目の前には鬱蒼とした森、が広がっているはずだった。

「…ん?」

再びセレビィの時渡りに巻き込まれた私とヒビキは、目を開けた途端に、落胆させられる事となる。
私が想像していた景色は、ぽつんと置かれた小さな祠と、午前0時に相応しい真っ暗な木々だったというのに、明らかに森ではない音が聞こえてきたので、がっかりどころの話ではない。

あー出た出た。また違う場所だよ。
溜息を漏らし、さすがに二回目ともなると耐性がついた私は、辺りを見回して目を細める。
凝りもせず変なところに瞬間移動させられたな。今度は何年の何月何日何時何分地球が何回まわった時ですか?せめて時空だけでも元の軸に戻していただきたいもんですね。
嫌味ったらしくセレビィに文句を言い、時計を見ると残念ながら0時ではなかったため、またしてもタイムパラドックス案件である。今度は何を見せようってんだ…と肩を落とし、ヒビキと視線を合わせた。

マジでどこなんだよここ。もう街ですらねぇ。旧石器時代とかじゃないだろうな?
私達が立っていたのは、薄暗い洞窟のようなところだった。そのわりに道は舗装されているので、人が通る事を想定している場所なのかもしれない。けたたましく水音が響いていたから、滝が近い事はわかった。肌寒さから考えて間違いないだろう。
ここから導き出される答えは…。

「わからん…」

知るかよ。伊能忠敬じゃあるまいし。
日本全国津々浦々しているわけじゃない私は、とりあえずまた何か起きるだろうと踏み、少し先へ進んでみる。すると、隣を歩いていたヒビキは突然足を止め、顔の前で人差し指を立てた。

「あっちから…何か聞こえませんか?」

そう言い、視線を奥に向けたヒビキにならって、私も耳をすませた。確かに曲がり角の方から、人の声のようなものが聞こえてくる。死角になっていて見えないけど、でも声にしてはどこか違和感があり、何というかノイズが混ざったみたいな音になっていた。

こんなどこかもわからない滝の洞窟に人…?いや、雪山の頂上にイエティがいた時点でもう私には驚くことなど何もないよ。あんなところに人がいるんだ、この程度の洞窟なんて遠足レベルの難易度だね。
レッドに常人の基準を狂わされた事を嘆きながら、恐る恐る声のする方へ近付いていく。さすがにさっきより気まずい状況には出くわさないだろう…とタカをくくる愚かな私は、これがトキワの延長である事に、まだ気付いていないのだった。

流れる滝の音に混ざる妙な声は、段々と大きくなる。それが聞き覚えのあるものと理解した時には、全てを察していた。聴覚と視覚両方で情報を得て、今度は傍観者でいられない事態に絶望も抱いた。

謎の声の正体は、ラジオであった。どうりで妙な音だと思ったんだ。肉声にしては不鮮明だったし、ずっと一人で喋ってる風だったからな。てかここ電波入るのかよ…と驚く間もなく、それに聞き入る男の後ろ姿に、動揺を隠せない。
私は咄嗟にヒビキの前に立ち、人の気配に気付いた男と対峙する。帽子を被り、鋭い視線を携えたその顔を、忘れるべくもなかった。
ていうかさっき見たしな!全く同じ格好じゃねーか!

「…レイコ」

サカキ…15分振りじゃん…!

一方的に早すぎる再会を嘆く私を見て、サカキは呟いた。さすがに私を覚えていたか…とロケット団のわりには記憶力の良い事に感動し、そして覚えてない方がやはり異常だと痛感する。お前もう部下全員切った方がいいと思うぞ、馬鹿すぎるから。

セレビィが私達を連れてきたのは、先程のトキワ同様、サカキの生息する場所だったらしい。何が目的か知らないけど、こいつとはリアルファイトに持ち込まれたという最悪の記憶しかないので、警戒心は頂点である。

なんで次から次へとサカキなんだよ…!さっき盗み見したからちょっと気まずいじゃねーか。良心を揺さぶってくるのやめて。結構繊細なんだから!

三年越しの再会だというのに、緊張感は薄れる事なく私に襲いかかった。ラジオからロケット団員の声がしているので、ここは少し前の時空…つまりラジオ塔乗っ取りの真っ只中なのだろう。さっきツンデレと喋ってた時とサカキの服装は全く同じだが、顔はやや老けが入ったように見える。私は変わらず美少女だっていうのにね。そのわりに下っ端団員たちには忘れられてたけどな。死んでくれ。

美醜に関しては置いといて、サカキと出会って何もないはずがあるまいと覚悟する私は、ヒビキくんはくれぐれも前に出ないように…と大人らしく庇う姿勢を見せた。しかし、危険のないワカバで育った彼は危機管理能力が底辺である。私の後ろから顔を出すと、サカキを見て声を上げた。

「あ!さっき目つきの悪い子と喧嘩をしてたおじさんだ!」

無遠慮!
開口一番にそう言い放ったヒビキを、私は思わず奥へ引っ込めた。さすがの私でもそんな言い草はしねーよと無邪気な子供に慄き、咳払いをしてごまかす。

なんてこと言うんだこの子は。親の前で子供の目つきが悪いだなんて…そんな本当のこと言っちゃ駄目でしょ!気にしてたらどうするのよ!
ツンデレとサカキの会話を盗み聞きしていた事をあっさりバラすヒビキに肝を冷やしたが、我々にとってはさっきでも、サカキ的には三年前の話である。無礼な子供を特に気にした様子もなく、不敵な笑みを浮かべ、ただ私だけを見つめていた。無礼な子供にはお前のおかげで慣れてるよと言わんばかりに。うるせぇよ。てめぇのクソガキの方が無礼だったわ。

「その眼差し…三年前を思い出す」

忘れてくれ。私はわりと思い出したくないから。
ポケットに手を入れたまま、余裕の態度で口を開いたサカキは、どこか高揚した様子が窺えた。そりゃそうだわな、かつての部下が自分の帰りを待ち、復活を呼びかけるラジオを放送してるのを聞いた日にはもう…涙が止まらない事でしょうよ。まぁ私がブチ壊したけども。すまん。反省はしてる。

「また私を止めに来たか?」

すると、臨戦態勢だったためにめちゃくちゃ買い被られてしまったので、いやセレビィに拉致されて…とは言えず、私は真面目な顔で沈黙した。場合によってはそうなるから、あながち間違いでもなかった。

ひとまずボールを手にし、サカキの口振りから何となく現状を察した私は、彼の足元にあるラジオへ目を向ける。
止めに来たかって事は…こいつ、私に止められるような事をしてるわけだな?
洞窟で暇を持て余していたサカキ…不意につけたラジオでロケット団が復活している事を知り、コガネへ急行しようとしていた…そんなところか。さっきも必ず復活させるって言ってたしね、性懲りもなく何か企んでるんだろう。
全くいい歳して…と呆れ返る私は、いい歳してニートになろうとしている自分は棚に上げている事に気付かない。

「そういうわけでもなかったけど…これも導きってやつかもね」

強引に繋げられた縁を自嘲すると、サカキはこちらへ一歩近付いた。やっと相手がカタギじゃないとわかったのか、ヒビキくんが怯えたように私の手を取ったため、安心させてやるべく強く握り返す。

大丈夫だよヒビキくん。いかにも強そうな強面のおじさんだけど、この人私に三回負けてるから何も心配はいらない。そしてすぐに四回目が来るぞ。

「私の前に立ち塞がったあの時の子供が…また現れるとはな」

サカキはそうほざいたが、好きで現れてるわけじゃない事は御理解いただきたいところだ。こちとら子連れだぞ、こんな純朴少年を連れてお前の元に行くわけがないこと、少し考えたらわかりますよね?
不可抗力を主張する私だったが、動き出した運命の歯車は止まらない。セレビィの目的はわからないけども、でもここまで来たら私は私の責任を取るぜ、といつになく真面目に取り組もうとしていた。

あれから三年…ニートしかしていなかったとはいえ、それでも私は着々と成長し、誰もが振り向く大人の美女へと変貌したものである。
ツンデレのような不幸な子供を作ってしまった事の責任…いやこれは普通に親が悪いんですけど…その他諸々、ロケット団と関わってしまった以上、できる事をやるべきだと今なら少し思える、あんな回想を見せられたせいでな!
何よりツンデレはサカキに、大勢で群れて威張り散らす集団の再結成なんてしてほしくないと思ってるはずだから、そのためにも俺はやるよ。サカキの事は嫌いでも、ツンデレの事はそんなに嫌いじゃないからね!

「…仲間の呼びかけに応えるため、コガネシティに向かう私の邪魔をするというのか?」
「そうだよ」

ていうかそうしないと多分セレビィが帰してくれないと思うんだな。
いま気付いたけど、一応サカキはコガネに行こうとしてたんだよね?でも実際ラジオ塔にボスは現れなかった…それはつまり、行けない事情があったということ…。急病、渋滞、金欠、そして私による妨害…などの理由で。
端的に言うと、私がここでサカキを倒さないと、ロケット団は復活してしまうって話だ。

何だかややこしい事になってきたが、ラジオ塔事件は、この洞窟で人知れず未来の私がこうやってサカキを食い止めたから、スムーズな終わりを迎えられたって事だろう。メンインブラック3みたいな展開になっちまったけど、とりあえず倒せばいいんだ。脳筋にできるのは結局それだけであった。

「かつての仲間たちが私を必要としている…」

語りながらサカキはボールを握り、不敵な笑みを消して私を見つめた。

「三年前の失敗はもう繰り返さない!ロケット団は生まれ変わり、世界を我が物にするのだ!」

昭和なみの勧善懲悪に辟易し、平成後期とは思えない野望を聞かされた私は、この三年でサカキが特に改心などする事もなく生きていた事には、若干ホッとしていた。
ツンデレの親だと判明したせいでちょっとやりづらいかとも思ったけど…相変わらずの混沌・悪で安心したわ。これで思う存分殴り飛ばせるな。何も遠慮がいらない。宝具ぶっ放してバトルフィニッシュよ。

お前は世界を我が物にしてる暇があったら息子をグレさせた罪を私に詫びろよとマジレスし、そしてこれ以上グレさせなかった私に感謝もしろと恩着せがましい事を思った。そんな事を知る由もないサカキはボールを投げ、あるいは知っていたとしても、きっと結末は変わらないのだ。

「そのためにレイコ!私はお前を越えていく!」

もちろん俺屍させるわけにはいかないので、私もボールを投げた。赤い光に包まれた巨体が出てくるのを満足げに見つめ、あまりの愉快さに鼻で笑う。

「私だって三年前とは違う…手持ち増えたし」

巨龍を自慢げに見せびらかし、やっぱカイリューは箔がつくな〜と満足している間に、勝敗は決するのであった。

  / back / top