16.チャンピオンロード

いよいよ筋肉痛も佳境。節々の痛みに悩ませられる私、ポケモンニートのレイコは、とても夢主とは思えないだらけた肉体を奮い立たせ、チャンピオンロードへと向かっている。

マジでやべぇよ。さすがに一泊くらいしても良くないか?
時刻は夕方。いくらKYのNでも真夜中に決着をつけたりはしないだろうから、どこかで寝るチャンスはあると思い、その希望だけを胸に足腰を動かしている。
もう泥のように寝そうだな。普通にその辺で爆睡できそうだもん。翌日どころか当日に筋肉痛が来ているこの由々しき事態、一回休んでリセットしたいんだよ…死人が出たらどうしてくれるんだ…。レシラム復活の手がかりも得られないせいで、心身ともに疲弊している私は、チャンピオンロードに入る前に一度休む事を決め、それまでは頑張ろうと健気に原付を走らせていた。

しかしまぁ…さすがチャンピオンロード手前なだけあって、なかなか険しい道だな。
見渡す限り崖って感じの景色である。落石に注意しつつ、通行人は少ないので軽快に走っていたのだが、段々と舗装されていない地面が増えていき、最後には徒歩を余儀なくされた。ボロの原チャを押しながら歩いていると、もはや感情が少しずつ欠けていく思いである。
私は無。体の痛みも忘れ、ロボットのように動くだけよ。何も感じてはならない。考えれば考えるほど、つらい気持ちになるだけなのだから…。
人である事を捨てたそんな私に、突然声をかける奇特な存在が現れた。人間性を取り戻させてくれるような声の主を求め、筋肉痛を押して振り返る。

「レイコさん!」

天使のお迎えかな?
目はかすみ、足は棒と化した私の元へ駆けてきた少年が、一瞬神々しい何かに見えた。疲れた体に染み渡る優しい声色に、思わず脱力しかけたけれど、よりによって一番見栄を張りたい相手だったため、すぐさま背筋を伸ばす事となる。

「チェレン…」

いつものように後ろから走って追いかけてきていたのは、私の天使であり悪魔でもある、女の趣味が悪いボーイズのセンター、チェレンであった。
ここまで来たという事は、彼もシャガの屍を越え、一層たくましく成長したのだろう。決意に満ちた眼差しを見ていると、こっちの身も引き締まるってもんだが、いかんせん私は全身筋肉痛女、何故このタイミングで来てしまったのかと問いたいくらい、立っている事さえ苦痛であった。
しかしレイコはチェレンの前で、普段の運動不足が祟っている姿を見せられない!

「バッジ8つ集まったんだ」
「…はい」

クールを気取り、ヘルメットを外しながら私はチェレンに尋ねた。その所作一つ一つに筋肉が悲鳴を上げたけれど、チェレンに情けないところを見せたくない一心で耐え続ける。ニートにもプライドがあった。

お前は本当どうしてこんな時に来ちゃうんだよ…!肉体が死に、感情が死に、絶望の淵で立ち尽くす生気を失った私の元にどうして今!チェレンさえ来なければ今頃老婆のような姿勢でだらだら歩いていけたのに、これじゃタカラジェンヌみたいに凛とした佇まいを保ってなきゃいけないじゃない!
捨てられないプライドと戦う私をよそに、チェレンはいつになく真剣な表情で俯いていた。この状況で真剣でいられない方がおかしいとは思うけど、幼気な少年に気負わせるのは胸が痛み、心配すんなって!と根拠なく励ましたくなる。筋肉痛女に言われたくないだろうから黙っておくけども。
すると彼は重い口を開き、早々に重圧をかけてきた。

「最悪の場合…レイコさんがNと戦うんですね」

おいやめろ。軽率な発言がフラグになる世界だって事を知らんのか。

「…本当に最悪の場合だけね、本当の本当に最終手段だから」

あくまでもアデクが膝をついた時の話だという事を強調し、私はチェレンに言い聞かせた。
やめろやマジで。私だってたまには戦わずに済む時あるからよ。今回はアデクがやってくれるんで。彼の実力は知らないが、イッシュのチャンピオンになるくらいだから相当な手練れに違いない。まぁ私には遠く及ばないとしても、Nくらいなら片手で捻れる実力を持ち合わせているでしょうよ。
完全にやる気のない私だったが、優等生のチェレンは心配性らしい。危機管理能力の高さを遺憾なく発揮し、ボールを構えて私に宣言した。

「…確かめさせてください」
「え?」
「伝説のポケモンと戦えるだけの力を持っているのか。あなたがどれだけ強いのかを!」

いや持ってるよ多分。確かめるまでもなく滅茶苦茶強いからな、確実に持ってると思うわ。
とはいえ、チェレンの気持ちもわかる私である。このレイコの強さを疑うっていうの!?などとヒステリーを起こす気はなく、勝負には素直に応じようと思った。ここで私が勝てばチェレンも多少は安心するだろうし、圧倒的な力を見せ、レイコさんならきっと大丈夫…と思ってくれたら、こっちも自信がつくしな。
しっかりと頷き、それは構わないけど…と前向きな気持ちとは裏腹に、問題が一つあった。そう、筋肉痛である。

ボールを取り出すのさえ億劫な私は、機敏に歩きたいとは思っても、節々の痛みで大御所のような歩き方しかできない。何たらたらしてんだこいつ?とこれ以上思われたくない一心から、今日はここをキャンプ地とする決意を固めるのだった。

  / back / top