間抜け面のワニノコから一転、精悍な顔立ちになったアリゲイツは、どれだけ立派に進化しようとも、私のカビゴンの前では無力だった。ひとまず捨てられてなかった事に安堵し、それどころかわりとまともに育てているみたいなので、私の決断も間違っていなかったかもとポジティブに考えさせていただく事にする。

泥棒とはいえ…真っ当なトレーナーとしての道を歩んでいるという事なんだろうか。マダツボミマスターには苦言を呈されていたが、ワニノコはこの通り立派に成長してらっしゃるし、このまま最終進化までいけば私の記録にも役立つから、そう悪い事でもないように思えてくる。打算的なレイコであった。

そうやって己の利益ばかり考えていると、すぐ罰が当たるのがこの物語のシステムである。

「フン、使えないポケモンだぜ」

やっぱ真っ当なトレーナーではないな。訂正しよう。
敗北した手持ち達に心ない言葉を投げかけるツンデレは、デレを知らないツンだった。暴言以外に受け取りようがなく、またしても通報と放置の狭間で揺れる。

こいつ…何なんだ?ゴースもズバットもアリゲイツも、決して筋は悪くなかった。勝利のために開幕呪いを繰り出してくるところも、タイマンで勝てないカビゴン相手には有効打だし、超音波で混乱を狙ってくるのも小賢しくてよかったよ。ポケモン1体しか持ってない奴にとっては一番やられたくない戦い方だからな。まぁそんな付け焼刃では負けるべくもないけども。
このように、きちんと言う事を聞くポケモン、そして敵を苛立たせる陰湿な戦術などを見るに、決して考えなしに生きてるわけじゃない事がわかる。にも関わらず使えない呼ばわりってのはどういう事なんだ?わりと使えてただろ。そう思うからこそ育ててるんじゃないのかよ?

ツンデレなのかツンツンなのかわかりかねている私を、彼はさらに混乱させていく。

「いいか、お前が勝てたのは俺のポケモンが弱かったからだ」

ど、どういう事なんだ…!?日本語で大丈夫だぞ!

また性懲りもなく弱いだのなんだの言ってくるかと思えば、何故か自虐を披露され、こいつが何を考えているのか全くわからない。

私が勝てたのはお前のポケモンが弱かったから…?それは…そうか、って感じだ。そうかもしれない。いやでも本当にそうか?さっきの陰険バトルを振り返ると、必ずしもそうとは言い切れない気がし、私は思わず否定した。

「いや…別に弱くはないと思うけど…」

どっちかというと私が強すぎるだけで…と考えた時、ツンデレが言わんとしている事を察して、私はハッと顔を上げた。

え、つまり俺のポケモンが弱かっただけでお前が強いわけじゃないんだから!勘違いしないでよね!ってこと!?
ふざけんなよ!私が強いんだっつの!まだ認めてなかったわけ!?万死。もはや許してはおけまい。

ワニノコ進化騒動で吹っ飛んでいた怒りが、いま確実に舞い戻るのを感じた。自虐してまで私の強さを認めない厚かましさに歯ぎしりし、このまま原付で突っ込んでやりたい気分である。
いい加減にしろよクソガキ。見ただろうが、他の追随を許さぬ圧倒的カビゴンの力。呪いを受け、超音波で混乱して尚倒れぬ、異様なHPの高さを。さぞかし恐ろしい事だろう、殴っても殴っても倒れない巨神の存在は。こっちだって恐怖だよ。私が育てているのはポケモンなのか兵器なのかわからない時あるし。
だというのに…こいつ…!こいつ!もう殴ってもよくない!?私という戦うボディがこいつのタイトなジーンズに拳を捻じ込みたいって言ってんだよ!

BoAに後押しされ、私は感情の赴くまま思いの丈をぶつけようとした。初対面でのド突きから今日に至るまで、溜まりに溜まったストレスを発散させるべく口を開いたが、BoAの力をもってしても台詞を被せられてしまい、主人公の発言優先度の低さを痛感するのであった。

「…俺は弱い奴が大嫌いなんだ」

今度は身の上話が始まりそうだぞ。
語り出したツンデレに、じゃあ私のことは大好きって事でいいか?と雑な茶々を入れもせず、ただ黙ってやり場のない気持ちを誤魔化した。何故私が怒り狂おうとした時にそんなことを…と唇を噛むも、語り出されたら仕方がない。私を弱い弱いと連呼する理由もわかるかもしれないし、ここは年長者として、自制心を養うべきだろう。

やけに饒舌なツンデレを見つめながら、平常心で耳を傾けた。
強くて勝てるポケモン以外どうでもいいと言ったり、弱い奴は嫌いだと言ったり、話の整合性は取れているので、何か理由があって強さに固執している可能性はあった。それが何なのか興味があるような無いような感じだけど、とにかく私の強さは認めろ。現実と向き合う事が更生の第一歩だぞ。何様なんだよ。

「ポケモンだろうがトレーナーだろうが…そういう弱い奴らがうろついているのが、目障りで仕方ない」

その目障りな奴の中に私が含まれていない事を祈るばかりだな。

「ロケット団も同じ」

そして、ここで冒頭の問いかけに繋がり、私は納得の息を漏らした。

ああ…弱い奴がうろついてるのが目障りだから、ロケット団が復活してうろうろしてんのが嫌ってわけね。同感すぎる。
こっちからすれば目障りどころの話じゃないが、でも正直弱いポケモンもトレーナーもこの世には山ほどいるのに、その中からロケット団を抽出した意味がわからず、私は首を捻った。

なんか…関係あんのか?ロケット団と。まさかお前の妹のチョロネコが盗まれたとか…!?それはBW2。

「一人一人は弱いくせに、集まって威張り散らして偉くなったつもりでいる。そんな奴らが許せない」

急に正論をかざしたツンデレに、私はさらに面食らい、その迫力に思わず頷いてしまう。

めちゃくちゃまともなこと言ってんじゃねーかよ。その通りだな、としか言えねぇよ。

一体何があったというのか、ツンデレのロケット団への謎の憎悪は、何だか普通じゃないように感じた。私もあのポンコツ組織には本当に迷惑してるし許し難いけど、でもこんな得体の知れないニートに吐露するほどの感情ではないので、彼とロケット団の間には深い確執があるのかもしれない。
面倒そうだから知りたくねぇな…と早々に匙を投げれば、ただ愚痴っただけのようだったツンデレは、最後に私を睨みつけ、見事な八つ当たりを披露するのであった。

「お前はうろちょろするなよ。俺の邪魔をするなら、ついでにお前も痛い目に遭わせてやるからな…」

ついででそんな目に遭わされてたまるか、と言い捨てる前に、ツンデレは足早に去って行った。どっちかというと邪魔をしてるのは彼の方なので、私がお前を痛い目に遭わせてやりてぇよって感じだった。

マジでどういう教育を受けたらああなる?理解に苦しむんですけど。もしかして教育を受けていないのか…?いや受けてなくてもああはならないだろ。どうなってんだ令和。あんな若者に時代を背負わせていいのかよ。

結局怒りはぶつけられず、タイトなジーンズに拳も捻じ込めないばかりかまた通報もし損なって、私は町の真ん中で取り残された。どうにもモヤモヤした感情を抱えたまま唸り、町中のヤドンのとぼけた顔がそれを助長させる。

何かすっきりしないぜ…。ロケット団も追い払いヤドンも助けて大団円のはずだったけど、さっきの調子だとあのガキ…いつかロケット団にも突っかかりそうな雰囲気があったな。
連中に恨みがあるようにも受け取れたが、あいつらの存在自体が彼の強さへの執着に繋がってる的な口振りだったし、そして妙にロケット団に詳しかったしで、ますます謎は深まるばかりである。

まぁ私には関係ないからいいけどな。どうせこの先関わり合いになる事もあるまい。ワニノコ…アリゲイツか、あいつもすっかりツンデレ側のポケモンみたいだから、もはや放っておいてもいいでしょうよ。ウツギ博士には悪いけど。でももう進化までしてるからさぁ…諦めてほしいな。何より最終進化を記録したいから泳がせたいんだよ私は。とうとうニートのため犯人蔵匿にまで加担するレイコであった。

そう、私はただのニート…。ロケット団もツンデレも関係ない、自分の目的のためにただ進むだけなのだ。
間抜けなポケモンの間を駆け抜け、気を取り直した私は、真っ直ぐウバメの森へと向かっていった。暗かった町に活気が戻った事だけは良しとし、夢の都会ライフへ向けて、ひたすらにコガネを目指すのであった。

あばよヤドン共、せいぜい私に感謝して暮らせよ。そして生活に困ったら尻尾くれよな。

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