「ロケット団に入らないか?」

私はこのとき察した。おつきみ山でつるはしを振りかざしていたやばい集団が、本当にやばい集団であった事を。

「ロケット…団?」

首を傾げている私の名はレイコ。ゴールデンボールブリッジで何故か待ち構えていたトレーナー達をブチのめしたら、橋の最後にいた謎の男に金の玉をもらい、ロケット団なる変な組織に勧誘されてしまったニートである。
なんだいきなり…とドン引きし、もらった金の玉はとりあえずポケットにしまいながら、いつ逃げるかタイミングを見計らってステップを踏んでいる。

そんな…お前も鬼にならないか?みたいに言われてもね。価値基準が違うんだから入るわけない。そもそもロケット団ってなんだ。NASAの子会社か?グレープカンパニー所属の芸人か?
何にせよ事務所を通してちょうだい…とさりげなく遠慮したのだが、謎の男は聞いてもいないのに組織の説明をしてきて、私の困惑はとどまるところを知らない。

「俺たちはポケモンを悪い事に使おうっていうグループだ!」
「ええ…!?」

そ、そんな堂々と悪びれもなく言うの?普通に犯罪グループじゃん。子供を勧誘すんなよ。せめて人を見てから言ったらどうなんだ。
いよいよドン引きが止まらなくなり、ていうかそんな組織に勧誘される私の人相とか人徳とかどうなってんの?と眉をひそめた。入りそうに見えるってこと?失礼すぎるだろ!こんなに清らかな美少女なのに!ただ働かず税金も極力納めたくないだけなのに!悪だよそれは。

「入るわけねーだろ…」

引き気味にマジレスすれば、謎の男は突然上着を脱ぎ捨て、下に着ていた妙な服を私に見せつけた。思わずぎょっとしてしまったのは、胸に刻まれたRの文字に見覚えがあったからだ。

あ!そのダサい黒服…おつきみ山でいきなりチンピラムーブかましてきた奴と同じ服じゃないか!?
あの集団…こんなやばい組織だったのか!化石掘りに使うと思われたつるはしも、もしかしたらビートたけしを襲撃するためのものだったのかもしれない…と思い直し、緊張に息を飲む。
やっぱさっさと逃げよう。カビゴンの脇腹を押しながら立ち去る事を決めたのだが、しつこい勧誘は続き、幼い心にダメージを重ねていく。

「入りなよ」
「いや…」
「入らないの?」
「間に合ってるんで…」

段々と圧が強くなってくる。このまま強気に来られたら私…カビゴンで人を殴ってしまうかもしれない…!即死するわ。
いろんな恐怖を抱えながら後ずさると、逆にロケット団は迫ってきて、いよいよカビゴンが腕を振り上げた。私を守ろうとしてくれているのか、それとも悪人を殴りたくてたまらないのか定かではないが、いかに犯罪組織の人間とはいえ殴ったら逮捕である。落ち着いてくれ…!となだめている間に、逆に向こうがボールを構えていた。

「入ってよ!」
「入ると思うか!?」
「入れよ!」

お前…この今にも殴りかかりそうなカビゴンが見えないのか!?半分はお前のために断ってるところあるぞ!
語気が強まってくるロケット団員を、もはや殴ってしまうか…!と血迷ったところで、相手の方からポケモン勝負の流れに持ち込んできた。ボールを投げてズバットを繰り出し、カビゴンの前で羽根をばたつかせる。これで正当にブチのめす事ができるとホっとした私は、すでに勝利を確信して原付に跨った。舐めプしすぎだろ。

「それなら…無理やり入れてやる!」

いかにも働かなさそうな私をそうまでして加入させたいのか。見る目がなさすぎる団員をワンパンで倒し、褒めているのか馬鹿にしてるのかわからない捨て台詞を吐いて、どこかへ走り去っていくのであった。

「それだけの腕があればロケット団でも偉くなれるのに…もったいないぜ!」

なりたくねーんだよ。偉くなったら下を動かすために働かなきゃならないでしょ!
労働なんてごめんだね、と鼻を鳴らしながらカビゴンをしまい、とりあえずあの服を見かけたら近寄らない事に決めた。いや元から近寄る気ないけど。上から下までやばい事は明白だろ。

早速大変な目に遭った…と溜息をつく私は、すでに疲れている体をどうにか奮い立たせ、岬を目指して原チャを走らせる。よく見たらカップルと思われる二人組があちこちにいて、本当にこの道で合っているのか不安になった。

なに、もしかしてここ…デートスポットなのか?確かに適度に自然もあって散歩にはいいかもしれないが…でも他に娯楽ないのかよ?ディズニーランドにでも行けば?
グリーンの奴…一人でここに来たのか…と神経の太さを尊敬する私もまた、おひとり様である。特大ブーメランを喰らっている間にどうやら行き止まりに来てしまったようで、原付を止めて盛大に首を傾げた。

はー?何もないんだが。民家が一軒あるだけなんですけど。まさかこの一軒家がマサキの家じゃないだろうし…一体どうなってるんだ?
まさかこの一軒家がマサキの家じゃないよな?まさかこんな…何の変哲もない一軒家にポケモンマニアが住んでるとか…ないだろ。到底信じられなくてスルーしていたが、他に何もないので疑わざるを得ず、景色と家を交互に見つめた。

いや…預かりシステムを開発した天才だぞ、有り得ないって。マイケルジャクソンみたいな豪邸に住んでるに決まってるじゃないか。だってこんなカップルだらけの場所に家を構える理由ある?相当な精神力じゃないと耐えられませんよ。
でもあのオーキドもマサラのド田舎に住んでるから天才ってのは変わり者なんだろうな、と思ったらこの立地も自然に思えてきたので、家の前に立ってみる。どこからどう見ても普通の家だ。別にポケモンの声もしないし…本当にポケモンマニアなんて奴が住んでるのか?

疑惑を感じていると、不意にドアが開きっぱなしになっている事に気が付いた。ますます信じられなくて眉根が限界まで寄っていく。
おいおい…物騒すぎだろ。いくら栃木でも施錠くらいしないと危ないでしょうが。まさかグリーンの奴が閉め忘れたんじゃないだろうな?代わりに謝っといてやるから感謝しろよ。
すでに怪しい予感はしていたが、鍵が開いているのが気になってしまい、私はひとまずドアをノックしてみる。さっきロケット団がいたくらいだから治安もどうだかわかりゃしないし、マサキの身に何かあった可能性もある。マニアの珍しいポケモンを狙ってロケット団が襲撃していてもおかしくはないぞ…。
急に嫌な予感がしてきて、ノックしても返事がない事が不安を助長し、思い切って扉を開ける。

「すいませーん…」

声をかけながら恐る恐る中を覗くと、真っ先に妙なものが目に入った。それは、等身大のクソデカピッピ人形であった。

…え?でけぇ。なんでこんなもん部屋のド真ん中に置いてんだ。やっぱり変な奴なんじゃないの?それともやばいポケモンマニアから逃げたいがために誰かがピッピ人形を置いていったか?いろいろな想像を駆け巡らせていたら、不意にピッピ人形が動き出したではないか。
否、それは人形などではなかった。

「えっ、ほ…本物…?」

動かないからてっきり人形かと思ったが、クソデカピッピ人形は本物のピッピであった。驚きのあまり引いてしまったけど、ピッピは気にした様子はなく近づいてくる。
さすがポケモンマニア…出現率5%のピッピを所持しているとは…憎いな…いやすごいな。マニアの名は伊達じゃないって事か。

周りを見渡してみたが、マサキと思われる人物はいない。やたらでかい機械や資料が乱雑に並んでいるだけで、人の気配はまるでなかった。
なんでピッピだけいるんだよ。貴重なポケモンを施錠もせずに放し飼いだなんて…ちょっと杜撰すぎるんじゃないの?栃木ってこういう感じなのか?
なんでも地方のせいにしてしまう私は、仕方がないので家を後にする事にした。マサキがいないんじゃ何もできる事はないし、素直に出直すか…いや出直すっていうか二度と来ない気もするけど…しょうがないよね。よく考えたらジムに行くつもりだったんだし、こんなカップルだらけの土地からはさっさと脱出だな。そうしよう。

じゃあな、とピッピに手を振ったら、何故か向こうはじっとこちらを見つめたまま追いかけてくる。不審に思い目を合わせて首を傾げると、ピッピは軽く手を挙げ、ポケモンとは思えない表情でニコリと笑った。
そして、とんでもない事態が起きるのである。

「こんちは!僕ポケモン!」

突然響いた声に、私は思わずドアを閉めた。こんなに疲れてたのか…と目頭を押さえ、大きく深呼吸をする。

参ったな…ピッピが喋る幻覚を見るなんて、本当にどうかしてるよ。確かにおつきみ山ではピッピに並々ならぬ執着を燃やし、グリーンにキレ、ロケット団に勧誘され、精神的に参る事態が続いたけど、だからってこんなおぞましい幻覚を見るとは…本当にやばいのかもしれない。今すぐ休んでニートになった方がいいと思うな。旅なんてしてる場合じゃない、これはドクターストップ案件ですよ。

帰るか、と空を見上げて一呼吸置いた私は、数秒後に冷静になり、もう一度岬の小屋のドアに手をかけた。

いや幻覚なわけないだろ!喋ったよ!ピッピのような何かが絶対喋った!

何事!?と勢いよく扉を開けたら、ピッピも勢いよく迫ってきたので、さすがの私も絶叫した。怖すぎて危うく殴りかけたほどだった。

「待て待て!ちゃうわい!話聞いて!」
「ギャア!」

また喋ったー!これはポケットモンスター赤緑のゲーム沿いじゃなくて、コロコロコミック連載の穴久保版沿いだったのかー!
そんなわけないだろ。誰も得しねーよ。

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