トキワの森は広い。
街灯のない道が、どんどん暗くなっていく。ネオン煌めく都会にしか縁がない私は、こんな夜道をクソガキと歩いている事に不安を覚え、どこからともなく聞こえる不気味なキャタピーの鳴き声に怯えていた。

結構歩いたけど…出口まだなのかよ?もう草木生い茂る地面を踏むのしんどいんだが?アスファルトへの恋しさが爆発しそうになるし、グリーンと適当な会話を続けるのも限界だしで、私は疲弊し切っていた。
マジでトキワとニビの間には越えられない壁があるな。誰もこんなところ通りたいとは思わないだろ。実はニビとハナダにもおつきみ山という越えられない壁がある事を、レイコはまだ知らない。
今夜中にここを抜けてニビのポケセンに泊まれるんだよな?という疑惑を抱えつつも、その希望がないとやってられないので、私は信じて進み続けた。グリーンもちょろちょろしてポケモンを探しているため、そう険しい森ではないのだろうと勝手に納得していたのだが。
どうやら都会人と田舎者の感覚には天と地ほどの差があったみたいだ。柔らかいお布団でしか眠れないシティガールの気持ちを、クソガキは決してわかってくれない。

「もう8時か…」

そう呟いたグリーンに、私も時計を確認する。マジだわ。どうりで心身ともに疲弊してるはずだよ。何時間も歩き通しの拷問に溜息をつき、さすがに座り込んで休憩する。
ていうか全然街らしきものが見えてこないんですけど。夜なんだから近ければ灯りとかでわかるはずだよな?そうだよね?頼むぜ本当…そりゃあニートの活動時間はむしろこれからって感じだけど、見知らぬ土地の真夜中の森とか普通に歩きたくないってばよ。
もう法を破って原付ですっ飛ばすか?と犯罪に手を染めかけた時、そんな私の危険思考を助長するような言葉を投げられ、盗んでないバイクで走り出すビジョンを見出してしまう。
不意にグリーンはきょろきょろと辺りを見渡し、ここが広めの平原である事を確認すると、地面に荷物を置いた。

「よし。今日はここで野宿しようぜ」
「え?」

聞き慣れない単語に、私はスペースキャットの表情になる。

「野…宿…?」

コ…コロ…?状態で聞き返しながら、彼の言葉が信じられなくて、私は戦慄した。それは、シティガールには最も遠い行為であったからだ。

「夜しか出ないポケモンもいるし、飯食ったら探索だな。お前もデータ集めるんだろ?」
「いや…まぁ…それはそうなんだけど…」

平然と話を進めるグリーンに置いて行かれるまま、私は困惑で口ごもる。ちょっと待ってくれよと頭を抱え、言ってる事がもっともなせいで上手く反論もできなかった。
いやでも野宿って。この私に野宿を?枕も布団もないのに?確かに究極ニート完全体のためには夜も記録に精を出さなくてはならない、それはわかっている。
でも野宿〜!?なんだそれ!ニート通り越してホームレスじゃねーかよ!

念のため用意していた寝袋を初日に使う事になるとはまるで思っていなかった私は、しばし呆然と立ち尽くしていた。そうこうしている間にグリーンは野営の準備を始め、ガキに後れを取った事により、ようやく年貢の納め時を感じる。

…そうだ、あれもそれもこれも何もかもがニートのため…やらなきゃならない事なんだ。定年まで働くよりつらい事なんてないって事を思い出せよレイコ。耐えられるはずだ、ただ暗い森の中でポケモンの慟哭を聞きながら眠る事くらい…全然大丈夫だろ!いける!今日からお前は富士山だ!北京だって頑張ってるし!
雑な松岡修造を心で飼い慣らしながら、私も寝袋を地面に敷いた。孤独感を煽る光景だ。負けそうな気持ちを奮い立たせ、付近に三脚とカメラを設置し、寝ている間の自動録画を試みる。
全部自分で撮影してたらキリがないからな。高画質で軽量が売りの小型カメラを支給されたので、私はそれを木の上やら川の中やら地面の下などに設置しなくてはならないのだ。ドローンとか使わせてくれよと思った事など言うまでもない。なんで原始的に木登りとか素潜りとかしなきゃならないんだよ、もっと文明の利器を活かした方法とかないわけ?かがくのちからってすげー!って言わせてくれよ。

まぁ今日は適当でいいや…と初日から飛ばしすぎない事を決めた節度あるニートは、さっさとどこかへ繰り出したグリーンをよそに、缶詰で夕食を済ませたあと即寝袋にフェードインした。疲弊した肉体は限界であったのだ。
こんな調子でやっていけるんだろうか…と一抹の不安をよぎらせつつ眠った私は、それを増幅させる出来事を体験し、絶対に最速でニートになる事を誓うのである。

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