07.焼けた塔

新しい朝が来た。希望の朝だ。
無責任な事を言ったが、本日行く予定の場所はエンジュの焼けた塔なので、そんなところで希望を見つけても何だかなって感じである。絶望よりいいけど。とりあえず昨日より幸運な日である事を祈るわ。

風水的にも鬼門と出ていたコガネシティをあとにした私は、一度足を踏み入れたエンジュシティに再びやってきて、塔の前で仁王立ちしている。

全く昨日は災難続きだったよ…小さな疲労が蓄積していく出来事が多かったね。目まぐるしく変わる展開についていけない老害になってしまったという事なのか、何となく疲労が抜けないままに、私は新天地へ赴いている。

とりあえず気を取り直して記録に行こう。ジム戦は…あとでいいや、怖いから。アカネのトラウマを忘れられない私は現実逃避し、記録対象エリアに入っている焼けた塔まで遥々足を運んだまではよかったのだが。

「立ち入り禁止…ですか?」
「はい。事故防止のため、一般の方は…」

黄色いテープの貼られた塔の前で、私は呆然と立ち尽くす。

この焼けた塔という場所は、まぁつまり塔だ。そしてつまり焼けたんだ、百五十年前にな。
火災で焼け落ちたものの、修繕もされず半端な状態で残っており、その滅びの美学的な外観もまた人気で、観光名所の一つとなっているのだが、なんと事故防止のため中は立入禁止なのだという。
警備員に門前払いされた私は、そうはいっても記録しなきゃならないので、ニートVS仕事の仁義なき戦いを繰り広げざるを得ない。

いやまぁ普通に火災現場だからな、そりゃ入れないだろ。馬鹿でもわかるわ。外に居ても伝わるこの圧倒的崩壊度、私だってできたら足など踏み入れたくはない、そう思うレベルだからね。

しかしここには野生ポケモンが住みつき、独自の生態を形成しているかもしれないとあっては、行かないわけにいかなかった。
ていうかここも対象エリアって事は、どうにかこうにかして入れるはずなんだよな…ハナダの洞窟もそうだったが、条件を満たせば侵入できる場所が多々あり、この塔だって例外ではないはずである。一般の方は無理だと警備員が言うならば、私が一般人でない事を証明すればいいわけだ。

そう、つまりクッキングバトル…ではなく、トレーナーカードの提示である。

困ったときはこれを見せると、事態が大きく飛躍するのだ。水戸黄門の印籠のようにね。
こちとらセキエイリーグチャンピオンだぞ、と偉ぶりながらカードを提示したところ、それまで動かざること山の如しだった警備員が、驚いたように目を見開いた。まさかそんなにびっくりされるとは思わなかったので事情を聞くと、トレーナーカードにもランクがあるらしく、中でも私のはオーキド博士からの認定を受けているので、かなり融通の利く地位みたいだった。
世界的権威のパワーを受けて無敵状態の私は、通してくれた警備員に礼を言い、いかにオーキド博士が素晴らしい人であるかを痛感する。

すげーなオーキド。このカードさえあれば大抵の施設には入れちゃうらしいよ。私みたいなニートによくこんなもん授けるよな、警戒心の低さにも驚きを隠せないぜ。
まぁ孫の教育も杜撰な人だからな…と遠い目をし、博士が悪い奴に付け込まれない事を祈りながら、補強されている扉を開けた。焼けた塔がどれだけ焼けてるか見物だぜ、なんて軽い気持ちで入ったはいいが、想像以上の火災現場に、私の足は一度止まる。

うわ。廃墟じゃん。もう帰りてぇな。

その名に相応しい焼けっぷりは、私の心を折った。

焼けすぎでしょ。なんで逆に取り壊さない?絶対危ないだろうが。よく百五十年も無事だったな。
床も天井も完全に焼け落ち、野ざらし雨ざらしで風化の限りを尽くしたって感じである。それでも元の大きく立派だった跡は残っており、ポケモンが住みつくには充分な広さがあった。

結構でかい塔だったんだな…なんか昔は超巨大鳥ポケモンが飛来したとかいう伝説も残ってるみたいだし、焼けてさえなければエンジュ随一の観光名所になっていた事でしょうね。
入れたのはよかったけど…でもこう広いと記録が大変だ…。私はカメラの電源を入れながら、足場に気を付けつつ一歩踏み出すと、そんなニートを不審に思う人物から声をかけられる。

「君は…?」

下ばかり見ていて他人の存在に気付かなかった私は、不意に話しかけられた事に驚き、思わずカメラを向けてしまう。レンズ越しに目が合った人物を見て、さらに驚く事となった。

うわ!イケメン!

「ここは関係者以外立ち入り禁止になっているんだが…」
「あ、す、すいません…」

話しかけてきたのは、パツキンでやたら顔のいいチャンニーだった。突然のイケメンの襲来に、喪女の私はテンパりまくって、咄嗟に謝罪から入ってしまう。何も悪い事してないのにな。

び、びっくりした…廃墟とイケメンとか厨二が好きそうな要素詰め合わせかよ…興奮するじゃねーか。
目の保養にしている場合じゃないので、私は慌ててトレーナーカードと言う名の印籠を見せつける。まさか人がいるとは思わず、完全に面食らったが、よく見たら奥にももう一人いて、何だか派手な格好にこっちが不信感を抱いた。

…え?あの遠くから近付いてくる奴…色味すごくないか?美川憲一みたいなんだけど。

イケメンの背後から近付くもう一人の男に気を取られつつも、とりあえず怪しい者ではないアピールだけは欠かしてはならない。堂々と背筋を伸ばし、やましい事など何もないとイケメンに知らしめた。

「失礼、私…こういう者です」

イケメンがトレーナーカードを確認している間、私も謎の男たちをチェックした。テンパって身分を明かしてしまったが、こいつらだって充分怪しいものである。

話しかけてきた顔のいい男は…紫のバンダナを巻いたタレ目のイケメンだ。返り血でも浴びたのか?って柄のマフラーを身につけ、塔の探索には相応しくないごく普通の格好をしている。一般人は入れないような場所にわざわざ来ているのだ、大体は調査とか何らかの作業で訪れるだろうに、どう見ても普段着なのは妙である。

誰なんだろう。焼けた塔に男が二人きり…何も起きないはずがなく…って事か?隠れハッテンスポットだった可能性に慄き、しかしこれは全年齢のゲームだと思い出して、考えすぎか…と安堵の息を漏らす。
それよりも気になるのはもう一人の男の方だ。

近付けば近付くほどに、その異質さは浮彫になっていく。金髪の知り合いなんだろう。横に並んで私のトレーナーカードを覗き込むその男もまたイケメンだったけれど、何故か衣装がタキシードなのである。しかも紫!コナンなみの蝶ネクタイ!その上マントも装備!どう考えても何かがおかしい!絶対動きにくいでしょこんな場所で!

な、何なんだこいつは…。まさかドラゴン使いか?もはやその格好が正当である理由はそれ以外に思いつかないぞ。
顔が妙にいいところも不気味だぜ…。もしかして関わっちゃいけない系だったのでは?と遅すぎる気付きを得たところで、金髪はトレーナーカードの効力に納得し、感心したような声を上げた。

「そうか、君はオーキド博士の知り合いなんだね。ここへは研究で?」
「あ、はい。ポケモンの記録を手伝ってまして…差し支えなければ塔の中を撮影させて頂ければと…」

見た目に反して、金髪の男は態度も口調も穏やかだった。物腰の柔らかさにすっかり気を許し、不審がっていた事も忘れ、私は腰を低くする。

なんだ、わりといい人っぽいぞ。そっちのタキシードが怪しすぎるから類友かと思ったが、少なくとも変人ではなさそうだ。
ポケモン界一ヤンデレ需要がある男と知らない私は、素敵な笑顔を向けられ、ますます気を良くした。ろくな奴に会ってないせいで、少しまともな人間に出会うと警戒心が地まで下がるレイコであった。チョロすぎだろ。

「構わないよ。と言っても…僕がここを管理しているわけではないんだけど」

しかし、直後にその考えを改めさせられる事となる。

「僕はマツバ。エンジュのジムリーダーだ」

ジ。
ジ…ジム…リ…?

その言葉に、さすがの私も身構えた。無自覚に後ずさり、アカネの泣き声が脳内で響き渡るのを感じて、たまらず頭を押さえる。

ジ、ジムリーダー…!?うっ、頭が…!
わざわざジムを後回しにした甲斐なく出会ってしまった私は、己の運命力を呪った。これが主人公の力だと神に告げられ、ゲームフリークへの憎しみを募らせる。

どうりで…どうりでキャラデザがあると思ったよ…!明らかにモブと違う顔面偏差値に、私は拳を握った。
次のジムもやべぇ奴だったら立ち直れねぇなって思って面倒な記録を優先したのに…何故よりによってここで会うんだ…!廃墟だぞ!廃墟でジムリーダーに会う確率とかどう考えても天文学的だろ!致命的な運の悪さを呪う私だったが、まだ地獄と決まったわけじゃないと気を強く持ち、爽やかなイケメンを見つめる。

そうだよ、マツバさん…って言ったか、この人はアカネとは違うから!負けてもきっと泣いたりしないし、ハヤトやツクシみたいに、さっとバッジを渡してくれるタイプに違いない!私は己に言い聞かせ、アカネの方がレアケースなのだという事を思い出す。

大丈夫…何だかすごく親切そうだし。やっぱ隣のタキシードが怪しすぎるから疑っちゃったけど、同行者なんて関係ないね。彼がどういう人間か、それを見極めるのが大事でしょうよ。
ポケモン勝負になった途端豹変とかしませんように…と祈り、そんでジムリーダーが何故こんな辛気臭い塔にいるんだ?と首を傾げていれば、彼はすぐに答えを寄越した。有能なNPCだった。

「友人のミナキくんがスイクンを探しに来ているので、ついでだから一緒に塔の事を調べてるんだ」

ついでで調べられる塔の憐れさはさておき、マツバは気になっていた隣のイケメンをようやく紹介してくれたので、私は自然とそちらに視線を向けた。

ついに来たな、タキシード仮面。仮面ではないけど。
白マント、紫タキシード、赤蝶ネクタイというどこから突っ込めばいいのかわからないこのイケメンの名は、ミナキくんというらしい。友人なのにファッションの系統が違いすぎるのだが、オタクのオフ会か何かだろうか。
邪推する私へ、意外にもミナキくんは丁寧な挨拶をしてくれたから、見かけによらずまともな人かもしれないと心を入れ替えた。求められるがまま握手に応じ、このとき白い手袋まで身につけている事に気付いて、どんだけ着込んでんだよと再び不信感が舞い戻る。

「私はミナキ。スイクンという名のポケモンを探して旅をしている。君は?」
「レイコといいます。あの…スイクンとは一体…?」
「よくぞ聞いてくれた!」

ミナキクンなのかスイクンなのか知らないが、その辺の説明を求めた瞬間、好青年かと思われた男は豹変した。私の両手を取り、身を乗り出すと、テンアゲ気味にスイクンの事をべらべらと語り出したではないか。同時に私の脳内で、高らかにホイッスルが鳴り響く。

あ、アウト!現行犯です!

私はすぐに手を払い、いやこっちのイケメンやばいから!とミナキとマツバを見比べる。
何この落差は!?マツバはこんなに親切なのに、ミナキは服装通り変な奴じゃん!やはり見た目が全てを物語っていたと理解し、第一印象で抱いた直感こそ大事にするべきと痛感する。
じきにアウトデラックスに出演するに違いないな…と引き気味に目を細め、逆にこいつをここまで興奮させるスイクンって何者なんだよと恐怖した。教祖系ポケモンか?大川隆法総裁的な…?
幸福のニートに入信している私へ、ミナキはスイクンへの熱い思いを吐露する。

「スイクンは素晴らしい!透明感、しなやかさ、そして瑞々しさ…あの神秘的な姿を一目見たら、二度と忘れられやしないだろう」
「へー」

雑な相槌を打つと、急に素面に戻ったようにまとも事を言い出し、二人はやっとここにいる理由を私に打ち明けてくれた。

「この焼けた塔にはスイクンに関わる言い伝えがあるんだ」
「いわゆる伝説のポケモンってやつさ」
「ああ…なるほど…」

なんだ、ただの伝説キッズか。カプ・テテフとか霊獣ランドロスとかを惜しみなく使うタイプね。

「エンジュには昔からスイクン、エンテイ、ライコウという伝説のポケモンにまつわる言い伝えがある。エンジュのジムリーダーはきちんとその事を知っておかなければならないんだ」

ご丁寧に説明してくれたマツバに頷き、それでわざわざ調べに来てるのか、と納得した。
彼はジムリーダーとしてポケモンの歴史を学びに、そしてご友人はスイクンの手がかりを求めて遥々やってきたと。マツバのわかりやすい解説は大変ためになり、そしてミナキのわかりづらいスイクンへの愛は大変重かった。お前は一体何なんだよ。

謎の伝説厨はさておき、ジョウトにも伝説のポケモンが存在する事を知ってしまった私は、もちろんテンションを下げ、これ見よがしに肩を落とした。

あれか、カントーで言う三鳥みたいなやつか、スイクンエンテイライコウって。また三体もいるのかよ…怠すぎるだろうが…。
伝説のポケモンとは、いわゆる一種につき一体しかいない貴重なポケモンの事である。しかも強いし、いつどこで出会えるかわからないというリアルガチャシステムなので、実質私のニート化はこいつらを記録できるかどうかにかかっていると言っても過言ではない。

カントーでは運よくファイヤーサンダーフリーザーに出会えたものの…今回はガチでわかんないからな。私もミナキくんと一緒にスイクンを探し求めるはめになるかもしれないし、正直馬鹿にしてもいられないのだった。

こういう時こそ主人公パゥワーで三匹まとめて記録とかさせてくれたらいいのに…。叶うはずもない望みを抱き、この属性のせいでいつも困った事になっている分が、たまにはいい方向に働いてくれよと祈ってみる。
何もいい事ないよ主人公なんて。変人にしか会わないもん。サトシみたいに第一話で必ず伝説のポケモンに出会うくらいのグッドラックがたまには訪れてもいいのにさぁ。伝説に会ったら会ったで危険な目に遭っているため、不運ばかりに見舞われるこの身を悲しく思う。

まぁ…しょうがないか。この世界にたった一匹ずつしかいないんだもんな。それを三匹まとめてノーリスクで記録できるなんて、そんな美味い話が…。

「私はここにスイクンがいると聞いてやってきたのだが…」

あるんかい。

「え!ここに!?」

フラグの秒回収に、さすがの私も驚かずにはいられない。本気で期待していなかった反動でテンションは爆上がりし、かつてない興奮に襲われた。

マジで!?本当に!?嘘だったらガチで殺すからな、塔からの転落事故に見せかけた殺人ショーの幕開けになる覚悟があっての発言なんでしょうね?

そんな覚悟があるわけもないミナキは、半信半疑の私にさらりと頷くと、後方に空いた大穴を指して、さも当然のように言い放つ。

「そこの床に空いた穴から地下室を覗いてごらん。スイクン達が見えるだろう?」

言われてすぐに、私は中央にある大穴の元へと近付いていった。そこら中穴だらけだったが、確かに一際大きな空間の存在には気付いており、これドラクエ6の幻の大地じゃなかったんだ…と目を細める。

床下じゃなくて地下室まであったのか、本当に広い塔だな。感心しながら覗き込むと、彼の言う通りポケモンのような何かが三者三様にくつろいでいて、しかし遠すぎてよく見えず、図鑑のセンサーも届かないようだった。もっと近づかないと無理か、と舌打ちし、画質ばかり上げて感度の向上を怠った技術者たちに怒りを燃やした。ちゃんと現場の声を聞いてくれ。

ズーム機能を駆使してもいまいちわかりづらいが…何か信号機カラーのポケモンが見えなくもない…スイクンだけじゃなくてライコウとエンテイもいるって事なんだろうか。本当にそんなラッキーがまかり通っていいの?ガチだとしたら悪魔に魂を売ってでも絶対ここで記録したいんだが。

血眼になる私は辺りをうろつき、半周してもやはりセンサーの届く場所はなかったため、どうやら下に降りるしかないみたいだ。

これ…行かせてもらっていいかな?もしくは図鑑を投げ入れて読み込みだけでもさせていただきたい。必死か。
マツバはともかく、ミナキくんはスイクンに入れ込んでるみたいだけど、見知らぬイケメンに気を遣う義理はないし、私は私のニートが大事なんでね、たとえ何と言われようと記録はさせてもらうが…さすがに勝手な真似に出るのもどうかと思うので、一応二人の元へ戻っていった。二人が何かする予定なら、私も混ぜてほしいという魂胆もあった。

ポケモン見えたよ〜的な顔をしてミナキの傍へ行くと、彼も彼で悩んでいたらしい。スイクンを見つけたはいいがその先は考えていなかったようで、穴を見ながら腕を組んでいた。

「見えました。透明感と瑞々しさというと…あの青いのがスイクンですかね」
「その通り!」

少ないヒントから三択問題に正解すると、ミナキはテンション高々にガッツポーズを掲げた。推しに興味を持ってもらえて嬉しいオタクのような姿に引きつつ、ノーリアクションでやり過ごす。

「下へおりていってもいいんだが、彼らはすぐにどこかへ走り去ってしまうんだ。私は何度も試しているからね…」

試したのかよ。どうやら想像以上にやばい奴だったらしいな。

私はミナキからの告白に、さすがに距離を取って真顔を作る。何度も試すくらいスイクンを追い続けているという驚愕の事実は、他者への執着など抱いた事のない私にはドン引きどころの話ではなかった。

マジかよ。つまり筋金入りのスイクンストーカーってこと?怖すぎじゃねーか。伝説ポケモンの苦労を知り、地下室でひと時の安らぎを得ているスクインへの同情が止まらない。

スイクンを追って旅をしてるとは言ってたが…こういう状況を複数回経験してるくらいにはそれを続けてるって事ですよね?健やかなる時も病める時も、雨にも負けず風にも負けず追い求め…近くへ行っては逃げられ、追いついたと思ったら逃げられ、そして今日に至る…と。

追われる方からしたらたまったもんじゃねーな。そんだけ逃げられてるって事は嫌われてんじゃね?やめてやりなよもう…いい大人なんだから…。私はスイクンに肩入れしながら、同時に見返りがあるかもわからない状態で夢とロマンを追うミナキに感心して、とにかく感情がごちゃごちゃである。

いや、もういい、考えるのやめよう。スイクンもミナキクンも私には関係ないんでね、好きなだけ追いかけっこをしてるが良いわ。そんな事より記録である。
あなたはスイクンを求めてひた走っているかもしれないが…私にも夢中で追うものがあるのだ。そう、ニートである。

あの三匹がミナキの言うように走り去ってしまう前に、私は何としても図鑑へ読み込みを完了させたい。
だって次いつ会えるかわからないんだろ?大事な大事なアタックチャンスを逃すわけにはいかないぜ。児玉清顔で二人を振り返った私は、彼らが特にノープランなら勝手に動かせてもらおうと、カメラを片手に装備し尋ねた。

「ここって…自由に歩き回っても大丈夫ですか?」
「ああ。足場が悪いから気を付けて」
「野生のポケモンも出るからな。あとあんまりスイクンを刺激しないように!」

優しいマツバと、スイクン厨のミナキから離れて、私は穴の周りを慎重に歩いていった。妙な二人組から離れられた事にホッとし、ひとまず自由の身を喜ぶ。

イケメン相手だと気を遣って大変だぜ…。しかしジムリーダーとポケモンストーカーか…謎すぎる組み合わせだったな。性格も違うし何で友達なんだろ?ムロツヨシと小泉考太郎くらいミスマッチなんだけど。
まぁ変人とはいえ悪い人ではなさそうである。だからきっと私が記録のためにうっかりスイクンを逃がしちゃったとしても、許してくれるに違いない。

悪いが私欲のために近付かせてもらおう、と己の欲望のままに突き進む私は、その罰が早々に当たる事を、今はまだ知らないのであった。

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