地獄は終わった。
真っ暗な森の中、私とヒビキは時計を見、0時を回ったばかりである事を確認して、手を取り喜び合った。開けたはずの小さな祠は閉じており、中にはもちろん何もなく、もはや夢か現実かもわからない状態だったが、何度も握ったヒビキの手の感触に、私は真実味を見出すのであった。

帰ってきた。やっと帰ってきたよ…!この鬱蒼としたウバメの森に!

「…タイムスリップって気持ちのいいもんじゃないね」

本当だよ!マジで苦痛!もう二度としたくねぇから!
冷静なヒビキの感想を聞き流しながら、私はやっと解放された安心感で溜息を吐き、死んだ目をして立ち尽くした。

あー…終わってよかった…本当によかった…。このままセレビィに各地の戦場につれて行かれて救世主の真似事でもさせられたらどうしようかと思った…。
規模のでかい心配が杞憂に終わった喜びで、何だか涙も出てきそうである。三年振りのサカキとか心臓に悪いって…知りたくないことまで知らされたし…当分トラウマだな、ウバメ。二度と来ねぇよと誓い、今は何の気配もない祠を見下ろした。

それにしても…セレビィの目的…結局何だったんだろうな。
物言わぬ幻のポケモンに振り回されたが、結局あんな場所に連れて行かれた理由はわからずじまいである。コガネとこの森は近いから、ロケット団にラジオ塔を拠点にされでもした場合、ウバメが汚されて非常に困るみたいな理由かな。図鑑には森の守り神って書いてあるし、小卒のできる考察はせいぜいこの程度よ。まぁ今となってはどうでもいいんだけど。
記録させてもらった分は働いたという事で…と祠に手を合わせ、また何か起きる前に、私達はそそくさと退散した。早くヒビキくんを育て屋まで送り届けないと職質された時に困るからだ。いや別にやましい事は何もねぇけどな!断じて!

薄汚れた心の私と純朴なヒビキは、暗い森を歩きながら事件を振り返る。

「結局、この辺りの天変地異的な事は時渡りの前兆だったんだろうか…」
「レイコさんをタイムスリップさせる事が目的だったのかもね…」

だとしたらまんまとおびき出されてんじゃねーか。私をチョロい女にしないでちょうだい。呼ばれてももう二度と行かないんだからね!
全ては神の掌の上で転がされていたとでも言うのか…。どう足掻いても抗えない運命に落ち込み、サカキ、そしてツンデレと出会ったという事実を無視できない私は、今後の身の振り方について真剣に考えざるを得ない。

どうしよう…ツンデレとこの先…どう接したら…。いやもう会う事もないかもしれないけどな。私カントーに帰るし。
しかしそれでいいのだろうか?ツンデレが一人で強さを求めるに至ったのは、私がロケット団を解散させた事がきっかけである。私のせいとまでは言わないけど、間接的な関与は認めるしかなく、もどかしさが募った。
そうやって一人で鬱になっていると、気を利かせたのか、ヒビキくんが声をかけてくれたので、私がガードだったら君のために喜んでシンになるよ…って感じだった。

「レイコさんと一緒だと面白いけど、さすがに今回は疲れたよ」

冗談っぽく笑うヒビキに苦笑を返し、こっちの台詞だよ、という言葉は何とか飲み込んだ。
お前だお前!お前が私を呼んだじゃん!巻き込まれたみたいな顔するのやめてもらっていいか?まぁ結果的に記録に貢献してもらったから有り難いとは思ってるけども!
解せない気分になりながら、それでも最後は前向きな言葉をくれたので、やっぱヒビキくんが召喚士になる日が来たら私がガードをやるわ…って感じである。

「でも元の時代に戻って来れたし、ロケット団の野望も阻止したし、終わり良ければ全て良し!だよね」

ポジティブに総括され、この笑顔を守れてよかった…と私は目頭を熱くさせた。元はと言えば全てセレビィのせい、さらに元を辿ればサカキのせいなのだ。健全な青少年がこんな夜中までよく付き合ってくれたと思うよ。
よくも巻き込んでくれたな、という気持ちは封印し、心を入れ替えた私は、慈愛に満ちた表情でヒビキに微笑みかけた。遅くまで本当にありがとな。ヒビキくんがいなかったら一人でサカキに会わなきゃならないところだったし、いてくれてよかったって心底思うよ。
もしあの洞窟に二人きりだったら…と想像して、あまりの恐ろしさに私はそれ以上考えるのをやめた。地獄。感謝して生きようこの少年に。

などと思っている間に森を抜け、すぐに育て屋が見えてきた。道路は静まり返っていたけれど、森の空気とはまるで違い、やっと人里に帰ってきたという実感が湧いてくる。そしてセレビィの記録により、帰宅がグッと近付いた事も思い出して、私のテンションは夜中に相応しいものになりつつあった。

確かにヒビキくんの言う通り、終わり良ければ全て良しだな。おかげでもうすぐ旅も終幕だよ…三年前に比べたら科学技術も撮影手腕も向上して、前ほどの苦労は減ったけど、でもやっぱ疲れたわ。いろんな人といろんな事があったしね。
ロケット団やツンデレに限った事じゃなく、自分の行いって自分に返ってくるっていうか、やっぱいい加減に生きてちゃ駄目なんだなって思った。だから私は清く正しく強く、常に固い意思を持って、徹底的にニートをやるべきだと再確認したよね。やっぱ旅とか出ちゃ駄目。これをもって終わりにするから。一歩も家から出ない事が、最も責任感のある行動だと理解した瞬間である。今後は私の引きこもり物語にご期待ください。

勝手に最終回の雰囲気を出す私とは裏腹に、ヒビキはまだ話し足りないようで、育て屋まであと一歩、というところでも、私に声をかけてくる。さっきまでのポジティブな声とは打って変わって、何だか寂しそうな色を含んでいた。

「レイコさん、また会えますか?」

不意にそんな事を言われて驚くも、すぐに笑顔を作り、しっかり頷く。

「もちろん。まだこっちにいるし…カントーに戻ってもコガネとヤマブキはリニアですぐだからさ、いつでも会えるよ」
「そっか…レイコさん、カントーに帰っちゃうんだ…」

私は家から出ないが、ヒビキくんが来てくれるなら喜んで迎え入れよう…と寛大な気持ちを抱いていれば、私がカントー人である事を忘れていたのか、ヒビキはさらに寂しそうに俯いてしまう。別れを惜しまれるとどうにも弱く、しんみりした空気に、私はただ慌てるばかりだ。

ヒビキ…お前…優しすぎるぞ、私みたいなクソニートとの別れで肩を落とすなんて…つらくなるからやめてくれや。ニートロボットと化していた私は心を取り戻し、こういう空気は苦手なんだよな…と眉を下げる。
レッドと別れる時もそうだったけど…悲しげに佇まれると私もつられてそうなっちゃうからやめて…。感受性が豊かなニートはヒビキの肩を軽く叩き、気を紛らわせようと何とか笑顔を作った。

「リニアって…めちゃくちゃ速いんだ。だから…すぐ会えるって」
「でも…寂しいな…」

やめてよ〜泣けるから〜まだジョウトにいるってのにさ〜。
汚れなき少年の口から寂しいなんて聞いた日には、私の良心なんて瀕死である。
悲しまないでよヒビキくん!私は君に寂しがられるような人間じゃない!明け方まで眠らず起床は昼、夜食のインスタント麺は鍋のまま食うし、だらだらと寝転んでいる間に一日を終え、人生の大半の時間を無駄に過ごしているクソニートなんだ!少子高齢化の昨今、働き手が欲しい企業を鼻で笑い、私の辞書に社会貢献という文字はないくらい、とにかく生きるゴミ。幻滅だよ。ヒビキくんの想像する美しくて強いレイコは幻だから…だから悲しまないで…。
自分を上げたり下げたり忙しない私は、とうとうかける言葉を見つけられず、ヒビキの頭をそっと撫でた。

私もジョウト唯一の良心である君と別れるのは…少し寂しいよ。いらない卵も受け取ってくれたし、大事に育ててくれてるし、もしかして卵のポケモンまともに育ててたらもっと早く空を飛ぶが使えたんじゃないかな?と愚かな疑念がよぎったりもしたが、全部いい思い出だって今なら言えるよ。一歩も出ないっつったけど、たまにはジョウトにも遊びに行くし、その時は会ってくれたら嬉しいと思う。ニートの私と変わらず接してくれるのなら…。

無職と知った途端に掌を返されたらそれこそ寂しいどころの話じゃねぇな、と震える私へ、最後にヒビキは笑顔を向けた。一生の別れじゃないもんね、と微笑まれたら、目頭が発火しそうなほど熱くなる。そして、どうかニートとわかっても仲良くして…と懇願せざるを得ないのだった。

「…今日のこと、一生忘れないよ。だからまた…絶対一緒に冒険しようね」

いい子すぎじゃない?ウバメ以外ならどこでも行くわって安請け合いするレベルには尊いんですけど。今日ばかりは彼を育てたワカバの地に感謝するわ。田舎もこの世界には必要、シティガールはまた一つ理解を深めるのであった。

何度も大きく頷き、彼が育て屋に入っていくのを見届けた私は、このとき静かに決意した。素直で純粋なヒビキの姿に感銘を受け、私も彼のように真っ直ぐ生きたいと思ったのだ。

マジでいろいろあったジョウトの旅…こんな事をしたって何の解決にもならないかもしれないし、ただの自己満足かもしれないけど、でもどうしても、うやむやにしたくない事が、最後の最後にできちゃったんだな。

「会いに行くか…ツンデレ…」

会って話そう、三年前の事を。よくわかんないけど…黙っておきたくないと思う。私だけがいろいろ知ってるのもフェアじゃない気がするしね。
何を言われるかわかんねぇし、またド突かれるかもしれないが、責任感に目覚めた私を誰も止める事はできない。真夜中に原付を爆走させ、コガネシティを抜けた時、ハイテンション状態から冷静になった私は、重大なことに気付くのであった。

ていうか、ツンデレどこにいるんだ?
これだから住所不定はよぉ!とキレ散らかし、来るべき時に備え、会話の練習を重ねるしかないのだった。どっちがコミュ障なんだよ。

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