「にしても久しぶりやな。何年振り?二年?」
「三年だよ」

道中、会っていない期間…つまり私のニート期間を尋ねられたので、即答しながらハンドルを切る。すっかり日が沈んだ夜道を、天パの男と星を見ながらドライブっていうのもなかなかオツ、なわけがないので、テンションはダダ下がりであった。

何をやってるんだろうな私…こんな事のために生まれてきたわけじゃないのに…どうしてアッシーなんか引き受けているのだろう。自問しながら信号を見つめ、赤が青に変わるのを待つ。その間、三年もニートとか嘘やろ…とマサキが引き気味に呟いたので、肘鉄を二発喰らわせておいた。永年が三年に短縮されまくった私にその話題はタブーであった。振り落すぞ天パ。

私の激怒が伝わったのか、マサキは取り繕うように口を開くと、また適当なお世辞を並べ立てる。

「まぁ中身はあんまり変わってへんけど、レイコちゃんもちょっとは大人っぽくなったっちゅーか、成長したっていうか?」
「つまり見違えるほどキレイになった…と?」

都合良く解釈し、それもこれもストレスのないニート生活のおかげ…そう、よって美貌の秘訣はニートなんだ!と私は声高らかに叫びかけた。

確かに輝いていたよ、少し前の私は。一日を無駄に過ごす事でこれ以上ない充足感を得ながら、堕落以外の全てを排除し、その結果手に入れた玉のような肌、輝いた瞳、艶やかな髪質…。あの頃は幸せだった。しかし今の私はどうだ?
擦り傷!切り傷!ボサボサの髪!死んだ魚のような目!見違えるほど老いたわ!平子理沙のように!その話はやめろ。

慰めなら止してちょうだい…と首を振り、三年前から全然変わらないマサキを妬みながら、私は相手の反応を待った。
見違えたとか自分で言うんかい!とコガネ人なら意気揚々とツッコミを入れてくるに違いない。私はフルハウスみたいな、ドッ!ワハハ!のサウンドエフェクトの準備までばっちりしていたのだが、意外にもマサキは本当にコガネ人なのか怪しすぎるマジレスをしてきたため、拍子抜けしつつも、ちょっとだけ照れた。

「ほんまにそれや。一瞬誰かわからへんかったし」

お、おい…何だ急に…こっちが惚れてまうやろ!って突っ込むところだったじゃねーか。

思いがけない反応に、私の安全運転が脅かされそうである。碇シンジに母さんみたいと言われて、何を言うのよ…と照れた綾波レイのような心境になり、どうしたらいいかわからないまま無言を貫いた。コミュ障すぎだろ。

まぁあなたの三年と私の三年は大きく違うでしょうからね…そうなっても無理はないかもしれない。私はマセガキだった当時の自分を思い返し、子供の成長スピードを考えたら、一瞬誰だかわからなくてもおかしくはないと結論付けた。
そりゃそうだろ、ビックリマンシール集めて喜んでいたようなガキも、三年経てば色気づいてバーチャルアイドルに夢中になるように、私も大人になったのだ…まだまだ少女だが、心身共に成熟しつつある…あんなに可愛い女児がこんなに美しい乙女になっていたら、そりゃマサキも感嘆の息を漏らしますよ。
当然の反応だったな、と天狗になり、それはそれとして話題は逸らした。きれいになる水とか売りつけられたらたまんねぇからな。

「今って…家族と一緒に住んでんの?」
「ああ…母親と妹とな。また近くに寄ったら顔見したって。妹もレイコに会いたがってるし」
「何でだよ。美貌の最強トレーナーを拝みたいってこと?」
「そんなわけないやろ」

おい。さっき肯定した事を秒で否定すな。

「ポケモン屋敷とハナダの洞窟の話がほんまに評判ええねん!レイコのおもろい話、もっと聞きたいんやと」

お断りだよ。人の恐怖体験を面白おかしく語るなトラウマ男。
死にかけた時のことを笑い話にするマサキの感性についていけず、私は溜息をついた。これだからマッドサイエンティストは嫌なんだよ…とドン引きし、今日こいつと出会ったのが街中だったのは不幸中の幸いであったと強く感じた。

どっかのダンジョンで会ってたら絶対同行コースだったでしょ。マジで無理だわ。この人間違いなく騒動を呼び込むタイプの人間だからな、そして私も同じタイプだからつまり二重に地獄なんだ。こうしてる間にも何か起きるかもしれず、私は警戒心を極限まで上げて原チャリを走らせた。
そんなこちらの思いなど知らず、マサキはのん気な事ばかり言うので、もはや無条件に肘鉄を食らわせたくなってくる。

「あん時は楽しかったなぁ。またどっか連れてってーな。せや、実はエンジュの東にスリバチ山っちゅーのがあって…」
「行かねぇよ!」

殺す気か!
最後まで言い切られる前に、私は即否定の言葉を投げた。記憶喪失を疑うマサキののん気さに、いっそ恐怖さえ覚えてくる。

いや死にかけましたよね!?ハナダの洞窟にホイホイ入っていったらミュウツーにサイキネぶっ放されたのお忘れですか!?私の記憶が改竄されてる!?確かにこの小説やたらめったら修正入るけど、でもさすがにあの事件は無かった事にはならないからな!

とにかく絶対行かないから、と突っぱねる私に、マサキはやれやれみたいな態度を取ると、溜息まじりにこちらの顔を覗き込み、ニヤつきながら指を差してくる。一体どんな人生を送ってきたらこんなに腹立つ顔ができるのか、是非とも教えてもらいたいもんだな。

「そんなこと言うて…本当は楽しんでたやろ?」

肘で小突かれ、もう一歩で殴りかけるところだったけれど、信号が変わったためにマサキは一命を取り留めた。お前の命は私が握っているのだから発言には気を付けていただきたい。
どうやら死にたい疑惑さえあるマサキに、お前さては馬鹿だな?と言いかけて、私は口を閉ざした。実際マサキが馬鹿ではないのは、奇妙な冒険の時に痛感済みだからである。

全然楽しくなかったし終始うるさいから置いていこうかとも思ったけど、でもあの複雑構造のダンジョンをすらすら進めたのは、マサキがインテリだったおかげなので、何だかんだで私は感謝していた。
あの恐怖体験があったからこそミュウツーも記録できたわけだしな…よく考えたら死にかけなのはいつもの事だし、日常となんら変わりなかったような気もしてきた。危険な旅ばかりしてきたせいで感覚の狂ってしまったレイコであった。

とはいえ本当に楽しくはなかったから。これは苦行の旅なのよ。ニートになるために耐え忍んでる修行なの!楽しんでる暇などないね、と鼻を鳴らし、そう言おうとしたが、何故か私の口から出たのは、真逆の言葉になるのだった。

「…まぁ、ちょっとだけ」

頭で考えた事が本心なのか、口から出た事こそ本心なのか、もはや私にもわからない。真実は神のみぞ知るって感じだが、マサキを付け上がらせる発言だったと後々気付き、私は盛大に後悔した。

何を言ってるんだ私は…実際楽しかったとしても言うな。いや別に楽しくなかったと思うけど言うなよ。そんなこと言ったら、せやろ?せやろ?せやろ?せやろ?って永遠に言ってくるだろこのコガネ人は!うるせぇ!

失言にも程がある…!とかつてないほど自分を責めるも、意外にもマサキは静かだった。ここぞとばかりに付け込んでくると思っていた私は、あまりの静寂に、まさか知らないうちに道路に落としちゃった…?と恐る恐る振り返る。

うそ…確かにこの荷台…人が乗ったら絶対やばいなって思ってたけど、でもまさか落ちるなんて…!落としたいとは思った、でも落とすつもりなんてなかったのよ!本当なの!信じて!
免停だけは嫌!とマサキの心配より自分の心配をする私であったが、ちゃんと後部座席にマサキの姿はあり、びびらせんなよ!と本当に突き落としたい衝動に駆られる。

びっくりしたー!もう!気配を消すな!常にやかましい奴が急に黙り込んだら驚くでしょ!やめてくれ!
紛らわしい!とキレていれば、やっとマサキは反応を示した。何故か照れ笑いを浮かべ、どうして今日は互いにデレ合うという地獄みたいな事を展開してるんだ?と再三引かずにはいられない。

「…わいツンデレに弱いねん」

別にいらねぇよその情報。
三年振りに会って距離感をはかりかねるとかコミュ障にも程があるでしょ。私は溜息をつき、いやでも本当は全然楽しくなかったんで…としつこく念を押すのだった。

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