目にも止まらぬ速さで倒れたヒトカゲに、さすがのグリーンも驚いたようだった。瞳を見開いたまま私とカビゴンを交互に見て、驚愕の表情を崩せず立ち尽くしている。ようやく爽快感を得た私はほくそ笑み、夜神月なみのドヤ顔でカビゴンとハイタッチした。

あーようやくスカッとジャパンだわ。さっきまで抱えていた鬱憤が消え去るようだよ。
この清々しさ、おわかりいただけるだろうか。小生意気なガキに呼び捨てにされ、舐め腐った態度を取られ、苛立ちが極限に達していたけども、やはりポケモントレーナーは勝負に勝つ事が至高の喜びだと感じずにはいられない瞬間だったよ。
憂さ晴らしが完了して気分を良くする私は、高笑いをこらえてグリーンの前に仁王立ちした。

「何だよー。何ムキになってんだよ」

負け惜しみさえも心地いいわ。実際ムキになっていた事は棚に上げ、何とでも言うがいいと鼻で笑う。
しかし、意外にもグリーンは私の強さをすぐに認めたので、その素直さには少し感心した。どうやら捻くれているばかりでもないらしい。

「結構強いじゃん」
「まぁ…何年も一緒にいるしね」
「年の功ってやつ?」

前言撤回。再起不能にしてやろうか?

まるで人を年寄りみたいに言いやがったグリーンに、私は思わず拳を振り上げそうになった。唸る鉄拳を押さえ込み、のどかな田舎で暴力沙汰を起こしては一大事なので、理性をフル稼働させる。
このガキ…甘い顔すりゃ付け上がりやがって…もう一回戦ってやったっていいんだぞこっちは。暴力でしか優位に立てない脳筋クソニートは、何とか得意な土俵に持ち込もうとするも、さっさと気分を切り替えたグリーンにより、それは叶わぬまま終わった。

「まぁいいや、俺そろそろ行くぜ。他のポケモンと戦わせてもっと強くしてやる!」

ここからリアルファイトに切り替えてもいいくらい闘志が燃え上がる私であったが、グリーンは早々に次のステップに移ろうとしていた。今日の敗北を今後に活かし、さらなる強さを求めてド田舎から脱出しようとする姿勢に、いつまでも小さい事を根に持つ自分が滑稽に思え、たまらず拳を握る。いや小さい事じゃねぇだろ年の功は。普通にディス。

怒りを発散する場を失った私は、感情を宙に浮かせたまま顔を強張らせ、横を通り抜けていくグリーンを睨みながら見送った。様々な非礼についての謝罪が一切なかった事をツイッターで拡散してやる…なんて陰湿な仕返しを考えていれば、去り際にグリーンは肩を叩き、生意気な笑顔を向けて、清々しく宣戦布告をしてきたのだった。

「次は俺が勝つからな!」

捨て台詞のようにそう吐きながら、グリーンは走り去っていった。初心者用ポケモンを貰ったという事は、考えてみたら彼にとって今日は、初めての旅立ちの日だったわけだ。そんな大事な日に私みたいな最強ニートレーナーの洗礼を受けてしまったって事で…それは…ちょっと…あれだよな。何だか途端に申し訳なくなり、非情のニートも胸を痛ませる。

私も同じく初めての旅だけど…なんか…ごめんな、格の違いを見せつけちゃって。無礼講にキレ散らかしちゃったけど、世間知らずの田舎者ならそれも仕方ないっていうか、ちょっとおとなげなかったかもな。寛大なレイコは心を入れ替え、次は勝つと宣言したグリーンに微笑み、マサラの中心で呟く。

「まぁ無理だけどな…」

負ける気がしねぇ。だっておかしいもん私のカビゴン。強くてニューゲームとしか思えないから。
捕獲した時からやたら強かった謎のカビゴンと共に、そろそろ私も出発しようと原付に跨った。図鑑の使い方もわかった事だし、いつまでもこんな寂れた町にいる理由はないぜ。
どうなるかわかんないけど、とりあえずやり切るしかねぇよな。ニートの懸かった過酷な旅の第一歩を踏み出し、エンジンを回した私は、早々に草むらにタイヤが絡まって心をぽっきりと折られるのであった。

あー…もう帰りたい。

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