この三年間、私を越えようと努力した男…グリーンとレッドは散り、そして最後の砦のサカキの努力も今、粉々に砕け散った。ゴローニャの仕事は砕ける事だからな、の台詞がそっくりそのまま返ってくるような惨敗を遂げ、彼は敗北に顔を歪める。

「何故だ…私の三年間は…無駄だったのか…」

後ずさり、背を向けたサカキへ、そうだよ!と本当の事を告げられない心優しい私は、空気を読んで沈黙した。言うまでもないが、勝負は私の圧勝であり、こうしてコガネの平和はまたしても私の手で守られたのである。警視総監賞くれ。

黙り込むサカキの背を見つめながら、この無駄な三年で格闘技の方も極めてたら大変なので、ヒビキ共々距離を取り、相手の出方を窺った。
リアルファイトのこと根に持ってるからな、グリーンに口説かれた事は忘れても実害のある事は忘れないのが私だから。カスかよ。
記憶力の悪さと人格の悪さを露呈する私をよそに、ようやく動き出したサカキは、潔くボールをしまってこちらに向き直った。自嘲気味に口角を上げ、俯きながら首を横に振る。

「またしても我が野望を打ち砕かれるとは!ロケット団再興の夢が幻となって消えていく…」

そして大きな独り言のあと、私へ鋭い視線を向けた。

「レイコ」

いきなり名前を呼ばれてびくつくも、ヒビキくんの手前毅然とした態度を保ち、大人のプライドで己を奮い立たせた。ポケモン勝負至上主義のこの世界、勝者こそが人生においても勝ち組…堂々として然りなのである。
別にびびってませんけど?という顔で、私はサカキを睨み返した。

なんだよ。気安く呼びやがって。そんなだからお前の息子も私を呼び捨てにするんだからな?子は親の鏡ですよ。生き様の全てを反省してほしい。もちろん獄中でな。
三年振りの自首チャンスだぞと最寄りの警察署を教える私は、決して面倒だから警察に突き出さないわけではなく、彼も人の親なら真っ当に人生をやり直してほしい…と少なからず願ったからであった。こんなでもツンデレの父…今は別々の道を歩む二人でも、かつては穏やかに過ごした日々があった事でしょう。
そんな美しい思い出をこれ以上汚してはいけない…!と正義の心を目覚めさせ、断じて通報が億劫なわけではなく、真っ直ぐな正義感で私はサカキに訴えた。自首してくれ。もうお前一人の体じゃないんだから…。

警察と関わるといろいろ面倒なんだよな…と死んだ目でサカキを見守っていたが、結局私は通報がだるいし、サカキにも真っ当な人の親としての自覚などはないようであった。そりゃあったら犯罪組織のボスなんかやってねーわな。わかっていたとはいえ、あんな回想を見たあとだと、どうにももどかしいレイコであった。

「それほどの力を持っていても…相変わらずだな、こんな事にしか使えないとは」

何故か嘲笑われた私は、こんな事で悪かったな、と中指を立て、最後まで悪事にしか興味が無いサカキに反骨した。私だってお前を止めるためなんかにこの拳を使いたくねーよって感じだった。

サカキがロケット団の再興など目論まなければ、私のカイリューはこんな中年のおっさんを殴るために拳を汚す必要はなかった…つまりお前のせいだよ!私だっていつもいつも正義の鉄槌のために力を使うわけじゃないし、9割はニートのために使いたいと思ってるけど!
でもこう…あのクソガキのクソ親父を正すために使う力を…こんなこと呼ばわりされる筋合いは…はっきり言ってないな!殴らせてくれ!

「私にとっては…わりと大事なことなんだよ、お前にはわからないだろうけど」

ここでサカキを止めるのは、この世のため、私が元の時代に帰るため、むしゃくしゃしてやった、誰でもよかった、などの理由はもちろんあるけど、でもそれ以上に、私はツンデレのために…強く正しい人間でいたい!そして多感なガキをこれ以上グレさせたくない!そういう健気な気持ちがあるからなの!別に後ろめたいわけじゃなくてな!本心からそう言ってる!

貴様のような人でなしにはわからないだろうがな…と再三突き離し、負け惜しみしか言わないサカキを睨み上げた。もう負けたんだからさっさと自首しな。元の時代に帰った時、スポーツ紙の一面がお前の逮捕の記事になってることを祈るわ。

心の中で帰れコールをする私に気付いたのか、サカキは意味深に口角を上げると、我々の横を通り過ぎようと歩き出した。存分に警戒しながら相手を見守り、その哀愁漂う背中が、ツンデレを置いて去った時の姿と重なって、私の情緒は不安定になる一方である。

何だかんだ言ったけど…ツンデレはサカキのこと好きだったのかな…。トキワでの光景が思い起こされ、ヤクザ相手に食ってかかる子供へ思考を馳せる。
あの時のツンデレ…失望しましたファン辞めます、って感じだったもんな。幼いながらに非道な父親のやり方に気付き、袂を分かった…。きっとそれまではぼちぼちの関係性だった事でしょう。私がロケット団を解散させたあの日までは。
また胸の痛む事を考えてしまった…と心臓を押さえる私だったが、でもツンデレの事を思うと、やっぱこれでよかったんだと自身を納得させる事ができそうなのも事実だった。だって今ちょっとずつだけど、トレーナーとして真っ直ぐ生きようとしてるもんな。わかんないって言ってた愛と信頼の欠片を掴みながらよ。
その愛と信頼も、まるっきり知らないわけじゃなかったと思うし。というかそう信じたい。

「ま…待て…」

去りゆくサカキを、私はつい呼び止めた。しかし、凶器を持つ犯人をたしなめるような口調になってしまったせいか、サカキは無視して進み続ける。

おい。誰もが振り向く美少女夢主が待てっつってんだろ。止まれや。そういう常識がないところも親子そっくりじゃねーか。ブーメランである事にレイコは気付かない。

「ちょ…待てよ!」

思いがけずキムタクになってしまっても止まらなかったため、龍が如くなみにキレた私は意を決し、サカキの腕を掴んだ。リアルファイトに怯えていた人間とは思えない行動に、自分でも随分と驚いたものである。

なんで咄嗟にそんな事をしてしまったのか、私にもよくわからなかった。わからなかったけど、ツンデレの顔が浮かんでは消え、浮かんでは消え、という不吉な状態になっていたため、彼への複雑な感情に突き動かされた事は間違いないだろう。別にこの親子の関係に胸を痛める義理は全くないのだが、私は勝手に動く口を止められず、サカキに向かって言葉を投げた。

ここでこいつと会ったのも天やセレビィの思し召し…たまには運命に身を任せてもいいのかもしれないな。いやいつもゲーフリに敷かれた運命の上を走ってる気がしなくもないけど。

「あんたの息子…」

そう呟くと、サカキの表情は一瞬で変化した。驚きに目を見開いたかと思えば、全てを見透かしたような瞳をし、静かに私の言葉を待っていた。この時なんとなく、ヤクザの親分的な意味じゃなくて、本当にツンデレの親父なんだな…と直感し、掴んだ腕に力が入る。

「…いいトレーナーだと思うよ…」

若干声を引きつらせながら、八割方本心で私は告げた。どうか二割の疑念に気付かれませんように…と祈って、しばらくサカキと意味深に見つめ合う。
なんでお前が息子のこと知ってんの?とか、そういう類の質問はされなかった。それどころか彼の表情は悟りでも開いたかのような納得感さえあって、いまだに気持ちの整理がつかない私はわりと戸惑った。

何その、やはりな…的な顔。不気味なんですけど。
ただでさえ厳つい顔面がますます不審だったため、耐えかねた私はそっと手を離し、どうぞお帰り下さい…という姿勢を取った。勝負に負けたせいか、サカキはホーリーサンバナイトのゴングを鳴らすこともせず、終始おとなしかった事さえも薄気味悪かった。まぁ何もないのが一番なんですけど。戦いこそが私の生きる道じゃねーから。

このまま平和に解決する事を願う私だったが、相手はサカキ…油断は禁物である。最後に指が触れ合い、まるでレクター博士とクラリスのワンシーンのように謎の情緒が生まれたかと思うと、実に嫌な捨て台詞を吐いて、サカキは去りゆくのであった。

「…また会おう、レイコ」

断固拒否。無理オブザイヤー大賞受賞よ。
そんなフラグみたいなこと言って帰るなよ!と絶望に暮れ、決して番外編などで出会わないよう細心の注意を払う事を私は誓った。
マジでやめろや、くれぐれも言葉には気を付けたまえよ。マフィアのボスに再会を望まれる少女の気持ち考えた事あるか?そんなだから息子に愛想尽かされんだよ。悔い改めてくれ。
黒いコートが暗闇に消えたのを見届け、長期に渡るタイムトラベルの終焉を感じ、私はようやく安堵の息を漏らした。一気に訪れた疲労感で、足もふらつきそうである。

よかった…普通に帰ってくれて。マジで疲れたよ…心身ともに。もう自分が何をしてるのかさえよくわかんねぇわ。
緊迫の展開が続きすぎたせいで、一瞬セレビィの事など忘れていたが、我々は不本意な時間旅行中である。サカキも倒したし、さすがにこれで元の世界に戻してくれるんじゃねーか?それともまだ何かあんの?もう疲弊し切ってるんですけど。
相変わらず姿を見せないセレビィに憤っていれば、仁義なき戦いを見守っていたヒビキが私の元に駆け寄った。

「あの人がロケット団のボスだったんだ…」

サカキが去った方向を見ながら呟く彼に、何と言ったらいいかわからず頷いて、君はくれぐれもあんな危ない親父には関わるなよ…とただただ助言したい気持ちに駆られた。
そうだよ。いかにもカタギじゃないって感じの顔してるだろうが。一目でヤクザ認定した私とは裏腹に、ヒビキはただのおっさんだと思っていたのか、驚きを隠せない様子である。
まぁワカバに住んでたらヤクザやマフィアなんて見たことないだろうし…わかんなくても無理ないか。いやヤマブキに住んでても見たことねーよ。福岡じゃねぇんだよ。

すると、空気を読んで停止していたラジオが、このとき再び流れ出した。まだ占拠されたままのラジオ塔から、サカキ帰還を呼びかける団員の声が次々と響いて、私の疲労度はさらに増加する事となった。洞窟に反響するその声の健気さみたいなものが、じわじわと私の良心を刺激する。

「…おーい!サカキ様は一体どこに行っちゃったんだろう?どこかでこの放送聞いてくれてるかなぁ…」

とうとう呼びかけではなく独り言と化していたが、馬鹿な下っ端の声は、私の繊細な胃にはよく響いた。どこだかわからないこの洞窟で確かにサカキはラジオを聞いていたけど、でもその事実は一生団員には伝わらないし、復活計画も破綻、まさに踏んだり蹴ったり…同情案件である。
きっとこの日のためにいろいろ準備してきたんだろうな…その夢を断ち切った身としては…なんだかつらいよ。私も夢のための努力がどんなに尊いものか知ってるからね。

でも犯罪は論外〜!潔く散りな!誰が同情なんかするか!こっちはお前らのせいで警察に聴取されるし雪男に因縁つけられるしクソガキにグレられるしセレビィにこんなところまで連れ回されるしで疲労困憊なんだよ!マジで反省してほしい。再結成なんかしてみろ、地獄の果てまで追い詰めてぶち壊してやるからな…。
憎しみを燃やす私の横で、ラジオを見下ろしながら、ヒビキは哀れむような声で呟いていた。

「呼びかけ続けてもボスはもう来ないのに…かわいそうな人達だね」

本当にな。かわいそうと子供に一蹴されるところも含めてかわいそうだわ。

「このあとレイコさんにやっつけられちゃうんだし!」

眩しい笑顔を向けられ、照れ笑いを返すのん気な私は、次のヒビキの言葉で正気に返る事となる。

「…あれ?でもレイコさんはここにいるよ?」
「そうだね」
「じゃあ誰がラジオ塔のロケット団をやっつけるんだ…?」
「私だろうね」

適当に答えながら、私って同時刻に二人存在できたかな?と哲学の世界に片足を突っ込みかけた。絶賛ラジオ放送中って事は、この時の私は…確かチョウジかコガネのどっちかにいたはずである。
え?つまりどういう事?それはこの時空の私がなんとかしてくれるんじゃないの?それとも今からコガネに急行しなきゃいけないのか?やり直し?さすがにそんな…ホムラチャンみたいなことないでしょ。ないよね?ないって言って。お前だよセレビィ。

小卒の頭で必死に考えている時、珍しく私の声が届いたのか、またしてもあの浮遊感が再来した。慌ててヒビキの手を取って、今度こそ帰らせてくださいと心の中で泣き言を千回唱える。

いい加減もうよくない?やる事やったっしょ。これでロケット団復活阻止ツアーが開催されたら本当に怒るからな。標的がサカキからセレビィに代わるぞ。世界平和より帰ってだらだらする方が私にとっては重要だから。志の低さ、舐めないでいただきたい。

すっかり時渡り慣れしてしまった私は、目を閉じて浮遊感がおさまるのを待つ間、でもツンデレが元気なのサカキに言えてよかったかもな…とちょっとだけ老婆心を芽生えさせるのであった。

だけど次ツンデレに会ったら、私どういう顔したらいいんだろう。気まずすぎだろ。

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