何故、城にエレベーターがついていないのか、今ようやくわかった。
この玉座に金かけ過ぎたからだな?

ゲーチスを突破して入った部屋は、うんざりするほど長いカーペットの続いた、テンプレートすぎる玉座だった。一番奥に鎮座するNは、どう考えても声が届かない場所に座っており、ちゃんとお前の方からこっち来いよ?と私は目で訴える。まぁそれも見えてないだろうが。とにかく私は絶対そっちには行かない、もう一歩も歩きたくねぇよ。

無数の円柱に囲まれたその一室は、相当高い位置にあると見える。廊下だけがやけに明るく、下を覗くとほぼ暗闇だ。まさに明暗分かれる闘いというわけか…と息を飲み、ストーンを落とさないようしっかり握りしめた。

これだけ広ければ伝説のドラゴン対決も余裕だろう。一体何の素材で出来ているかもわからない床は輝きで溢れているし、絶対普段誰も使ってない部屋だろうに、無駄に匠のこだわりが感じられ、庶民の私は不快感が止まらない。
いやマジでこんなん作るなら本当にエレベーターつけてほしいわ。私という客人を招く覚悟が全然できてない。そりゃ城たるもの玉座の一つや二つないと締まらない気持ちはわかりますよ、でもこんなに豪華にする必要あるか?日常的に使う部屋でもないのに?それとも朝礼とかで集まったりするんだろうか。だったらエレベーターないと余計に不便だろ。今すぐプライドを捨てて大阪城を見習ってくれ。

いつの間にか自身がリフォームの匠と化してしまった私の元へ、Nは特に駆け寄るでもなく、遠い玉座に座ったまま声をかけてくる。とりあえず常識的な距離まで詰めてくれんか?

「僕が望むのはポケモンだけの世界…」

遥か彼方から聞こえる声に耳を澄ませ、いまいち締まらない状況を私は嘆いた。一応静かなおかげで聞こえはするけど…でも遠いわ。豆粒のようなNに語りかけられてもどうしたらいいかわからず、しかし決して自分から動かないと誓った私は、あえてこの状態をキープする。ニートにも意地があった。

「ポケモンは人から解き放たれ、本来の力を取り戻す」

どうやら最後まで意思を変えなかったらしいNは、まるで自分に言い聞かせるよう口にした。そうは思わない私は静かに佇み、これからそれを証明したいのだと漬物石に祈る。
ていうかここまで来ちゃったけど…まだレシラム…石…ですね。圧倒的石。ゲーチスを殴り損なったストーンは、相変わらずうんともすんとも言わず、ただのお荷物状態である。

…どうしよう。脳筋バトルで勝つ事はできるが、でもNの望む闘いはあくまで伝説のドラゴンを従えた英雄同士によるもの…それが成し遂げられなければ、結局のところ無意味である。
もういっそNに聞くか?ゼクロムどうやって復活させたの?って。明確なソースに頼るのが最も合理的ですよ。
プライドを捨てる覚悟でお願いしようとした時、ようやくNは腰を上げ、ゆっくりとこちらへ向かってくる。やっと適切な距離感で話す気になったか…と思っていれば、またすぐに止まったので、私はいちいち彼の挙動に翻弄される事となった。

「…さぁ、決着をつけよう」

真剣な顔で言われ、勢いで私も頷く。石はこのザマですけどね、とせせら笑いながら。

「僕には覚悟がある!トモダチのポケモン達を傷付けても信念を貫く!ここまで来たからには…キミにもあるんだろう?」

問いかけられた私は、もちろん食い気味に返事をした。覚悟ない奴が階段移動でこんな城まで来ると思うか?とマジギレし、お前が優雅に座ってる間にこっちは怒涛の展開で腹をくくるしかなかったという事も、わからせてやりたかった。

すごかったんだからな、城に入ってからの感情の波。渋滞する情報を何とか押しのけ、涙を飲みながらここまで来た私の覚悟、見くびってもらっちゃ困るよ。レシラムが目覚めないんだったらこの石でお前を殴って倒してもいい、それくらいの強い意思と追い詰められ感で今こんな高級な床の上に立ってるわけ!平凡なヤマブキ育ちの私が!英雄として育てられた純粋培養のお前の目の前にだよ!

でもそれだけじゃないと思ったから、筋肉痛を押して来てんだよ。私は両手でストーンを握り、きつく歯を食い縛る。
ただのゲーチスの操り人形じゃない、Nの中にはちゃんと自我があって、Nだけが大事にしてるものがあると思うから、覚悟決めて駆けてきたんだ。その辺ちゃんとわかってくれ。お前のために何かしたいと思ってる私やポケモン達と出会ったのは、何がきっかけだったか思い出せ。

「あるなら僕の元に来て見せてほしい!キミの覚悟を!」

そして来るのはお前だよー!なんで来させようとしてんだよ!殺すぞ!
決まった覚悟が崩れそうになるくらいの上から目線に、私の怒りも限界だった。
お前…マジでいい加減にしろよ!?お前が来いよ!遠いじゃん!?私、客じゃん!?丁重に扱えや!粗茶の一つも出さない時点でもてなしの心を持ち合わせてない事はわかってたけど!でもせめて移動くらいは自分でして!?どんだけ殿様精神だ!根性叩き直してやる!

我慢もピークに達した私だったが、戦うなら広い場所でなくてはならない事くらいわかるので、とりあえず充分なスペースのある真ん中までは行ってやろうと歩みを進めた。それ以上は絶対に行かないから。お前も来いよここまで。御足労願った私への礼を述べながらきびきび歩くんだよ!

キレすぎて看守のような気持ちになっている私の心を察したのか、Nもちゃんとこちらに向かって歩いてきたため、私の怒りはそれ以上燃え上がらずに済んだ。それでいいんだよとほくそ笑み、しかし対照的にNは浮かない表情だったから、私もつられて顔を歪める。
突然の情緒不安に戸惑っていると、彼は静かに言葉を紡いだ。

「僕と雌雄を決する覚悟で、ここまでキミはやってきた…」

そうですが?と首を傾げ、次の台詞を待つ。

「だのに、レシラムは反応しないんだね」

痛いところを突かれた私は、ばつの悪い表情で視線をそらし、気付いてしまったようだな…と失笑した。決め顔を作っていれば誤魔化せるかもと期待したけど…やはり無理か。当たり前だろ。

博物館でストーンをもらって以来、肌身離さず持ってはいるものの…いまだに私はこいつが石以外の何かに見えた事は一度もなかった。どう考えても無反応。偽物つかまされたんじゃない?ってくらいただの石だけど、でもリーグで会った時、Nは確かにライトストーンだと言ったので、きっと間違いじゃないんだろう。
じゃあ何で目覚めないんだ?私は主人公なのに…いや、主人公である事に胡坐をかいているから駄目なのでは…?メタフィクションの悪循環にはまりかけたところで、Nは静かに首を振る。

「まだキミを英雄と認めていないのか。がっかりだね」

無性に腹立つ発言は、私の血管を破裂させる勢いがあった。レシラムが目覚めないのはお前をこうするためだよ!と石で殴りつけたい衝動を必死でこらえていたというのに、Nはさらに追い打ちをかけてきたので、うっかり手が滑ってしまいそうになる。

「…僕は少しだけキミの事を気に入っていたのに」

瞬間、私の手から石が零れ落ちかけるくらいの衝撃が走った。少し、という言葉にわななき、全身の震えが止まらない。

「…はぁ!?」

少し?少し!少しだと!?お前…少し気に入ったくらいで路チューすんのか!?マジで!?五兆回死んだ方がいいんじゃないか!?
まさかすぎる発言は、私の正気度を極限まで下げた。発狂寸前に陥るのも当然というものである。
そりゃあ私だって、もう世界で一番愛してるからつい路チューしちゃった…って言うんだったら、まぁ死刑で許してやろうかなって思うよ。命を懸ける愛、ベクトルは間違っていても熱いからな。
でも少しは無理だから!死んでも許さねぇわ!そういう軽率な気持ちで他人の人権侵害するのやめてもらっていいか?いやもうどういう気持ちでもここまで来たら許さねぇけど!つまり許さん!プラズマ団全員まとめて獄中ブチ込みだよ!
修羅と化した私だったが、それでも尚Nは煽りの手を緩めない。

「幾度も勝負を重ねるうちに、ポケモンを大事にするトレーナーかもと感じたのに!」

そうだよ!一日三食バランス栄養食!適度な運動!就業後の自由時間確保!私より健康的な生活!

「…だけど僕の思い込みでしかなかった!」

思い込みじゃねぇ!確かな審美眼だったから!もっと自信持って!どうして諦めるんだそこで!私は今日から富士山だ!そう言って励ましてよ!北京だって頑張ってるんだから…!

好き放題言ってくれるNにもはや怒りを通り越し、今まで得たことのない感情が溢れてくるのを感じた。これは…何…?コ…コロ…?と胸を押さえ、ボロクソけなしてきたNの言葉の裏にあるものを手繰り寄せる。

何だろう…不思議な感じだ…さっきまでマジギレしてたってのに、なんか急に…憎悪や憤怒が流れ込んでくる…。キレたままじゃねーか。
期待した分、本当に悲しんでいるNの気持ちが伝わってきて、その謎現象の正体がライトストーンによるものだと気付き、手の中で熱くなる漬物石を見た。
リーグで会った時、Nはゼクロムとストーンが共鳴してると言った。元は一つのポケモンだから、そういう事もあるのかもしれない。Nの嘆きがゼクロムに伝わり、それが石にも流れてきているのだろうか。Nが喋るたびに私も何だか悲しくなって、薄れゆく怒りに名残惜しささえ覚える始末だった。

「やはりトレーナーが勝負をしても、理解し合う事なんてない!」

悲痛な叫びは、そう思い込もうとしているように感じてならない。

「キミにできる事は二つ!真実を求めるため僕に挑み玉砕するか、それともここを立ち去り、ポケモンが人から解き放たれた新しい世界を見守るか…」

横暴すぎる二択を出されても、先程のような怒りは湧いてこなかった。もはや筋肉痛のあまり立ち去る事すらできないのと、挑んだら玉砕するのは確実にNの方なので、どちらも成立しない事を知っているからかもしれない。もう一歩も動けないから。お前こそ選べよ、自首か逮捕をよ。
出頭の慈悲を与える優しい私の前で、Nはとうとう戦闘を切り出した。もはや私がレシラムと交渉する時間すら与えてくれないらしく、一気に焦りが押し寄せる。
そしてついに英雄の証たるドラゴンを、この場に降臨させるのだった。

「おいで、ゼクロム!」

その声を合図に、ゼクロムは玉座を突き破って登場した。ドッキリ番組のような現れ方に戸惑う私は、呆気なく壊されてしまった奥の壁に呆然とし、あれだけdisった匠の城への同情を止める事ができない。

ぎょ…玉座ー!し、死んでる…!
爆音と共に現れたゼクロムは、豪快にぶち壊した部屋を振り返る事なく、Nの後ろで静かに羽根を下ろした。Nも破壊された事にはノーリアクションで、すべて計算された動きなのだとしたら、もう私には何も言える事がなかった。ただどうかしている、冷静にそう思うのみである。頭おかしいだろ絶対。狂人しかいねぇのか。

Nの後ろに控える黒の巨体は、リュウラセンの塔で見た時と同様、凄まじいプレッシャーを放っていた。確かにこんな奴を従えてたら、公認会計士の資格を持っている奴なみの只者じゃなさを感じるわ。低学歴の私は息を飲み、確かに勉学も大事だが、今はそれよりも重要な事があるはずと信じ、ストーンに祈りを捧げる。

本当頼むよレシラム…!内心ふざけてるように見えても私本気なんだって…!かつてないほどリアルガチ、世間を知らない孤独な王に、教えてやりたい人とポケモンの絆があるんだよ。
チェレンに激励され、アデクからバトンタッチし、いろんな人の協力で今ここにあるこのストーン…何一つ無駄にしたくない。

そりゃまぁ正直…イッシュなんて私にとっては何の思い入れもない土地だよ。橋が無駄にいっぱいあって、洞窟は広すぎて鬱だし、この国の人たち全く人の話聞かねぇしな。何なの?って思うよマジで。何様?こちとら最強夢主様なんですけど?

でもそんな大都会にも、私のようなニート喪女を好きになってくれる人がいるんだよな。
チェレンやアララギ博士やポケモン達や、その他諸々の大事な場所なんだ。守れるものなら守りたいし、相棒を亡くしてニートしてしまうくらいの悲しみを背負いながら、それでもポケモンと共にいたいと願うアデクの気持ちとかにも応えてやりたい。そして何よりこれを成し遂げられた時、こんな私でも真っ当なトレーナーになれるかもしれないって思うんだよ。自信持ってポケモンと向き合えるトレーナーになりたいと、思わせてくれたのはイッシュだった。

そんでこのNにとってもここは、生まれ育った故郷なわけだろ。お前はまだ本当のイッシュを知らないかもしれないが、私はこの土地の、この土地なりのポケモンと人の付き合い方を、守るに値するものだって思うよ。それを教えてくれたの、お前だったりするし。
肝心のお前がそれを知らないままなんて、私は絶対に嫌だ。

「私はお前を倒すけど…」

その前提は永遠に変わらないのでちゃんと告げておいた。

「でもそれは…ポケモンを傷付けるためでも…強引に納得させるためでもなくて…」

そして賞金を稼ぐためでもない。長い長い旅路の中で、確かな経験値を得てきたからこそわかるのだ。一方的に喋られるばかりのRPG主人公感全開の私が、何故人やポケモンと絆を育んでこられたのか、答えはたった一つである。

「私やポケモンの気持ちをわかってもらう手段が…やっぱこれしか思いつかないからなんだよな。だってポケモントレーナーだから」

半分ニートだけどね。もうすぐ完全体になる。お前を倒してな!
勝負をしても理解し合えないと言ったNに、真っ向から反論した時、それはとうとう真の姿を現した。ただの漬物石だったストーンが手の中で発光し、えっ光るの?という顔を向けたところで、Nの驚いた表情が目に入る。

「キミのライトストーンが…!いや、レシラムが!」

彼の叫びと共に、石は私の手を離れ、宙に浮いた。何故浮くのか…と思いつつも水を差さずに見守り、舞い上がる飛行石を見上げている間、私は感動に打ち震えてしまう。
漬物石などとほざいてしまったけど…これは…ついにレシラムが私を英雄と認めてくれたという事なんだろうか。
こんなニートにも応えてくれる奴がこの世界にはいるんだ…と伝説のポケモンに祈りが通じた事を喜ばしく思い、そしてずっと前から私と共にあった奇特なポケモン達が、本当に大切な存在であると痛感した。
私を認めてくれたポケモンと人とこの世の中のため、俺はやるぜ。もはや勝ったも同然、俄然やる気が湧いてきたわ。勝利を確信するとイキり出す、それがレイコであった。また石に戻られるぞ。

ストーンは一瞬、眩しくて見えないほどの閃光を放ったかと思うと、公式のお遊びとしか思えない鳴き声を轟かせ、光の中からその神々しい姿を現した。
ゼクロムや松崎しげるとは正反対の白い体をし、柔らかな翼と体毛は炎を彷彿とさせ、熱気がここまで伝わってくる。この世の物とは思えないくらい美しい青い瞳には、芸術のわからないニートも思わず唸った。

これが…伝説のドラゴンポケモン、レシラム…!
ゼクロムにも言えた事だけど…一体どの辺がドラゴンなのか全然わからない…!

まぁ龍と言ってもピンキリですので…と自身に言い聞かせ、私は目の前に降り立ったポケモンと視線を合わせた。よくも漬物石呼ばわりしてくれたな!といきなり火を吹かれる可能性もあったが、そこは寛大な伝説級…特に咎める事なく静かに羽根を下ろしている。優しい。私だったらたぶん秒で業火に焼いてたと思うわ。悔い改めろよ。

敵意はないどころか、どう見ても協力的な姿勢のレシラムを見上げていると、Nは驚きの中に確かな満足感を得た声で、独り言に近い言葉を呟いた。

「ゼクロムとレシラムは…元は一つの命…一匹のポケモンだった。正反対にして全く同じ存在」

市長邸で聞いた事を彼も口にし、二匹のドラゴンの間で視線を交互に向ける。

「ゼクロムとレシラムも、英雄と認めた人物の元に現れるポケモン…」

そして最後に、私を見つめた。

「…そうか。やはりキミも…」

ようやくN様のご期待に応える事ができたらしい。私が同じ英雄として立ち向かってきた事を、彼は誰よりも喜んでいるように見えた。これまでも、そしてこのあとも敵対するというのに、とてもそうは思えない表情が、彼の旅路を物語っている。

「真実を追い求める英雄にその力を貸すと言われているレシラムが、キミの力を認め、共に歩む事を決めたか…」

微笑んだNに応えるよう、レシラムは吠え、ゼクロムの前に立ちはだかった。頼もしい白い背中に、頑張れ!日本一!と野次を飛ばす私もまた、わずかに笑みを浮かべていた。

Nの理想と、私の真実。亜久津の意地と、越前の勇気。より強い方がこの試合を制す…許斐剛の言葉を胸に、信念を懸けた戦いの火蓋が今、切って落とされようとしている。
チェレンの言う通り、真実や理想なんてのは、人やポケモンの数だけあるのだ。この勝敗で正しさが決まるわけじゃない。すでにNは、自分の理想を叶えるだけの力を得ているし、私だって別に…手刀でNを倒して警察に引き渡せば万事解決する。罪状はポケモンリーグの器物破損といったところか。
でもそれをしないのは、わかり合いたいと思っているからなのだ。ポケモン勝負をすれば、わかり合えると知っているのだった。

「…僕には未来が見える!絶対に勝つ!」

見えないものを見ようとして望遠鏡を覗き込むNとは、これがきっと最後の戦いになる。
思えばほぼ出会うたびに勝負をして、私の記録作業に貢献していただいたな…初めてカラクサで会ったのが遥か昔のような、だけど昨日のような気もしてくるよ。語り合った事より、戦闘や奇行の方が印象深い私であるが、それでもこんなにNに対して感情を込めているわけだから、やはりポケモン勝負、意味のある事だと思う。
この戦いがそうであるように。

そして今回の一番の目的を達成した私は、こっそりと右手に図鑑を持ちながらほくそ笑む。
それはニートになるため必要不可欠であった大切な業務…そう、レシラムの記録、無事完了!本当にありがとうございました!
確信したニート化に、どうしてもニヤつきを抑えられない私なのであった。よく英雄になれたなお前。

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