06.コガネシティ

都会。それは夢の都。
日本三大都市の一つであるジョウトのコガネシティは、ヒョウ柄の服を着たマダム達の巣窟である。

巣鴨で見た事があるような光景に懐かしさを感じ、その足で実家の父に電話をかけては、家にいるにも関わらず直留守にされる…娘の安否を気にもしない薄情さに受話器を叩きつけたりもした、そんな雨の御堂筋。
たこ焼きは美味しいし、物価は安いし、デパートは広いし、観光地もたくさんあるし、やっぱ好きやねんってやしきたかじんが唄っていた気持ちも今ならわかる、それが大都会コガネシティであった。

コンビニすらないワカバから、ずっと田舎道を走ってきた私にとって、コガネは天国以外の何物でもなかった。
マジで限界集落だったからな、やっと人が住むに値する土地に来たって感じだよ。
早々に田舎町をディスる私であったが、その罰でも当たったのか、幸せはそう長く続かなかった。遠野なぎこの結婚生活のように。

楽しく都会観光をしていられたのも、コガネジムに挑むまでの事だった。
ノーマルタイプの使い手であるジムリーダーのアカネは、ミルタンクのころがるで数多のプレイヤーにトラウマを植え付けた女だろうけど、私も例外なく、心に深い傷を負ってジムを後にするはめになってしまった。勝負はもちろん秒で勝ったが、秒で勝ちすぎたために、なんと、大号泣されてジムを追い出されてしまったのだ。

…この地獄絵図、おわかりいただけるだろうか。
そりゃ互角の善戦だったならまぁ悔し泣きくらいあると思うよ。ジムリーダーとはいえ一人のトレーナー…いかに達観した人間であろうとも、感情を捨てる事はできない、それは納得できる。

でも号泣って何!?私が泣かせたみたいじゃん!いや泣かせたけど!でもカビゴンで一方的にボコボコにしたらさぁ!いじめ感あるっていうか!?悲惨な感じがするでしょ!真剣勝負なのに心苦しくなるでしょうよ!
やめてほしい本当。ジムリーダーなんだからせめてバッジくらい渡してくれよ。責任ある仕事だろ。無職の私が仕事を語るはめになるんだからもう全てが地獄だよ。

仕方ないのでほとぼりが冷めた頃にもう一度行き、何とかバッジはもらえたけど、二度手間やら心労やらで踏んだり蹴ったりである。せめてもの救いは先に観光をしていた事かな…アカネ事件のあとだったら疲れからか何もできず黒塗りの高級車に追突してたところだよ。

こんな恐ろしい街はさっさと出よう、と逃げるようにコガネを出発した私は、道中ノリで虫取り大会に参加したり、変な木のポケモンに水をかけたりしながら、エンジュシティに辿り着いた。ガヤガヤしたコガネから一転して、落ち着いた雰囲気のある都会であった。

エンジュも有名な観光地だからな…歴史的に価値のある建築物は、大概の学生が修学旅行で足を運んだことだろう。サスペンスでもお馴染みの地だし、そしてここにもポケモンジムがあるわけなんだが…今度は大丈夫だろうな…不安すぎるよ…。
完全にアカネにトラウマを植え付けられた私は、とりあえず英気を養おうとポケセンで休養を試みた。もう何もしたくない。心挫けたもん。虫取り大会優勝賞品の太陽の石を売り払って遊ばなきゃやってられないよ。

溜息と共にポケモンセンターへ足を踏み入れた私は、この瞬間、かつてのトラウマもフラッシュバックするのを感じた。走馬灯が流れ出し、カントーの旅路が脳内再生されている時、ポケモンセンターにいたとある人物と目が合う。

「あ」

思わず声を上げてしまい、私は慌てて口元を押さえた。しかし、時すでに遅しである。相手もこちらに気付くと、近付いてくる雰囲気があったため、とりあえず私は足早にセンターから出た。全てを見なかった事にし、深呼吸して気持ちを落ち着ける。

いま何か知り合いが…いや、気のせいだろう。何だか見覚えのある天パの男がいたような気がするけど、でもそんな奴はどこにでもいるし、きっと別人に違いない。私は自分にそう言い聞かせ、さっき見た光景を幻覚と断定した。
アカネ騒動で疲れてるもんな、とりあえず先に太陽の石を換金してこよう。それがいい気がする。

再び原付に跨って、しかし他人の空似もあるもんだ…と現実逃避をしていたところで、残念ながらよく似た別人などではない事が実証された。私を追って天パの男がポケセンが出てくるのを見た時、やっぱご本人登場か…と落胆する。全てを諦めた瞬間であった。

「おいおいおい!」

ヘルメットを被ろうとした私からそれを奪い取り、やかましいコガネ弁の男は早々に文句を垂れた。

「逃げる事あらへんやろ!」
「あ、どうも…マサキさん…ご無沙汰してます」
「やめんかい他人行儀な!」

コガネ弁の奴は鬼門だ。耳を塞ぎたくなるような号泣のあとに、またしてもガヤガヤうるさいタイプの人間に出会ってしまい、疲労で私の目からは光が失われていく。なんでお前がここにいるんだ…と項垂れ、己の不運を嘆いた。

追ってきたのはポケモン界のインテリ要員、ポケモンマニアの変人ことマサキであった。
穴久保版では既婚者のマサキさんじゃありませんか、とメタい嫌味を投げ、三年振りの再会を喜び、いや悲しみ合う。

普通に懐かしくて月日の流れにびびったわ。もう三年も経った?あのやばい出会いから?

マサキといえば、ポケモン預かりシステムを開発した、若き天才スーパーエリート天然パーマである。
私とは三年前に無駄にフラグを立てて折ったりした仲だが、あの衝撃の出会いは、アカネから受けた心的外傷と互角に渡り合えると言って差し支えないレベルの恐怖だっただろう。だってドア開けたらいきなり喋るポケモンいたんだからな。こんちは!僕ポケモン!トラウマなんだけど。

確かマサキはハナダのカップル岬に住居を構えていたはずだが…それが何故こんなところをうろついてるんだ?タイミングの悪い奴だぜ…と目を細め、こいつと関わるとろくな事がないので、私は何とか切り抜けたく、適当な世間話でお茶を濁した。

「…なんでジョウトにいんの?」
「わいの実家コガネやねん」
「ああ…出戻りか…」
「やかましいわ!そういうレイコは?また研究か?」

普通に言い当てられたので、私は無気力に頷いた。
いいよな、そっちは悠々自適な実家生活、一方の私は苦行の一人旅…羨ましい限りだよ。理想の生活を送るマサキへの妬ましさはピークに達し、これ以上話すとソウルジェムが濁りかねないため、一秒でも早く立ち去りたい気持ちに駆られる。

ていうか…また研究?とか言うけど、お前と行ったハナダの洞窟でミュウなんてもんを見つけちゃったせいでこうなってんだからな?あの新種っていうか絶滅種の再発見が原因でオーバーワークだとかわけわからんいちゃもん付けられてこのザマなんだよ!
クソ…思い出したら悲しくなってきた…どうして私がこんな目に…。テンションが地の底まで落ちている私とは裏腹に、マサキはのん気に笑えないジョークを飛ばしてきたので、思わずこの拳が光って唸るところであった。

「いやーしかしこんなところで会うとは、やっぱレイコとわいは運命の赤い糸で繋がってるんやろな!」
「それを断ち切ろうとして逃げたんだけどね」

相変わらず軽口を叩くマサキが地獄に落ちたら、釈迦が差し伸べた蜘蛛の糸も私が断ち切ろう、そう思わせる苛立たしさであった。ぶん殴るぞ。
お前の冗談に付き合ってる暇はない、と再びヘルメットを被ろうとして、またしてもそれをマサキに止められた私は、今度こそ本当に殴りかけたけど、最後の理性がそれを抑え込んだ。しかし返答次第では歯の数本が飛んでいく事を覚悟していただきたい。

「待て待て待て!」
「なんだよ!」
「なぁ、どうせ暇やろ?今ちょうど仕事終わったとこなんや。うちまで送ってくれへん?」
「…はぁ!?」

これは前歯真っ二つコースだな。振り上げた拳をメットでガードするマサキを睨み、私は歯を食い縛る。とんでもない事を言い出した天パに、驚きすぎて戦意も喪失してしまった。

え、ま、まさかの…アッシー!?この私を!?このポケモンニートレーナーのレイコをですか!?
図々しいにも程があるコガネ人を、私はドン引きの眼差しで見つめた。
いやお前いい加減にしてくれよ。リーグチャンピオン、カントー図鑑制覇、新種発見までしたこの私をアッシーにしようだなんて本気でございますか?そんな…深い仲だったっけ?ただの知人じゃない?友人かどうかも怪しくない?
ポケモン屋敷とハナダの洞窟をちょっと命懸けで探索したくらいで友人面だなんて…厚かましいぞ天然パーマ!せめてストレートにして出直してきな!私はいま地獄のコガネから脱出してきたところなの!もうあそこへは戻りたくないんだよ!

絶対に嫌ですという態度を取り、ヘドバンくらいの勢いで私は首を左右に振った。

「暇じゃねーし!」
「この間までニートしてたんとちゃうんか」

おい何で知ってんだ。人の機密情報をどうしてお前が知ってるんだよ!しかもこんな公共の場で言うな!

秘密を握られていると知った私は焦り、うっかり人を殺してしまった時のように冷静さを欠いた。そして漏洩の相手はさらざんまいではなくうちの父だと気付き、本当に余計なことしかしない男を全力で呪う。

あのクソ親父…!絶対あいつだ、マサキとは大学OB同士とか言ってたし、なんかいつの間にか連絡取り合ってたから間違いない…!プライバシーも何もあったもんじゃねぇ。必ず殺そう。生かしておく意味を感じないわ。
娘がニートなんて末代までの恥をよく他人に喋れるな…と我が父ながらドン引きし、私は屈辱に耐えながら、震える手でヘルメットを奪い返す。

最悪だよ。インテリのマサキには知られたくなかった、私が社会の何の役にも立たないクズだという事実を。
考えてもみろ、預かりシステムの開発なんて、どう考えても社会貢献度ヒエラルキーの頂点だろうが。ニートと知られていなければまだ私も、セキエイリーグチャンピオンという肩書きで互角に渡り合えたかもしれないが、こうなってしまっては力の差は歴然…。偉ぶれなくなった無職の私は、アッシーを断れるはずもなく、血の涙を流して予備のヘルメットを渡した。権力に敗北した瞬間である。

「暇ではない…けど…初乗り八百円になります…」
「旧友から金取んのかい」

だから別に友達じゃねーよ。会うのまだ四回目だろうが。
まだ四回にも関わらず謎の濃さを感じる私は、本来人が乗るべきでない荷台にマサキを乗せ、渋々地獄のコガネへ引き返すのであった。
これではっきりわかったね。ジョウトに安寧の地、無いよ。

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