筋肉痛の影響が勝敗に一切関係ないのも恐ろしい話だな。

「…すごいねレイコさんは。素直にそう思うよ」

肉体がどれだけ悲鳴を上げようとも、私の最強伝説は崩れない。普通にいつもと同じ感じで勝ったわ。
仕掛けられた勝負に即勝利し、筋肉痛のあまりコロンビアのポーズは叶わなかったが、Nと太刀打ちできる実力を、私は無事チェレンに披露する事ができたと思う。どうぞご安心くださいという態度で構えていると、相手からも穏やかに賛辞を投げられた。

よかった。筋肉痛で苦しんでる事はバレてないみたいだ。体がバキバキだなんて知られた日には、こいつ大丈夫か?って余計に心配されるだろうし、チェレンの期待を裏切らないためにも、私は気丈に振る舞わなくてはならない…。そして心配で済めばいいけどドン引きされる事も有り得るからな。チェレンに塩対応されたらこの上なくモチベ下がるから本当に無理なんですよ。強くて美しい清純なレイコさんのイメージ…守っていきたいじゃん?そんなものは最初からねぇよ。

立っていると疲れるので、さりげなく原付に腰かけた時、チェレンが浮かない表情をしている事に私は気付いた。伝説のポケモンすらワンパンで倒せる実力を見せたはずなのに…何故…?と慌てていると、すぐに理由が判明する。

「今の僕ではレイコさんに敵わない…それではNとの戦い…何も助けてあげられない…」

思い詰めた顔でそう言ったチェレンに、危うく尊みが爆発しそうになってしまった。何とも健気な台詞はニートの胸を打ち、思わず否定の言葉を口にする。

「…そんな事ないよ」

咄嗟に慰めてしまったが、それは紛れもない本心だった。
一体何を悩んでいるのかと思えば…そういう事だったのね。私の五億倍は責任感のあるチェレンに感動し、首を左右に振る。
それで気落ちしてたのか。心配すんなって!子供は素直に、レイコさんがこんだけ強いならやる事ねーしグラブルでもしとくか、ってガチャ回しとけばいいんだよ!私もアデクがやってくれると信じてるから十連引いたしな。ドブだったが。死のう。

強くあるばかりが助けになるとは限らないので、私は無い語彙を絞り出し、自分がいかにチェレンの世話になっているかを語ろうとする。

確かに君は天使のような悪魔の少年かもしれない…幾度となく肝を冷やされたが、それも全て私の成長の糧となった…。初対面の時から親切にしてくれて、こんなニートの私を慕い、信じ、尊敬してくれたこと…心から嬉しく思う。そういうチェレンの純粋な想いが私にとってはプレッシャーとなり、結果としてここまでやって来れたんだよ。君がいなかったら、まぁ誰にも会わないしすっぴんジャージでいいか…とコンビニに行く意識の低い喪女のように、何も考えずだらだらイッシュをさまよっていた可能性が無きにしも非ずだ。私を善良トレーナーと信じてくれているチェレンの前で、無様な姿を晒すわけにはいかないと思ったし、そういうトレーナーになりたいとも思った。つまり今の私があるのは君のおかげなんだよ!
でもこれを言うとニートってバレちゃうんだよなぁ!

「チェレンにはチェレンの役割があって…私はそれに助けてもらったよ、いつも」

何とか当たり障りのない言葉を選び、具体的な事を聞かれる前に、それっぽい台詞を重ねていく。

「上手く言えないけど…チェレンがいてくれると頑張れるんだよな」

見栄を張らなくてはならないので、という台詞を飲み込み、決め顔で告げた。時には競い合うライバルのように、時には互いを高め合う友のように、存在するだけで意義がある、君はそういう人間なんだよ…と視線で訴える。多少盛ったが大体合ってるため、私は堂々とチェレンを見つめた。
だから気落ちしないでよ。私を見て?ポケモン勝負という土俵から降りたら誰の事も助けられないクズだぜ?親の脛をかじってる人間が恥ずかしげもなく生きてるんだから、お前も胸を張って生きろよな。慎ましさを分けてもらった方がいいレイコであった。
歯を輝かせて告げた私に、チェレンは何故か俯くと、眼鏡のフレームを上げながら溜息をついた。

「…そういう風に言われると…困ります」

なんでや。慰めたのに…?

「でも…そうですね。確かに僕達はみんな違うわけだし、それぞれのできる事をすればいいんですよね」

どうしてか一回苦言を呈されたが、すぐに同意をいただき、とりあえず適当に微笑んでおいた。その通りだ、と頷いて、ありのままの姿見せるチェレンでいてくれと願う。
そうだよ。健やかに過ごしつつ、レイコさんって本当才色兼備で憧れちゃうなぁ!って私を持て囃すとかが君の役目だ。鼓舞してくれ、頼む。少年に応援されないと頑張れないクソ人間の私に、チェレンはさらに悟ったような言葉を続けた。

「…みんなにとっての理想とか真実って、みんなの数だけあるんだ。だけど、大事な時には助け合えるのが普通なんですよね。だからポケモンと人はいつも側にいるんだって…最近思えるようになりました…」

語彙めちゃくちゃあるなこいつ。完全敗北UCの私は、ただただ決め顔で頷くしかなく、でも本当にそうだといいな…と真面目に思う。今がその大事な時だと認識している私は、リュックに詰め込んだ漬物石に念を飛ばした。

いいこと言うじゃん、チェレン。助け合えるのが普通か…確かにそうだよ。イッシュに来てキャラの濃い連中と度々交流したけど、それぞれ異なる価値観を持ちながらも、みんなポケモンと人のために手を取り合ってたもんな。そして私のような堕落したニートだって、今回ばかりは人間性を失ってるわけにはいかないと奮い立った。大真面目に。
Nとゼクロムもきっと同じなんだろう。助け合う心と心が共鳴し、バリバリ電波ダーを結成、瞬く間にCDは売れ、今週もオリコンチャート1位…。ニューアルバム「理想」もいい歌が揃ってると思う。でも私はその発売を止めなくちゃならない。何故なら私の中にある真実も、間違ってはいないからだ。
とはいえライトストーンはいまだに沈黙を守ったまま…。果たして本当に何とかなるのだろうかと、真実について思い悩んでいれば、そんな私にチェレンは優しく声をかけた。

「レイコさん」
「…ん?」

決意を秘めたような声色に、私はすぐさま顔を上げる。一見静かだけれど、内側は熱く燃えているチェレンは私の手を握り、その掌の温かさは、冷えたニートの胸を打った。

「アデクさんやあなたに何かあった時、僕が助けられるようになる。そのために強くなります」

不吉なこと言うのやめろ。アデクは勝つ、マヤ歴でもそう決まってる。

「だから…無理しないでくださいね」

怖すぎるフラグを立ててきたチェレンへ恐れおののく私に、情熱的な視線を投げたまま、彼は走り去った。いつもの展開だったけれど、小さくなる後ろ姿は頼もしく、尚のこと負けられねぇと気が引き締まる。

チェレンがここまで言ってくれてるんだ、絶対負けられないよな!アデクさん!今頃リーグでNを待っているであろうチャンピオンに念を送り、負けたら本当に許さんからなと再三言い聞かせた。
マジで頼むよ。いざとなったら私がいるから大丈夫って油断してるかもしれないが、当てにされても困るから。理由はただ一つ、筋肉痛です。
動くのも億劫な状態で息をつき、まぁ体が万全でもNと戦うの嫌だからな…と責任感の欠片もなく思い、秒で横になるのだった。
働きたくないでござるよ薫殿〜。

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