08.エンジュジム

優しくしてもらったからといって、手加減をするわけにはいかない。常に全力、一瞬も手を抜かず相手を叩きのめす、それが私のプライド、そして優しさだ。単にみねうちの技マシンを持っていないだけとも言う。

焼けた塔を攻略した私は、エンジュジムで怪しいイタコだか祈祷師だかを倒しまくり、真っ暗な床を歩きながら、踏み外すと入り口に飛ばされるという意味不明なシステムの施設を進んでいた。複雑構造だったとはいえ明るいコガネジムから一転、いかにもゴーストタイプな雰囲気を纏ったエンジュジムは、マツバの好青年イメージを崩しかねないだけの不気味さがあった。

勘弁してほしいな本当…いくら何でも暗すぎじゃない?
足元が全く見えない中を、かすかな灯りを頼りに進む状況は、不穏どころの話ではなかった。加えてイタコが問答無用に勝負を仕掛けてくるし、その辺のお化け屋敷より余程ホラーである。施設の怖さで挑戦者を淘汰するのはやめろ。

よくこんなジムに毎日いられるよな…私だったら気が狂うわ…狂わないという事は、つまりマツバは…?いや、やめよう。こんなやべぇジムに常駐していてミナキくんみたいなやべぇ友達がいるとしても、それはマツバの人柄を否定する理由にはならないから。ほとんど懇願に近い気持ちでそう言い聞かせ、ようやく最奥に辿り着く。

暗闇に映える金髪は、焼けた塔で会った時とは違って見え、この世ならざる美しさすら感じ、私は息を飲んだ。自分がいるのがジムなのか、それとも黄泉への入口なのか…感覚が曖昧になる。ここ本当に大丈夫か?大麻とか燃やしてんじゃね?

ハイになる前に勝負をつけるか…とイケメン具合も軽くホラーなマツバに近付き、そんな私の姿に彼も気付いたようで、手をあげながら微笑みを浮かべてくれた。シャブやってなくてもハイになりそうな顔の良さであった。

「君か。よく来たね、レイコちゃん」

違った、こいつの存在自体が喪女にはシャブだったわ。

衝撃のあまり、私はマツバに応える事もできず、その場で立ち尽くした。これまでの人生が走馬灯のように蘇り、駆け抜けていったクソガキ達を振り払いながら、甘美な響きの余韻に浸った。

レイコ…ちゃん!?ちゃん付け!?
おい!だの、お前!だの、呼び捨てだのされてきた私にとって、その呼び名は反則級に効果抜群であった。しかもイケメンから呼ばれた事も相まり、もはや気分は有頂天である。大麻最高〜。

お化け屋敷かと思ったが…どうやらここは天国だったらしいな。ときメモで親しくなると突然名前呼びをしてくるイベントに弱い私は、一瞬でチョロい女と化し、デレデレしながら一礼する。
やっぱり年上の男の人って…落ち着きがあって素敵だわ…なんて調子のいい事を考えていたけど、ヤクをキメている場合ではない。私はここに大麻の吸引に来たわけじゃない事を思い出して、勝負師としての顔を作った。

危ねぇ。うっかり我を忘れるところだった。目先のイケメンに惑わされてんじゃねーぞ喪女ニート。好感を持つと叩きのめすのが申し訳なくなっちゃうからやめなさいよ。ただでさえゴーストタイプの技はノーマルタイプのカビゴンの前では無力なんだから…。すでに負け確のマツバに同情する気持ちを封殺し、私は力強くボールを握った。

萌えてる場合じゃねぇ、と真剣な表情で相手を見つめれば、マツバもジムリーダーの顔になり、右手にモンスターボールを握りしめる。

「挑戦しに来てくれて嬉しいよ。伝説のポケモンは君に興味を持ったようだからね」

私じゃなくてカメラな。スイクンが見てたの、4K対応のソニーの最新カメラだから。
一度文明の利器に触れたらあとはもう堕落一直線だろうね、スイクン。カメラの便利さに気付いてしまった以上、インスタのない生活には戻れなくなる事でしょう…と勝手に末路を想像し、ひとまず曖昧に笑っておく。
否定するのも面倒だし、伝説のポケモンがカメラに靡くという神々しさの欠片もない事実を伝えるのも何だかしのびなくて沈黙したが、どうやらその判断は間違っていなかったようだ。マツバは戦闘前の小話を語り始めると、さすがミナキの友達と思わせるやばさを見せつけてきたのだった。

「ここエンジュでは、昔からポケモンを神様として祀っていた」

あー。そっち系の人だったか〜。

私は思い知らされた。所詮はキャラの濃いポケモン界、癖のない人間など存在しないという事を。
よりによって宗教側だった事が発覚して、私は思わずマツバから一歩引いた。何となく嫌な雰囲気を感じ取っていたとはいえ、それでも心優しい普通のイケメンと信じたかった私は、その結末を残念に思う。

いや薄々勘付いてはいたけどな。エンジュには伝説ポケモンに関する逸話が多いこと、ジムリーダーとしてその辺りの知識が必要と言っていたこと、そしてこのスピリチュアルなジムに常駐していても平気な事などから、マツバもポケモン信仰に絡んでいる可能性は、充分にあると感じていた。

でもよりによって伝説ポケモン信仰か〜!凄まじい力を持ち、時には人やポケモンを救ってくれるけれど、気まぐれで脅威にもなる伝説を推すっていうのは、並の精神力じゃないし結構な重責だと思うよ!何より神頼みなどしない現実的なニートの私とは、究極的に相性が悪い!
信じられるのは己だけ…という気持ちで生きる私は、エンジュがどの程度信仰心のある地域なのかを探りつつ、でもゴーストタイプのジムだからマツバもきっとオカルト側だな…とついつい冷静になってしまうのだった。諦めてんじゃねーよ。

「そして真の実力を備えたトレーナーの前に、伝説のポケモンは舞い降りる。そう伝えられている…」

引き気味の私などお構いなしに続けるマツバの言葉で、私は引いてる場合ではない事態に気付き、ハッと目を見開く。

え?いま…真の実力者の前に伝説ポケモンが現れるって言った?
てことは…伝説のポケモン、まだいるってこと?

三匹の狛犬を記録して余裕をブチかましていた私は、改めて旅の難易度を痛感し、途方に暮れた。

はー!?マジかよ!エンジュやばくね?そんなに伝説のポケモン抱え込む事ないだろうが!今すぐ他の地方に差し上げて!うちじゃもう飼えないでしょ!
そりゃマツバも信仰するわな…と群馬県民にとっての上毛かるたのように根付いた風習を憂い、私は盛大な肩透かしを食らった気分だ。もはや彼がオカルトマニアだろうがどうでもいい…とテンションを下げ、度重なる伝説トークに胃もたれ気味である。

そういやウバメの森でも似たようなこと言ってたじゃん…祠に神様を祀ってるとか何とかって。
無宗教の私はジョウトの土地柄についていけず、そしてマツバの話が本当であるならば、記録は絶望的なのでは?と気付いて、ますますテンションが下がっていく。

だって伝説のポケモンは、真の実力を備えたトレーナーの前にしか現れないんだろ?どう考えても私じゃねぇだろ。そりゃ勝負の腕前は世界最強かもしれないが、伝説のポケモンともあろうものが人格を無視するとは考えにくい。つまりいくら強くても、クソニートの私では無理ってわけ。詰み。ポケットモンスターハートゴールドソウルシルバー、完。

冗談抜きで閉幕を感じる私へ、マツバはさらに畳み掛けるようトークを続けた。そしてそれは、オカルト担当としての真価を発揮するような、恐ろしい告白であった。

「僕はその言い伝えを信じ、生まれた時からここで秘密の修行をしてきた。そのおかげで、他の人には見えないものも見えるようになった…」
「み、見えないものが…?」

意味深に揺れた蝋燭の光に怯え、そして引いた。出会って間もない少女にそんな事をぶっちゃける人間を、恐れない方が異常であるからだ。

み…見えないものって…なに!?BUMPが望遠鏡を覗き込んでも見えなかったものが、お前には見えた…と?
天体か幽霊を観測しているらしいマツバの衝撃発言は、しばし尾を引いた。それってどういう意味?と問いかけたくなるも、聞くのも怖い気がして、というかこのジムの雰囲気を見たらわかる事である。こんだけ祈祷師揃っててリーダーのお前だけゼロ感だったらびびるわ。逆にな。

じゃあマツバの後ろに青と黄色のパジャマを着た彼と瓜二つの人間が見えるのも幽霊…!?と黒歴史を掘り返しながら、天体観測の結果を頼んでもないのに聞かされた。

「僕に見えるのは、この地に伝説のポケモンを呼び寄せる人物の影…」

未来予知まであんのかよ…じゃあ私が一年後ニートできてるかも見てくれないか?

「僕はそれが僕自身だと信じているよ」

すでにマツバの心証は変わりつつあったが、この瞬間、何の非の打ちどころもないイケメンなど存在しないという事を、しかと学んだ。やっぱりオタクのオフ会だったんじゃないか!とマツバとミナキの関係を察し、私は項垂れる。

つまりあれか、お前もこの地に舞い降りる伝説のポケモンを求める人間…言ってしまうと伝説厨のフレンズなんだね!?

単純にエンジュに伝わるポケモン信仰の話をしているのかと思いきや、伝説のポケモンを呼び寄せるために生まれた時からここで修行をしてきた事を語られ、その重すぎる人生に、私は閉口するしかなかった。伝説厨とは言ったけれど、その一言で済ますには情報量が多すぎて、ろくな反応もできなかった。

マジかよ。生まれた時からってやばくない?歌舞伎役者じゃん。運命付けられた生い立ちに何と言ったらいいかわからず、ただ立ち尽くした。

だってもしそのポケモン呼び寄せられなかったらどうすんの?まぁ私のニートドリームも同じようなもんだけど、でもこっちの図鑑記録の旅にはポケモンの意思とかは関係ないわけで、私が勝手に探して記録すれば済む話だからな、まだマシだと思う。努力した分成果も得られるし。

でも…マツバのその修行は、報われるかどうかわかんない事じゃないか。伝説のポケモンに好かれなければ成し遂げられないというかなり局地的な夢は、幼少期から追ってきた分、挫折した場合は余計につらいだろうと感じる。本当につらい。なんかつらくなってきた…叶わないかもしれないと思いながら生きるのしんどくない?私は無理だな。待ち続けるとか性に合わねぇ。
だけどマツバはそれをずっとやってんだ。子供の頃から今日まで。

自分とは対照的な男に感慨深い気持ちを抱き、しかしマツバの生き生きとした眼差しを見ていたら、私のしんどさも少し軽減されていく。ゴーストタイプ使いとは思えないポジティブな姿は、素直に応援したい気持ちを芽生えさせた。

まぁ…とりあえず頑張ってくれ。お前が伝説のポケモンを呼んでくれたら私も記録できるし、超絶ラッキーだもんな。是非ともお願いしたい限りである。私のカスすぎる人格じゃ呼び寄せるとか絶望的だしさ。いやこんな話聞いたらもうマツバに呼び寄せてもらわないと胸が痛むんですけど。本当に何故この話を私にした?主人公だから?把握。

「そしてそのための修行、君にも協力してもらおう!」

意気込みを語ると、激重人生トークは終了したようで、マツバはようやくボールを投げた。まだ長い話が続くと思って油断していた私は、慌てて図鑑とカメラを取り出し、ゴースト技無効のカビゴンを申し訳なさげに繰り出す。

マツバの修行には協力したいし、伝説のポケモンを呼べたらいいねって思うのも真実なんだけど、残念ながら…私では修行相手に相応しくないと思うんだよな。頼もしすぎるカビゴンの背中を見ながら、わかり切った勝敗について考えると、胃を痛めずにはいられない。

「…お付き合いしますけど、大した修行にはならないと思いますよ…」

だってすぐ勝つからね…。
ゆめくい以外にカビゴンにダメージを与えられない悲しきマツバから目をそらし、私は勝ったのに何故か切なさを覚えてしまうのだった。
ノーマルタイプくらい対策しとけよ…!

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