26.終章

オッス!オラ、レイコ!ポケモンニートを目指してんだ!
山を越え、谷を越え、海を渡り、森を走り、様々な試練を乗り越えた私は、ジョウトの旅もあとわずかというところまで到達していた。夢にまで見たニート生活が間近に迫り、感動に打ち震えそうである。

いろいろあったなここまで…。なんか最後にめちゃくちゃしんどいものをぶち込まれた気がしなくもないが、セレビィの記録に成功した事を思えば、全てが些事と感じるレベルだ。もはやニートは決定したも同然でしょうね。
だって伝説のポケモン…全部記録したでしょ?あとはその辺にいる希少価値の低い量産型ポケモンを残すのみ…歩いてるだけでもデータ集まるわ。苦労した甲斐あって、あとは楽に過ごせそうである。ル…ギア…?知らない子ですね…。
実際は面倒な洞窟探索が残っているため、そんなに楽でもないのだけれど、一応終わりは見えてきた。その事実が、私のテンションを上げさせるのであった。


あの時渡りから数日。一応私はジョウトをうろつきながら、記録する傍らで、ツンデレの姿を探していた。
会いたくない時には死ぬほど会うというのに、探すとなると一切姿を見せないクソガキは、このジョウトで一方的に絡まれた事が縁の始まりと思っていたけど、どうやら問題はもっと根深いものだったらしい。サカキの息子と判明し、三年前の解散事件をきっかけにグレた事まで発覚して、図太いと評判の私もさすがに精神的に参ってしまった。いや別に知ったこっちゃないんだけど…でもこう…モヤモヤするじゃん!?偶然出会い愛し合う事になった二人が実は血の繋がった兄弟だった…と知った時くらいの衝撃があった。そこまで重くねぇよ。

このまま私一人の胸に秘めておいてもいいだろう…でも徐々に改心していったツンデレを見守る身としては、誠実な対応をしたい気持ちもあった。ていうかそもそも向こうは知ってんのか?私がロケット団解散させたクソガキだって事を。いや知ってたらあんな絡み方しねーだろ。数々の非礼を思い出して失笑しながら、一人で深い溜息をつく。

やっぱり言おう。私がロケット団を解散に追い込み、いやあっちが勝手に解散しただけで私は自首しか促してないけど、でもそのきっかけとなった人間である事を、ちゃんと言おうと思う。ケジメなさいと近藤真彦も言ってる事だし、自分だけ知らないままっていうのも…ツンデレは嫌だと思うしな。

いつになく真面目な調子で原付を走らせながら、コンビニで立ち読みしたり、サイゼでドリンクバーを利用しまくったり、コガネのゲーセンに入り浸ったりして、とにかく真剣にツンデレを探した。そろそろ億劫な洞窟調査も始めないとな…と考えたところで、不意に思い出したのだ。おつきみ山でツンデレに出会った時の事を。

「もう二度と来たくはなかった…」

私はフスベシティの北に立ち、選ばれし者しか入れない洞窟を見つめ、目を細める。
ミニリュウもらってトンズラして以来だな…龍の穴。まだきちんと記録を終えていないそこは、いつかは行かねばならない場所であった。クソ親父からも、滅多に入れない場所だからしっかり調査してほしいと念を押されていたので、足を踏み入れる運命にはあったのだけれど。

でもトラウマ〜!ポケモン勝負で全てを解決してきた私に、質問という脳トレをかましてきた因縁の地、龍の穴!思い出しても恐ろしいよ、この街は。そう遠くない過去を振り返り、思わず身震いしてしまう。

氷の抜け道というやばい洞窟を抜けた先に出現した、ドラゴンの街フスベシティ…勝負に勝ったのにバッジをくれないジムリーダーのイブキに始まり、何故か龍の穴で質問という試練を受けさせられ、カイリューがもらえると思ったらミニリュウだったという大オチまで食らわせられた、まさにトラウマの街である。カイリュー以外何一ついい思い出のないこの場所に、何故か修行に行くと言っていた人間がいた。
そう、ツンデレである。

言ってたなー…おつきみ山で。龍の穴にでも行ってみるか…っつって意味深なチラつきをかましてきてたの、いま思い出したよ。好きこのんでこんな場所に行く意味がわからない私は、とりあえず中に入り、カイリューに乗って湖の上を旋回する。

相変わらず寒いな…緊張感のある空気だし、確かにここで修行すれば心身ともに鍛えられる気はするが、神聖すぎて薄汚れたニートは息が止まりそうである。すでにしんどい。帰りたい。電波は3Gだしどう考えても人の入る場所じゃねぇな。こんな場所で長老から質問とは名ばかりの圧迫面接を受けた私の精神的苦痛、いつか訴訟という形で実を結ばせたいよ。

跳ね回るコイキングやミニリュウを記録しながら、まぁ龍の穴に行くと言ってたとはいえ、そうそう簡単に遭遇したりはしないだろう…と姿なきツンデレを思い、タカをくくっていると、ついに因縁の祠が見えてきた。
出たな、面接会場。お前に用はないんだよ、と素通りしようとした時、間が悪いというか必然というか、入口付近に探し求めていた人物を見つけて、私は絶句してしまう。よりによってそこにいなくても良くない?と一瞬素通りも考えたが、しっかり目が合ってしまったため、降りて行かざるを得なくなった。

観念してカイリューから飛び降り、清らかなこの地で明らかに場違いな空気を纏っている子供の元へ、私は歩み寄る。片や犯罪者、片や無職という地獄のコラボが完成した瞬間だった。

「レイコ…」

ツンデレェ…なに普通にうろついてんだお前は。

祠の前でポケモンとスパーリングに明け暮れていたのは、何気に探していたツンデレであった。私に気付くと視線をこちらに向け、相変わらずの悪い目つきで見つめてくる。そんな彼に応える事もできない私は、いるかもな、と思っていた相手があっさり見つかった衝撃で、しばし黙り込んでしまった。

どうしよう。マジでいたじゃん。まだ心の準備できてないのに。
遊び呆けてる間に準備しとけよというご意見はごもっともすぎて返す言葉もないが、こんなトラウマの地で再会してしまった私の心情もお察し願いたい限りだ。なんでよりによって祠の周りにいるんだよ、長老から答えのない質問を投げられても知らんぞ。

しばし呆けてしまったけど、出会っちゃったものは仕方ない。気を取り直し、この機会を逃したら次いつ会えるかわからないと危惧した私は、真面目な顔を作ると、コミュ障なりにフレンドリーを装って、やましい気持ちを隠した。

「あら…ごきげんよう…」

下手かな?ニートが学習院女子みたいな挨拶してんじゃねぇよ。
テンパりを余すことなく披露する私に、当然ツンデレは不信感を露わにした目つきを向けた。親しみを覚えている気持ちとは裏腹に、一線引いた口調になってしまったせいか、相手もぼちぼちのやさぐれ感を見せる。

「…なんだ?俺がトレーニングしてるのを冷やかしに来たか?」

いやそんな暇じゃないからこっちは。冷やかすためにわざわざこんな辺鄙なところに来るわけないだろ、ニートが懸かってなかったら絶対行かねぇよ。
私を相当な物好きだと思っているらしいツンデレにキレかけるも、今日は真面目な話をしに来たのである。穏便に、かつ冷静な心で、菩薩のような笑みを浮かべた。
まだ冷やかしの方がよかった…と思われそうな事実を告げに来たんでな、せいぜい今のうちに生意気な口を利いてるがいい。
思惑を秘める私の事など知りもしないツンデレは、冷やかしでない事は察したのか、世間話モードに切り替えてくれたので、その多少は心許されている感じが、今は余計につらくなる私だった。

「フン…強くなる秘訣を教えてもらいにわざわざこんなところまで来てやったのに…長老の奴、もったいつけて何も教えてくれない…」

会ったのかよ長老。きっと正しい答えを言うまで延々と聞き返されるというドラクエみたいなイベントがあったんだろうな。かわいそうに。

「だからこうしてここでポケモンを鍛えてるのさ」

現状を事細かに説明してきたツンデレに、左様か…としか言えない私は、ますます言葉を詰まらせ、頭を抱えるはめになった。

ツンデレ…真面目にポケモントレーナーやってんだな…こんなインターネットも満足にできない薄暗い場所で特訓するくらいだ、真の強さってやつを追い求めているんだろう。どこの誰かもわからないハゲた長老に教えを請えるようになった精神的成長、初対面でド突かれた身としては涙ぐましいものがあるよね。
だからこそ余計につらい…!レイコは思わず目頭を押さえた。彼がいいトレーナーになればなるほど、真実を打ち明けて惑わせる事に抵抗を覚えてしまうのだ。

マジでどうしよ…いやでも言うよ。言うって。もうなんか私の胸にだけ秘めておけないもん。お前の気持ちなど知らん、私がただすっきりしたい。もうそれだけだから。今までお前の全てを受け止めてきたじゃん!?今度はそっちがド突かれる番だよ!覚悟してくれ!
もはや自己中心的な感情しか抱けなくなった私は、意を決して口を開いた。RGよりも早く言いたい気持ちに駆られ、ついに一歩を踏み出す。

「あの…」

精一杯の勇気を振り絞ったその時だった。後ろから複数の足音が聞こえてきたのは。
間が悪すぎる展開に振り返り、なんでこんな辺鄙なところにこのタイミングで人が来るわけ!?とキレて、憎しみの炎で全てを燃やし尽くす。

おい!私がどんな思いで第一声を発したと思ってんだ!?ごきげんよう…なんて言っちまうほどテンパってたんだぞ。それをやっと…話す決意ができたってのに…また振り出しに戻っちゃったじゃないのよ!
どこの誰だろうと許さん!と目を吊り上げた時、憤怒の感情を一瞬で鎮められる事態が発生した。先程までのイキりはどこへやら、私は完全に硬直し、優雅に歩いてくる人物を見て、絶句せざるを得ない。

待って。今この取り合わせは非常にまずいだろ。
近付いてくる二つの足音は、いろんな意味で目を覆いたくなるものを連れてきた。それはファッション的な事や、トラウマ的な事や、気まずさ的な事を含んでいて、端的に言うと、まぁまぁの地獄である。

私の姿に気付いた相手が、爽やかに手を振った。クールな物腰を五割は台無しにしている本革のマントが、今はただ脅威である。

「やぁ、レイコちゃん」

ワタル…!そしてイブキさん!
何故いま来た!?むしろ何で私がここに来ちゃったんだ!?
やばすぎる四人が集結し、最終回手前で一悶着ありそうな状況を、私は一人嘆くのだった。帰りて〜。

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