17.ポケモンリーグ

チェレンと別れた私は、野宿で疲れた体を癒し、そして癒されなかった筋肉痛に涙しながら、ポケモンリーグに辿り着いた。チャンピオンロードという名の死地を越えた時の計り知れない脱力感、おわかりいただけるだろうか。

なんかイッシュって都会は本当に都会なんだけど、山は本当に山だよね。
両極端な道のりを思い出し、崖を降りたり登ったりで肉体の死を感じながらも、気力でリーグのポケセンに辿り着いたのだが、悲しい事に休んでいる暇はない。一泊したのですでに遅れを取っている私である。道中出会ったトレーナー達に、緑髪の不審者を見ませんでしたか?と尋ねたところ、複数の目撃証言があった。イケメンゆえに印象に残りやすいのだろう。つまりNはすでにチャンピオンロードを抜け、ポケモンリーグへ挑んでいるというわけである。疲れ知らずなイッシュ人には、正直ドン引きが止まらない。

マジでみんな元気すぎじゃない?私の肉体がカスなの?いやでも普通に考えて塔のあとに砂漠歩いたら疲れるだろうが。砂地を歩くことがどれだけ大変かそなたにわかるのか?鳥取砂丘行ってみろよ。一歩目で挫折するぞ。
一般的な肉体しか持たない私は、小休憩もそこそこにイッシュリーグ入りして、何の感慨もないまま四天王抜きをこなす。さすがアデクの留守を守っていただけの事はあり、皆それなりのキャラの濃さと実力を誇っていたけれど、私の前では戸愚呂を前にした浦飯幽助なみに無力であった。
100%を出さずに勝利した事は言うまでもないけど、ここで重要な情報を耳にする。最後の四天王を殴り倒した時、なんとNは現在アデクと交戦中だと聞かされたのだ。
ギリ追いついた私は長い階段を憂鬱げに見つめ、上方に存在するチャンピオンの間の静けさに、一抹の不安を覚えてしまう。

とうとう追いついたみたいだな…スピード四天王抜きが功を奏したか…もっと時間かけてやれよ。
でもなんか…やけに静かじゃない?さっきまでは私も戦っててわからなかったけど、物音一つしない状況に、思わず身震いする。
なに、勝負は終わったってこと?私が四天王をなぎ倒してる間に?お前らも相当ワイルドスピードじゃねーか。
まぁ…そこそこ時間経ってるし、それも充分有り得る事だろう。アデクがNをブチのめすところを見られなかったのは残念だが、終わり良ければ全て良し、Nは計画を諦め、そして私がアデクを倒し新チャンピオン…これがノストラダムスの予言した未来だ。当初の予定通りなので、何の問題もなかった。
黄金十二宮もドン引きする階段を踏みしめ、それでも何だかざわつく胸中を、私は鎮められない。

アデクさん…勝ったよね?
負けて逆上してNを殺したからこの静けさ…とかではないですよね?私よりも片平なぎさが駆け付けた方がいい状況になっていない事を祈り、段々と明るくなっていく景色に目を細めた。
そして見え始めた頂上に、赤と緑の相反する髪色が立ち尽くしていて、思わず駆け足になった。もはや筋肉痛など忘れていた。

生きてた。Nもアデクも生存成功。
死人が出なかった事にはホッとしたけれど、二人の前にポケモンの姿はなく、重苦しい空気が立ち込めている。とりあえず勝負はついたみたいだ。どっちが勝ったかはわからないけど、私はアデクだと信じているため、彼を熱心に見つめた。

アデクさん。勝った…んだよね?
こっちを向いて笑顔を見せてよ!と強く禍々しい念を送る。ワタクシが見たいのはあなたの絶望する顔じゃなく、レイコの出番はなかったな!って笑う老人の満面の笑みだけだから!本当それ以外はいらないんで!言っとくけどアデクさんの笑顔が見たいなんてほざくのはこれが最初で最後だからな、健気な美少女の願いを無下にするのがどういう事か、よく考えてから答えを出してちょうだい!

すでに結果が出ている事に対して無茶な要求をする私は、神と仏とレシラムに心からアデクの勝利を祈った。
そりゃアデクさんはさっきまでニートだったし、つらい過去も抱えてるけど、でも人とポケモンの絆を誰よりも信じてるイッシュのチャンピオンなんだよ。気持ちならNにだって負けてない、私なんかには余裕で圧勝、それくらい強い思いを持ってここに立ってるわけ。

…でも思いだけじゃ勝てないのがポケモン勝負なんだよなぁ!ソースは私です!

「…終わった!」

Nの声と同時に、アデクはその場に膝をついた。成し遂げたようなNの表情と、何の成果も得られなかったアデクの悲痛な眼差しが交差し、今ここに、地獄が誕生した。
いくら鈍感夢主の私といえど、この光景を見て状況を察せないはずもない。できれば察したくなかったと現実逃避をし、首を振りながら後ずさった。

嘘だ。そんなの嘘だよ。

「もうポケモンを傷付ける事も、縛り付ける事もなくなる。トモダチ、ゼクロムのおかげだ!」

嘘だッ!
思わず竜宮レナのAAを貼り付けてしまうくらい、それは受け入れ難い事実であった。高揚した様子のNが、あまりにも勝者の風格で、本当にアデクが敗れたのだと悟り、私の顔の方が絶望に歪む。

マジかよ。冗談でしょ?だって…ええ?本当に?
あってはならない展開が、私の心身を苦しめた。いよいよ窮地に立たされ、それまでアデクに半分預けていた重圧を、一身に受けるはめになる。

いや嘘でしょ。マ?嘘だって。なんというかシンプルに嫌なんですけど。いろいろ理由はあるも、とりあえずシンプルに嫌。沈黙状態のレシラムがいまだ漬物石の状態では、試合に勝って勝負に負けるって感じだし、このままじゃアデクの二の舞である。ひとまず休憩しないか?三泊くらい休んでから考えさせてもらえると有り難いんだけど。
当然そんな提案が受け入れられるはずもなく、ドヤ顔のNはアデクを見下ろし、確信していた勝利に浸った。

「最も、チャンピオンという肩書きでは僕を止められない…」

じゃあニートは?ニートという肩書きなら負けてもらって大丈夫か?

「それにチャンピオン…あなたは優しすぎるんだ。数年前、パートナーだったポケモンを病で失い、心の隙間を埋めるためイッシュをさまよっていた…本気で戦ったのも久しぶりなんでしょう。あなたのそういう部分は嫌いじゃないけど」

説明的な長台詞で、慰めとも取れる言葉を吐き、私はアデクから後ずさったNへ視線を向けた。つまりサボりが敗因というのはわかったが、それを責められるわけもなく、おろおろしながら見守る他ない。
ブランクがありながら挑戦を受けた心意気は立派だが…でも負けたら意味ないからなアデク。頼むよマジで。いや責めてるわけじゃなくて、私がいたから良かったものの控え選手が急に来られなくなる事だって考えられるでしょ?いや本当に責めてるわけじゃなくてね、ただやっぱチャンピオンとして絶対に負けられない戦いっていうの…あるじゃないですか。責めてるわけじゃないんですけど。もうやめてやれ。

心の狭い私だったが、ポっと出のニートがイッシュを背負うはめになった時の気持ち、考えてもみてほしい。亀の甲より年の功のアデクさんが敗北するのは、私の精神に相当なダメージを与えた。つまりショックだ。プレッシャーだ。やるしかないってわかってるけど、でも私が負けたら、全部終わりなんだぞ。いや負けないけどな。負けはしないにしても、ポケモン勝負に勝つだけが、今回は本当の勝利じゃない。
脳筋封じを食らって呆然とする私に、Nは誰に言うでもなく、声を轟かせる。

「僕は、チャンピオンよりも遥かに強いトレーナーとして、イッシュに号令をかける」

そして電波より強いトレーナーとして私も号令をかけたい。

「すべてのトレーナーよ、ポケモンを解き放てと!」

演説をぶちかますNに、我に返ったアデクは立ち上がって叫んだ。

「頼む!ポケモンと人を切り離す…それだけはしないでくれ!」

ついに出てしまった迷言に、私は胸を詰まらせた。無様でもいい、骨が折れててもいい、歩けなくなってもいい、ネタにされてもいい…それでも人とポケモンを切り離してほしくないと訴えかけるアデクを、一体誰が責められるだろうか。数行前の自分を忘れ、静かに目を伏せる。
アデクさん…ボロ負けしておいてそりゃねぇよと私だったら言ってるが…プライドを捨ててまでNに懇願する姿、さすがのニートにも響いたよ。チャンピオンとして地位も名誉も獲得した男が、こんな電波男に頭を下げる事がどれだけ屈辱的か…。私も神隠しにあった場合などに、ここで働かせてください!なんて言う日が来ようものなら、舌を噛み切ってしまうかもしれないからな、不条理に屈服させられるつらさは痛いほどわかる…。一緒にするな。

私に脳内でボロクソ言われてる方がよっぽど屈辱だろうよと冷静に思う自分をよそに、Nはアデクにマジレスをした。容赦のない一撃だった。

「…僕とあなたは、お互いの信念を懸けて死力を尽くして戦った。そして勝利したのは僕です。もう何も言わないでほしい」

せやな、以外の感情が死んだ。
そう…だな…その通りだと思う。珍しくド正論をかましたNに、私とアデクは黙るしかなかった。地蔵のように硬直し、この居たたまれない空気に耐える。
なんでこんな時だけ普通のこと言う?いつもみたいに電波発言しなよ!アデクさん泣いちゃったじゃん!中学生女子と化してNを心の中で糾弾しながら、それでもポケモン勝負至上主義の世界はシビアなものである、常に勝者であった自分に他人を非難する資格はなかった。
そう、私はいつだって敗者に屈してもらっていた身…偉そうな事は言えない…。だから勝つしかねぇ。アデクの仇を取るためにも!
脳筋の調子を取り戻しつつ、それだけでは解決しない状況に息を飲んでいれば、Nは私に近付いた。さっきまでガン無視されていた事が嘘のように微笑まれ、一応私が来ていた事には気付いてたんだな…とホッとする。あんまりスルーされてるから見えてないのかと思ったよ。まぁ見えないならそれはそれでいいけどな。

「…レイコ」

残念ながらばっちり見えているらしいので、私は堂々と構える。リュックから取り出した漬物石を見せびらかし、とりあえず物は用意したからあとは脳筋で良くないか?と取り引きを持ちかけそうになる自分を、必死で抑えた。いいよ!とは絶対言ってくれないからだ。当たり前だろ。

「僕の見た未来通り、キミもストーンを手に入れたんだ」
「まぁな」
「そのライトストーン…ゼクロムに反応しているね」
「えっ…そう…?」

うんともすんとも言わない漬物石にしか見えない私に、Nはそう語ったので、どうやら彼は見えすぎるタイプの人間らしい。もしくは、声でも聞こえたかのどちらかだろう。
Nのボールの中にいるゼクロムは、確かに石をじっと見つめているため、どうやら本当にこれがライトストーンである事は間違いないみたいだった。ここまで半信半疑で来たこと、素直に申し訳ないと思う。だって普通の石だもんよ…こんなの河原にあったら絶対無視するだろ。
古代の城で見つかってよかったな、と他人事みたいに考えていた時、一層近付いてきたNが、どう考えても近付きすぎな距離にまでやってきたので、私は思わず後ずさってしまった。なに!?と露骨に引き、前科のある男を凝視する。

本当なに!?急!いつもそう!全く理解できないんだがどうしていきなり間隔を詰めてくるんだ!?
前回失敗してまんまと路チュー騒動となったため、私の警戒心は極限状態である。大事な石を盾に、玉を持つ龍みたいなポーズで構えていると、突然Nは声を上げた。

「…だけど!伝説のドラゴン達に相応しいのはここじゃない」

その言葉で察した私は、手を下ろしていよいよガチギレの顔芸をした。
は?もしかしてまた場所移動させる気なの?この期に及んで?
Nの言動パターンを把握しつつある私は、最高の舞台を用意したから来たまえよと上から目線で言われる気配を察知し、夢主降板を覚悟で顔面を崩壊させた。ここでいいだろ!と辺りを見回し、広いフィールドを指しながら、筋肉痛で苦しむ足をわざとらしく擦る。

もう勘弁してくださいって!めちゃくちゃお付き合いしましたよね!?リュウラセンの塔!古代の城!チャンピオンロード!そんでここ!ポケモンリーグの一番上だよ!?階段見たか!?お前も上ったからわかるだろうが、金刀比羅宮を彷彿とさせる絶望感を得た私の気持ち、さすがに察してくれてもいいんじゃないかなぁ!
多少盛った事はさておき、とにかく絶対行かねぇよと誓ったその時だった。

静かなリーグ内に佇む私の耳に、何やら遠くから物音のようなものが聞こえてきた。まるでどこかで道路工事でもしているみたいに、低く重い音が広がっていく。それは次第に大きくなって、ついには地響きまでしてきたものだから、やっとただ事ではないと気付いた。
今度は何!と慌てながらも石をリュックにしまっていたら、動じていないNが首謀者である事が発覚する。

「地より出でよ!プラズマ団の城!ポケモンリーグを囲め!」

情報が渋滞しててわからん!何言ってんだこいつ!
城!?といつぞやに聞いたかもしれないワードに首を傾げ、足元がおぼつかない私は、自らNの方へ寄っていってしまった。服を掴み、重心を預けると、相手に強く肩を抱かれる。
なんでこの地響きの原因の奴に支えてもらってんだ?本末転倒だろ!しっかりしろニート!
自らを激励したが、段々と激しくなる揺れに、一人で立っていられない。

何?どういうこと!?地より出でるの…?城が!?
そんな呼んだら来るGガンダムみたいなことあるか!とキレ散らかし、しかし地盤が割れた瞬間、信じる以外の道を失ってしまう。
そして思い出したのだ。いろいろとフラグが立っていた事を。

ゲーチスが城を用意してると言ったこと、ヤーコンのおっさんが、プラズマ団のアジトがまるで地に潜っているみたいに見つからないと言っていたこと、極め付けにこの地鳴り…点と点が繋がって、できれば繋がってほしくなかったと心から思った。

城、出る。地中から。

普通に死ぬんじゃない?と冷静にテンパる私は、聞いた事もないような爆音に鼓膜を襲われ、体感した事のない震動に平衡感覚を襲われ、ついでに眩暈にも襲われ、ただただ揺れが収まるのを待った。何かが地面を突き破るような音と共に、後ろの壁が破壊された時、恐怖のあまりNにしがみつく。壊れた壁の破片が足元に飛び散ったのが見え、王がここにいるのによくここまでやるな?と色んな意味で感心した。
マジで頭おかしいだろ。Nが普通に突っ立ってるくらいだから死にはしないんだろうって思ってたけど、全くそんな事ねぇからな。あの辺の壁とか飛んできたら死ぬ。打ち所が悪かったら確実に死。というかアデクさんはちゃんと生きてるのか?

壁が破壊されてすぐ、揺れのピークは過ぎたため、誰にも支えられる事なく城イベントをやり過ごした老人に私は同情の目を向けた。地面に手をついてはいるが、怪我はないようなのでホッとする。
よかった…こんな事で死んだら本当に今日…何一つ成し遂げてないぞアデクさん。生きてさえいれば挽回のチャンスはあるんだから頑張ってほしい限りだよ。心を折らず精進してくれたまえ。どこから目線かな?

「いま出現したのが!プラズマ団の城!」

アデクの今後に思いを馳せる私の頭上で、Nはそう叫んだ。出現したと言われても見えないんだが…と振り返れば、壁を突き破って階段が出現していたので、私は華麗に二度見をする。その先が城に繋がっていると気付き、また階段移動なの?と何よりもその事実が堪えた。

「王の言葉…高みから下々に轟かせる」

高すぎだろ!加減して!
体育館の檀上くらいにしといてくんないかな!?とマジレスを止められない私は、ようやくNから離れて深呼吸をした。穴の開いた壁から外を見ると、確かに城がリーグを囲むようにそびえ立っている。シンデレラ城なんて目じゃないくらい、とにかく巨大な建造物だ。こんなものを地下に隠してたってどういうこと?蟻か何かかな?
電波な女王蟻を引いた目で見つめ、私はひとまず後ずさる。

いくら何でもこれは…ゲーフリも血迷ったとしか思えないですね…。どうかしている現状を受け入れられず、これから城へ登らなくてはならないのかと思ったら、しんどいなんてものではなかった。死。死です。死んどいです。
そんな絶望の渦中にいる私を、Nはさらに深みへと叩き落す。

「キミも城に来るんだ」

行きたくねぇ。言うと思ったけど行きたくねぇよ。

「そこで全てを決めよう」

決めたくねぇ〜!ここかサイゼリアがいいよ〜!

「ポケモンを完全にするため、人々から解き放つか!それともポケモンと人は共にいるべきなのか…」

駄々をこねる私の心情など知らず、一人盛り上がるNに、こっちの気持ちは追いつかない。そりゃそっちは全部計画通りかもしんないけどさぁ…と眉をひそめ、いろいろと初見の私は戸惑うばかりだ。

「僕とキミ、どちらの想いが強いか…それで決まる!」

おろおろしてる間に最終決戦フラグを立てられ、狼狽えている場合ではないと気付き、ひとまず真剣な顔だけは作っておいた。ラストバトルなだけあって、Nはいつになくマジだった。それこそ、まともな人間に見えるくらいには。普段何だと思ってんの?

よく考えたら…こっちはまだレシラム復活の方法を得てないわけだし、ここで決着をつけるよりは後回しにしてもらった方が有り難いと言えば有り難い。代わりに私の疲労が増すけれど、イッシュの未来を思えばそんなものは些事…主人公に自己犠牲は付き物だからね。私の事は気にせずみんな健やかな毎日を過ごしたまえよ。
筋肉痛ごときで仰々しい私は、多少まだ城について消化できずにいたけれど、気持ちを切り替えて顔を叩く。
いやもうどうでもいいわ城は。出てきたもんはしょうがねぇ、過ぎたことをごちゃごちゃ言っても何にもならないからな。忘れよう。この城の地税も市県民税も払っていない悪の組織は殴り飛ばすだけよ。

それに、何となくこうなる気がしていたのもまた事実だった。私は一級フラグ建築士の資格を掲げ、Nを見つめる。
アデクさんには勝ってほしかったけど…本当に本当に勝ってほしくて泣いた夜もあったけど、でも私は一分、いや一秒、いや一瞬でも、私自身の手でNをどうにかしたいと思った時があったはずなのだ。ここまでいろいろあって最後は他人に丸投げなんてのも、責任感なさすぎると思うしな。
そしてアデクとNの闘いで、私にも得るものがあった。それはやっぱり、ポケモンと人は離れるべきではないという強い想いである。
だから私が勝つ。勝ってジャージの緒を締める!

「…負けないよ。この爺さんと違って、私強いから」

いやこの爺さんも強いのかもしれんが。そして強いだけじゃない事も、Nはわかっているはずだ。
アデクが優しすぎる事を知ったのも、ポケモン勝負をしたからだ。本気で戦ったのが久しぶりだと知ったのも、ポケモン勝負をしたからだ。そしてそういう部分を嫌いじゃないと思ったのも、ポケモン勝負をしたからだろ。
それが答えじゃん!?とNを問い詰めたくなる私だったが、きっと嫌でもわかるようになると希望を抱き、決戦に臨む覚悟を決めた。不敵な微笑みを向けたあと、突貫工事でつけられた階段を上り去っていく彼を見て、私はあんなに軽快に上れないだろうな…と悲しい事しか思えない自分を恥じる。もう一歩も動きたくないという感情が一番強いわ。その気持ちなら誰にも負けないと思う。勝ってる場合じゃねぇよ。

最後に、待っているよ、と言い残したNの言葉を耳に残して、せいぜい首洗っとけよ、と私は武者震いしながら、巨大な城を睨みつけるのだった。
節子、それ武者震いやない。膝が笑ってるんや。

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