18.Nの城

ニート王に俺はなる!なんて意気込んで城に乗り込んだ私は、早々にその巨大さに打ちのめされる事となった。

「で、でかい…」

外から見てもでかかったが、中も相当な広さで、しかも似たような景色が広がっているから、油断していると迷いそうなレベルの迷宮である。
プラズマ団…マジでこんなところにずっと住んでやがったの?生意気すぎるだろ。どうやって建てたのかは知らないが、城に住めるんだったらもう他に何もいらなくない?解放活動も世界征服もどうでもよくなるわ。地税も払わず一生ここで遊んで暮らす、この上ない幸せだろうよ。
価値観の違いすぎる宗教団体に苛立ちながら、一つ一つ部屋を覗き、中にいる下っ端団員に会釈などをしてそそくさと移動していく。そんな事を繰り返し、思いの外様々な施設が用意されていた事に、私は驚きを隠せない。

地下に潜ってるわりには…すごいテクノロジーだな。
休憩室はもちろんのこと、科学研究室もあったり、食堂や漫研や落研まで見つけた時は、正直どっかの大学のオープンキャンパスに来てしまったのかと思ったほどだ。娯楽充実しすぎだろ。私が勝ったらこの城くれ。
というか呼んだなら居場所伝えてから帰れよな…と不親切なNに舌打ちし、歩き疲れたので休憩しようとすれば、突然目の前にインドメタシン配合鎮痛消炎剤が現れ、私は驚きのあまりそれを払いのけた。なに!?怖い!と叫び、全力で後ずさると、今度は見慣れた忍者が出現したため、なんだお前か…とホッと息をつく。いや安心する私もおかしいんだが。

「お前がこの城の一番奥まで進むことが、N様の望みだ…」

ダークトくぁwせdrftgyふじこlp…シリンダーブリッジ振りだな…。
いきなり現れる事に定評のある男に出くわした私は、深い溜息で彼を歓迎した。出てくるなり喋りかけてきた文脈から察するに、筋肉痛で苦しむ私に外用薬を運んできてくれたんだろう。何故バレたしという感じだったが、背に腹は変えられないので、塗るタイプの薬剤を遠慮なく頂戴する事にした。

「どうもな…」

わざわざすまんね、とご丁寧に頭を下げると、用が済んだら直帰を許されている忍者は消え、一瞬にして城内は静まり返る。気配すらなくなった事に呆然としながら、私は無の境地で再び歩き出した。
連中について考えても何も生まれん、あの三つ子はチートなんだ。万物の法則を無視した存在…全て忘れよう。薬をくれた恩義だけを胸にしまい、休むのは後回しにして次の扉を開けたら、今度は年齢不詳の二人の女に出くわし、またしても一歩後ずさる。

なに?誰?
何をするでもなく立っていた女性たちは、お触り禁止案件にも見えたし、神秘的な姿に見えなくもなかった。
そもそもここはNの城なんだから、まともな人間に出会う方が稀である。意識を改めた私は、見なかった事にして立ち去ろうと頭を下げた。お邪魔しました。そう声をかけようとしたところで、大体先手を打たれてしまうのが主人公なのであった。

「私は平和の女神…」

…なんて?

「Nに平穏を与える者…」

聞いてもいないのに語りかけられては、逃れられるはずもなく、その場で静聴の姿勢を取るしかなかった。頷きながらもドアに手をかけたままにし、いつでも逃げられるよう構えておく。あんなすごい自己紹介をされて警戒しないわけがなかった。

め…女神?
私はニートのレイコですが…と名乗ろうかとも思ったが、相手は不審者である。ひとまず様子を窺うのが得策だろう。そしてやはり問いたい。女神って…なに?
宗教上の名前かな?いよいよ雲行きが怪しくなってきて、この城の歪さに素直な恐ろしさを感じる。
マジで何なんだよ。ママ…的な人?それにしちゃ若いが。平和の女神と名乗った金髪の美女と、その横のピンク髪の美女は、私にいきなりドアを開けられても驚いた様子はなく、静かに佇んでいる。わけありっぽい雰囲気がまた気まずくて、デリカシーに欠けている私は、下手なことを言わないよう口を閉ざしていた。
無視して帰ってもいいけど…でもNに平穏を与える者っていうのも気になるところだ。お世話係的な存在かもな、と結論付け、ついでにレシラム復活の手がかりになるような事も出てくるかもしれないと希望を抱き、その辺の椅子に勝手に座った。

「Nは幼き頃より人と離され、ポケモンと共に育ちました」

いきなり重かった。
開幕早々に凄まじい話が始まりそうな予感を抱いて、私は思わず背筋を伸ばした。眉を下げて語り出す女神は、どうやらNの生い立ちを私に聞かせるつもりらしい。ブチのめしづらくなるからやめてよ!と懇願したくなるも、興味には勝てず、息を飲み彼女の言葉に耳を傾ける。
確かにN自身の口から、ポケモンと暮らして育ったとは聞いた。でも人と離されてたとは聞いておらず、もしやずっとこの城で日の当たらない日々を送っていたのかと考えると、寒気さえ覚える。

「…悪意ある人に裏切られ、虐げられ、傷付いたポケモン…ゲーチスはあえてそうしたポケモンばかり、Nに近付けていたのです」

その台詞を聞いた瞬間、私の中に渦巻いていた謎が全て解けた。小松未歩が唄い出す間もないくらいのスピードで、引っかかり続けていた彼の言葉の意味が、全部わかってしまう。そしてゲーチスが、教育、と言った意味もだ。
途端に私の中に様々な感情が流れ込み、自分のお気楽さとかに嫌気が差しつつ、一人顔を覆う。本当デリカシーなかったなと恥じるレベルだ。

ずっと話が噛み合わないと思ってた。お互い何言ってんだこいつ状態だったのは、そういう理由があったんだ。
多分だけど、Nと私はそう年も変わらないだろう。親父が研究者な分、私はポケモンに触れる機会は多かったにしても、大体世の中は、信頼し合っているポケモンと人で溢れていた。外を歩けば老人がガーディを散歩させてるし、野良ニャースに餌をやる地域住民もいる、社会科見学でポケセンに行った時は、ラッキーが懸命にジョーイさんと治療にあたっていた。私が日常的にそういう光景を見ている一方で、幼いNは地獄を見せられていたのかもしれない。
ガーディを虐待する老人、野良ニャースに薬物を盛る住民、治療中のポケモンの点滴に異物を混ぜるジョーイ…毎日そんなものに触れ続けたら、絶対に気が狂う。嘘をつかないポケモンの声を聞くのは、どれだけ凄まじい事だったんだろう。想像すらできない私は俯いて、耐えるように目を閉じた。

Nがあんなに解放にこだわるのは…人の悪意に触れたポケモンを見続けたからだったのか。子供の時から今まで、多様な価値観を知らずに生きてきたら、そんな人ばかりじゃないと言われたところですぐには信じられないだろう。確かに私も、こうもニートを反故にされると親父への信頼が地の底だからな。一緒にすな。

「Nはその傷を分かち合い、ポケモンの事だけを考え、理想を求めるようになりました。あまりにもピュアでイノセントなNの心…イノセントほど美しく怖いものはないのに」

語り終えると女神は一筋の涙を流し、最後に何故横文字を並べたのかは疑問だったが、私も正直泣きたい思いだった。もはや全てを投げ出したいくらい重すぎるNの過去を聞いて、でもこの人が私に話してくれたって事は、きっと何か感じるところがあっての事だろうとも思う。
この人達もずっとNを見てきて、そして私や他のトレーナー達との出会いが、Nの心を変え始めている事に気付いているんだ。ゲーチスによるゲスな策略から解き放ってほしいと願っているのは、何も私だけじゃない。この女神とその横の人や、きっとプラズマ団の中にも、同じように思ってる人がいるだろう。それを私が叶えられるのかもしれないってんなら、やるしかないし、絶対できる。何故なら私は主人公だから。

自身の属性による完全勝利を確信していると、今度は隣のピンク髪の女性が口を開いた。

「私は愛の女神…」

やっぱそっちも女神なんだな。

「トレーナーが戦うのは、決してポケモンを傷付けるためではありません。Nも心の奥底ではそのことを気付いているのに、それを認めるにはあまりにも悲しい時間をこの城で過ごしたのです…」

そして愛の女神もまた涙を流し、もらい泣きしそうになってしまった私は、一言礼だけ述べ、逃げるように部屋から去った。冷静に聞けないほどの過去を受け止め難く、これまでのNとの会話の端々に、悲しい生い立ちの手がかりが隠されていた事にも、ようやく気付いた。
愚かだ…何も知らずに電波と決めつけ、精神病を疑っていたけど…それもこれもこの城でゲーチスに洗脳まがいの育て方をされてきたからだったんだな…。反省の意を表明し、そしてますますゲーチス憎しの感情が燃え上がる。
殴ろう。マスボで殴ろう。脳筋の私にできるのはそれだけだ。
でも脳筋でお気楽な人生を送ってきた私だからこそ、Nに伝えられる事があるはずだと己を鼓舞し、ライトストーンに懇願する。

頼む〜いい加減目覚めてくれよ〜。この私が他人のために怒るなんてきっともう二度とないと思うぞ。そういう歴史的瞬間、レシラムも見てみたいと思わない?さくっと復活して見届けてくれよ。私がギャラクティカマグナムでゲーチスをブッ飛ばすところをさ。感動ものだぜ?
様々な勧誘方法でストーンに語りかけていると、また階段が出現し、一体どれだけ登らされるんだと溜息が零れる。
そりゃポケモンリーグよりでかいから仕方ないかもしんないけどさぁ…。じゃあせめてエスカレーターつけてよ。お前らマジで…ずっと階段移動で生活してるのか?正気?いくら熱心な活動家でも階段ないなら秒で辞めるっしょ。今すぐ匠を呼んでリフォームしていただきたい。浮いた地税を建築費にあてろや。
そして進むたび、こんな巨大な城で人と関わらないというのはやはり狂ってるなと再認識するばかりで、怒りのニートはわざと足音を立てながら廊下を歩いた。そんな私の前に、またしてもお馴染みの存在が出現し、しかし二度目となると驚きも半減したので、何とか悲鳴を上げずに済んだ。

「またか…」

次なる階段へ向かおうとした時、再びダークトリニティの一人が私の前に現れた。今度はサロンパスを持っており、それを投げるように寄越すと、意味深な台詞を吐いてすぐに去った。

「N様が理想の英雄か、お前との戦いでわかる。お前がポケモンと共に歩む今の世界を守りたいと思っているか…それもわかる」

左様か…と言う前に退散した忍者は、さっきと同じ男だったんだろうか。見分けつかねぇ。原付の奴はかろうじてわかるかもしれないが…でも原付に乗ってないとわかんないかもな。フレッドとジョージの区別がつく夢主になりたい私は、もらった湿布をリュックにしまい、これは明日使いますと静かに拝んだ。普通に有り難いところも迷惑だよ。もう来ないでくれ。

ていうかそんなこと戦わなくてもわかってんだよ…と今さらダクトリ奴に反論し、私は大股で階段を駆け上がる。Nが英雄なのも事実だが、私の気持ちだって本物だ。どっちも間違ってないけど、どっちかしか選べないから戦うしかない。そんで負けたからって、間違ってた事になるわけでもないんだな。ここの連中は極端だから、多様性というものを教えてやるのも私の役目よ。
そう、無職も多様性の一つ…とさりげなく自分を正当化させる私の元へ、絶対に来ると思っていた三人目の男がやってきた。目の前に現れたピップエレキバンを取ろうと手を伸ばしたら、それは一瞬にして消え、ハッとしながら目を見開く。

「残像だ」
「なん…だと…?」

久保帯人の顔で振り返ると、満を持して第三のダクトリが出現する。得意気にピップエレキバンを投げ寄越し、これは筋肉痛に効くのか?と疑問に思いながらも、突き返す理由はないので受け取っておいた。磁気で血行促進するやつだよな?N極の王が引き寄せられたりしないでしょうね?
残像男の茶番は置いといて、今はこれを貼ってる暇もねぇんだわと進もうとした時、不意に彼はゆっくり真横を指差した。つられて視線を向けると、そこには何の変哲もないドアがあり、私は首を傾げる。

何?普通の戸だけど。その辺の部屋と全く同じ作りの戸。
まさかここが決戦の地…!?と親切に教えてくれたダクトリに感謝しようとしたところで、一切求めていない情報を寄せられる事となる。

「あの部屋はN様に与えられた世界…私は入っても何も感じないが…お前なら何か感じるかもな」

自室かい!だから何!?入れってこと!?
それがどうした感を隠すことなく出している私に、彼がそれ以上干渉する事はなかった。ホワイト社員トリニティは出番が終わったら直帰する、それが私がイッシュで学んだプラズマ団の社訓である。羨ましいなクソが。

意味深な台詞を残され、私はしばしドアを見つめて立ち尽くし、どうしたものか考える。
Nの世界…つまり部屋か…。いや部屋って言われても、で?って感じなんだが。で?どうしたらいいの?入るべきなの?
まさか自室で戦うわけはないので、ここにNはいないのだろうが、謎かけみたいな言葉を告げられてしまうと、どうにも気になってしまう私である。しかし人の部屋に勝手に入るなんて…と育ちの良さを披露し、悩んだ結果、ドアに手をかける決意をした。好奇心に勝てないニートであった。

考えてみたらNが城に来いって言ったんだし、それはつまりどこへ行っても良いという事だろ?嫌なら鍵かけとけって話だしな。それに主人公は家探しを許される唯一無二の生き物…Nとてそのお約束には逆らえまいよ。何か感じるかも、っていう台詞も気になるところだ。
もう誰も私を止められない!と扉を開いた瞬間、エロ本でも見つけてやるか…とのん気に構えていた憐れな私を、一気にトラウマ地獄に叩き落とす光景が現れるのだった。

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