突如として現れたワタルとイブキに、私は返事もできず、一人で冷や汗を流した。まるで泥沼な別れ方をした元夫婦が鉢合わせる瞬間を見てしまったような、謎の気まずさがそこにはあった。

嘘でしょ。こんな紅白歌合戦みたいな豪華共演ある?ジムリーダー、チャンピオン、マフィアの息子、そしてニートという、もはやカタギなど一人もいないのではないかと疑ってしまう取り合わせを見渡して、動揺に体を震わせた。

マジで何で今来たんだよ。今じゃなければいつでもよかったって!
ツンデレがワタルを逆恨みしている事を知っている私は、傷害事件でも起きそうな予感に怯え、とりあえずいつでも止めれるよう、モンスターボールを握りしめる。

私が真剣にロケット団アジトで下っ端を蹴散らしてる間、ワタルはのん気にツンデレに説教垂れてやがったという忌まわしきエピソードがあるのだが、もはやあの件は一切思い出したくないな。タダ働きの無駄働きだった気がして仕方ないから。忘れよう。とにかくツンデレとワタルが鉢合わせるのは、普通にまずいって話。

お願い助けてイブキさん…!とアイコンタクトを送ってみるものの、彼女には久しぶりね…的に微笑まれ、全く意図を汲んでくれない天然の姿に撃沈する。普通に可愛いけどさぁ…あなたがいい感じの緩和剤になってくれないと私には荷が重すぎるんだって…!
一人でテンパっていると、そうこうしてる間にワタルが天性の煽りスキルを遺憾なく発揮してツンデレに話しかけたものだから、私は正直気が気でなかった。

「君は…ロケット団のアジトで会ったね」

怖いものなしか。メンタルどうなってんだよ。
気さくなトークを繰り出してきたワタルに驚いたのか、ツンデレは一瞬呆気に取られるも、すぐに己を取り戻し、チンピラらしく噛みついていく。

「お前!今までどこに隠れていた!今度こそ倒してやるから俺と勝負しろ!」

こっちも大概怖いものなしだな!私が一番びびってんじゃねーか。こいつら全員蹴散らした事あるのに…どうして私がこんなにびくびくしなきゃならないの…。腕力では圧力に敵わない事を身を以て知るレイコであった。
ひとまず、今にも掴みかかりそうなツンデレとワタルの間に立ち、ポケスペでは仲良くやってたじゃないですか…と宥めながら、別に隠れてたわけじゃない事を言おうとして、それじゃ火に油だと気付き口をつぐむ。

いやもういろいろあるんだって…このマントの人は隠れてたっていうか、常人は到達できない領域にいたっていうかさ。ワタルもワタルでよく普通に話しかけれるな。見ろやこの野犬のようなツンデレの目つきを。明らかにキレてますよね?あなたに対してですよこれは。わざとなのか?それとも天然?何もわからない。帰りたい。全てを打ち明けたいという私の身勝手な気持ちは封印して構わないから、今は一秒でも早く家に帰りたいよ。

図鑑が完成していない私に帰る家などない事はさておき、あまりの空気に繊細なニートの心は砕けそうだった。しれっと見守ってるイブキさんの姿も何かちょっと物悲しかった。どういう心情なの?トラブル慣れしてるの?だろうな。大体お前らがトラブルの元だもんな。
誰一人として味方がいない状況を嘆き、無力な私はワタルがツンデレに絡んでいくのを、ただただ無の境地で見守るしかないのだった。

「まぁそう怒らないで。あの時は急いでいたから、君にも悪い事をしたね」

私にもな。私を巻き込んだ事も詫びてくれ。
どの辺が急いでたの?という言葉を何とか飲み込み、チンピラのガキ如きに威嚇されても動じないワタルは、チャンピオンにしては軽いフットワークで、あろうことかツンデレの提案に乗っかる姿勢すら見せた。

「でも…勝負するのは俺も大賛成だな!」

耳を疑う発言に、いっそ勝負の混乱に乗じて逃げるか!とさえ思った。この罰がすぐに当たる事を今のレイコは知る由もない。
何を言い出すんだ…と苦笑し、目と目が合いさえすればどんな相手とでも勝負をしなくてはならないトレーナーの業に引きながら、暇そうなチャンピオンに視線を向ける。

普通にやる気っぽいな。何なんだこの人は。チャンピオンの力、そんなに安売りしていいのかよ?私が言うのもあれだけど。平成最後のお前が言うな大賞を受賞してしまいながら、まぁやるというなら別に止めはしないので、巻き込まれないうちに一歩身を引く。

やっぱ隙を見て逃げるのが一番だな。いつまでもこんな土地にいたくないし、ツンデレと話すのはまた今度でいいわ。とにかく今は去りたい。破壊光線の爆風に紛れて。
チャンピオンと戦えるなんてツンデレ氏は運がいいね、と白々しく心の中で思い、気配を消して後ずさりした。幸いツンデレはワタルしか見えていないようだし、ワタルも勝負の最中に私に構ってなどいられまい。イブキさんは適当にやり過ごせる相手、タイミングさえ見計らえば確実に帰れる。絶対いける!奇跡を信じて!想いは届くと!

いつになく私は本気だった。チャンピオンやジムリーダーに無断で帰るという失礼をかます覚悟を決め、社会的地位を失う事も止む無し…とまで決意したのに、そう思えば思うほどフラグに繋がる事を、私は忘れていた。忍びのように静かに佇んでいたが、所詮ニートごときが公式のシナリオを覆せるはずがないのだと、即座に思い知らされるのである。

突然振り向いたワタルに視線を向けられ、驚きで息を止めたと同時に、一瞬で退路を断たれた。神業と呼ぶに相応しいフラグ回収術だった。

「そうだ!せっかくだから2対2で戦ってみるのはどうだい?」

おい!わざとか!?
まるで逃げようとしていた事を見透かしたみたいに、ワタルはそう提案した。わざわざ私の方を向いて言ったので、意図を感じずにはいられなかった。

お前…2対2?まさかそれって私も入ってんのか?ふざけんなよ!普通に嫌ですけど!?何がせっかくだから、だよ!白々しいったらないわ!
非道なワタルの提案に、私は震えた。ツンデレを置いて一人逃げようとした罰が当たったのだと責められているようで、良心の呵責から強く出る事ができない。
ふざけんなよマジで…人を人数合わせの合コンに呼ぶみたいな真似すんな…。協調性のない私は何とも居心地が悪く、ここはツンデレが断ってくれるのを待ったが、意外とまんざらでもなさそうな様子だったので、お前一人で強くなる決意はどこへ消えたの?とキャラブレを指摘したい気持ちでいっぱいになる。

「フン、やっぱり一人じゃ俺に勝てないんだろ…」

舐めた口を利くツンデレの背中を、私は思わず叩いた。世間知らずにも程があるクソガキに、こっちが焦ってしまう。
おいおいおいおい!ワタルになんてこと言うんだよ!お前が想像してる百倍は地位のある人だからな!?口の利き方には気を付けてくれ!浅見光彦が刑事局長の弟だと知らずに容疑者として連行する刑事を見てるみたいな気持ち今!
お願いだからこれ以心労を増やさないで…と胃を痛める私だったが、人間ができているワタルは無礼なツンデレに怒る事なく、微笑みを浮かべて相手をなだめた。普通に優しい。

「まぁそう言うなよ。2対2で戦うのもなかなか楽しいもんだよ」

ワタルは爽やかにそう言ったが、私の記憶と若干差異があるので、思わず首を傾げる。
チョウジのアジトで2対2で戦ったけど…結局1対1だったみたいな事あったよね?本当に楽しかった?私はまぁあなたが味方で心強かったから悪くなかったと思ってるよ。カビゴンとカイリューに圧をかけられるロケット団員の気持ち、一生わかりたくないもんな。
学ぶところがなかったといえば嘘になるが…協調性のなさが際立って終わった印象が強く、そして今回もそうなる事を知っている私は当然気乗りしない。しかし拒否権がない事もまた理解し切っているのだった。主人公に人権はないのである。

「よし!レイコちゃん、また俺と組もう!」
「え!えっ…ええ?」

油断していたところにいきなり白羽の矢を立てられた私は、かつてないほど挙動不審に動揺した。カバディくらい忙しない動きを見せ、ワタルの誘いを二つ返事で受けられない。

え?え?マジ?なんで?そういう感じになるの?あみだとかで決めないの?そしてその2対2は実質リンチなんじゃないの?
思いがけない組み合わせに、周囲にもどよめきが起こった。ツンデレとイブキもリンチの気配を察したか…と勝手に気まずくなる私だったが、二人が引っかかったのはそこではなかったらしい。

「また?」

二人のツンデレは、声を揃えて私にそう問いただした。意味深に睨まれ、2対2と言ったそばから3対1になりそうな空気に、どうしたらいいかわからなくなる。

何、何だよその反応。また?って別に一回タッグ組んだだけだから。私とワタルがいつも仲良くしてるわけじゃないから!勘違いしないでよね!
あなたみたいな育ちの悪い女が長老の孫をたぶらかしていいと思ってるの?と言いたげなイブキと、裏切り者め…的な視線を送ってくるツンデレに挟まれ、こっちはもう半狂乱である。ただでさえワタルからの圧で逃げられないってのに、全員が敵に回ってしまったら、心が砕けそうだった。

お前らいい加減にしてくれよ、こっちは巻き込まれた側だぞ!アジトの件もそう、今日だってたまたまツンデレに会いに行ったらヤンキーとヤンキーの抗争に遭遇しただけで、私はこれ以上ない部外者だからな。中心に添えないで。そういう態度で来るんだったらマジでワタルと組むからな。ダブル破壊光線覚悟しろよ。一生物のトラウマ植え付けてやる。
などと内心で思っていても、トラブルを避けたいニートである。まぁ成り行きでそうなった事もありましたが…と雑に弁解し、白けた目をする二人からわざとらしく視線をそらすと、若干大人だったイブキは一つ溜息をついて、ワタルに従う姿勢を見せた。

「じゃあそこのあなた、私と組みましょうか?」

ツンデレに歩み寄ったイブキに、私は大きく頷いた。話題が変わった事にホッとしたのも束の間、空気を読んだイブキさんの提案を、恐れ知らずのツンデレは無遠慮に一蹴する。

「ふざけんな!そんなおかしな格好の奴と一緒に戦えるかよ!」
「バ…っ、やめろ!」

平成最後、最も肝を冷やした瞬間であった。
失礼極まりない事をほざいたツンデレを、私は思わず叱咤した。競技かるたくらいのスピードで頭を叩き、そんな本当のことを言うな!と怒鳴らずにはいられない。

ば…馬鹿かお前は!それだけは言っちゃ駄目だろ!私がどんな思いで衣装について口出しするのを我慢したと思ってんだよ!確かにこれがときめきメモリアルだったらなぁ、バンビ〜ダメダメ〜!って言われてる案件だと思うよ。花椿一族も匙を投げる、それがイブキさんのボディスーツだからな。
でも言うな。何故ならお前は花椿吾郎ではないからだ。何を着るのも自由なこの国、服で人を判断するのは愚の骨頂。悔い改めろ。服はおかしくても、イブキさんはとってもいい人なんだから…。ジムバッジ渡すのごねるけど。全然いい人じゃねぇな。

おとなしくツンデレ同士の豪華タッグ組んどいてくれ…とハラハラしながらツンデレを小突きまくっていると、さすがに叩きすぎたのか、彼は私の手を取り、それ以上の叱責を拒否してきた。まだお前にド突かれた分ほどじゃねぇぞ、という感じだったが、ツンデレは叩いた事を責めるでもなく、思いがけない言葉を私に告げる。

「レイコ!お前は俺と組もう!」
「えっ」
「そして一緒にワタルをぶっ倒そうぜ!」
「えっ!」

痛いほど力を込めて手を握られ、私は間抜けな声を二回も出してしまった。なんて恐れ多い事を言うんだこのガキは…!と焦るも、真剣な眼差しを向けられたら、遊びや道楽で言っているわけじゃないと気付き、こちらも緊張に息を飲む。

まさかお前にそんな事を言われる日が来るとは…。サカキとはまるでわかり合えなかったというのに、ツンデレと私の人生はしっかり交じり合っている気がして、何だか感動ものだった。
それほどまでに…ワタルを倒したいんだね。わかるよ。なんか腹に据えかねる男だもんな。いつも試合に勝って勝負に負けた感あるし、あのクールな顔面を屈辱に歪ませたいと思わなくもない。というか思う。お前ピカブイのワタルの敗北モーション見たか?一周まわって煽りだろあれは。鼻を明かしてやりたいぜ。

あのツンデレに熱心に訴えられたという感動で、私の気持ちはだいぶそっちに流れかけていた。高須クリニックより力強くイエスと答えかけた瞬間、今度は反対の腕を誰かに掴まれ、ハッとする。
冷や汗を流しながら振り返ると、相変わらず余裕の笑みを浮かべるワタルが、私の手を握っていた。男二人に両手を拘束され、まるで大岡裁きのような構図に、頼むから引っ張るのは止してくれよ…と祈る他ない。

「どうする?」

ワタルに意味深に尋ねられると、断りづらさが極限に達した。ツンデレに対しての世間体などは1ミリもないけど、ワタルやイブキには体裁を整えたいニートとして、これほどつらい局面はなかった。
さすがに硬直し、しばし悩む仕草をして、板挟みをどう切り抜けるか考える。

もういっそじゃんけんとかで決めてくれないか?勝った方についてやる。そして私が勝ったら帰らせろ。どうしたいかと言われたら帰りたいのが一番だから。こっちは戦う前から疲れ切ってんだよ…もちろんお前らのせいでな。
どうしよう…と悩みに悩み、ツンデレとワタルを交互に見つめた。どちらもチンピラみたいなもんだが…なんて失礼なことを考えてもう一度ツンデレを見ると、彼はかつてないほど、本気を感じさせる眼差しを私に送っていて、その瞬間、答えが出たような気がした。

今まで一人で強くなろうと戦ってきた彼が、初めて私という他人に、共に戦う決断を示してくれたのだ。今まであんなに目の仇にしていた私に。お前の親父を四回も再起不能にした私にだよ。面目ない。
これまでも決して一人ではなく、盗んだポケモン達と共に歩んで来た事に気付いたのだろうか。私も気付いた。トレーナーだけでも、ポケモンだけでも真に強くはなれない事に。それと同じように、私とツンデレも力を合わせれば、今まで見えてこなかったものが見えるかもしれない。協調性の無さとか。それは元から見えてただろ。

「ワタルさん…」

私はツンデレの手を握り返し、ワタルの腕をそっと離した。選ばれたのは、綾鷹でした。

「前に言いましたよね、私のハクリューが進化したらまた戦いたいって」

好戦的に告げると、まるで予期していたみたいにワタルは口角を上げた。世間体に怯える私の心配を杞憂に終わらせる彼もまた、真に強いポケモントレーナーの一人として、勝敗だけが全てではない事を示す。

「いいだろう、面白そうだな。君達、相性も良さそうだし」

それはねぇな。どこに目ついてんだよ。
タイプ相性もトレーナー相性も無関係で生きてきた事はまぁさておき、それにしたってこのクソガキと相性がいいなどと言われるのはいささか心外である。どういう意味なのそれは?窃盗犯と無職、落ちぶれ者同士お似合いだってこと?うるせぇ。見ろやこのツンデレの顔。嫌すぎて顔面から血色という血色が失われてんじゃねぇか。それはそれで失礼だなおい。
もはや全員が敵みたいな状況だったが、逆境にも負ける事なく私はツンデレの隣に立ち、ダブルマントを見据えてボールを構えた。

地位ある二人に挑む落ちぶれた二人…いいだろう、見せてやろうじゃねーか。失う者など何もない私達の力、エリート街道を走ってきた貴様らに叩きつけてくれる。
このとき、育ちが悪いなんてレベルじゃないツンデレの生い立ちを思い出した私は、本当の戦いはフィールドの上ではなく、彼と二人の会議室で起きていた記憶を取り戻して、ゆっくり相手を振り返った。

「…おい」

何と言ったらいいかわからず、雑な呼びかけになってしまったが、ツンデレはいつもの調子で私を睨みつけた。こうして見ると、そんなにまでサカキに似てる事もない気がする。そしてそれをちょっと嬉しいとも思ってしまう。

「この戦いが終わったら…話がある」

完全な死亡フラグを立ててしまった私は、いやそういうやつじゃなくて…と謎の弁解をしながら、己のコミュ障を嘆いた。まぁある意味お前からの信頼は死ぬかもしれないけど、でも間違った事はしてないと思うので、何とか生き残って帰りたい限りだ。
私の意味深な発言に、ツンデレは特に何も言わなかった。今それどころじゃねぇから、的な心境なのかもしれないけど、それ以上に、こんな深刻なフラグ立てをしたにも関わらず、私と共に戦う決意を覆さなかった事を、今はただ喜ばしく思うのである。

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