「まだ子供だと侮っていたら…何ということ…」

侮る間もなく負けたと思うが、苦々しく呟くランスを見下ろし、私は勝者の風格で立ち尽くす。そう、お前たちの敗因はいつだってその侮り…そして学習能力の無さなんだよ!
三年前子供と侮って負けたのもう忘れたの?絶望的な記憶力に呆れ果て、完全に戦意を喪失した団員たちを追い払い、残ったヤドンとランスを交互に見る。

いくら子供でもこんな不審者を侮る詰めの甘さ、それがあなた達の敗因だよ。いつの時代もな。
侮ってなくても負けてたことはさておき、今度こそ自首してもらおうか、と詰め寄って、私はランスと睨み合う。
すると彼は、サングラスの奥のつぶらな瞳を見て鼻で笑い、周知の事実を口にした。

「…確かに我らロケット団は、三年前に解散しました」

そうだな。私が一番知ってると思うよ。

「しかしこうして地下に潜り、活動を続けていたのです。あなたごときが邪魔をしても、私達の活動は止められやしないのですよ!」

比喩と物理的な意味の両方で地下活動をしている事を明示したランスに頷きながら、私は静かに怒りをおさえる。侮るなと言ったそばからまだ侮ってくる彼に、もうこの組織は駄目だな、と見切りをつけた。元々駄目だと思ってたことは言うまでもない。
一度はスルーしかけたけど、やっぱり無理すぎる発言があったので、私の額には青筋が浮かんでいた。

あなたごときが邪魔をしてもって…あなたごとき…?私のことでしょうか。秒で勝った私ごときの話ですか?

いや私に邪魔されたらもう終わりだと思うでしょ普通。こんな強いガキに邪魔されたらオワオワリで〜すって思えよ。そう思わなかったから復活したんだろうけどな。五発ほど殴らせてくれ。

ランスの口振りからするに、まだ何か企んでいる事は明白だった。今度は一体何をしようとしてるんだ?ヤドンの尻尾で金策してるってことは…結構金のかかる事なんだろうか。
何にしてもこのまま野放しにするとまたどこかで出くわすかもしれない。下っ端は散らしてしまったが、ここで幹部をサツに引き渡せば、ロケット団的には痛手だろう。たとえこんなポンコツでもね!

もしもの時はこの出刃包丁で…と地面に落ちた刃物を見つめると、ランスも視線を落としていた。まさかお前も同じ事を考えて…?私を刺して逃げるつもりなんじゃ…と震えたが、彼が見ているのは包丁ではなかった。

視線を追うと、その先にあったのは、私の持つモンスターボールだった。カビゴンが快適に眠る姿に、何か引っかかったような表情は、私の背筋を凍らせる。

「それにしてもあなたのカビゴン…どこかで見たような…」

君のような勘のいいイケメンは嫌いだよ!

バレたか!?とぎょっとし、私は思わず拳を振り上げた。花京院典明必殺の当て身を喰らわせて記憶の抹消を謀る想像までしたが、私の手刀にそこまでの威力があるとは思えないので、振り上げた手は行き場を失い、悩んだ挙句、何故かランスの肩に落ち着く。実に不審者らしい不審な行動であった。

恐れていた展開に私は混乱し、冷や汗を流して動悸を速める。
いかにポンコツといえど…カビゴンにまとめて一掃された記憶はさすがに残っていたか。私がどれだけ不審者の装いをしていても、カビゴンはいつだってノーメイク…三年経ったところで姿が変わるわけでもないから、勘付かれてもおかしくないっていうか、普通もっと早く気付くだろ。どんだけぼーっと生きてんだよ。

チコちゃんに激怒されかねないランスは、完全に記憶を取り戻したわけではなさそうだったので、私にもまだチャンスはあった。その上いきなり肩を掴まれた事による衝撃で、カビゴンから気が逸れたらしい。明らかにドン引きした様子と、下手な真似をするとボコられかねない心配から、相手は冷静な不審者対応をしていた。

「な、何ですか」
「あ…いや…」

暗い洞窟に二人きり、何も起きないはずがなく…という状況を警戒するランスへ、何もしねぇよ!と怒鳴りたい気持ちを、私は必死に抑えた。ヤドンが見てる前でしょうが!
たとえ相手が犯罪者であろうとも、私はポケモン勝負以外で他人を傷付けたりはしない…さっき出刃包丁でどうこう言ってた事は忘れ、とにかく痴女ではない事を伝えたかった。

もう…忘れたよな?カビゴンのこと。不審者で上書きできたね?また思い出しやがったら今度こそ当て身だからな。
舌の根も乾かぬうちに犯行予告をする私は、テンパるあまりろくな言い訳も思いつかず、震える手でランスの肩を数回払った。

「か、肩に…ゴミがついていたもので…」
「え?あ…ありがとうございます…」

何のやり取りなんだ?何も生まねぇよこの時間。
敵に礼を言うな、とマジレスしつつ、無駄に律儀なランスに私は引いた。私の雑な嘘に騙される組織に身バレしたところで、大した影響もないかもな…と思い直す。

アホしかいないんじゃないかこの組織…だって幹部でこれでしょ?サカキお前本当にそれでいいのか?やっぱ現場監督くらいの地位にしといた方がいいんじゃないか?まぁ一番は刑務所に入る事なんですけど。

何だか自分のやっている事さえ馬鹿らしくなり、やっぱ人助けもヤドン助けもするもんじゃねーなと結論付けたところで、ランスは正気に戻った。
ハッとしたように茶番に気付くと、後ずさりながら私を指差し、何とも不吉な事を言うのだった。

「と、とにかく!これから何が起きるか怯えながら待っていなさい!」

それだけ吐き捨てると、下積み時代に培った俊足で、ランスも井戸の出口へと逃げ去って行った。
残された私とヤドンは、互いにとぼけた顔をしながらも、ようやく息苦しいマスクとサングラスを外し、ホッと胸を撫で下ろす。強者どもが夢のあとって感じで、辺りは一気に静かになった。

ひとまず一件落着の気分だったけど、また普通にロケット団を逃がしてしまった事に今さら気付き、もはや全てがどうでもよくなってくる。

しまった…刑務所送りにするの忘れた…アホ組織に呆れているうちに逃げられたわ…。まぁあのアホさなら自滅する可能性もあるし、それに賭けよう。これから何が起きるか待ってろと言われた件は気になるが、すべては後の祭りである。考えるだけ無駄と思い、私も出口へ向かった。尻尾を一本こっそり頂戴しようかとも思ったけど、そこはグッと耐えたよ。血の涙を流しながらね。

思いがけず新キャラが出てきてびびったが…まさか一回しか登場しないなんて事ないだろうから、この先どこかでまた会う予感がする。鬱すぎる気分を引きずり、もう一人の新キャラ、ガンテツが無事かどうかを確かめるべく、私は駆け出した。

ジジイのいる方にロケット団逃げていったけど…大丈夫だっただろうか。腰も痛めてたし普通に心配だぜ。
最も冷酷と自称するくらいである。ジジイを人質に取ってヤドンの尻尾を要求する事も充分有り得るだろう。その時は…悪に屈する事なく、ヤドンを守ろうと思う。爺さんの命無駄にしないからね…。見捨てるな。

いろいろ心配したものだが、ガンテツはさっきより元気そうな様子で、私のことを待っていた。やっぱあいつ全然冷酷じゃないな、と冷めた目をし、見捨てる覚悟まで決めた私は拍子抜けして溜息をつく。レイティングをきっちり守りやがって…ゲーフリの犬めが…。
シナリオ通りに進んでいる自分も犬である事は忘れ、素顔で現れた私にも即順応するガンテツに感心しつつ、歓迎を受けた。

「レイコ!ようやったな。ロケット団の奴ら逃げて行きおったわい」
「ガンテツさんも…ご無事で何よりです」
「腰の具合も良くなったぞ」
「マジかよ。でも一応病院行った方がいいですよ」

異常な再生力を見せるジジイに驚くも、万一のために助言は添えて責務を果たした。
年寄りのくせに復帰が早ぇな。しかし後々何かあるかもしれないから本当に病院行けよ。田舎の老人は医者に罹らない事に定評があるので、孫もいるんだから…などと言い私は何度か念押ししておく。
そうやって純粋に年寄りを気遣っていると、ガンテツの口から衝撃の言葉が飛び出てきて、ただでさえ徒労だったものがさらに徒労になる気配を感じるのだった。

「しかし…ロケット団は三年前に、レッドという少年がやっつけたはずなんやが…それがまた復活してるとは、何となく悪い予感がするのう…」
「…は?」

え?なんて?

思わずその筋の人間のような低い声が出てしまったが、明らかに事実と違う内容を聞いたら、誰だって同じような反応をするだろう。一瞬聞き間違いかと思い、もう一度尋ねたが、やはりガンテツは、レッド、という謎の人物の名を口にした。

え…マジで誰?知らないんだけど。
どういうこと?と混乱し、私の通り名か?とわけのわからない想像をしたりしながら、呆然と井戸の中で立ち尽くした。疲れからか頭が回らず、先行っててくれとガンテツに帰宅を促し、静かな洞窟で苦悩する。

ええ…?なに?何の話なんだ?
確かに三年前、ロケット団は解散した。数々の悪事を行ない、人に迷惑をかけまくったが、たった一人の英雄によってその野望は砕かれたのである。そう、私の手によってね!

だからレッドじゃなくて私でしょ!?と大声で叫びたい衝動に駆られた。しかし静かに暮らしたい私は、極力目立ちたくないニートである。その主張をする事は、平穏を棒に振るという事で、だからあの時も内密にとお願いしたわけだ。ロケット団事件を解決した事は。

だからって何でレッドって奴の手柄になってんだよ。それはそれで納得いかねーぞ。
情報が錯綜している事に疑問を覚えつつ、こんなところで憤っていたって仕方がないので、渋々私はヒワダへ戻った。せっかく解散まで追い込んだのに復活され、挙句別人が貢献した事になっているという報われなさに、私の精神は死んでいく。

だから関わりたくねぇんだよああいう連中とは…!別に正義感もないしヤドンも信仰してないし!うっかり流されて戦っちゃったけど、もう二度としないからな!フラグじゃねーよ!

不貞腐れながらポケセンに戻る道中、ふとレッドという名に聞き覚えがある気がして、私は足を止めた。

そういえば…なんか耳に馴染みがあるような…ないような…。
山本直樹の漫画だっけ?と明後日の方向に思考をそらす私は、この伏線が回収されるのは遥か先だという事を、まだ知らないのであった。

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