箱を取り出すと、それを私の手に乗せた。いきなりNPC感を醸し出され、正直戸惑いしかない。
なんで急に事務的な対応?びっくりしたじゃねーか。人間なんだから脈絡を大事にしてよ。困惑するだろ。突然思考をゲーフリにでも乗っ取られたのか?
一体どういう事なの…と怯えながらも、簡素な玉手箱の蓋に手を伸ばす。マジで何?トラベルお役立ちアイテムとか?これまでの経験上、博士含め大人からの貢ぎ物にろくなものはないので、当然私は警戒した。
だってこの地でもらったもん思い出してもみてくれよ、卵と漬物石だぞ?かさばる。シンプルにかさばるんだよ、グッドルッキングガイなみにな。
頼むから収納しやすいものであってくれ…!と願い、恐る恐る蓋を開けると、そこにはなんという事でしょう、驚くべき光景が待ち構えていた!

「見たことあるかしら?マスターボール」

あるー!四個くらい持ってるー!
ボールに刻まれたMの文字を見て、恒例行事の存在を思い出した私は、軽く頷きそっと箱をしまった。
そうだった…旅も終盤に差し掛かると何故かいつも貰えるマスターボール…今回はここだったか…。もはや何の感慨も抱かなくなったプレゼントに、ひとまず礼だけは述べておく。
いやでも普通にいらないからな!在庫も金庫にしまってあるし!私ほどマスボを使わない人間もいないってくらい使い道ゼロだから。何ならモンスターボールを投げる機会すらない。それとも何?この先このボールを使うような展開があるってこと…?先見の明がある私はそれ以上考えるのをやめ、全てを天命に任せる英断をした。
止そう。考えたって無駄無駄…どうせやる事は変わらないんだから、そのまま突っ走ろうじゃないか。いざという時はマスターボールをゲーチスに投げつけて負傷させる手もあるし。モンボでいいだろそれは。

「必要があれば使って」
「ど…どうも…」
「こんな形でしか応援できないけれど…今のレイコさんなら、どんな事があってもきっと大丈夫。迷わずにポケモンと進んでね!」

そう言ってアララギ博士はマスターボールを託すと、最終決戦フラグを立てるような台詞を吐いて、私の前から去っていくのであった。どんな事があっても、という言葉に、一抹の不安をよぎらせながら。

「…何もないよ!ないからね!」

誰に言い聞かせるわけでもなく叫び、私は頭を抱えた。アデク〜絶対勝ってよ〜と半泣きで祈る私は、マスボフラグがきっちり回収される事を、今はまだ知らない。

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