05.ウバメの森

だから森は嫌いなんだよなぁ!

「二輪車乗り入れ禁止かよ…」

次なる町を目指し、ウバメの森を通過しようと足を踏み入れた私は、早々に待ち受けていた試練の前に、片膝をついて項垂れている。入口付近に堂々と掲げられた看板を見て、満タンにしたガソリンが悲しく揺れるのを感じていた。

ポケモンが驚きますので、二輪車の乗り入れは禁止致します。

非情な立て看板を張り倒したい衝動に駆られる私の名はレイコ。ニートになるため生まれた女だ。

古今東西どこにでもあるダンジョン、それが森である。
森がある事は別にいい。問題は森を通る以外に道がない事と、原付をすっ飛ばしてさっさと通過できない事の二点だ。ポケモンに配慮する心意気は御立派だが、人間への配慮ももう少し何とかしてもらえないか?って感じである。

なんでこんな鬱々とした暗い森を徒歩で行かなきゃなんねーんだ?ぼちぼちの距離あるぞ。コガネに行く年寄り子供は絶対不便でしょ。
そう簡単に都会へは行かせないというゲーフリの意思を感じ、私は苛立ちながら歩き続けた。明日の筋肉痛が確定した事への悲しみ、もはや何をもってしても癒す事はできないだろう。ジョウトに来てからボロボロの私の精神は、この森と共に滅びていくかと思われた…。
そんな時である。地獄でもがき苦しむ私の元に、一本の蜘蛛の糸が垂れてきたのは。

ちょうど中間地点まで差し掛かった頃だろうか。こんな森のド真ん中で、見知った子供の姿を見かけた気がした。最初はつらさのあまり幻覚を見ているかと思ったけれど、近付くほどに鮮明になっていく事から、現実であると実感する。

あれは…あの荒野に咲く一輪の花のように、人々を勇気づける清らかな存在は…!

たまらず駆け出し、君はこんな樹海にいるべき人間じゃないでしょ!?と似つかわしくない状況に戸惑わずにはいられない。

「ヒビキくん!」

私は疲れた足の事など無視し、一目散に少年の元へと疾走した。この人気のない危険な森で佇んでいたのは、ワカバが生んだ奇跡、ヒビキであった。
まさかの場所での再会に驚き、よく一人でこんなところまで来るよな…と勇気ある彼に衝撃を受ける。マジでやばい奴とか潜んでそうじゃん。変質者に会ったら雑巾臭いマリルにちゃんと守ってもらえよ。

もちろん私は変質者ではないので、無害な顔して近付いていくと、こちらに気付いたヒビキくんは笑顔で手を振ってくれた。あのクソガキツンデレDQNに傷付けられた心が癒されていき、これでやっと成仏できる…と呪縛から解放されていく。

これだよこれ!この真っ当な人間性を見ろ!ゆるキャラのような愛らしさで世界を平和にするヒビキくんの凄さ、ノーベル賞を差し上げてもいいレベルだと思うわ。
人格破綻者に出会いすぎるあまり、まともな少年が聖人に見える呪いを受けている私は、ヒビキに優しく出迎えられただけで、涙の一つも流せそうな状況である。情緒不安か。

「レイコさん!こんにちは」
「こんにちは。こんなところで何してんの?」
「じいちゃんの家に行く途中なんです。いま森の神様にお祈りしてたところ」

他人と挨拶を交わせる事に文明人として感動し、菩薩のような笑みで彼の返答に頷いた。この物騒なシルクロードも、ヒビキくんにとっては日常的に使用しているルートらしい。田舎者のたくましさに私は震えた。
すごいなジョウト人。森を普通に公道としてる事に何の違和感もなく生きていられるとは。新たな道路を作る事ができない田舎の財政難に世知辛さを覚える中、ふと何気なく発せられたヒビキの言葉に、気になるキーワードがあったので、私は思わず復唱する。

「森の神様?」

なんだそのやばそうな奴。いかにヒビキくんといえど嫌な予感しかしないわ。
君にはそんなやばい単語を発してほしくなかった…と偶像崇拝する私のことなど知る由もないヒビキは、森の中に佇む小さな祠を指差し、慣れ親しんだ様子で教えてくれた。

「この祠に神様が祀られてるんだ」
「へー…」

物知りなヒビキくんに感心しつつ、私は祠を凝視する。
なんか豪勢な百葉箱って感じだな。観音開きの扉には鍵もかかっておらず、古そうなわりに傷みは少なくて、何とも不思議な気配のする祠だ。こんな場所にぽつんと置かれてるのに、森との一体感が半端じゃない。
何を司る神様なんだろ。私だったらこんな森のド真ん中に祀られたら一生呪うけど、森の神様っていうくらいだから草木の神なのかもな。ともかくせっかく神頼みのチャンスを得られたので、私もヒビキにならい、手を合わせてお祈りをする。

もはや森の神でも草木の神でも又吉イエスでもいい、どうか私のニートを叶えてくれ…!卵を押し付けられてもクソガキに絡まれても我慢してきた、つらく悲しい日々にも耐えてきたんだ、もう…ゴールしてもいいよね?それが無理ならとりあえず卵なんとかしてくんない?私の肩凝りが過去最高を記録してしまう前に!

一心不乱に祈っていると、私の熱心なシンパぶりを見て感銘を受けたのか、ヒビキが補足情報を告げてきた。聞きたかったような聞きたくなかったような事実に、秒で宗旨変えしそうである。

「森の神様は、実はポケモンだって言われてるんだよ」

うそ…ここまでのやり取り、もしかして長いフラグだったの…?

衝撃的な新事実に、私は閉口した。ヒビキくんは知ってることを伝えたに過ぎないだろうが、ニートへの夢を抱えて生きる私にとっては、残酷すぎる展開である。

罰が当たってもいいから今の発言をなかった事にしてくれと天に祈り、しかし結末は変わらない。祠を取り壊したい衝動を堪える私は、涙を飲んで上を見上げた。

ポケ…ポケモンなの?森の神様がポケモンって事は、記録しなきゃならないっていう事なのでは?
途方もなさに私の心はついに死んだ。いや誰が決めたんだよそれ!本当にポケモンか!?ソースは!?誰か見た奴いんのかよ!?ガセ情報が独り歩きしてるだけなんじゃないの!?
信じたくないあまり、私は祠を一周し、情報の真相を探ろうと躍起になる。

い、いない…ポケモンなんて…いないぞ…!祠の中から音もしないし、やはり神というくらいだからそう簡単には会えないのか…?じゃあどうやったら会えるんだよ〜もう嫌だよ〜帰りてぇ〜!

挙動不審に百面相する私は、泣いても笑っても解決しない現実に打ちひしがれた。
ないわ…ありえねぇ。だって神様だぞ。私なんかの前に現れてくれると思うか?いくら私が史上最強超絶美少女だからって、ニートという欠点を抱えて生きる身…そんなクズを神が救ってくれるとは思えないよ…主人公でもない限り…いや主人公だったわ。

意外と何とかなりそうな気がしてきた私は、とりあえずこの件は忘れようと現実から目を背け、ヒビキと共に森の出口へ向かった。
鬱になるばかりであったが、ウバメの森を熟知しているヒビキくんと一緒なら迷う事もなさそうだし、気も紛れるから、まぁ総合的にはプラスになった…かもしれない。森の神様がポケモンっていう今世紀最大のマイナス情報持ってきたのもこいつだけどな。つら。

しかし捨てる神あれば拾う神ありとはこの事で、何気なく尋ねた事が、思いがけずチャンスを掴んだりするものである。

「ヒビキくんのお爺さんってコガネに住んでんの?」
「コガネっていうか…町はずれで育て屋さんをやってるんです。もしかしたら珍しいポケモンいるかも」
「それを早く言え。是非ご挨拶させていただきたい」

事情が変わった。
珍しいポケモンと聞いてスルーできるほど、私の図鑑集めの旅は順風満帆ではないため、重かった足取りがタンポポの綿毛よりも軽くなる。やはりヒビキくんは救世主だったと確信し、森の神様の件も、本当にどうにかなりそうな気がしてきた。

まさに天国から地獄、いや地獄から天国だな。育て屋なら成金のボンボンが珍しいポケモン預けてる可能性あるし、運気が向いてきたんじゃねーか?
拝んだ甲斐あったぜ、と不在の神様に感謝し、この調子で記録もさせてくれますように…と祈る私は、その願いが微妙な形で叶う事を、まだ知らないのであった。

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