19.終章

オッス!オラ、レイコ!ポケモンニートを目指してるはずがどう間違ったか英雄になっちまった!やっべーぞ!

あの怒涛の戦いから数日。私はイッシュのダンジョンというダンジョンを駆け巡り、記録に追われる日々を送っていた。Nにかまけていた遅れを取り戻し、ようやく図鑑完成まであとわずかというところまでこぎつけたのである。

長かったよマジでさぁ…地獄が終わってもまた地獄っつーか、Nを倒して終わりになるほど人生甘くないんだよね。
あれからアデク達と合流し、ダクトリにゲーチスを連れ去られてみすみす逃がしたというクソすぎる状況を聞かされ、その数日後に七賢人探しを手伝わされ、やっとしがらみから解放されたところであった。人使いの荒いイッシュ人にキレながらも、もうすぐ故郷に帰ってニートできるという思いで奮い立ち、今はカノコタウンで、久しぶりに田舎の風を浴びている。
アララギ博士にろくに報告もしていなかったので、世間話も兼ねて訪ねているというわけだ。あとチェレンとも待ち合わせている。なんかあんまり喋れないうちに別れて山籠りしちゃったからな。カントーに帰る前に挨拶くらいしとかないと人間としてやばいんでね。せめてチェレンの前では人の形を保っていたい…そう思うよ。

しかし私は、イッシュでの様々な出来事を経て、成長し、いろいろ考えた結果、ある重大な決意を胸に抱いていた。
そう、いつまでもチェレンを騙すの、やめよう…という強い意思である。

研究所の前でうろつきながら、私は決心を鈍らせないように、何度も気を引き締めた。
いや別に騙しちゃいねーけどさぁ!でもきっとチェレンは…私を誤解していると思うんだよな。正義感とボランティア精神に溢れ、人情味もあり、清廉潔白、強さと美しさを兼ね備えた、まさに非の打ちどころがない完璧超絶美人だと思っているに違いない。幾度もピンチを乗り越えた姿を見て、一層尊敬の念を抱いていること間違いなし。取り返しがつかなくなる前に偶像を砕いてやるのが、私にできる最後の恩返しなのではないか、と考えたのだ。
自信過剰な私だったが、まぁとにかくニートだなんて想像もしていないはずなので、ここはしっかりと事実を告げ、チェレンを夢から醒ましてやりたいのである。イッシュ最後の大仕事はそれだよ。このままじゃ彼のご両親に顔向けできないからな。女の趣味を悪くさせて申し訳ございませんでした。お詫びして訂正いたします。

脳内記者会見で涙ながらに彼の両親へ頭を下げていると、突然研究所のドアが開き、中から軽快な足取りでアララギ博士が出てきた。うろついていた身としては驚きしかなく、うわ、と大変失礼な声を上げてしまう。

「レイコさん!いつまでも入ってこないから出てきちゃった」

どうやら不審にうろつく姿を見られていたらしい。死のう。
挙動がおかしい私にも気さくに話しかけてくれるキャリアウーマンことブルゾンアララギは、大人の微笑みをたずさえ、相変わらずな様子が見て取れた。元気そうで安心したわ。こっちは不審ですまない。
博士ともあと数回会ってお別れなんだろうな…と思うと、またセンチメンタルこじらせそうだったが、彼女は普通に世間話を切り込んできたため、幸い涙は引っ込みそうである。

「いろいろ大変だったわね…本当にお疲れ様」
「いえ…まぁ…疲れましたけど…」

正直に話すと博士は少し笑い、そのまま立ち話で私はNとの激闘について詳細に語った。
バラモスの繰り出すメラゾーマやイオナズンを立て続けに受け、もう駄目だと誰もが思った…しかし私は立ち上がり、最後の力を振り絞って奴の脳天に刃を突き刺す…戦いに勝利したその瞬間、真の魔王であるゾーマが現れ、手負いの私は心が折れかけるも、王者の剣からバギクロスを発動させた事により一気に形勢逆転、見事魔王に打ち勝ち世界に平和が訪れたのであった…。
途中からドラクエVの話になっていてもアララギ博士は優しく相槌を打ち、ひとしきり説明を終えたところで、私はチェレンと待ち合わせている事を告げた。すると、ちょうどさっき海辺で会ったからまだいるんじゃない?という有力な情報を得る。その言葉からチェレンの姿を想像して、思わず溜息を零した。

海…ですか…。お前…海で黄昏てんのかよ…ニートとか言いづらいじゃねーか。せっかく山で精神修行して決意を固めたってのに、そんないいスポットで無職を激白なんて正気の沙汰じゃないだろ。お願いだから鈍らせないでよ。
頭を抱える私だったが、どうせしばらくイッシュとはおさらばなわけである。チェレンに会うのも次はいつかわからないし、言い逃げしてしまえば恐れる事はないのだと開き直った。
大丈夫だレイコ。チェレンのためを思えば、きっと何だってできるはずだ。あんないい子の心を縛りつけておいていいのか?答えはノーよ。大人として果たさなければならない責任があるんだ。今こそ成し遂げる時!何より私自身が真実を告げたいと思っている!ニートレーナーだと知り、百年の恋は冷めるだろうが、それでも友人としてこれからも付き合ってくれれば嬉しいよ!嫌だって言われたら多分泣くけど受け入れよう!犠牲なくしてなれるほど、ニートは甘くないのだから…。
リスキーな夢を嘆きつつも、後戻りしないと決めた私を見て、博士は優しく声をかけた。

「…レイコさん、何だか吹っ切れたみたいね」

一瞬、無職がバレたかと思い飛び上がったが、博士の真意は別のところにあるようだったのでホッとするも、ある意味安堵できない台詞をすぐに投げられてしまう。

「…前にあなたのこと、トレーナーとして欠けてるものがあるって言ったけど…あれ撤回するわね。ごめんなさい」

え、なに急にマジじゃん。こっちがニートで頭いっぱいの時に真面目な話やめてくれよ。
突然の謝罪に驚きすぎた私は、咄嗟に反応できず棒立ちし、しばらくしてから首を振った。半分忘れてたから大丈夫ですと苦笑を返して、広いイッシュの旅路を振り返る。
そういえばそんな事もあったな…リゾートデザートの手前あたりで…。過去を振り返ってばかりの私は、いよいよこの土地と離れる実感が湧いてきた事により、少しだけ眉を下げた。
アララギ博士とのタイマン…正直ちょっと怖かったけど、でも今となっては思いの丈をぶつけてくれて有り難かったよ。親子揃って見守ってくれたりさ。ちょっと迂闊なところはあるけど、電気石の洞穴でNのクソリプにも堂々と返信していた格好いい姿、私一生忘れないから。
恩師的な感情を勝手に抱いていれば、博士は私の肩を軽く叩いて微笑んだ。

「ポケモンを信じる気持ち…今は充分備わってるわね」

改まって言われると、どうにも照れた。デュフフとオタクのように笑ってごまかし、しかし喜びを抑える事は難しい。ゆっくりと頷いて、みんなのおかげですよ、と空々しい台詞を、本心から告げるのであった。

親父の思う壺みたいで癪だけど、でもイッシュに来てよかったな。
様々な事を乗り越え、その全部にポケモンがいた事を、ちゃんと思い出す事ができた。ポケモン達がいてくれたら、恐れる事は何もない。そう、だからチェレンにニートを告げる事も、怖くなんてないんだよ…。
足の震えを武者震いだと誤魔化しながら、イッシュ最後の大仕事に向かい、私は大いなる一歩を踏み出していくのだった。

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