04.ヒワダタウン

ヤドンの尻尾って美味しいのか?

ジョウトの珍味に疑問を抱く私の名はレイコ。ポケモンニートレーナーだ。今はわけあって卵を養いながら生活をしている。もちろん早く育児放棄したい。

キキョウシティを出発し、次なる町、ヒワダタウンへ向かう道中、妙な男に出会った。そいつはヤドンの尻尾を売っており、ハナダの自転車より高額な金銭を要求してきたので、丁重にお断りをして立ち去ったのだが、そもそもヤドンの尻尾なんて売ってもいいのか?と今さら疑問が浮かぶ。

切ってもまた生えてくるとかぬかしてたけど…日本はそういう売買って例外なく禁止じゃなかったっけ。ロケット団がガラガラを密漁して骨を売ってた事件以来、一層厳しくなったと記憶してるんだが。
通報案件だったのでは?と思ったけど、時すでに遅しである。どうにも嫌な予感がし、また妙な犯罪組織が暗躍してたりしないよな…と危惧する私の予想は、残念ながら当たっているのだった。

つーかヤドンの尻尾に百万出すくらいなら自分で捕まえて切るっしょ!と血も涙もない事を考えながら、私はやっとの思いでヒワダタウンへと到着した。途中にあった長い洞窟に生気を奪われつつ、卵を気遣いながらどうにか脱出できて、もはや涙が出そうである。

マジでこれもう…捨てていい?卵が邪魔。文字通りお荷物すぎるから。
ここまで苦労すると、偽物だった時にどうなるかわからないって感じだ。ニートが最も嫌いなもの、それが徒労である。パチモンだったらもう絶対に許さないからな。これがポケモンの卵じゃなかった時、ウツギ博士もポケモン爺さんも明日の朝日は拝めないと思えよ。
憤る私であったが、洞窟を抜けたと同時にヒワダタウンに着いた事で、多少気持ちは落ち着いていた。

よかった…洞窟と町が繋がってるんだ。これですぐ休めるよ…。やっと洞窟抜けたのにポケセンが遥か遠くとかだったらウツギもポケモンジジイもどうなってたかわからないところだぜ…八つ当たりじゃねーか。

パッと見めちゃくちゃ田舎だが、背に腹はかえられない。ズバットの超音波が響かない場所で眠りたい私は、町に向かって歩き出す。
すると、入り口近くに大きな井戸があるのが見え、想像したより田舎である可能性に、私は慄いた。

井戸。この令和の時代に…井戸て。
貞子でさえ3Dになる昨今、まだこんなものがこの日本に存在していた事に、私は衝撃を受けた。
しかもいまだに使ってるっぽくないか?下へおりるための梯子がかけられ、釣瓶まで装備してある事から、時が止まっていると言わざるを得ない。

怖…西日本ってまだ発展途上国だったんだ…。相変わらず田舎を小馬鹿にする私に、このあと罰が当たったとしか思えない事態が起きる事となる。

町民と思われる爺さんが、井戸に水を汲みに行く姿を目撃した。やっぱマジで使ってんだ…と驚いたのも束の間、その背後に黒ずくめの男が近付いているのが見え、どこかのオープニングテロップみたいな光景に、私は思わず息を止めた。
明らかに怪しい人物に、まさか本当にアポトキシン?とつい物陰に隠れて様子をうかがっていると、ジンニキどころかウォッカでもなく、見覚えのある制服が露わとなっていき、血の気が引いた。

「どきな、爺さん!」

井戸に近付く老人を、黒服の男は無理やり引き剥がした。横暴な態度は目に余ったが、それ以上に無視できない衣装が、私を困らせる。

ちょっと待ってくれ、と怒涛の展開に目頭を押さえ、己の視力を疑った。

え?なんかあの服…見覚えあるなぁ。黒の組織より安そうな生地、絶対何回か何十回か交戦した覚えがあるんだけど。
いやまさかな。だってもう令和ですよ。平成と共に死んだ組織がこんな井戸の周りをうろついてるわけないじゃん。一般人ですらヒワダなんてド田舎に来るわけないんだから…。まだディスるか?

きっと見間違いだろう、と深呼吸し、もう一度井戸の方を見る。じじいに絡んでるのはどうせ地方のヤンキーでしょうよ。ちょっと似た系統の服を着ていただけ…そして私が疲れから幻覚を見ただけ…そうに違いない。
意を決し、再び瞼を開くと、今度はより鮮明に制服に書かれたRの文字が飛び込んできて、もはや誤魔化しは不可能である。

知ってる〜!見たらわかる、あの組織のやつやん!

脳内で宮川大輔が吠えるほど、私は混乱した。
いや、なんで?なんでその格好をして威張り腐ってやがるの?まさかと思うけど、また何か企んで…?いや!まだわからない!コスプレかもしれないし!

絡まれてる爺さんには悪いが、私は助けには入らなかった。何故なら見極めなくてはならないからだ。これが現実か、それとも虚構なのかを!

頼む!フェイクニュースであれ!と祈る私をよそに、突然暴行を受けた爺さんは困惑気味に後ずさる。

「え…?い、いきなり何を…」

本当にな。いつもいきなりだからそいつらは。
クソ迷惑な黒服は、井戸の前を陣取ると、偉そうな態度でじじいを睨みつける。

「何だお前、俺達の事を知らないのか?」

そして、できれば聞きたくなかったその名を、ド田舎に轟かせるのであった。

「俺達は…そう、ロケット団様だ!」

で、出〜!推力利用移動乗物団体〜!

馴染みがありすぎる組織名に、私は頭を抱えてしゃがみ込んだ。夢だと思いたい一心で、何度も円周率を頭に浮かべて現実逃避したけれど、3.14から先は知らないせいで特に効果はなかった。理系ぶるな。

マジかよ…嘘だと言ってよバーニィ…!ジョウトに来てから本当にいい事がなく、唯一の心のよりどころであるヒビキくんをもってしても、この悲しみは癒せそうになかった。

う…嘘だ…そんな事あるわけない…だってロケット団は三年前に、サカキを三回ボコって解散させたじゃないか!私が!
自らの功績を思い出し、あの苦労が無駄になってほしくないあまり、私は現実を直視できず唸った。だって本当に解散したもん…と、トトロを見たことを信じてほしいメイみたいな気持ちになる。

あれは今から三年前…カントーを旅していた私は、そこで出会ったロケット団という暴力団と何やかんや抗争する事になってしまった。結果的に勝利して、何故かボスのサカキが勝手に解散したという逸話を持っているのだが、本当は自首していただきたかった事など言うまでもなく、まぁでもこれ以上悪事を働かないなら…と放っておいたんだけど、それがまさかこんな事になっているなんて、己の浅はかさに絶望気味である。

いやだって解散するって言ったじゃん!?私みたいなガキに何回も負けてショックだったから解散するわ…つって消えたよなぁ!?それから本当にロケット団絡みのニュース見なくなったし、マジで解散したんだなって思ってたけど、これは見損ないましたよサカキ様。約束一つ守れない小さな男だったんですね、体はでかいくせに!

やはりサツに突き出すべきだった…と後悔して、警察の聴取を面倒臭がった当時の自分を叱責する。
そういうとこだぞレイコ。この前だってあの泥棒を見逃したし、今だって老人を助けず傍観してる、私には関係ないからまぁいいか…という腐った考えが、結局より面倒になって返ってくるという事を何故学ばない…!
だってゲーフリがそうしろって言うから…と責任転嫁する私をよそに、自称ロケット団と老人のやけに説明的なやり取りは続いていく。

「ロ、ロケット団…?でも…確か三年前に…」
「解散したはずだって?冗談言うな!解散なんかしていない!」

名を騙って悪事を働いてる愉快犯の可能性も捨て切れない!と考える往生際の悪いレイコであったが、早々にその線を捨てられ、知りたくもない内部事情を聞かされるのだった。

「いや一度は解散したんだけどさぁ、サカキ様の野望を達成するためにまた復活したんだよね…ってそんな事はどうでもいい!つべこべ言わず消え失せろ!」

以上、現場からお伝えしました。

ロケット団に追い払われた老人はそのまま去って行き、静かになった公道で、私は一人頭を抱えた。なんという事だ…と受け入れたくない現実を嘆き、私がニートしている間にも世界情勢は動いていたのだと痛感せざるを得ない。

最悪だな本当…何が令和だよ、ろくなもんじゃねーな。
嫌な新時代の幕開けに、もはや自暴自棄である。

あーあ。所詮サカキもその程度の悪党だったってわけね。解散させるとは言ったけど復活させないとは言ってないよ?っていう揚げ足取りか。殺そう。解散など生温い、全員網走刑務所にブチ込んで無期懲役にしてもらわなきゃ割に合わねーな。

三年前の頑張りが無駄になった悲しみで、私は怒りを燃やした。何が目的か知らないが、私もこの辺の記録をしなきゃいけないんだ、邪魔立てするなら叩きのめしてくれるぜ。もちろん明日からな!

今日はもう疲れたよ…とパトラッシュならぬ原付に跨り、私はロケット団に顔を見られないよう、音速で井戸の前を駆け抜けた。三年前のあれそれで顔覚えられてるかもしれないからね、逆恨みで刺されてもたまんないし、素性は隠すに限る。
幸い不審車両を追ってくる事もなく、ヘルメットのおかげか気付かれずに済んだので、そそくさとポケモンセンターに入った。秒で部屋を借り、ベッドに寝転がりながら溜息をつく。

なんか…もう…クソだな。この世はクソ。奴が自称ロケット団じゃないとするなら、連中はまた何か企んでるに違いないので、せめて私の旅に関係ないところでやってくれ…と願う他ない。

とりあえずあいつは明日ブッ飛ばそう。普通に邪魔だし。あの爺さんには人柱になってもらって申し訳なかったからな、仇は取らせてもらうぜ。
身バレしたくないから覆面でもしていくか…と考えながら、ふとロケット団が何故あの井戸を陣取っていたのかわからず、私は首を捻った。

なんだろう…ただのでかい井戸だと思うけど…何かあるのかな。井戸がある時点でいろいろ珍しいが、かなり古そうなので、歴史的価値でもあるのかもしれない。
徳川埋蔵金でも埋まってたら私も掘りに行くんだけどな。それとも井戸水に毒薬を入れて体を縮ませる実験とか?小学館とポケモンは密接な関係があるし、有り得ない話ではない…。ねぇよ。

まぁいいや、考えてもわかんないし、今日はもう風呂入って寝よう。
疲れ果てている私は、冒頭の尻尾の売人と井戸のロケット団事件が繋がっている事に、この時は気付いていないのであった。
いやわかるわけねぇだろ。

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