親の顔が見てみたいと思った事もあった。ツンデレ氏のあまりの無礼さに、一体どういう教育したらこうなるんだよ?と苦言を呈したものだけど、そして私も人のことは言えないんだけども!

でもまさか三年前から見てたこのサカキの顔がそれだとは思わないじゃん?知ってたら絶対見たくなかったわ。気休めに整形してほしい。お前自分の息子に強面を99%遺伝させて申し訳ないと思わないのか。

いまだに信じられない私は、これは夢に違いないと何度も目を閉じ、開き、閉じ、開き、を繰り返すも、景色は変わらずトキワの田舎道である。抗いようのない現実に項垂れ、嘆いてもどうしようもないのに落ち込んだ。

マジかよー…どうりでヤクザとガキの絡みにしては危機感がないと思ったぜ…。親子であるならこの雰囲気にも納得でき、どこか柔らかいサカキの態度も頷けた。確かに顔も似てるしな、目つきが悪すぎるところとか。カタギ感皆無。

二人の行く末を見守りながら、ガラの悪い態度の理由や、愛を知らない安達祐実みたいな境遇の謎が解け、少しはすっきりしながらも、それ以上の重責が私の上にのしかかった。

やばいよ…だってこの感じ、もしかしなくてもツンデレがグレたの私のせいなんじゃないの?
サカキに対するツンデレの応対は、どう見ても仲睦まじいとは言い難く、会話の内容からしても、不穏さしか伝わらない。

まさにグレるきっかけみたいなシーンじゃないのかこれは。強いと信じていた父親がニートのクソガキ相手に敗北する程度の、ただ数で圧倒していたに過ぎないポンコツ男だった事に失望してるシーンなんじゃないのかよ。実際その通りだからいくらでも幻滅してくれて構わないが、しかしそのせいで盗みまで働くような人間になってしまったのだとしたら、繊細な私の胸は張り裂けそうである。

重ね重ね言うが…私は本当に悪くないと思うけど、でも完全無罪とは言い難いこの複雑さ!おわかりいただけるだろうか!?つら。もしそうだとしたら因果応報じゃん。私が適当にロケット団を解散させたせいでツンデレがグレ、その結果の突っかかりでしょ?何も笑えねぇ。自業自得過ぎる。

生き様を反省し、深く落ち込んでいる間にも、サカキとツンデレの親子会話は進行した。父の思想を理解できないツンデレに、サカキは怒るでも諭すでもなく、事実を伝えるみたいに一言告げる。

「…お前にもわかる時が来る」

それがサカキの最後の言葉だった。息子を振り返る事なく歩き出し、チャンピオンロードへと続くゲートへ消えていく。小さくなる後ろ姿を見つめながら、ツンデレは最後まで声を張り上げていた。もう聞こえていないかもしれないのに。

「わかりたくない!」

確かに私も、幼い息子をド田舎とはいえ夜の歩道に置いていくサカキの心情などわかりたくなかったので、俯いたまま目を閉じる。

「俺は親父みたいにはならない!一人だと弱いくせに、集まって威張り散らすようには絶対にならないぞ!」

あまりに立派なツンデレの志に、私は感涙しかけた。完全に鳶が鷹を生んだな、我が家と一緒だね。やかましいわ。
私が強すぎたことを置いておいても、一人だろうが集まろうが弱かったロケット団は、確かに見習うべき組織ではない事でしょう。ニートのガキに負けたなんて末代までの恥だしな。大体強くても威張り散らすのはどうかと思うしね。ブーメラン乙。

やたらと強さに固執していた彼の背景を知り、そしてそれに自分が若干関係していた事も知り、運命のいたずらに胸痛めながら、ツンデレの姿を見守った。

「強い男になるんだ!一人で強くなってやる!」

静かなトキワに、子供らしからぬ悲しみに満ちた声が響いていく。

「一人で…!」

感情を押し殺すような声色を聞いて、もうこれ以上は耐えられん!と私は顔を覆い立ち上がった。つらすぎてとても聞いていられなかったのだ。

ごめん、なんかごめんな…。何がごめんなのかわからないけどとりあえず盗み聞きに関しては謝罪するわ。すまん。訴状ならセレビィに頼むよ。

何だかこれまでの道のりがフラッシュバックして、少しずつ変化していったツンデレの姿が、私の脳を駆け巡る。
出会った当初は、本当にクソガキだった…。盗みはするし人はド突くし口は悪いし性格も悪いし。自分以外何も信じられず、苛立ちの中でただひたすらに強さを求めた…何度私に敗北しようとも、雑草のように立ち上がる根性は見上げたものだったけど。
でも、やっぱ一人で強くなったわけじゃないと思うよ。私が言うのも何だがな。

情緒不安になる前に立ち去ろうとしたら、不運なことにツンデレも同じ方向だったようで、私は涙目のショタツンデレと鉢合わせてしまい、直後にいろんな感情が込み上げてくる。
タイムパラドックスがやばいとか、盗み聞きがバレて気まずいとかよりも、もっと熱い何かが私の心を揺らした。泣かないで…と老婆心を全開にしてしまいそうである。

ツンデレ…!今はつらいかもしれないけど、きっと三年後、運命を変える出会いが待ってるから…。いや私じゃなくてよ。もっと大事な存在!
だから生きろ!そなたは美しい!と目力で訴えると、明らかに不審な私をツンデレは睨み、不穏な親子喧嘩を見られた複雑な心境からか、久しぶりの痛撃を、私はお見舞いされるはめになるのだった。

「…なんだよ。人の事じろじろ見てんなよ!」

この台詞は…!とデジャブを感じる私を、ツンデレは思い切り突き飛ばした。年齢一桁の子供とは思えない腕力に慄き、野次も飛ばせず私は後退する。もちろん走り去るツンデレを怒れるはずもないから、しばらくその場で硬直した。骨に響く暴力行為にも、何だか懐かしさを覚える始末だった。

なに?この旧友に会ったような感覚。初対面の時と完全一致なんですけど。
研究所を覗く不審な子供を、今度は私が覗くはめになるとはな…。いろいろ因果応報で苦笑しながらも、これから始まるツンデレラストーリーを知っている私は、小さくなる彼の後ろ姿を、慈愛に満ちた眼差しで見つめる。

「一人じゃないよ、ツンデレ氏…」

思わずそう呟き、成長したツンデレのそばにいた存在を脳裏に浮かべ、彼も私も一人で強くなったわけではない事を思い出す。

「…ポケモンと一緒だよ」

盗んだやつだけどな…。
まぁ何だかんだで仲良くやってそうだからよかったわ…ウツギ博士には悪いけど。お前も警備が杜撰すぎる事を反省した方がいいと思うぞ。オーキド研究所然り。
田舎の研究所油断しすぎ問題を提唱しながら、とりあえず何とかやり過ごせた事に安堵し、駆け寄るヒビキに苦笑を向けた。

「レイコさん、大丈夫?」
「うん…様式美みたいなもんだから…」

わけのわからない私の発言に首を傾げるヒビキをよそに、サカキが立ち去った方を見て、私は一人真顔を作る。同時にヒビキくんもさっきの映画配信限定イベントについて言及したので、ますます神妙な面持ちになった。

「それにしてもあの二人の会話…どういう事なんだろう?」

居たたまれない私の心情など知る由もないヒビキくんは、真剣に現状把握に努めている。とても真面目だ。よかった、ここに一緒に飛ばされたのがヒビキくんで。マサキとかだったらやかましすぎて秒でツンデレに見つかってただろうな。本人のいないところでディスりまくる私に、尚もヒビキは続ける。

「ロケット団の復活…?確かロケット団は三年前、カントー地方の子供に壊滅させられたって…」

露骨に目をそらしながら、勇敢な人がいるもんだね、としらばっくれた。
ヒビキくんにだけは…二回も同じ組織を滅ぼす野蛮な女だと思われたくない…!いつまでも強く美しい大人のレイコお姉さんでいたいんだよ…。過大評価が止まらない私は、その件はこの間雪山でも揉めたからもう触れられたくないという気持ちを抱き、無言で眉をひそめた。二度としないから許してよ。

「という事は…ここはやっぱり三年前なんだ…!」
「でしょうね」

とっくに確信していた私の前で、ヒビキはたった一つの真実を見抜いた。世情に詳しい彼に感心しつつ、さっきの会話でいろいろ気になる事がある私は、顎に手を当てて考える。

ここが三年前なのは把握したし、サカキとツンデレの心情もお察しした。性懲りもなくより強い組織を作るとかほざいていたけど、それはつまり再結成の野望があったという事なんだろうか。
私は首を傾げながら、つい最近起きたラジオ塔事件を思い返して、今一つ腑に落ちない事に唸った。

それならなんで、サカキはラジオの呼びかけに応えなかったんだろう。北海道とかにいたんだろうか。
私がスピード解決しちゃったからかな…と己の早業に苦笑したところで、突然空が光り出した。田舎の街頭など比にもならない眩しさに、私は思わずヒビキの傍に駆け寄る。

なに!?夜の七時に突然の発光!月刊ムー案件か!?
次から次へと異常事態が発生する事に疲れ果て、それでも危険があるといけないから、ヒビキの手をしっかり握り、いつでも退散できる準備を整える。年長者としての責任が芽生えた瞬間であった。

今まで様々なものを破壊してきたけど…でもヒビキくんの事は守ってみせるから…それが私の矜持。何かあったらウツギ博士に顔向けできないとも言う。打算で生きる大人になっちまったよ。
性質の悪い冗談を言っている間に、目が慣れた私は、早々に光の正体に気付く事となった。さっきも見た球根頭に思わず声を上げ、その時またしても、あの浮遊感と不快感が合体したような感覚が訪れる。

で、出た!初対面のくせにとんでもない事をしでかしやがったこのポケモン!

「あっ!さっきと同じ…セレビィの時渡りだ!」

またお前か!いや帰してくれないと困るから来てくれて有り難いけど!
記録の代償としては重すぎない?と厄介なイベントを見せつけてくれたセレビィを睨み、でも帰れるならもう何でもいいや…と息をつく私は、まさかまだ帰してもらえないとは思いもしないのであった。

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