まさか本当に6Vのサザンドラが出てくるとはな。
さすが自分達だけがポケモンを使えればいいと言っていただけの事はあり、ゲーチスの手持ちは下っ端共とは比べものにならないくらい鍛え上げられていた。数多のプレイヤーがトラウマを抱えるはめになったサザンドラを筆頭に、デスカーンの技構成にイライラさせられたり、四回も回復の薬を使われてイライラさせられたりと、とにかくDSをブン投げたい展開のオンパレードだったのではなかろうか。私を除いて。

そんな一般のプレイヤーと同じ土俵になどいるはずもない私は、物理的にゲーチスを見上げながらも、精神面では完全に見下ろしていた。
お前の言った通り、伝説だろうと神だろうと6Vだろうと、所詮はポケモン…。よって相手がポケモンである限り、私の敗北は有り得ないのだ。
つまり端的に言うと、勝った。
何の意外性もなく、苦戦もなく、その辺の雑魚トレーナーを蹴散らすのと同じように!揺るぎない勝利が常設されている!それが私だ!ざまあ!

「…どういう事だ?」

厳選して育て上げたサザンドラ達が敗れた事実に、ゲーチスは半ば放心していた。受け入れ難い現実を突きつけられ、悲愴と憎悪に顔を歪ませている。

「このワタクシはプラズマ団を作り上げた完全な男なんだぞ!世界を変える完全な支配者だぞ!?」

目を剥きながら叫んだゲーチスの迫力に、私は思わず後ずさった。
いや怖すぎでしょ。こんなんが親だったら普通に歪むわ。今まで色々言ってごめんなN。いいカウンセラー、紹介するね。
今にも殴りかかってきそうな狂気には、ついついアデクの後ろに退避してしまっても仕方がないと言えるほど、並々ならぬ恐怖を覚える。長年の計画が失敗に終われば、そりゃ怒り狂いもするだろう。でもそれは悪い事だったんだから仕方ないよ。これでよかったんだ、潔く諦めてほしい。

半狂乱のゲーチスをよそに、大仕事を終えた安堵で私は一人、深い溜息をついていた。
さて…もう…いいよな?私の役目済んだからゲーチスの連行は爺さんに頼んで…大丈夫だよね?ポケモン相手には最強だけど人間相手には最弱だからよ。ここは崖から飛び降りても無傷でいられる鉄人にお願いしたい。
無事にゲーチスの野望を阻止できた安堵とは裏腹に、また口を閉ざしたNを見つめ、私は眉を下げた。父親が敗北しても声一つ漏らさず、ただ静かに俯いている。
そんなNを見て、アデクはチャンピオンらしく、穏やかな問いかけをした。

「…さて、Nよ。今もポケモンと人は別れるべきだと考えるか?」

決して責めているような口調ではなかった。それどころか優しさすら垣間見える声だったというのに、Nは何も答えない。
言葉もないのか、言葉を見つけられないのか。まぁ実父の地に堕ちた姿を見るって複雑だよね…どんな悪人でも親は親。親子揃ってクソニートに負けるとか末代までの恥…言葉を失っても仕方ないのかもしれないな。うるせぇよ。
恥の多い人生を送る私であったが、それより生き恥を晒しているゲーチスはアデクの問いかけを聞き、何故か高らかに笑い出す。

「…ふはは!英雄になれぬワタクシが伝説のポケモンを手にする…そのためだけに用意したのが、そのN!」

英雄になれない自覚はあったのか。その無駄な知性がなければNにも別の人生があったのかもしれないと思ったら、憎らしさしかない。だからインテリは嫌いなんだよ…と学歴を僻む私の耳に、二度と忘れないであろう残忍な声が舞い込んだ。

「言ってみれば、人の心を持たぬバケモノです」

平然と言い放たれた言葉が、私の怒髪天を衝く。

「そんな歪で不完全な人間に、話が通じると思うのですか」

何がおかしいのか、ゲーチスは笑っていた。冗談にしても笑えない私は、堪えられない激情に押し流され、拳を握り、前へ出る。
なんで…そんなこと言えるんだ?おかしいだろ。息子なんだろ?ずっとこの城で暮らしてたんだろ?情とかそういうの…ないの?ないとしても、そんな冷たい言葉を投げていい理由にはならない。
でも私がお前を殴る理由はある!

もう辛抱たまらん!と冷静さを失った私は、頭の中でこのゲスをフルボッコするイメージを浮かべ、それを実行に移そうとした。どうしても許せなかったのだ。最初から許せなかったけども、自分でそういう風に育てたくせにバケモノ呼ばわりなんて、許してやる方がどうかしてる。
あの子を解き放て!Nは人間だぞ!とアシタカになった気分で、私は拳を振り上げかけた。数多の崖を登り、ケイン・コスギとファイト一発を繰り広げたこの腕力、今こそお見舞いしてくれる!そう思った瞬間、誰かが私の腕を止めた。

まだまだ成長途中にある両手が、必死に拳を掴む。振り返ると、チェレンが強い眼差しでこちらを見上げており、私より細いかもしれない腕がわずかに震えているのを感じた。この時から、怒りに支配された醜い心が、徐々に浄化されていくのがわかった。
そしてチャンピオンロードに入る前、チェレンが言っていた言葉を、私は不意に思い出す。
私に何かあった時、助けられるようにする。それぞれにやれる事をやればいい…。悟りを開いたチェレンの台詞は、今の私には大いに沁みた。
あんな奴殴る価値もない、そう訴えかける瞳に頷き、私はそっと腕を下ろす。

そうだよな…あんなのでもNの親…殴りつけるのは良くないし、チェレンに暴力的な姿を見せるのも良くないし、前科ができるのも良くない。言動も存在も許せないが…あんなカスを殴って清く美しいレイコさんが汚れるところを見たくないと訴えるチェレンの気持ち…しかと受け取ったよ…!

「レイコさん、こいつの話を聞いてもメンドーなだけです。こいつにこそ心がないよ!」

妄想に取り憑かれる私の横で、チェレンは至極真っ当な事を言い、ゲーチスを睨んだ。アデクもそれに同調し、諦めたような声で呟く。

「そうだな…本当に憐れなものよ」

ニートの老人に憐れまれると、さすがのゲーチスも口をつぐむしかないようだった。敗者らしく隅で黙り、その間にチャンピオンの有り難いお言葉が展開されていく。

「Nよ…いろいろ思う事があるだろう。だがお前さんは決してゲーチスに操られ、理想を追い求めたのではなく、自分の考えで動いたのだ!だからこそ伝説のポケモンと出会う事ができたではないか!」

とてもNに惨敗したとは思えない見事なフォローに、私は力強く頷いた。
本当アデクの言う通りだよ。ゲーチスの野望を肩代わりする形だったら、ゼクロムは絶対に応えなかったと思う。N自身の純粋な願いがあったからこそ、ここでこうしてぶつかり合う事ができたんじゃないか。レシラムが私に応えてくれたのも、人とポケモンが手を取り合う事の素晴らしさを、Nに教えたかったからかもしれないし。

いろいろ間違った事をしたかもしれないが、あまり悲観しないでくれよな…と願う我々に、そう簡単に気持ちの折り合いをつけられないNは、ゆっくりと首を横に振った。

「…だが、僕に英雄の資格は…ない!」

やっと喋ったかと思えば悲しい台詞だったので、そんな事ないですよ〜!と卑屈になる神絵師を慰めるような言葉を投げそうになってしまった。いいねとRTが少ないから何だっていうんですか!?私はNさんの絵好きですよ!的な茶番だ。ギリギリで踏みとどまったけども。
神絵師を慰める事さえできないド底辺フォロワーの一人である私は、何も言えない代わりに、マスターボールを握りしめて念を送る。
Nは自分の作品が好きじゃないかもしれないけど…でも英雄なんて勝ち負けで決まるもんじゃないと思うよ。そもそも資格とかそんなに大事か?ゼクロムがいてくれたらそれでいいじゃんか、充分だよ。そんなこと言ったら私こそ無資格にも程があるからな。何の志もないニートが英雄とかイッシュの人も嫌でしょ。絶対誰にも言わないでよね。末代までの恥だから。
勝手に英雄資格なし対決を繰り広げる私達に割って入るよう、アデクはおおらかな心で若者たちに教えを説くのだった。

「そうかぁ?伝説のポケモンと共にこれからどうするか…それが大事だろうよ!」

軽いノリでNを受け止めるアデクだったが、納得できない様子のNは声を荒げ、反発する。敗者ゆえの葛藤が彼を苦しめているのだろうが、勝敗ってそんなに大事なことなんだろうか…と、どこから目線で私は思った。
いやまぁ大事だけども。私は最強設定が揺らぐとまずいから大事なわけで、別に負けたって何かが変わるわけじゃない事も本当は知っていた。結果を受け止め、ポケモン達とどう生きていくか…アデクの言う通り、それを考えていくのがNの役割なのだろう。しかし今はまだ、落ち着く時間が必要だとも思う。何せ私にボロ負けし、親にボロクソ言われ、ボロ負かしたはずのアデクに説教垂れられてんだからな。

「…わかったような事を。今までお互い信じるもののため争っていた…だのに!何故!」

膝をつかせた相手に慰められるという謎展開に吠えたNを、私はただ見守った。結果的に勝った方の主義を通す形になってしまったけど、でもそのルールは私達が勝手に決めた事であって、この世界の人々やポケモン達にとって実際どっちが正しいのかなんて事は、誰にもわからないのだ。的なことを伝えてやりたい気持ちを抱くも、語彙がなさすぎて切り出すことができない。肝心な時に噛めない主人公のプレッシャー、そなたにわかるか?
しかしそんなプレッシャーを物ともせず語り出すのが、亀の甲より年の功こと、アデクである。噛ませ犬だけでは終わらない、これがチャンピオンの風格だと言わんばかりに、若者を導く長台詞を言い切るのであった。

「Nよ…お互い理解し合えなくとも、否定する理由にはならん!そもそも、争った人間のどちらかだけが正しいのではない。それを考えてくれ」

そう。私もそれが言いたかった。
便乗して頷きながら、どうやらこの世界で語彙がないのは私だけである事に気付き、熱くなった目頭を押さえる。やっぱ今の時代大学の一つや二つ出てないと苦しいのかな…なんて世知辛さを嘆いている間に、アデクはチェレンと共にゲーチスをひっ捕らえ、看守のように背中を押しながら階段を下っていく。最後まで悪びれないゲーチスを、怒ったらいいのか憐れんだらいいのかわからず、そうやって微妙な心境でいた隙に、二人の姿は消えていたため、私は一緒に帰るタイミングを失ってしまった。
広い玉座に、私とNの二人きり。王とニート、勝者と敗者、インテリと低学歴…本質の異なる人間同士が取り残されるとどうなるか、おわかりいただけるだろうか。
左様。シンプルに、気まずい。

とりあえずNも今は一人で考えた事があるかもしれないし…私も…帰るか。疲弊したアデクとチェレンだけじゃゲーチスに逃げられる可能性がなくもない。ここは人手が必要だろう、と自分に言い聞かせ、この場から立ち去る口実を作る。
なんというか…私もいろいろ言いたい事とか聞きたい事あるけど、でもこんな事になっちゃったからには悠長に話してもいられないだろう。Nの複雑すぎる家庭事情を目の当たりにし、傷心の中にいる彼を、誰が慰めてやれるというのか。ひとまず私には無理。語彙ないので。人徳も金も地位も職業も学校も試験もなんにもないので。鬼太郎と一緒。

ゲゲゲの女房になれない私は、さりげなく無言のまま階段を下りようとした。今ならどさくさに紛れていけるはず…と足を踏み出すも、当然現実は甘くないのであった。

「レイコ」

当たり前のようにNに呼び止められ、ですよね、と諦めの境地で振り返った。まぁそりゃそうだろうよ。主人公と敵のボスが一緒にいて何も進行しないはずねぇからな。
呼び止められたところで、こんな時どんな顔したらいいかわからない綾波レイコは、若干憑き物が落ちた風のNを見つめ、相手の反応を待った。思いの外元気そうなのは良かったけど…それでも複雑な心境を切り替える事は難しい。

さっきアデクさんが言ったこと…忘れないでいてくれるといいよな。どっちかが正しいわけでもないし、理解できない事を否定する必要もない…なかなか難しいかもしれないが、そうありたいって私も思うぜ…。だからニートを理解できなくても頭ごなしに否定しないでほしい、そうしないと生きられない人間もいるんだ。それも覚えておいてくれ。人生で一番無駄な知識だが。
9割方ニートのためここまで来た私に、一体何の用があるのかと構えていれば、Nは比較的穏やかに、そして覚悟を決めたように真剣な眼差しを向けると、私に一言こう告げた。

「…キミに話したい事がある」

そう言われた瞬間、私も同じだった事を思い出した。ニートになるためとはいえ、ここに来た目的はそれだけではなかった。真のニートレーナーになるべく、Nの力を借りたいと思っていたのだった。
帰宅一択だった足をNの方へ向け、私も真顔で対峙する。いろいろと正反対の彼とは、普通に最後まで正反対だったが、それでもこうして通じ合える部分があるわけだから、異なる考えを受け入れる事で世界は科学反応を起こすと言ったNの言葉は、わりと正しいんじゃないかなと思う。

「私も…聞きたい事があるんだ」

プラズマ団の総資産…とかではなく、もっと大切なことを。
でも慰謝料もらうつもりだから総資産も大事だぞ。ちゃんと払ってくれよな。

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