リーグに残された私とアデクは、同時に溜息をつきながらも、互いにどう声をかけたらいいかわからず、何とも言えない顔で視線を合わせる。慰めるべきか、それともアデクが敗北を謝罪するのを待つか、悩んでいた時にこの場の空気を変える存在が現れ、私達は足音のした方へ目を向けた。
騒ぎを聞いた誰かが駆けつけてきた可能性も大いにあるが、それよりも思い当たる人物がいたので、想像通り彼がやってきた時、私は特に驚かなかった。

「チェレン…」

息を切らしながら階段を駆け上がって来たのは、イッシュのジョイナーこと、チェレン氏だった。
チャンピオンロード手前で出会ったため、リーグに挑戦していてもおかしくはないと踏んでいたのである。何せ最終目標はチャンピオンらしいからな。今はどうか知らないけど。個人的には女の趣味を良くするための旅をしてもらえると嬉しい限りだぜ。言わせないでこんなこと。

何にせよ、Nを支えに立っている姿を見られなくて本当によかった…。珍しくタイミングの良かった修羅場ボーイにハラハラさせられている私は、挨拶を済ませたあとは貝のように沈黙し、少年に老人介護を丸投げした。むしろ私が介護されてぇよ。連れてってくれ城まで。

「アデクさん、ボロボロですね…チャンピオンらしくないよ」

やっぱいいわ、チェレンに介護されるといきなり毒を吐かれると今気付いたので。
容赦のない一言を炸裂したチェレンに苦笑していると、アデクも同じように笑う。

「よくここまで…」
「何とかポケモンリーグを勝ち抜けました。なかなかタフでしたけど…」
「…やるではないか」

まるで実の祖父と孫のようなギリギリのやり取りをする二人に、私は蚊帳の外でただただ微笑みを浮かべる。本当にチェレンが来てくれてよかった…と心から思い、調子を取り戻し始めたアデクにも安堵した。
一時はお通夜の空気になるかと思って焦ったけど…アデクさんも若者のたくましい姿を見たら安心するって事かな。気落ちしていた風だったのが、チェレンに毒を吐かれてからは多少元気になったように見える。そしてアデクさんより私の体の方が筋肉痛でボロボロだという事は、絶対に黙っておこうと固く誓うレイコであった。誰か湿布くれ。

チャンピオンの威厳を失った相手に褒められたチェレンだったが、特に煽る事もなく素直に賛辞を受け止め、そして何故か私の方を向き言った。

「…自分のやることがわかったから、強くなれたんです」

真っ直ぐ見つめられると、わけもわからず私は照れた。そうか、よかったな、と語彙の無さ丸出しの相槌を打って、限凸したチェレンの成長を素直に嬉しく思う。
昨日言ってたもんね、それぞれにやれる事をやったらいいって。すべきことが見つかったのなら、あとはそれに向かってひた走るだけだな。そんで私も今自分がやるべき事を知っているので、こんなところで老人介護を見守っている場合ではない。

行かねば。ラピュタよりも厄介な城へ。
行きたくないけどな…とテンションを降下させていると、そんな私を見透かしたように、チェレンがプレッシャーをかけてきた。

「…レイコさん!」
「あっ、はい…!」
「Nに伝えてよ。ポケモンといる事で、強くなれる人間がいること。ポケモンも僕と一緒に学び、強くなれたってことを」

健気なチェレンに伝言を頼まれてしまっては、さすがの私も素直に頷くしかなかった。怠いなんて言ってられねぇ、と気合いを入れ直し、最終決戦に挑む覚悟を決める。
大丈夫、チェレンも応援してくれてる事だし、私はやれる。疲れも…全然平気だ。本日三人の人間に負け続けた四天王たちの疲労とズタズタのプライドに比べたら、私の筋肉痛なんて微々たるものよ。ごめんな…生半可な疲れで弱音吐いて。N、私、チェレンの三人に連続で抜かれた四天王さんの方がよっぽど苦しい思いをしているだろうに…。気の済むまで煽ったところで、喋る元気の出てきたアデクが、溜息まじりに呟く。

「…負けたわ。途方もない夢を語るうるさい小僧を黙らせるほどのポケモンとの絆を見せてやるはずだったがな…あいつの信念もまた本物だったという事か」

電波をそう評したアデクに、私は少し眉を下げた。Nは確かに電波だけど、伊達や酔狂で解放を望んでいるわけではないと知っているから、アデク同様、私もその志を否定する事はできなかった。
Nの解放宣言だって、別に悪い事ばかりじゃないとは思う。発言の自由は誰にでもあるしな。彼の言葉でポケモンとの関わり方をちゃんと考える人が出てくれば、それは普通にいい事だろう。
でも伝説のポケモンを従えた者がそれを言うと、圧力でしかないっしょ。強い力には責任が伴う。Nの発言には影響力がありすぎるし、何よりゲーチスの計画を聞いてしまった以上、絶対に止めなくてはならない事なのだ。その点に関して私はもう迷いはないし、そして絶対負けない。脳筋での勝利は決まってんだよ。あとは、レシラムに応えてもらうだけ。これが一番の問題だけど。

「仇は討ってあげますよ、アデクさん。私の信念だって本物だしな」

傷心のジジイの背中を叩き、自信に満ちた表情で笑ってみせた。そしてふと、この過剰気味な自信を取り戻せたのはNのおかげもあったと思い出す。さりげなく、そして確実に、私が望む言葉の数々が、そこら中に溢れていた。望まない路チューなどもありながら。

「…心しろよ。いつだって世界を変えるのは、夢を本気で追い求める奴だ」

夢、と言ったアデクの台詞を、私は聞き逃すはずもない。

「頼む!レイコ!ポケモンと人を切り離しても何も生まれん…それを教えてやってくれい」

懇願された私は、頷くと同時に、ニートへの執着が熱く燃え上がるのを感じた。そうだ、と帰りたくてたまらない自室を思い出して、あの部屋でニートするためなら何だってできると奮起した日々を思い返す。

夢。それは生き甲斐。
本気で夢を追い求める奴が世界を変えれるってんなら…私以外にありえねぇ。誰にも負けない唯一の取り柄、それがニートを思う気持ちだからだ。自信を持って言える、この夢だけはいつだってリアルガチ、不可能を可能にし続けた私の妄執こそが、世界最強なのだと。
そしてそんなニートの傍らには、長年連れ添ったカビゴンや、龍の穴でもらったカイリューや、ダイゴさんの置き手紙のオマケとして置いてあったメタグロスや、シロナさんにもらったルカリオや、アデクに押し付けられたメラルバが、ずっと一緒にいてほしいと思うのだ。
イッシュに来て、そう思えるようになった。

「…私、この間までシンオウにいたんですけど…」

気付けば自然と言葉が溢れており、まるでG線上のアリアがバックで流れているかのような雰囲気を醸し出しながら、少し前の旅を回想する。寒すぎるあの土地で、それよりも冷え切っていた私の心の永久凍土が、今も鮮明に思い出された。

「その時カビゴンがいなくて…カビゴンってのは小さい時から一緒にいる…まぁズッ友みたいな存在なんだけど…」

喋りながら、二人が静かに聞いているのが何だか恥ずかしくなり、キモヲタのように目を泳がせる。

「ちょっと一時的に離脱する事になっちゃって…私はそれが不安でさ、別にカビゴンだけがズッ友ってわけでもないんだけど…でも今まで一緒にいた奴がいないと落ち着かないじゃん。そういう不安ってポケモンにも伝わっちゃうんだよな。リオルも全然懐かなかったし」

早口で捲し立てつつ、記憶を掘り起こすだけの時間はかけて、自分の気持ちを整理する意味でも過去を口にした。永久にリオルのままかと思われたあの絶望の日々…まさにトレーナー暗黒期と言えよう。
あんな綺麗なお姉さんにもらったリオルが、いつまでも懐かないという気まずさ、トレーナーとして問題があるのではないのかという自己嫌悪、失われた心の支えのカビゴン…全てが悪循環となり、何だかんだとやれたつもりでいたけど、後遺症を残したままイッシュに来た私は、しばらく心ここに非ず状態であった。
それをNや、チェレンや、その他の人々、そしてポケモンに絆され、確実に変化が訪れている。いっそ自暴自棄だった気持ちを、何とかしたいと今は思う。

「本当は自信ないんだよ。ポケモンが私をどう思ってるか、わからなくなっちゃった…」

このエリートトレーナーの私がさ…。心の中で茶化し、実際はアロマなお姉さんがせいぜいだろう…とこんな時でも自分を盛った。バッドガールだよお前は。

「わからないままでも生きていけるかもしれないけど…でも、もう無理だな」

顔を上げたニートガールは階段を見つめ、あの先で待っている人物を思い、決意を表明する。

「私、Nに聞きたいんだよ。私のことをみんながどう思ってるのか」

思えばポケモンの声が聞こえるというNに出会ったのは、あんまり認めたくないけど運命…的なところがあったのかもしれない。私の抱える問題を解決できるのは、世界にたった一人、Nだけなのだと気付いて、そしてNの問題を解決できるのも私だけなのだから、最後まで付き合ってやろうと心に決めた。どれだけ筋肉痛がつらかろうとも、ニートまでの道のりが遠くなろうとも、今やらなきゃならない大事なことがある。そう思う。たぶん。

「それを聞いて、どうするかちゃんと考える」

Nが心の奥底で願っている事は、そういう事なんじゃないかなと私は思った。ポケモンの声をトレーナーに届けられれば、きっといい事がたくさんある。解放するより、ずっとだ。

「だから、絶対負けねぇ。だって私の夢の方がすごいから」

詳細を聞かれたら困る夢への想いを、ドヤ顔で二人に告げ、私は階段へと走った。夢って何?という問いかけを避けるべく、これ以上ない速度を叩き出し、偉そうに待っているであろうNを追う。

確かにお前の夢も?まぁ壮大なものかもしれんわ。世のためポケモンのため、崇高な想いを形にする…尊い志なんでしょう。
でも私は、正直働いた方が心身ともに健康になれるにも関わらず、あえてニートという修羅の道を行くストイックな人間だから。しょうもない夢のために血潮を燃やす方がどう考えてもすごいだろ。だって誰も応援してくれないし資金援助もないんだよ?お前らはいいよな、どっかから活動資金捻出してんだから。こっちは常に実費、その上命懸けで世界を股にかけてる。孤独なソルジャーだよ。生まれてこの方追い続けているその夢がある限り負けないし、それにもうただのニートじゃねぇ。

私はポケモンと一緒にニートになる、つまりポケモンニートだよ!タイトル回収!

志新たに、レイコは階段を駆け上がったが、途中で息を切らして這いずるはめになるのであった。
やっぱ気合いだけじゃどうにもならないこと、あるよね。運動しろ。

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