ツンデレ氏と絶妙な距離を保ちつつ、私は薄暗い灯台をひたすらに進んでいた。徒歩で。長い階段を、である。
もちろんエレベーターはあるよ。あるけど、何故か今は使えないらしい。大人の事情かゲームフリークの事情か知らないが、6階まであるこの建物を徒歩で登り続けるというのは、あまりにも過酷すぎやしないだろうか。しかも4階から一回落ちて3階からまた進むという意味不明な順序を辿らないといけないみたいだし。狂ってるのか?

アサギの外れにあるこの灯台は、連絡船運航のため、日々ポケモンの灯りで暗い海を照らしているのだという。
中は広く入場無料、見学自由で野生のポケモンは出ないが、血に飢えたポケモントレーナーが勝負を仕掛けてくるという謎の施設だ。プレイヤーのレベリングのためにある以外、説明のつかない施設なのである。ただでさえ徒歩で疲れてるのにカメラを構えながらジェントルや船乗りを蹴散らすという苦行は、もはや私には耐えられそうもなかった。というか灯台の耐震強度が耐えられるのか、このカビゴンの地響きに。段々怖くなってきたので勝負はお断りし、代わりに前方でツンデレが戦っているのを撮りながら進む事にシフトチェンジしたのが数分前の事だ。
普段は鬱陶しいだけのツンデレ…今日くらいは私の記録活動に貢献していただき、日頃迷惑をかけられている分を取り返させてもらおうじゃねーの。人を煽ると後ろから篠山紀信に戦闘映像を狙われるという事を学んで帰っていただきたいわね。

最初は後方腕組み篠山紀信に心底ウザそうな顔をしていたツンデレだったが、前へ進むしかない一本道に全てを諦めたのか、挑んでくるトレーナーを淡々と蹴散らす機械と化していた。そうやってひたすらに上を目指していくうちに段々とトレーナーは減り、非常に静かな空気が我々の間に流れ始めていた。気まずい沈黙とも言うが、先に耐えかねたのは意外にもツンデレの方で、足は変わらず進めながらも一瞬振り返り、私のカメラに視線を向けた。

「…そんなに撮ってどうするんだ」

珍しくまともな会話を振られた事に私は心の底から驚き、危うく階段を踏み外しそうになって、見事なイナバウアーを決めるはめとなったのだが、この時の腰のダメージといったら若い彼には計り知れないものがあっただろう。マジで危なかった今。一歩間違えば次に会う時はコルセット姿だったかもしれねぇ。年頃の女をおどかすんじゃねーよ。健康に勝る財産はないって知らないのか?

「…別に変な事に使うわけじゃないからね。うちの父が研究職だから…ポケモンの撮影をやらされてるだけ」

決して変態的な性癖で撮影に及んでいるわけではない旨を主張し、そして何もかも本意ではない事も付け加えた。篠山紀信が仕事で写真を撮っているように、私も仕事をしないために仕事をしている、ただそれだけ。それがプロ。全部紀信と同じなのよ。全然違うだろ。

プライバシー保護のためポケモンしか撮影していませんよと映像を見せながら、肖像権で訴えられる事のないよう細心の注意を払っている事を主張する。
すると私の話を黙って聞いていたツンデレは、さほど興味もなさそうに一瞥くれたあと、また振り返らずに歩き始めた。世間話もできない上に微塵も興味ないなら聞くんじゃねーよと後を追い、しかしまた足を止めたツンデレのせいで、私も再び立ち止まる。どっちかにしろ。喋るか黙るか、止まるか歩くか。いや止まるんじゃねぇ、歩け。一度止まったらなかなか歩き出せない、それが運動不足ニートなのだから。
何故か急に俯いたツンデレは、何やら思い当たる事でもあったのか、意味深い事を呟き、手にしていたボールを強く握りしめる。

「…親父がろくでもないなら、子供も同じで当然か」

誰がろくでなしブルースやねん。こいつ頭おかしいと思ったらやっぱ親父も頭おかしいのか…って噛みしめて足を止めたってこと?うるせぇよ。何も否定できないからやめろ。親はサイコパス、母は放浪、娘はニート。おっしゃる通り終わってるんだようちの家庭は。言い返せない事でディスってくるのはやめるんだ。

大体お前も人のこと言えんのかよ?と言いかけて、ツンデレの顔を見た私は、何となくその言葉を発するのはやめておいた。彼も絶対普通の家庭で育ってはいないという確信めいた何かがあったからだ。
わかる、頭おかしい家庭の者は同じく頭おかしい家庭の人間を嗅ぎ分ける能力があるからね。あとセレビィイベント見たからね。きっと彼にも何か複雑な家庭事情があるのだろう。逆に真っ当な家庭で育ってこの性格だったらやばすぎるだろ。親の顔が見てみたいわ。いややっぱいい、見ない方がいいという直感が私を貫いていく。
いま一番見たいのは親の顔じゃなくてエレベーター復旧の文字だけだからな…とまだ先がある事に絶望し、痛む膝を引っ張ってカメラだけは構え続けるレイコであった。紀信っていうかもう戦場カメラマンの方の執念だろこれ。

  / back / top