最近のガキは挨拶もできねーのかよ?

「聞きたい事がある」

突如として現れた少年に、すでにキレ気味の私はポケモンニートレーナーのレイコ。沸点の低い女だ。
ヒワダタウンを出発しようとした無職の私に、通り魔的に声をかけてきたのは、四度目の登場でレギュラー入りしそうな、あのポケモン泥棒であった。意外な人物からの意外な問いかけに、面食らいながらもキレている私が、このヒワダタウンで何をしていたかとりあえずダイジェストで先にお送りしたいと思う。小僧はしばし待て。


ヤドンの一件を解決し、ついでにヒワダの可愛いジムリーダーも倒した私は、とりあえず謎のレッドやロケット団の事は置いといて、こんな縁起悪いド田舎からは早く去ろうと原付を走らせていた。

ヒワダの次にあるコガネシティは、どうやらやっと私が追い求めた正真正銘の都会らしい。
けれども、そこへ行くにはウバメの森という辛気臭い場所を通り抜ける必要があり、序盤に必ず森ダンジョンを攻略しなければならないというポケモン界の洗礼を受けさせられる事に気付いて、死ぬほど憂鬱になっていた。行きたくないあまり無駄にうろついていたのだが、そのせいでクソガキに絡まれたため、時には思い切りも必要だと悟る。

さっさと行けばよかった…と後悔するも、時すでに遅しだ。立ちはだかるよう現れたDQNに溜息をついて、渋々私はヘルメットを外し、付き合う他ない状況を嘆いた。

ていうかお前…この間からなんで知り合い感出してきてんだよ。もしかしてツンデレってやつか?じゃあまず挨拶しろよ。そして名乗れって!あの大和アレクサンダーだって、初対面の仁科カヅキに「俺の名前は大和アレクサンダー」ってご丁寧に名乗ったんだぞ。見習ってくれ頼むから。

プリズムスタァになれないドロボーイに対峙し、何となくいつもと違う雰囲気はあったから、きちんと日本語で対応してやる事にする。お前もここではリントの言葉で話せよ。

「…なに?聞きたいことって」

美貌の秘訣か?主人公になる事だよ。

何のアドバイスにもならないしそもそも聞いちゃいない事を勝手に答えていると、まさかこの小僧の口から出るとは思わなかった組織の名を聞き、私は衝撃に目を見開いた。

「ロケット団が復活したって本当か?」

思いもよらぬ時事ネタに、驚くどころの話ではなかった。DQNは世界情勢になど興味がないと思っていたからだ。

もう噂広まってんの?と意外と耳の早いガキに感心し、しかしタイムリーなヒワダにいれば情報が入るのも当然といえば当然な気もしたので、見直すのはこの辺でやめておく事にした。
まぁこの町中に溢れる尻尾のないヤドンを見れば何か起きてるのは明白だし、町人もその話題で持ちきりだからな。さっきどっかのテレビ局の中継も来てたから、そのうち全国的に広まるだろうけど、私が疑問に思うのは、何故このガキがロケット団の事など気にするのか、という点である。

我が道を行くツンデレ少年…ニュースになんて興味なさそうなのに、なんで急にそんな事を聞くんだろう。しかも私にわざわざ声をかけてまで。ていうか何故私なら知ってると思うんだよ。トラブルに巻き込まれてそうだから?その通りだよ。許さないからな。

無駄な審美眼はさておき、別に秘密にするような事でもないので、良心的な私は素直に教えてやる事にした。教科書には載らない真の英雄の存在もついでに言った。

「そうらしいよ。私が追い払ってやったけど」

過去の栄光が他人のものになっている事を引きずる私は、他の誰にも言えないのをいい事に、クソガキへここぞとばかりに戦勝自慢をする。レイコはおとなげないニートであった。

こいつに喋ったところで広まるわけでもないからな。何より私を弱いとほざいたこのガキにわからせてやりたい、私がどれだけ強いのかを。マフィアの小ボスくらいなら片手で捻れるという事を!
そんな鬱憤を晴らした罰が当たったのかもしれない。ツンデレDQNは完全に疑った顔で私を見ると、わざわざ確認の言葉を投げてきたので、徐々に怒りのボルテージが上がっていく。

「お前が倒しただって?」

そうだっつってんだろ。証拠映像もあるんだからな。
ランスの出刃包丁を真剣白羽取りで受け止めるところなんて手に汗握る名シーンなんだから…と話を盛り、調子付いていると、ツンデレは憎たらしく鼻で笑い、秒で私をキレさせるのだった。

「嘘言うなよな」

そのたった数文字は、私の心を大いに傷付け、そして怒りで満たした。弱いと罵るのみならず、嘘つき呼ばわりまでされて、このガキを許す道理などあるのだろうか、と自問する。
いや無いね!ぶん殴ってやるから歯食い縛れこのクソガキが!

信じ難い暴言に、私のプライドは粉々である。
マジでふざけんなよテメェ。嘘…嘘言うなよな?なんでそんな無意味な嘘つかなきゃいけねーんだよ!むしろ嘘つかれたんだよこっちは!レッドが倒したとかガセ情報流されて傷付いてんの!トドメ刺さないでよ!

私が拳銃を手にしていたら、間違いなく彼を撃っていただろう。銃社会じゃない事に感謝するんだな、と犯罪者予備軍っぷりを遺憾なく発揮しながら、私は必死で己を抑えた。

はー?もうマジでありえねぇ。どいつもこいつも腹立つ事しかしねぇな。
確かに私は冴えないニートだが、ポケモントレーナーとして、このカビゴンと共に勝利の道を突き進んできた事だけは本当である。そこには嘘も偽りもなく、負けそうになった事もピンチに陥った事もない。そしてその実力は、確かにこのドロボーイにも見せたはずだった。

にも関わらず…う、嘘…?私があんな…ヤドンの尻尾切るしか能がない連中を倒せないと思っているのか…?信じられない。お前もあのポンコツを見たらわかるって!確かにこいつなら秒で倒せるかもな…って思い直すって!そして訂正しろ!ベジータみたいにお前がナンバーワンだって認めてくれよ!

何なら真実の口に手入れてやろうか?とどんどん血迷う私とは裏腹に、ツンデレの方は冷静だった。煽りの腕こそ天下一品である少年は、ポケットからボールを取り出し、目の前でそれを構えながら、今の私が即了承する言葉を放つのだった。

「それが本当だと言うなら…その実力、俺に見せてみろ」

上等じゃねーか。ボッコボコにしてやるから覚悟しとけ!
まんまと勝負に持ち込まれるほど、私は煽り耐性ゼロであった。素早くボールを放り投げ、盗まれたワニノコだろうと関係なく叩き潰すつもりでカビゴンを繰り出したのだが、驚いた事に奴の初手はゴースであった。
ノーマルタイプの技しか持っていなかったら危うく泥仕合になるところだったけれど、そんな事より手持ちが増えたのか、それともワニノコが捨てられたのか考えてしまい、私は一抹の不安を抱かずにはいられない。マダツボミの塔でみすみす逃がした事が、取り返しのつかない過ちを生んだかもしれず、急いでツンデレの手持ちを全て確認しようとゴース、続けてズバットを打ち破った。

しかし、最後に相手が出したポケモンは、非情にもワニノコではなかった。
見知らぬポケモンが出てきた焦りで、私は冷静さを欠いていく。

おいおいおい…ワニノコいないんですけど!?どうしたの!?捨てた!?冗談だろ!

わざわざ盗んだのに!?とツンデレの正気を疑い、初見のポケモンを記録しようと図鑑を構える。驚きながらも記録が体に染みついている自分には少し引いた。

やべぇ…どうしよう…確かに馬鹿っぽい顔してたからな、苛々して捨てた可能性、無くもないと思う。でも…だからって…見限るの早くない!?まだ三つ目の町だぜ!?ハヤト、ツクシ戦だと水タイプは活躍できなかったかもしれないが、この先弱点をつけるジムがあるかもしれないじゃん!残念ながら無い事をレイコはまだ知らない。

ウツギ博士になんて言ったらいいんだ…と消沈する私は、図鑑に読み込まれたデータを見て、絶望の淵に一筋の希望が差すのを感じた。

彼が出した水色のポケモンは、アリゲイツという種類だった。道中とても真面目に記録作業をしていた私は、このポケモンを一度も見かけていないというのに、何故ツンデレが持っているのだろうと疑問を抱く。

私のようなエリートでさえ見つけていないポケモンを、この素人泥棒が発見できると思うか?ビギナーズラックと言われたらそれまでだが、そもそもこのアリゲイツ…どこか既視感がある…色とか顔とか…フォルムとかに。
まさか、と思い図鑑をもう一度確認すると、アリゲイツのナンバーは159、そしてワニノコは158…ここから導き出される答えは…!?

「進化してんじゃねーか!」

めちゃくちゃしっかり育ててんじゃん!本当にツンデレかよ!

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