洞窟を抜けると、餃子の街だった。
ここが宇都宮…いやハナダシティか…。太陽光の眩しさにしばらく目を開けられない私であったが、ニビよりは賑わっている街並みに少し元気を取り戻して、軽快に原付を走らせている。

やっと近代文明が目に入ったよ…もう壁面と砂利道は見たくない…。イシツブテとの人身事故を繰り返しながらどうにかピッピと遭遇し、疲労困憊でおつきみ山を脱出した私は、ポケセンで泥のように眠り、英気を養った。正直こんな生活が続くとマジでマインドクラッシュ不可避な気がするが、ニートという目標のない人たちはどうやって耐えていってんだろうな?わかんねぇよ真っ当なトレーナーの精神なんて…もう帰らせてくれ…。

旅の喜びなど微塵も見出せない中、それでも進まなくてはならない私はタウンマップを広げ、やる気を取り戻すまでは極力簡単な道から行こうと目を凝らした。もう洞窟も森もいい、とにかく舗装された道路だ。それ以外は歩きたくない!
となるとまずはジムだな!と最も文明が発達している場所を選択し、そこに向かって原付を走らせる。
すると道中、前方から見知った人物が歩いてくるのが見え、私は思わずエンジンを止めた。素通りすればよかったとすぐに後悔するも、向こうも私に気付いてしまったようなので後には引けず、観念して原付から降りる。

あの私の性格より尖った頭の少年は…。この距離からでも生意気さが伝わってくるオーラは…間違いない…!

「ようレイコ!こんなところうろちょろしてたのか」

おめーもなグリーン。なに自分のこと棚に上げて私だけがうろついてるみたいな言い方してくれてんだよ。私がうろついてるならお前もうろついてるだろ!
開幕ブチギレをかましそうになった私は、相変わらず人の神経を逆撫でするのが上手すぎるグリーンに溜息をつき、何とか怒りをやり過ごした。まさかこんなところで出会うとは思っていなかったため、心構えをしていなかった事により感情のコントロールに苦労させられる。

ていうかお前…まだこんなところにいたんだな。私がだらだらポケセンで休んだり洞窟に籠ったりしてる間にもっと進んでるのかと思ったけど。ちい散歩でもしてんのかよ?
ニートという重いものを背負っていない人間は気楽でいいよな…と、さも高尚な目的でもあるかのように遠い目をしていれば、グリーンはいつもの調子で話をしてくる。

「俺なんか強いのすごいの色々捕まえちゃって絶好調だぜ!レイコは研究ばっかで勝負の腕は鈍ってんじゃねーの?」

鼻で笑いながら挑発してくるグリーンに、私は一瞬白目を剥いた。わかっていてもムカつく、それがこの少年の持って生まれた才能であった。

こいつ本当に天才だな、人をイラつかせる神だわ。トキワの森でちょっと見直したのに、開口一番キレさせてくるの凄すぎだろ。あの博士からどうやったらこの孫が誕生すんの?名選手が名監督になれないように、人格者だからといって子育ても成功するとは限らない、それを伝えているゲームなのかこれは?
深読みし始めたが、そんなどうでもいい事を考えていても仕方ないので、とりあえずマジレスをしておいた。

「別に鈍ってねーし」
「じゃあちょっと見せてみろよ!」

え、急に?
唐突にボールを繰り出され、私は慌ててカビゴンのボールを掴んだ。ニートとは言えポケモントレーナーの性か、目と目が合ったらポケモン勝負が体に染みついており、何で戦わなきゃいけねーんだよと正論をぶつける事は叶わない。
スムーズにカビゴンを出してしまって、そして秒で勝った。何ならカメラと図鑑を素早く構える方が困難なくらい即終わった。強いのすごいの色々捕まえたという発言は虚言だったのでは?と疑うも、単に私が強すぎるだけだと改めて気付き、もはや何の感情も湧かなくなってくる。ただ思うのは、こいつだけは絶対フルボッコにしたい、それだけであった。

「すぐムキになるよなー、レイコは」

秒殺されて負け惜しみを言うグリーンに余裕を見せつけたいところだったが、ムキになるのは事実なので虚無の表情を作っておく。悪かったな沸点低くて。お前のせいでどんどん低くなってる事を忘れるんじゃねーぞ。
短気を人のせいにしながら、鈍ってるどころか腕に磨きが掛かっているカビゴンのおかげで少し気が晴れた。これで満足したでしょ、とクールに去ろうとしたのだが、往生際の悪い敗北者はまだ会話を続けてきて、この期に及んで別ジャンルで勝とうとしてくる。

「まぁいいや!俺なんかマサキの家に行って珍しいポケモンたくさん見せてもらっちゃったもんね。おかげで図鑑のページが増えたぜ」

誰だそれは。お前すぐ知らない奴の話するの悪い癖だぞ。

「…マサキって誰?」
「知らねーの?有名なポケモンマニアだぜ?パソコン通信の預かりシステム、あれもマサキが作ったんだ」

全然知らない。本当に有名なのかそいつ?ユーチューバー?
1ミリもピンとこない名前に首を傾げ、よくそんな怪しい奴の家に行くよな…と怖いもの知らずなクソガキに軽く引いた。
ポケモンマニアて。一字一句やばそうな香りしかしないだろ。それともさかなクンみたいな人なのか?どっちにしろギョギョギョだが、あんまりやばい奴と関わるのは止せよ。ニートになるため図鑑完成させようとしてる奴とかな。放っといてくれ。
でも預かりシステムの開発者ならそんなに変な人でもないのかな…スティーブ・ジョブズ的な…。あのシステムのおかげでポケモン界は新時代を迎える事になったと聞くので、天才である事は間違いないのだろう。一度も使った事ないから知らんけど。

「お前もパソコン使ってるなら一度お礼に行けば?」

だから使ってないんだ。何も話す事はないね。

「おっと、道草してる場合じゃないぜ。じゃあなレイコ、バイビー!」
「ああ、バイ…バイビー?」

え?何そのダサいやつ。
思わずつられて反芻してしまったけど、スルーしてはならない言葉が聞こえた気がし、去り行くグリーンを凝視してしまった。何気に冒険のヒント的な情報を喋っていったと思うのだが、そんな事よりインパクトの強すぎる語彙に、私の意識は引っ張られていく。

平成初期のゲームとはいえ…まだ昭和が抜けてない感じだなお前…。バイビーって。バブルを生きた人間しか使わないだろ。
年齢詐称疑惑を抱きながら首を振り、全てを忘れる事を誓ってヘルメットを被った。やめよう、いちいち揚げ足を取るのは。あいつが大人になった時にからかうくらいにしとかなきゃな…。一番タチ悪いだろ。

グリーンと会ったおかげで何をしようとしていたか完全に忘れた私は、バイビーとポケモンマニアのマサキが頭から離れず、しばしその場で立ち止まる。
あいつ…さっき岬の方から歩いてきたよな?てことは向こうにマサキの家があるのか。それは…一般人に開放されてんの?正直私も珍しいポケモンの図鑑埋めたいし、フラットに入れるんだったら行きたいのは山々なんだが…タウンマップには何の情報もないんだよな。
まさか普通の民家に訪ねて行ったわけじゃないよね?と信じる私は、実際普通の民家に訪ねて行ったグリーンの強メンタルなど知る由もないので、ハナダの岬の方へ向かう事にした。やばそうだったら引き返せばいいだけの話だからだ。

グリーンのような生意気コミュ力でも訪ねていけるんだ、きっと何とかなるだろう。最悪オーキドの名前を出せばあらゆる権力を行使できると思うし。世界的権威を悪用すな。

初めての事だらけで緊張しながらも、私は意を決してエンジンを回す。もちろんマサキも怪しいから心配なんだが…それよりこの先に見えているゴールデンボールブリッジなる橋もさらに怪しいので、この街全体に嫌な予感を抱かざるを得ない。そしてその予感が残念ながら当たってしまう事を、レイコはすぐに知るのである。

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