もうこの部屋しかない。行ってない場所、他にねぇからな!
階段を上がり切り、いかにもなドアを前にした私は、ようやく辿り着いたゴールに安堵するも、その重厚そうな空気にたまらず息を飲む。この先玉座ですと言いたげな扉の奥から、異次元の気配が伝わってきて、入ったら絶対セーブできないんだろうな…とゲーム脳が囁いた。

いよいよか…緊張するぜ…。何せイッシュの未来を背負い、Nの人生を背負い、私のニートも背負っているわけだからな…特に最後のが一番重くて大事だ。ニートになれるかどうかはレシラム復活にかかってるところあるし、Nの件がなくても本気を出さなくてはならない。
ストーンをきつく握りしめながら、いざ戦地へ!と覚悟を決めてドアを開けた瞬間、出鼻挫かれ史上瞬間最大風速を叩き出す事となる。

「うっわ!?」

思い切りドアを引いた時、突然目の前に進撃の巨人が現れ、私はやたらとでかい悲鳴を上げた。せっかく注入した気合いが離散するほどの衝撃が、私を襲ったのだった。
考えても見てほしい、決戦に相応しい空間が広がってると思っていたところに、いきなりゲーチスが出てきたら、普通に誰だって驚くだろう。本当に驚いた。不意打ち食らった猫のように飛び上がって、止まるかと思った心臓を押さえながら、それでも私は正気を保った。じわじわと湧いてきた怒りが、頭をクリアにする。

「ようこそ。ライトストーンを持つ者よ」

ゲーチス!ここで会ったが百年目!

威圧的な風貌の男は、相変わらず不気味に微笑み、私を見下ろしていた。来ることはわかっていた…的な表情には憎しみしか抱けず、今こそ殴るべきと拳を握る。
お前…よく私の前に顔出せたな?全部聞いてんだぜこっちはよ。洗脳、監禁、虐待、誘拐、略奪、その他諸々!余罪が有り余ってる人間だという事は発覚済みなんだ、このまま逃げられると思わないでちょうだい。そしてその顔面が骨格から歪むことも不可避!

思わず腕を振りかざした私だったが、いざその巨体を目の前にすると、臆病風に吹かれて足が止まった。殴ると決めたはいいが…一体どこをどうやって殴ったら…?と狼狽える。
普通にでかいんだが。若い時はバスケでもやってたの?ってくらい巨人。私が大林素子であれば一矢報いる事もできたのだろうが、残念ながら平均的なジャパニーズ体型…顔に手が届くかもわからず、そして圧倒的体格差により反撃に出られて負傷、という可能性も有り得た。

やっぱやめとくか…と現実的な私の制止により、一度は拳を下げる。しかし、手の中のライトストーンが、本当にそれでいいのか?と語りかけている気がして、私はハッとした。
所詮口だけのイキり女か?根性見せろや根性!そんな幻聴が頭に響く。もちろん、暴力では何も解決しないという事はわかっている。こいつを殴ったところで現実は変わらないし、私に暴行罪が科せられるのみ…しかし、それが何だというのだろう。殴らなければいけない時もある、それがこの世の中なのでは?
スカウターみたいなの付けた右目も不自由っぽいし、平衡感覚を失った巨人なら恐れる事はない!ライトストーンの幻聴に乗せられた私は、意を決して石を振り上げ、巨人の頭にそれを投げつけようとした。しかし、でもマジで死んだらやばいよな…と理性が働いた結果、中途半端な速度にしかならず、奇行に気付いたゲーチスによって腕を掴まれる。今世紀最大のはわわ案件であった。

あああやばい!どうしよう!止められちゃったよぉ!でもさすがに私のピンチにはレシラムも目覚めるよね!?
こんな時でも打算的な私は、振りかざした拳をゲーチスに止められたまま、膠着状態を強いられる事となる。一瞬石を奪われるかとも思ったが、特にそんな素振りは見られなかった。というか大事な石で殴るなよ。マスボはどうしたマスボは!

近くで見ると、ゲーチスは一層威圧感が増す。掴まれた手もでかいし、態度もでかい。殴られかけたというのに動じもせず、私を見下ろしたまま彼は語り始めた。

「ポケモンリーグを包み隠すよう出現した城は、イッシュが変わる事を意味するシンボル。その城の王は伝説のポケモンを従え、チャンピオンを越えた最強のトレーナー!」

最強はちげぇよ。最強は私だよ。

「しかも、世界を良くしたいという熱い思いを胸に秘めている!これを英雄と呼ばずして、誰を英雄と呼ぶのです?」

あっという間に演説が始まってしまった。
ゲーチスは目を見開きながら、いつになく感情を露わにし、自身の企みが完全勝利UCだった事を確信したような発言で私を煽る。もはや敵なし、と信じ切っているゆえに饒舌なのだろう。私に危害を加える気がないのも、Nの勝利を揺るぎないものと思っているからに違いない。あんだけプラズマ団を倒されたのにまだ私を見くびってるの…?と衝撃で震えた。
Nは確かに英雄かもしれんわ、いや英雄でしょうよ。実際伝説のポケモンを従え、チャンピオンにも勝ったわけだからな。
でも私に立ちはだかった者の中で、野望を叶えられた者は一人もいない…つまりお前もNもそうなるという事だ。ドリームクラッシャーの異名、なめてもらっちゃ困るわ!誰も呼んでねぇよ。

「ここまで舞台装置が整えば、人々の心は掴める!いとも容易くワタクシの…いや、プラズマ団の望む世界にできるのです!ワタクシ達だけがポケモンを使い、無力な人を支配するのです」

もはや取り繕いもせずゲスな望みを語るゲーチスは、私の手を払い、誰の事も見据えていない目で宙を見た。

「…長かったぞ!」

解き放たれたようなその声は、数多の他人の人生を奪った先にあるものなのだ。やっぱり私にはそれが許せないし、許しちゃいけないものだと思う。

「計画を悟られぬよう息を潜めていた…苦しみの日々も終わる!」

煮えくり返りそうなはらわたをどうにか冷やし、ライトストーンを強く強く握りしめた。何が苦しみの日々だカス!と暴言を吐きたかったけれど、黙れクソニートと返ってきたら立ち直れない可能性があったので黙った。実際クソだしニートだから何も反論できない。俺は弱い。
私はまた号泣しそうになりながら、狂人の巨人を見上げて歯を食いしばる。

何をふざけたこと言ってんだお前は。お前の苦しみなんかなぁ!Nに比べたらミジンコ以下、ゴミだよゴミ!むしろ無!てか何かを苦しいと思う感情があるならNの事も多少は何か思うところがあっていいんじゃないの!?ポケモン同様道具としか思ってないわけ!?老害。生きる価値なし。私が裁判員だったら極刑を望んでた事でしょう。そうでなくてもお前とは法廷で会う予定だからな。己の罪に向き合い、そしてNの路チュー分の慰謝料もきっちりお支払い願おう。それがお前のできる最後の贖罪だよ。せいぜい獄中で立派に働きな!

怒り狂う私と再び目を合わせたゲーチスは、まるで天下でも獲ったかのように高揚感を露わにしていた。これから明智光秀以下になる事など知る由もない相手を睨み返し、今日までの旅路がよみがえるのを感じる。
私がニートになりたいのは、社会に出て働く人々を見て、八時間も労働とかしたくねぇよ…としみじみ感じたからである。自分以外の他人の存在を認識し、多様な人種がいる世界を見てきたからだ。そんな当たり前の権利すら与えられなかったNの事を、どうして何も思わずにいられようか。舞台装置などと言われて、まともな人間なら憤らないはずがない。職業選択の自由もなく王様一択だなんて、いくら何でもつらすぎる。働かずに生きていける人もいるのに。そして私はそれになる!
お前を倒してな!

「さぁ進め!そして自分にも英雄の資質があるか確かめればいいのです!」

捨て台詞のような言葉を吐かれ、私はドアの前に立った。確かめればいいと言ったわりに、私に資質がない事を確信しているような表情は、普通にブチギレ案件である。
おい主人公なめんじゃねーぞ。なりたくなくても何かしらになってしまう、それが私達のような人種だからな!孫悟空もそう、ハリーポッターもそうだろうが。普通につらい。降板したい。
などと思いながらも、役を降りるのはこの戦いが終わってからである。もはや迷いを捨てた真ニートの私は、殴れなかった代わりに暴言を吐こうと相手を睨んだ。

「もうお前とは口も利きたくないけど…」

というかまともに利いた覚えもなかった。一方的に喋られる事に定評のあるニート。

「でも、お前の絶望する顔は見てやるからな!」

どっちが悪役がわからない発言を投げ、ついでに腹いせの肩バンをお見舞いし、今度こそ扉の奥へ足を踏み入れる。様々な感情をモチベーションに変換しながら、ゲーチスを絶望に叩き落とすだけでも充分やる気が出るねと自身を奮い立たせ、それでも消えない憂いを抱かずにはいられないのだった。

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