03.ニビシティ


「俺はニビポケモンジム、リーダーのタケシ!」

と紹介を受けた五分後に勝利した私はポケモンニートのレイコ。何か考える間もなく初めてのジム戦を終えていた新人トレーナーだ。実力はとても新人級ではなかったが。

トキワの森を何とか抜け、薄情にもさっさとどこかへ行ってしまったグリーンを特に追う事もなく、私はニビシティへとやってきていた。一日しか経過していないというのに、まるで数年ぶりに人里へ帰ってきたような気分になって、感慨深さに涙さえ零れたものである。
やっぱ人生に必要なのは文明だわ。美味しいごはんにホカホカお風呂、暖かい布団で眠るんだよ人間は。それ以外に正しい姿はないね。
街中を歩いた事により元気を取り戻した私は、早速ニートドリームに近づくための挑戦を試みていた。そう、ジム戦である。

チャンピオンロードのポケモンを記録するためには、8つのジムバッジが必要不可欠…つまり究極完全体ニートになるには、コミュ力を高めてポケモンジムに挑まなくてはならない。これが結構緊張した。引きこもりには人と喋る事へのハードルが高すぎるのだ。

初めてデパコスを買う時のようにドキドキしながらニビジムへ足を踏み入れると、しかしそこはデパートとは程遠く、岩だった。

岩だ。他に形容しようがない。岩ステージ。
川端康成はトンネルを抜けると雪国だったかもしれないが、ニビジムはドアを開けると岩だったね。
そのジムの特性に合わせた世界観なのか、とにかく岩の溢れる室内に驚き、私は呆然と立ち尽くす。じゃあ炎のジムだったら燃えてんのか?などと思いつつ、素人丸出しの私に気付いたスタッフが駆け寄ってきて、いろいろと教えてくれた。小手調べにジムトレーナーと戦ったり、仕掛けを潜り抜けたりしながら最奥に辿り着いた者だけが、ジムリーダーに挑めるのだという。

全然知らんかったな、ポケモンジムの事なんて。ノリと勢いで入っちゃったけど、とりあえず行けば誰でも挑戦できるみたいだ。そして秒で勝った。ニビジムは岩タイプが専門だし、ピカ版とヒトカゲを選んだプレイヤーは詰みがちだからノーマルタイプのカビゴンじゃいまいち攻撃が通らないかもな…なんて思っていたあの時間が無駄なくらい、マジで一瞬で勝った。ビデオ判定までされた時には、己の強さに恐れさえ抱いたものである。

私…大丈夫なのかな?カビゴンっていうか生物兵器を所持しているんじゃないよな?
タケシも審判も神妙な面持ちをしていたので焦ったけれど、結果的にめちゃくちゃパワーが強いとわかってくれたみたいで、ジムリーダーに勝った暁にグレーバッジを授けてくれた。シンプルというか地味というか、価値があるとは到底思えないデザインのバッジでも、勝利の証と思えば何となく嬉しいものである。

全然実感ないけど、とりあえずグレーバッジ、ゲットだぜ!
カビゴンと共に自撮りをしてジムをあとにした私は、手応えがなさすぎて逆に不安になりながら、ボールの中で爆睡するカビゴンの姿を見つめる。
バッジもらえたのはいいけど…岩タイプにノーマルって効果いま一つなんだよな?イワーク砕け散るんじゃないかってくらい効いてたんだが…あの傷もポケモンセンターで癒せるんだろうか…。ジムリーダーって言うくらいだから相当強いと踏んでいたのにこの結果で、どうやら私のカビゴンの強さは標準レベルを大きく逸脱していると確信する。
またビデオ判定されるかもだけど、まぁ強いとさくさく進めていいでしょ、と能天気に考え、次の町に進むか休むか迷っていた私は、突然後方から声が聞こえて振り返った。なんか聞き覚えあるな…と思ったら、なんと声の主はさっき一瞬で倒してしまった、ジムリーダーのタケシであった。微妙に気まずい!

「おーい!レイコ!」

しかも私を呼んでるっぽいぞ。やっぱりビデオ判定の結果…バッジは無し!とか言わないだろうな。絶対返さないぜ。バッジ噛んだとしても交換してもらうからな。
心配する私をよそに、名古屋市長みたいな真似は決してしないタケシは立ち止まると、安堵したように少し微笑んで見せる。

「間に合ってよかった!」
「タケシ…さん?」

一体何用なのかわからないので警戒しつつ、首を傾げて出方を窺う。
どうしたんだタケシ。やっぱカビゴン強すぎておかしいからドーピング検査しろ…とか言わないよね?スポーツ選手は抜き打ちでされたりするらしいからな、トレーナーにもそういうのがあるかもしれない。まぁ正直疑われても仕方ない強さだし…どうしてもって言うなら別にいいよ、私も疑惑は晴らしたいしさ。
行こうか、ドーピング機構LSIメディエンスへ…と覚悟を決めたのだが、どうやらタケシが呼び止めたのは全く別の理由だったらしい。勝負の時とはまるで違う穏やかな表情を作ると、律儀な態度で接してきた。

「さっきは引き留めて悪かったな…君のように強いトレーナーに会うのは俺も初めてだったんだ」

だろうな。私も私以外に知らないわ生物兵器を持ってる奴なんて。

「お詫びにこれを受け取ってくれ」
「え?」

別にただイワークを強大な力でぶっ飛ばしただけだというのに、急に詫びの品を取り出され、私は普通に困惑した。ビデオ判定とかそんなに稀な事なの?と逆にびびってしまった。こいつマジに本当の生物兵器か?ゴジラ?
水爆実験で生まれた可能性も出てきたカビゴンに冷や汗を流しつつ、私のやるべきことは特に変わらないので、ゴジラでもモスラでも共に戦っていくしかない。覚悟はできてるんですよ!と決意を固めた私の手に、タケシは何かを乗せた。オキシジェンデストロイヤーかな?と思ったが、そんな物騒なものではなく、なんだかきれいな石であった。

何これ。つやつやの石や。

「…これは?」
「コハクだよ」
「コ…ハク…?」

珊瑚の弟の?などと小ボケをかます事もせず、私はそれをじっと見つめた。なんだコハクって。石っぽいけど…中に何か小さいものが練りこまれている。何に使うんだ?水切りの石にするのか?
コハクが何なのかわかっていない私に、タケシは入手経路と正体をしっかり教えてくれて、まともな人だなぁとしみじみ思った。ジムリーダーって強いだけじゃなくて人柄もいいんだな。コミュニケーション能力が著しく低い私にも丁寧だったし、きっとこの先も大丈夫だろう。そのうち行く事になるであろうポケモンジムの面々に希望を見出すレイコは、最後のジムにやばい奴が待ち受けている事をまだ知らないのであった。ゴミ箱漁らせる奴もやばいけどな。

「おつきみ山で化石の発掘をしていた時に見つけたんだ。何でも…ポケモンの遺伝子が閉じ込められているらしい」
「へぇ…」

つまり骨董品か。全くいらないんだけどどうしたらいいの?それともすごく貴重だったりするわけ?
どうしてこんなフータに鑑定してもらう以外の使い道がわからないものを私に…?という視線を向ければ、タケシは全てを悟ったかのような細い目をし、この意味不明な石をくれた理由まで解説してくれた。至れり尽くせりであった。

「君はポケモン図鑑を集めてるんだろう?」
「あ、はい」
「どこかの町に、化石からポケモンを復元できる装置があると聞いたから行ってみるといい」

あ、そういう事か。たった今すべてを理解したぜ!
ジム戦前に撮影OKか確認したから、その時に図鑑集めの事も係員に話していた。怪しい動機で撮るわけじゃない、私は純粋に研究のため、そして将来のニートのために記録をしたいだけなのだと力説したので、タケシの耳にも入っていたのだろう。それでわざわざくれたのか、研究の役に立てば幸い…と。後世のために使ってほしいと、そういう願いも込めて私みたいなホープトレーナーに授けてくれたんだね。ニートになるとも知らずに…。

「ど、どうも…ありがとうございます…」

絶妙な申し訳なさと有難さを感じながら礼を言うと、タケシは軽く微笑んで去っていった。多くは語らず、恩着せがましさもなく、私の役に立つであろうものをくれた好青年。その後ろ姿の眩しさは、無職を目指す私には尊すぎて、格の違いに押し潰されそうなのであった。

こ、硬派だ…アニメのあれは何だったんだ…。
絶対CVうえだゆうじではないだろ…と眉をひそめ、遺伝子が入っているというコハクを私はじっと見つめた。
化石の復元か…つまりこれがポケモンになるって事なのか?どういう技術なんだよ。人類が手を出していい代物なのか?そもそも何のポケモンの遺伝子なのかもわかんないし。珍しいものだったら嬉しいけど、コラッタとかだったら今度こそお前のイワーク爆発四散させるからな。

恩を仇で返すクソニートはコハクをリュックに詰め込み、いつか引く遺伝子ガチャに勝利するため、お祈りの準備を始めるのであった。
よし、触媒はタケシのイワークで決まりだな。クズにも程があるだろ。

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