後々知った事だが、トキワにもポケモンジムがあったらしい。
しかし現在ジムリーダーは留守にしているようで、こんなド田舎まで引き返すの嫌だからさっさとトキワジム攻略しちゃおうぜ!と思った私の計画は秒で挫かれる事となった。つまりまたジムに挑むためにこのような田舎に来なくてはならないのである。地獄だ。ついでに言うとトキワの森は二輪車乗り入れ禁止なので、原付は押して行かねばならず、地獄に次ぐ地獄である。もういいよ本当。全てを諦める決心がついたわ。

文明の敵である田舎への恨みつらみは一旦忘れ、私は年頃の少女らしく、まだ見ぬポケモンへの遭遇に胸を膨らませる努力をした。昼間なのに木々が生い茂るあまり日陰だらけで陰気な森だが、煌びやかなバタフリーの群れにでも会えば気分も変わる事でしょう。幸いグリーンと同行中である、一人で鬱になるよりは、クソガキでもいた方が余程気は楽だった。まぁ生意気すぎてイラつくかもしれないけどね。大人げは死んだんだよ。

しかし…森だけあってマジで虫しかいねぇ。私は視界に入り続けるキャタピーやビードルに引きながら、歩きスマホならぬ歩き図鑑でどんどんポケモンを登録していく。
なんか一気に百種類とか登録できないものか…とふざけた気持ちを抱いていると、何やら見慣れぬ黄色が目に入り、思わず足を止める。

あれ…?なんだ?今…虫系のフォルムじゃない何かがよぎった気がしたけど。
格ゲーで鍛えた動体視力が、私を草むらへといざなっていく。似つかわしくないほどの鮮やかな黄色が森に映えまくってたと思うんだが、疲れのせいで幻覚でも見たのかな?
いやそんなわけねぇ!と己を信じて図鑑を構えた。絶対別のポケモンがいたでしょ!キャタピーでもビードルでもポッポでもない、もっと万人に受けそうなカラーリングのポケモンが確実にいたって!見たもん!トトロいたもん!
メイの気持ちで草を踏みしめると、私が目撃したと思われるポケモンが一瞬鳴いた。この大谷育江のような声はまさか…!と目を見張る。そしてギザギザの黄色い尻尾が飛び出した時、私は思わず大声を上げた。

「あ!ぴ、ピカチュウ!」

で、出た!このゲームの顔!

こんな森に住んでんのォ!?と驚く私は、初めて野生で確認したピカチュウに、思いのほかテンションを上げていく。
本物のピカチュウだ!マジかよ!いや何故YOUほどのポケモンがこんな虫だらけの森に生息してるんだよ。もっと都会の一等地とかで暮らせよ。それくらいの人権は勝ち取ってる種族でしょうが。
シティガールには理解できない感性だが、ド田舎でもピカチュウの可愛らしさが色褪せる事はない。遠くから図鑑を読み込ませていると、そんな私をよそに、グリーンはボールを構えながらピカチュウに近づいていくではないか。行動派のクソガキに、消極無職は目を見開いて思わず距離を取る。

お前…よく躊躇いもなく近づけるな…いくら可愛くても電撃の威力は全然可愛くないってのに…。そういえば聞いた事がある、マサラには千年に一度、強靭な肉体を持って生まれるスーパーマサラ人なるものが存在すると。
まさかお前が伝説の戦士なのか…!?とフリーザのように怯えていれば、普通に警戒したピカチュウに逃げられていたので、そんな事はなかったらしい。戦闘になったら記録させてもらいたかったからちょっと残念ではあった。
図鑑に登録するだけという楽な作業以外にも、私には父から仰せつかったクソ使命がある。この生息地ではポケモンがどんな技を覚えているのか、環境によって覚える技は偏っているのか、一番多く使う技は何か…なども調査の対象であるため、戦闘の映像記録も残しておかなくてはならないのだ。体は首から洗う方、バーナビーです!くらいどうでもいいと感じている私にとって、全ての作業は苦痛でしかないのだった。帰りたい。

ピカチュウが去り、こちらへ戻ってきたグリーンが一体何を言うのかと思っていると、彼は開口一番わけのわからない独り言を呟く。

「違ったか…」
「何が?」

理想個体じゃなかった…か?と言いかける私に、答えはすぐにやってくる。

「レッドのポケモンかと思ったが…あいつのはオスだったからさ」

じゃあ今のピカチュウはメスだったって事か。どこでわかるんだそんなもん。無知無知の実の能力者だから教えてくれよ。
尻尾の形で見分けられる事を後々に悟る私であったが、それよりもわからない事があったので、遠慮せずに言及していく。

「レッドって…誰?」

いきなり知らない奴の話をするなよ。そういえば前にもその名前聞いた気がするぞ。どうでも良すぎてスルーしたけども、これからもその名前を話題に出すつもりなら教えておいてくれ。無視するのも限界あるから。
お前の友達か?兄弟?それともイマジナリーフレンド?最後のだったら慎重な対応を求められるので心の準備をさせてもらいたいぜ!なんて思っている間に、さっさとアンサーを投げられ、心配は杞憂に終わるのだった。

「無口な奴。隣に住んでるんだ」

つまり幼馴染ね。そう言えよ。隣に住んでて馴染みがないわけないだろあの町だと。

「レイコと別れたあと…マサラでレッドに会ったんだ。あいつもポケモン持ってて…」

私がトキワで迷ってる間に何やらあったみたいだが、彼は険しい表情をして、急に顔を近づけてくる。
何だいきなり。この1996年にソーシャルディスタンスという言葉はなかったかもしれないがパーソナルスペースもしっかり守れよ。繊細な距離感を理解できないクソガキに目を細めつつ、神妙な面持ちが気になるので、静かに耳を傾けた。

「…これがまた変な話なんだぜ?」
「な、なんだよ…」
「じーさんとレッドが捕獲の練習してた時にピカチュウが出てきてさ、捕まえたまではよかったけど…」

稲川淳二を彷彿とさせる語り口に、私は固唾を飲む。鬱蒼とした森がまた雰囲気を盛り上げ、一気に樹海のようなムードを醸し出した。どこからともなく吹いてきた風が木々を揺らし、ホラー映画さながらの演出である。
一体何が起きたんだ…と集中する私に、グリーンはカッと目を見開くと、衝撃のオチを言い渡すのだった。

「ピカチュウの入ったボールが飛び跳ねて、レッドの手に乗ったんだと!」

いやピカブイじゃねーかそれ。レッツゴーピカチュウの序盤ですよね?
そこだけ世界線が違くないか?と思わずメタい指摘をしそうになり、私は言葉を飲み込んだ。そんな怪奇現象聞いた事ねぇよって感じだったが、オーキド博士も目撃したようだし、もしかしたら本当なのかもしれない。微妙に疑いの晴れない私は適当に相槌を打ったが、祖父を信じている健気なグリーンはしみじみと語って、謎漫談を終えるのであった。

「それであいつはピカチュウ連れて旅立ったってわけ」
「へー」

今さら言うのもなんだけど…めっちゃどうでもいい話だったな。私は最後まで聞いたあとで意味不明さに気付き、目から光を失っていく。
何の話だったんだよ。隣に住んでる幼馴染の紹介を聞いたはずだったんだが…?どうやらそのレッドくんとやらもグリーンと同じ日にトレーナーデビューだったみたいだけど、一人だけ特殊すぎるだろ旅立ち方が。そういう感じでいいのかよ?初心者用のポケモンをもらって徐々に慣れていくのがこの世界のセオリー…いかに権力者のオーキドといえど血統書も何もない野生のピカチュウをそのままルーキーに渡すなんて危険すぎやしないか?まぁ私が言えた義理じゃないけどね。
強すぎるカビゴンを連れて旅立つチートまがいの事をやっている人間が人の旅立ちをどうこう言える立場ではないので黙っていると、他に友達がいないのか、グリーンによるレッドトークが終わりを見せる事はなかった。別の話題ないのかお前は。

「そういやレイコは…会わなかったか?俺はさっきチャンピオンロードの近くでレッドと勝負したけど」
「全然。グリーンとしか会ってないよ」

あんな田舎からも外れた脇道で誰かに会う方がおかしいけどな。つまり私たちがおかしいって事だ。うるせぇよ。

「…で?そのレッドさんとやらには勝ったの?」

私とは違い、同程度の実力の相手にどれくらい奮闘したのか一応聞いてやると、それまで饒舌だったグリーンが突然黙った。マジに情緒大丈夫か?とついに心配までしていれば、彼は開き直った様子で後ろを向き、強がりなのかポジティブシンキングなのかわからない台詞を吐き捨て、ついにレッドトークの終焉を迎えた。

「ま、次勝てばいいだけだからな!」

つまり負けたんだな。お前旅立ってからずっと負け越しじゃん。なんかごめんな。強くて…ごめんね…ごめんね強くて。いや強すぎてごめん。
微塵も悪いと思っていない私は、そうだよ次があるよ!と草を生やしながら励まし、グリーンからド突きの制裁を喰らうのであった。

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