「…僕とゼクロムが敗れた」

勝敗がどうなったかは、この一行でおわかりいただけたと思う。
Nの静かな呟きに、私は視線を向けた。確実に勝つとわかっていたとはいえ、ろくな技を覚えていないレシラムをゼクロムにぶつけるのは正直不安だったけど、私も主人公の端くれ…竜の息吹で麻痺させるという神懸かった運を披露し、何とか勝利をもぎ取った。主人公に必要なのは強運、それを痛感する一幕であった。

敗北したNは、怒るでも喚くでもなく立ち尽くし、レシラムを見上げている。自分のせいとはいっても、誰かの夢破れる瞬間ってのは見てる方もつらいものがあるぜ…本気だったと知っている分、余計に胸が痛む。でも譲れないものが私達にもあるんだ。いろんな意見がぶつかり合って、世間は良くなっていくんじゃねーか?知らんけど。
ひとまずレシラムをさりげなくマスターボールに収納し、こんな時どんな顔したらいいかわからない状態でいたが、Nは言葉を続けたので、引き続き黙っておく事にする。

「キミの思い…真実…それが僕たちを上回ったか…」

私は力強く頷き、その通りだ、とドヤ顔をした。やはり思いこそ全て…勇気、絆、諦めない心…そういうものが私たちを勝利に導いたんだ。そして私の夢に懸ける思いもね…。何故かレシラムがボールの中で猛抗議しているが、決して、実際上回っていたのはレベルだなどと言ったりはしない。心だから人間は。ポケモンもそう。気持ちの強さが大事なのよ。
白々しく語りながら、Nの独り言を聞き続ける。

「ゼクロムとレシラム…二匹がそれぞれ異なる英雄を選んだ…こんな事もあるのか…」

そりゃポケモンも人もそれぞれだからな。元は一匹でも分かれてから長いだろうし、何度も言うが真実や理想ってのは必ずしも一つとは限らない。タイミングが違えば、レシラムがNに味方してた事だってあったかもしれない。
でも二匹が私とNを選んだのは、どっちも間違っちゃいないからだって思うよ、本当に。勝敗に関してはまぁ私は絶対に負けないようにできてるんで、私が善だろうと悪だろうと勝利しちゃうんで、勝った方が正しいとかそういうのではないんで、つまりまぁ…そんな感じだ。
壊滅的に語彙がないあまり、Nに言葉もかけられずにいると、彼は私の言いたい事を自問自答し始めたため、もういっそ貝のように黙るか…と血迷い始める。主人公って…無言がセオリーみたいなところ…あるじゃん?都合のいい時ばかり属性を利用するレイコであった。

「同じ時代に二人の英雄…理想を求める者、真実を求める者、共に正しいというのか?」

そう思いますけどね、と頷く私とは反対に、Nは首を左右に振る。

「…わからない」

呟く彼の気持ちも理解できなくはないから、私は複雑な心境でその姿を見守った。敗北した直後に、これまでの人生を覆されるような事が起きても、すぐには受け入れられないだろうと思うからだ。私もニートを確信していた時に親父に反故にされ、頭が真っ白になった事があるからわかるよ…。一緒にするな。

「異なる考えを否定するのではなく、異なる考えを受け入れる事で、世界は科学反応を起こす。これこそが…世界を変えるための数式…」

Nが悟りを開きかけていた時、突然空気が変わる気配がした。後方からの悪寒にたまらず振り返り、そして自身の直感の正しさが証明され、私は大きく顔を歪める。
ゆっくりと近付くその男は、相変わらず胸糞悪さがカンストしていたけれど、ただならぬ雰囲気を纏っていた。無理もない、大事に育てた王様が、私のようなポッと出のクソニートにやられちまったんだからな。ざまぁ。
しかし鬼気迫る形相で向かって来られると、せせら笑ってもいられない。

「ゲーチス…」

呟く私の事など見向きもせず、現れたゲーチスは真っ直ぐNだけを見て、隠しきれない怒りの念を込めていた。さすがに黙っているわけがないとは思っていたが…こうも露骨に激おこだといささか恐怖を覚える。余裕を失った人間のやばさは、見ていられないほどの狂気があった。
これは荒れるぞ…と思っていたところで、ゲーチスから早々に衝撃発言が飛び出し、私は危うく腰を抜かすところであった。

「それでもワタクシと同じハルモニアの名前を持つ人間なのか?不甲斐ない息子め」

口を開くなり、Nにそんな言葉を投げつけたゲーチスを、私は二度見した。世界選手権があったら間違いなく優勝していたであろう、それはそれは美しい二度見であった。
聞き違いを疑う展開に、私の動揺は止まらない。一気にいろんな情報を投げられ、Nの部屋で見たバスケットボールに書かれた文字が、不意に脳裏に蘇ってきた。

む…息子?
息子って…あの息子か?
そういえばボールにハルモニアって書いてあったけど…あれ、苗字だったの?マジで?本当に?
本当にお前ら…親子なの?

「に…」

似てねぇ!性格が!と叫びそうになった口をどうにか押さえ、私は沈黙を守った。想像もしていなかった事態に、驚きすぎて言葉もない。

ええ?本当か?言われてみれば毛髪の色は同じ緑…いやでもそれ以外で気付く要素ないからな!?確かにおかしいとは思ったよ、こんな城で教育を受けさせるってNは一体どういう出生なのかな?と思わなくはなかった。よその子を誘拐したんなら事件になってるはずだし、計画の重要人物なんだから誰でもいいとは考えにくい。
でもまさか息子をこんな風にすると思うか!?いくら私の非道な親父でもそこまでしねぇわ!たまには海でも行こうか、と甘い言葉で誘ったかと思えばメノクラゲの研究に幼子を付き合わせる実父も大概やばい奴だけど、でもそれ以上の極道!人間性がカス!万死に値するね!

ドン引きも限界に達したところで、ゲーチスは侮蔑の表情を不敵な笑みレベルに落とし、私を見た。ガンつけてんじゃねーぞと睨み返せば、また長話が始まり、もはやこいつを絶望に叩き落とすのは中座が一番なのではないかと思い始める私であった。

「元々ワタクシがNに理想を追い求めさせ、伝説のポケモンを現代に甦らせたのは、ワタクシのプラズマ団に権威をつけるため!恐れ慄いた民衆を操るため!その点はよくやってくれました」

テンプレートな悪人台詞に反吐が出ながらも、そんな事はとっくに知っていたので、ゼクロムがブチ破った壁から今すぐ突き落としてやりたい以外の感情がなかった。私に良心があった事と実行力がなかった事を光栄に思えよ。
しかし、私がそうやって殺意を必死に抑えているというのに、ゲーチスはそれを逆撫でする発言ばかりするので、私が許してもこいつはどうかな!?とレシラムに散弾銃をお見舞いしてもらいたくなる。

「だが、伝説のポケモンを従えた者同士が信念を懸けて闘い、自分が本物の英雄なのか確かめたい…と、のたまった挙句、ただのトレーナーに敗れるとは愚かにも程がある!」

声を荒げたゲーチスに委縮するより先に、私はマジギレした。額に青筋を浮かべ、聞き捨てならない言葉を脳内で復唱する。

ただのトレーナーに敗れる…?
ただのトレーナーって…誰?まさか私じゃないでしょ?
思わず鼻で笑い、お前は何を言ってるんだと画像付きのクソリプを送りつけたい気分に駆られた。どう見てもこの場にただのトレーナーはいないからだ。

お前…その目は節穴か?一体何をどうしたら私がただのトレーナーに見えるの?どう考えても強すぎるよな?それともあれかな、何だただの天才か…的な意味?それならまぁ許してやらんことも…いやあるよ!許すわけねぇだろ!私は見くびられるのが世界で五番目くらいに嫌いなんだよ!そしてそれよりも嫌いなのがそう、偉そうな毒親だ!覚悟していただこう!

順当に計画を成していった息子を罵倒した挙句、この私をただのトレーナー呼ばわりしたロン毛老害を、さすがに成敗しようと立ち上がる。
Nが負けたのはただのトレーナーじゃない、世界最強のチートレーナーなんだ。負けたってしょうがないと慰めてやるのが親ってもんだろうよ。それを愚かで電波な顔だけ男呼ばわりなんて…本当に最低だな。そこまでは言ってねぇよ。
その辺にしとけゲス野郎、と二人の間に割って入ろうとしたが、ゲーチスがNへ詰め寄ったため、スペースを確保できなかった私はその辺でうろつくはめになってしまう。何をやってるんだお前は。早く帰れカントーに。

「つまるところ、ポケモンと育った歪な不完全な人間か…」

そうやって右往左往している時に、ゲーチスはあまりにも辛辣な言葉を吐き捨てた。そう育てたのはお前じゃなかったか?とマジレスして、スペースがなかろうと無視し、私はNと毒親の間に割り込んでいった。進撃の巨人を見上げ、もうこれ以上この男に、Nをどうこう言ってほしくないと心底思った。
お前本当に何?シンプルに許せん事のオンパレードなんだが。たとえ歪で不完全だとしてもお前よりは五億倍マシだろ。Nもなに黙ってんだよ!親子だろ!?軽口を叩いたり殴り合ったりすればいいじゃん!私なんか今度ニートを反故にされたら刃物を持ち出して親父を脅す事も辞さない構えだぜ?そうやって言いたいこと言い合うのが親子なんじゃないのか、こんな一方的に言われるんじゃなく。それとも、そんな事も叶わないくらい、悲しい時間を過ごしたのか?
刃物を持ち出すのはやり過ぎにしても、言われっぱなしは見てるこっちが何だか傷付いて、間に入らずにはいられなかった。するとゲーチスは視線を私に移し、狂ったように声を上げる。

「レイコ!」

間近で名前を叫ばれると、さすがの私もびびった。なんですか!と言い返したくなったが、それより先に相手が言葉を続ける。

「まさかあなたのようなトレーナーが伝説のポケモンに選ばれるとは、完全に計算外でしたよ」

あなたのようなってどういう事だ、ニートって事か?完全に同意だよ。私だって私のようなニートが選ばれるとは思ってなかったからな。レシラムも相当頭イカレてると思うわ。
内心でディスるとレシラムはボールの中で暴れたので、完全に心を読まれていると見た。散々漬物石って言っちゃったし、この戦いが終わったらブッ殺されるかもな。その前にカントーにトンズラしようと誓い、マスターボールを押さえ込む。
まぁイカレてはいるけど、私の美しく澄んだ心に触れて感銘を受けた結果の選択なんでしょうよ。いろいろ思うところはあったが、人とポケモンを引き離したくない思いや、Nと向き合いたいという気持ちに嘘はなかった。そういう主人公らしい正義の心にレシラムは応えてくれたんだと思う。
何より、お前のようなクソ野郎の野望を確実に止められるのは、最強チート夢主の私しかいないんだ、選ばれて当然でしょ!他に取り柄ないんだから!うるせぇよ。

開き直って強気になった私を見たところで、ゲーチスは諦めるはずもなく、往生際の悪い姿を見せ続ける。

「ですが…ワタクシの目的は何も変わらない!揺るがない!」

伊達に長い間悪人をやっていないゲーチスは、私のような小娘に睨まれようが、教育した英雄が倒されようが、態度を変えずに立ちはだかった。

「ワタクシが世界を完全に支配するため!何も知らない人間の心を操るため!Nにはプラズマ団の王様でいてもらいます」

真っ黒すぎる。よくこんなブラックな本性を隠したままやって来れたな。感動するわ。まぁわりと見抜かれてたけども。
プラズマ団はここで解散だよ解散!と野次り、この私と関わって解散しなかった組織は過激な環境保護団体くらいなもんなんだから!なんて謎の経歴を明かしそうになりながら、名指しされたNを見つめた。
あれだけいろいろ言われたってのに、Nは何も応えず、黙り込んだままだ。言葉を失うのもわかるので、どうリアクションしたらいいか私にもわからない。ゲーチスはプラズマ団の王でいさせるなんて言ってるけど、N自身がそれで納得するとは思えないから、どちらにしろプラズマ団はここで終わりだと思う。
思うけど、毒親からの解放は…相当な労力を要する…!ツイッターでそう言ってた…!

ネット知識に踊らされながらも、これまで生きてきた環境や関係性をぶち壊す事は、実際容易ではない。ならば私がその手助けをしてやらねば…と諸悪の根源を見上げたら、向こうも同じ事を考えていたらしい。互いに殺意をぶつけ合い、Nの人生をそれぞれ別の意味で築こうと立ち上がった。

「だがそのために、真実を知るあなた…邪魔なものは排除しましょう」

そう言ったゲーチスに手を伸ばされた私は、えっまさかここに来てリアルファイト…?と血の気を引かせ、後ずさった。てっきりポケモン勝負で白黒つけるのかと思ったのだが、排除と言われたので、ヒウン港に沈める方の意味かもしれない。
お前はCEROレイティングが恐ろしくないのか!?と私はたまらず吠えた。そりゃ私だってゲーチス殺す殺すと喚いてはいたけどさぁ!でもそれは司法にやっていただこうっていう意味じゃん!?まさか今までも…そうやって反乱分子を排除してきたのではあるまいな?
嫌な想像をし、知り過ぎた罪で消されるなんてそんなサスペンスでは序盤に死ぬ奴みたいな殺され方…絶対に嫌だ…と距離を取る。足を踏み外さないように気を付けていると、ヒロインの死の間際に颯爽と駆けつける存在がついにやって来た。

「…支配だって?」

耳に馴染みのあるインテリ声に、天の助けを得たような気持ちで私は振り返った。思えば彼はいつも私を追い越したり追いついたりして、大体傍にいてくれたように思う。フキヨセにだけはいてほしくなかったが。

「プラズマ団の目的はポケモンを解放する事じゃ…?」

チェレン氏〜!ついでにアデク〜!来てくれたでござるか〜!
最終決戦だってのに誰も観覧に来ねぇな、と不安を感じていた私を救ったのは、イッシュで出会った少年と老人であった。年も性格も違う我々がこうして一堂に会したのは、ポケモン勝負をしたから…つまりポケモンのおかげである。その事実を再び噛みしめ、エンディングでもないのに泣きそうだ。
よかったよ来てくれて…!危うくヒウンの海に沈められるところだったんだから!おかげでレイティング機構に怒られずに済んだよ!自分が一体何の心配をしているのかもはやわからないが、駆けつけてくれた二人の傍に行き、あれがあいつの本性なんすよ!と告げ口をした。
しかし開き直ったゲーチスは、人が来ようと動揺する事もなく、悪い顔でチェレンに応えるのみである。もはや私の口封じは叶わぬと知っての暴挙かもしれない。もしくは三人とも殺す気とかな。でもアデクはサイボーグだから無理だと思うぞ。マジレス。

「あれはプラズマ団を作り上げるための方便。ポケモンなんて便利なものを解き放ってどうするのです?」

渋い顔のアデクとドン引きのチェレンを見ながら、この外道に散々付き合わされた私の気持ち…わかってくれ…と目頭を押さえた。というかチェレンの前で醜い話するのやめてもらっていいか?こんな汚い大人がいる世界なんて…私は見せたくなかったよ…。
無職願望を隠している汚い大人の私は、盛大にブーメランを受けながらもゲーチスを睨み、つまりポケモンのためと思い集った人々をも裏切っているわけだから、本当に悪質な詐欺野郎だと激昂する他ない。
何一つ許せる要素がないな。声が良くても駄目。普通に万死。ここまでの悪役だといっそ清々しいものがあるかとも思うが、そんなのも一切ない。ただただ不快。早くアズカバンに行ってくれよ。

「確かにポケモンを操ることで、人間の可能性は広がる。それは認めましょう」

組み分け帽子だったら監獄行きを告げていた私の前で、ゲーチスは声高らかに野望をぶちまけた。

「だからこそ!ワタクシだけがポケモンを使えればいいんです」

このクソすぎる発言に、アデクが一歩前へ出て吠えた。

「貴様…そんなくだらぬ考えで!」
「なんとでも」

しかしジジイ渾身の一喝にも、ゲーチスは素知らぬ顔である。もはや誰の声も届かないであろう老害には、やはり私の拳をお見舞いしてやるしかなさそうだ。そう、ポケモン勝負というレベル100の拳でな!死ぬぞ。
私はこの旅の中盤から、ずっと掲げている目標があった。それはこの、悪の権化の、諸悪の根源の、毒親で詐欺師でゲスでカスでクソなこのゲーチスを!
絶対に一発殴るって事を!一万年と二千年前から決めてた!

どいてな爺さん、とアデクを押しのけ、私はゲーチスの前に立った。ちょっとでかくて怖いけど、私にはポケモンもチェレンもアデクもついてるし、もしかするとNだってついてるかもしれない。だから恐れる事はない、何より見てろやN。私がこいつを倒すところはもちろん、どんな思いで闘ってるかを見ろ。レシラムが何で力を貸してくれるのか、見たら全部わかるだろ。
それがポケモン勝負ってやつだよ。たぶんな。

「…さて」

私のマスターボールを見ながら、ゲーチスは意味ありげに目を細めた。

「神と呼ばれようと所詮はポケモン。そいつが認めたところで…レイコ!あなたなど恐るるに足らん!」

あれだけ圧倒的な私の力を見たというのに、ゲーチスはそう叫んで戦闘姿勢を取ったので、願ってもねぇよと私もボールを構えた。神だろうと所詮はポケモン…ってところはマジ同意だけどな。どれだけ神々しかろうと、勝負という土俵に上がったら皆平等…力の強い者が勝つ!単純にそれだけだ。だから結局私が勝つんだよ!たとえ6Vのサザンドラを出されようともな!

「さぁ、かかってきなさい!ワタクシはあなたの絶望する瞬間の顔が見たいのだ!」

それはこっちの台詞だよ!と私はレシラムを繰り出そうとした。チェレンとアデクも来た事だし、英雄の証っつーの?見せてやってもいいかな?って思ったわけ。私の清らかな正義の心に応えたレシラムの美しさ…是非堪能していただきたい。美女が持つに相応しいフォルム、見ていってくれ。
自画自賛をすると小刻みに震えるという、嘘発見器と化したマスボに咳払いをしながら、自分を鼓舞する事すら許されないの?と手厳しいレシラムに涙したその時、突然ポケットからボールが転がり落ちた。え?と振り返り、勝手に出てきた幼獣に、思わず口を開けてしまう。

「め…メラルバ氏…」

何故いま出てきた。6Vのサザンドラを燃やす気なの?
さすがの私でも、大事なモンスターボールを杜撰にしまっておいたりはしないので、メラルバが自分の意思でポケットから這い出たのだろう。なんで?と率直に疑問を抱いた。
いや今どう考えてもレシラムで行く流れだったよね?ゲーチスもそのつもりだったと思うぜ?所詮ポケモン…などと言ったゲス野郎に伝説級の底力を見せる展開をみんな待ってたと思う。増田もそう考えてたに違いない。
とりあえず今は戻らね?とメラルバの顔を覗き込んだ時、あれだけ無表情の化身だったこの虫が、初めて目を吊り上げているところを私は見た。その瞳に宿す感情を読み取り、ここに来るまでの間、怒り狂っていたのは私だけではなかったのだと思い知る。

トレーナーの怒りはポケモンの怒り…メラルバからは、私が抱いた闘志や殺意や悲愴が伝わってきて、自分が思う以上にポケモン達といろんな物事を共有したんだと気が付いた。
そうか…メラルバお前も…あの毒親に激おこなんだな…。見かけによらず結構熱い人なんスね…と桃城VS忍足戦のような気持ちを抱き、マスターボールを引っ込める。

…わかった。非道な相手には、うちの非道担当でいくのもまた王道…ってね!

「メラルバ!消し炭にしてやりな!」

私の雑な指示に応えるよう、メラルバは空に向かって炎を吐いた。燃え盛る火炎から火の粉が舞い、それが体を包むよう落ちていった時、運命の瞬間が訪れる。
赤い粉の真ん中で、突如眩しい光が放たれた。この独特の発光感は…!と目を細めながら、私は職業病でカメラを構える。光りすぎて何も見えねぇ!見えねぇけど!この現象の名を知らぬトレーナーはいない!

「レイコ!」

進化だ!と思ったその瞬間、Nが私を呼んだ。咄嗟に視線を合わせ、激しい怒りによって目覚めた伝説の戦士メラルバを見たNが、何かを感じた事を察する。あれだけ沈黙を貫いていた彼の口から、最初に私の名前が出た事に、何だか不思議な感情が溢れ出しそうだった。
もしかしたらメラルバが何か喋ったのかもしれないし、私とポケモンの熱い絆を見て心が揺さぶられたのかもしれない。定かではないけど、Nの気持ちが揺れ動いたという真実が、途方もなく喜ばしい事のように思えてならなかった。同時に、レシラムに選ばれた事が運やまぐれでない気もして、これ以上ない肯定感を得るのだった。

晴れた光の隙間から、徐々に元メラルバが姿を現す。図鑑を向けると、ウルガモスと表示された。
モフモフ感は残しながらも、立派な六枚の羽根を広げるその姿は、まさに蛾。とうとうモスラになっちまったな…と東宝三大怪獣を見つめた。
蝶にはならないと思っていたけど…やはり蛾の幼虫だったわけだね。名前もめちゃくちゃ強そうだし、やっと私の手持ちにも華が出てきたかなってレベルの容姿。いいよ。一層の厨パ感が増したが、それもまた私らしいからな。誰が厨二病だよ。ステージ4じゃねーわ。

末期の私と同じくらい病んでいるゲーチスは、律儀に幼虫の進化を見届けたあとでボールを取り出し、勝負の合図を叫んだ。

「誰が何をしようと!ワタクシを止める事はできない!」

それが元気な彼を見た最後だった…というナレーションを脳裏に流し、実際そうなる事を知っている私は、非情の成虫がゲーチスの服を燃やさんばかりの勢いで火を吹くのを見て、進化しても性格は変わらないんだな…と苦笑するのであった。

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