しかしロケット団は、なんでヤドンなんか誘拐したんだろう。微塵も理解できない思考に、三年経ってもポンコツ組織が治っていないのを感じて、何とも苦い気分だ。
普通にいらなくないか?ヤドン。ロケット団ってコラッタ系とズバット系の素早いポケモンが主力だった気がするんだが。宗旨変えしたと言われたらそれまでだけど、もし手持ちとして使うつもりなら、こんな地下でいつまでもうろついている必要はないように思う。
となると密輸かな…。かつてガラガラの骨を売りさばいていたように、ヤドンもどっかのデンジャラスな物好きに売っているのかも。でも売るほど珍しいポケモンか?マジにわからん。馬鹿の考える事って突拍子もないし…想像するだけ無駄かもな。
散々ディスりながら進むと、細い横道の方から灯りが漏れているのが見えた。めちゃくちゃ怪しいので、私は懐中電灯を切り、抜き足差し足で進んでいく。
何にしても連中に会えばわかる事だ。ガラガラの二の舞は御免なので、どうか全ヤドン無事でいてくれ…と香川県民と共に私は祈る。ガンテツの孫のヤドンも盗まれたって言うし…子供にトラウマを植え付ける事態だけは避けなくてはならない、CEROレイティングを守るためにも…。
なんで私がレイティング機構に気を遣わなきゃならないんだ…と苛立ちを露わにして歩いていれば、奥から話し声のようなものが聞こえてきた。どうやら当たったみたいだぞ。ジジイに見つかるくらいだからどうせ雑な隠れ方してたんだろうよ。ポスターの裏のスイッチとか何だったんだよ。
そっと身を屈め、マスクの位置を直しつつ、徐々に岩陰から岩陰へと移っていく。
本当にいるのか…ロケット団…。できれば嘘であってほしいけど…でも見張りがガンテツに叱り飛ばされて逃げるレベルのポンコツだったところを見るに、限りなく本物っぽい。
馬鹿にし出すと止まらない私の耳に、段々と鮮明な声が入ってくる。女が何人かいるようだ。
「あー…重い…ヤドンって何キロあんの?」
「36キロ」
「米俵じゃん…」
ヤドン運搬中と思われるやり取りに、私は危うく声を出しかけた。
いや米俵はもっと重いだろ。倍くらいあるって。
この無知加減はやはり…と三年越しの再会になる予感を抱いて、いつ出ていこうか悩んでいれば、私の隠れている岩の裏に、36キロの塊が置かれた。力なく鳴いたヤドンの声があまりに弱々しく、本当に何をしているかわからなくてかなりびびった。
ヤドン…いる。いるけど…何?何やってんだ?
よく耳を澄ますと、複数のヤドンの気配があった。36キロを運んで何か作業をしている様子だが、女の愚痴ばかり耳に入ってあとは全然わからない。愚痴るならやめろそんな仕事。
謎のヤドン集めに恐れをなしつつ、そっと裏を覗き込んでみれば、普通のヤドンがいた。テンサゲ気味だけど、暴行などの形跡はなく、五体満足である。
しかし、何かが足りない気がして、私は首を傾げた。
五体?いや…五体満足で合ってるよな?ヤドランになると六体になる可能性が無きにしも非ずだが。尻尾の貝的な意味で。
瞬間、私の閃き力が突如として爆発した。ヒワダへ来る前から張られていた伏線にようやく気付き、本来あるはずのものを失ったヤドンを二度見して、衝撃に口を開く。後ろを向いたヤドンにエロ漫画なみの断面図を見せられ、謎は全て解けたのだった。
な、ない!
ヤドンの尻尾が、ない!
あまりに綺麗に切られているものだから、一瞬そういうポケモンだったかもと錯覚してしまった。しかしヤドンにはあるのだ、つの字に曲がった立派な尻尾が!
全てわかったぞ…。私はさらにロケット団に近付き、積まれている尻尾のタワーを見て、ぼろ儲けやないかと歯ぎしりをする。
思い出した。ヒワダに来る前に、ヤドンの尻尾を百万で売ってる奴がいたじゃないか。あれこそがゲーフリの出していたヒントだったんだ。ここで切った尻尾を、他の団員が売りさばいてやがったんだな。てかあんな辺鄙な場所で売れるわけねぇだろ!港区行ってシロガネーゼに売りつけて来い!
なんでヤドンが消えた時点で気付かなかったんだ、と自らの愚かさを呪った。
クソ…これじゃ私の特性が鈍感マイペースだよ…。推理力の死んだ頭を叩き、やはり私にできるのは圧倒的物理パワーでの解決しかないと再確認して、ボールを構えた。
かわいそうなヤドン…わりとすぐ生えるし全然痛くないらしいけど、でも自らの尻尾が高級品として売られているのに、ヤドンには一銭も入らないというタダ働きには心底同情するわ。労働を憎むニートはロケット団への怒りを燃やし、全員ブッ飛ばしてやると意気込んだ。
すると、私はとうとう尻尾を一刀両断している不届きな男を見つけた。
女しかいないと思われた中の紅一点、いや逆紅一点を見つめ、どうやら性別だけでなく服装まで少し違う事に気付き、只者じゃない空気を察する。
明らかに他の奴とは違う専用グラフィック…もしや幹部の類ではないだろうか。
幹部がこんなところで尻尾切るなよ…と世知辛さに目頭を熱くさせ、まるで機械のように次々とヤドンの尻尾を切る姿に、私は労働者の鑑を見た気持ちになった。
す、すごい…出刃包丁であんなにも華麗に尻尾を…!
男の手腕は、それはそれは見事なものであった。料亭に二十年勤務していたかのような包丁さばき、1ミリのズレもなく均等にヤドンの尻尾を切り揃え、見た目の美しさも損なわない、完全なるプロの技!さぞかし部下の尻尾切りも上手いことでしょう!
もう他の職に就けよ、とマジレスし、黙々と作業を続ける仮称幹部の後ろに立った。洞窟見飽きたわ、疲れたし。マスク息苦しいし。中腰体勢で体痛いし。
さっさと終わらせるモードに入った私であったが、待てど暮らせど団員たちは私の存在に気付かず、真面目に作業をこなしているので、その勤労者たちの態度に、私は寒気を覚え震えた。
え…侵入者にも気付かないほど没頭する仕事か…?ヤドン以外眼中にない団員たちの姿は、日本の闇を体現しているように思えてならない。
いやこっち見てよ。いつもみたいに、なんだお前は!?つって勝負を仕掛けてきてくれよ。
絡んできてもらわないと戦えない悲しい主人公の私は、しばし呆然と立ち尽くし、いい感じに流れていく作業をただ見守った。
無駄のない動きなのはもうわかったから頼むよ!勝負仕掛けてきて!こっちから行ったらなんか不自然じゃん!?コミュ力もないし!なんて言って勝負仕掛けたらいいかわからないんだよ!
今までモブ達の力に助けられていた事を知った私は、激しく落ち込み肩を落とす。この程度のコミュ力でヤドンを救おうだなんて…おこがましかったんだ…ガンテツの爺さんみたいにロケット団を怒鳴り散らす力もない私に…一体何ができるっていうんだよ…。
もう帰ろうかな…とさえ思っていた時、奇跡が起きた。さっき愚痴っていた女団員と、サングラス越しに目が合ったのだ。
救世主!と笑顔になる私とは裏腹に、怪しいグラサンマスク女を見つけた下っ端は、血相変えて驚いていた。運んでいたヤドンを地面に転がし、声を裏返らせて指を差す。
「ラ、ランス様!後ろ後ろ!」
ドリフみたいな言い方で叫んだ女は、尻尾切り職人のことをランスと呼んだ。様付けって事はやっぱ偉いのか、とじろじろ見るが、尻尾を切るのに夢中になっていたランスは、背後から近付く私の気配も、下っ端女の主張もよく聞こえなかったようで、出刃包丁を止めながら聞き返している。
「え?何ですか?」
「後ろですってば!」
キレ気味に指摘した女のおかげで、やっと私はランス様と対面した。といってもこっちは覆面レスラーだが。
どうするのが正解かわからず棒立ちしていると、相手は振り返ったと同時に悲鳴を上げ、余程慌てたのか、出刃包丁を手放し飛びのいていく。
「キャッ!」
とても現場監督とは思えない叫び声を上げた男は、思った以上に若かった。
ベレー帽を被り、鎖骨に自信でもあるのか胸元の開いた改造制服を着て、さらに襟まで立てている。片や不審者に驚き、片や若さに驚いて共に面喰い、しばし膠着状態となった。ていうか落とすな刃物を。危ないだろうが。
全員が固唾を飲んで見守る中、私はランスから目を離せない。
え…かなり若いな…どう見ても二十代だぞ。
幹部にしては貫禄のない年齢に衝撃を受け、同時に実力主義組織に感心もした。
欧米的じゃねーかロケット団。年功序列より能力主義や成果主義を重んじる社風、この場の団員たちが真面目に働いている理由も頷けるね。事実ランスの統率力の高さは、現場を見れば明らかである。
流れるような尻尾切り作業…役割ごとにグループ分けし、ロスを生じさせないよう調整もしている…なかなかできる事ではない。どこから目線で評価しながら、そのスキルはまともな会社で活かせとボールを握りしめた。出所して再就職しな、と温情を見せる私に、やっと冷静さを取り戻したのか、ランスは不審者にしても不審すぎる装いを指摘した。
「な、何ですかあなたは…!怪しい…」
お前らに言われたくねぇよ。黒ずくめと同レベルじゃん。
自分達のことは棚に上げる厚かましさに舌打ちし、何ですかはこっちの台詞なんだよって感じだったが、ここは心を落ち着けて、大事なことを確認した。こんなところまで来て何だが…私はまだ望みを捨てたくないと思っていたのだった。
「…ロケット団ですか?」
違うって言って!という気持ちで、私は尋ねた。
もう絶対ロケット団だと思う、組織の情報を漏洩するアホな下っ端、私の侵入に気付かないアホな下っ端、小賢しい金儲けを考える幹部、どう考えてもロケット団の特徴と一致しすぎてるから、間違いなくロケット団だとは思う。
でも違うって言って…!お願いだから違うと言ってよ!そしたら私の三年前の努力が、無駄にならずに済むのだから…!
私は祈った。信じていない神に、仏に、唯一神エンテイに祈った。又吉イエスにもついでに祈った。
しかし腹を切って死ぬのは、やはり私であったのだ。
「そうですが…」
あ〜!あ〜聞こえない!聞こえないなぁ!
ランスの、なに当たり前のこと聞いてんの?的な言い方に、私は抗えなかった。ですよね、って感じだったからだ。
悪あがきも虚しく、砕かれた夢に私は肩を落とす。やっぱこうなるのかと溜息をつき、諦めの悪い組織を恨んだ。
あーあ。もう何も信じない、神も仏もいないんだ。唯一神だったエンテイも今じゃ大活躍だし、不変的なものなんてこの世には存在しないってことなんだね。何度でも蘇るさっつって解散と結成を繰り返す…引退するする詐欺で視聴者を稼ぐユーチューバーのように!
非道。人間とは思えない仁義のなさに、私はブチギレた。ヤドンどうこうより、よりによって私が再び出発したこのタイミングで再結成しやがったロケット団を、許してはおけないのであった。私のいない時期にやってくれよ。
「…ヤドンも盗んだな」
「もしかして…取り返しに来たとか?」
「そうだよ」
「…えっ?本当に邪魔をしに来たのですか…?」
何で聞き返した。そうだっつってんだろ!これ以上神経を逆撫でしないでくれるか!?
なんだこのポンコツ幹部。ヤドンの尻尾切りしかできないタイプなのか?コミュニケーション能力が死んでやがる。人の事を言えない私はボールを見せ、邪魔しに来たアピールを欠かさない。
まぁ確かにこんな田舎町だからな、人口の半分が老人で構成されている場所で邪魔なんて入らないと思った事でしょう。私だって思ってた。このニートへの旅を邪魔する奴なんていないと思いたかったよ。でも現実は残酷だ。ヤドンの件がなくたって、私はきっとここでこいつらと戦っていただろう。
だってそこにいられると、とにかく記録の邪魔だから。公道だぞ。
国土交通省の許可もなく勝手に陣取ってんじゃねーぞ、と正論を展開する私に、ランスは悪の組織らしく反発した。一瞬は呆気に取られているようだったが、すぐに調子を取り戻し、偉そうな態度でボールを取り出す。
「…いいでしょう」
不審者にひるんでいたのも束の間、一気に好戦的な態度になり、私を取り囲むよう、下っ端ギャラリーが並んでブーイングする。アウェーだ。何奴だろうと見られたからには帰すわけにはいかないという空気に、やっと悪の組織感が出てくる。
多勢に無勢でシンプルに卑怯だな。助けにきたのにヤドンは応援してくんないし…孤独だ…ニートはいつだって一人だよ。昼に起きて、ニコ生を見て、部屋着のまま一日中過ごす事を選んだ悲しい生き物…。
でもその代償に、私は最強の存在を手にしてるってわけ!
「私はロケット団で最も冷酷と呼ばれた男…私達の仕事の邪魔などさせはしませんよ!」
自己紹介も済んだところで、互いにボールを放った。地盤沈下の恐れがあろうとも、カビゴンしか連れていないので、地響きを轟かせながら、積まれたヤドンの間を抜けていく。
冷酷だからきっと尻尾切り任されたんだな…。自称したランスに苦笑しつつ、実際自称だけでは決してできない惨い仕事だとも思う。
だって尻尾切りって。痛くないし生えてくるっつったって無理でしょ。私絶対できないな。乙女ゲーだって攻略する気がないキャラでも好感度の下がる選択肢とか選べないもん。でもこいつはきっと葉月珪のこと、王子サマって半笑いで呼ぶんだろうな。最低だよ。人の心がないのか。
こんな冷酷な人間と関わるのマジで嫌なんですけど。ていうか三年前いたか?物覚えが致命的に悪い私は、これを機に目を付けられない事を祈るしかなく、それ以前に私のカビゴンを見て三年前の件を気付かれないか、結構ハラハラしていた。だってこんな強いカビゴン、絶対他にいないからだ。
もうなんでいつも私がこんな目に合わなくちゃならないんだ…それもこれも親父の研究のせいだよ…。今頃研究室でチリトマトヌードルでも食ってるのかと思ったら、お前を塵にしてやりたい気分だぜ。
娘を犯罪組織に巻き込ませるクソ親父を思い、それに比べたらヤドンの尻尾切るのくらい大した悪行でもないな、と秒で掌を返した。大体もっとも冷酷な男がこんな序盤の小ボスなわけないだろ!盛るな!
「…私も知ってるよ、冷酷な男」
独り言を呟き、器用なカビゴンが、ヤドンが巻き添えを食わないよう、いい感じの位置でランスのポケモンを倒していく姿を見た。この有り難いカビゴンがいてくれるから何とかなってるものの、そうじゃなかったらすでに野垂れ死んでいる事を、父さんは身を以て知るべきだと思うんだな。
「うちの親父」
言い終えたと同時に、私の勝利は決まった。ニート化がなかなか決まらないのは、親父が冷酷なせいである。