やはり、どこからどう見ても民家である。

民家だよな、ウツギ研究所。間近に立っても感じるその民家感に、私の不安は爆上がり中だ。
古民家カフェじゃないんだからよ…もうちょっと何とかならなかったか?あのマサラのド田舎にあるオーキド研究所でさえ外観から研究所である事は推察できたのに、こっちはどう頑張っても判別できない民家っぷりであった。

一応ウツギ研究所って看板立ってるから、間違いはないんだろうけど…ワカバに住んでるヒビキくんもそう言ってたし…でもなんで民家なんだ…このそこはかとない自宅を改造した感…もしかして貧乏なのだろうか。ノーベル賞受賞者でさえ資金がないと発言する時代である、ジョウトの片田舎に引っ込んでる博士なんてもっと金がないのかもしれないが、それにしたって…。延々と繰り返されるループに何とか終止符を打ち、私は顔を叩いて気合いを入れた。

考えたって仕方ねぇ。民家なんだからもうどうしようもないじゃん。どこであろうとポケモン研究はできる、そういうメッセージなんじゃねーか?知らんけど。やっぱ怖いからちょっと窓から覗いてみよ。

小心者を披露する私は、一階の窓に近付こうと研究所を迂回した。父曰く、ウツギ博士も有名な人らしいけど、オーキド博士ほどメディアに出てるわけじゃないし、そもそもあの親父の言う事は信用ならないから、とりあえず一目見てから判断したいところであった。

中の雰囲気だけでもわかれば…とこそこそ角を曲がった時、驚いた事にそこにはすでに先客がいた。家人と鉢合わせた泥棒の絶望感ってこういう感じか、と知りたくもなかった事を理解し、そして私はそもそも泥棒ではない。ていうか、どっちかというとこれは家人側の立場になってるのでは?

窓に張り付いている人間を見つけ、私は硬直するしかない。まさか同じ事をすでにやっている奴がいるとは思わなかったため、想定外の事態に思考は停止した。

え、誰。
なんで研究所覗いてんだ?

覗こうとしていた私が言うのも何だが、完全に不審者である。じっと窓を見つめたまま微動だにしないそいつは、ヒビキくんと同じくらいの少年であった。

いやマジに誰だよ。怪しすぎるんだが?私こんな怪しい事しようとしてたの?絶対捕まるからやめるわ。
おかげで心を入れ替えられた事はよかったけれど、進む事も戻る事もできず、私は板挟み状態に苦しむ事となる。どうしよう、と冷や汗をかくばかりだ。

YOUは何しに研究所へ?覗き?確かに第二次性徴期に差し掛かればいろいろ興味は出てくるかもしれないが、たとえ中年のおっさんが相手であろうとも覗きは犯罪行為だよ。全く同じ事をしかけていた自分を棚に上げていると、とうとう少年は私に気付いてしまった。
怪しいニートの気配に勢いよく振り返り、驚きに目を見開く。赤く長い髪が揺れ、悪すぎる目つきで瞬時に睨まれた。カタギには見えない顔つきに、私は思わず肩をすくめる。

おいこんな凶悪な顔のガキを全年齢ゲームに出していいのか?悪の組織の方のキャラデザじゃないの?
ガキとはいえ謎の威圧感にびびり、咄嗟に後ずされば、なんと相手はずかずかと近寄ってくるではないか。さっきまでこそこそ覗いていたかと思えば、今度は堂々たる出で立ちに、ますます困惑が募った。
そして私の前に立つと、やはり吊り上がった目で睨み、声を荒げて罵倒する。

「…何だよ。人の事じろじろ見てんなよ!」

ある意味正論を告げながら、少年はそのまま私を突き飛ばした。初対面のガキにいきなり暴行された精神的衝撃と、肩を押された物理的衝撃で、私の意識も体も後方へ飛んだ。エビも驚くバック走行であった。
想定外の事件が起きすぎて、さすがの私もパニックとなり、とりあえず研究所の表まで戻ってくるしかなかった。やっと冷静になれたのは、小走りで上がった息を整え終わった時である。
憎たらしい少年の顔を思い出し、私の中で怒りの炎が烈火の如く燃え上がった。

はぁ?何だあのクソガキ!じろじろ見てんのはお前じゃねーか!
ヒビキ天国から一気にクソガキ地獄、やっぱ子供なんて大抵の奴がろくでもないと思い知った。マジで意味わからん。何故私が突き飛ばされなきゃならないんだ?確かに裏手に回って窓を覗こうとした事は不審だったかもしれない、だからってド突くことないだろうよ!ニート入り前のうら若き乙女だぞ!

腹立つわーとキレ散らかし、勢いで研究所のインターホンを押した。
全く何なんだあいつ…この町の子か?研究所の敷地にいたって事はまさか博士の御身内?お前…ガキの教育もできない奴がポケモン研究なんてしてる場合かよ。
己の家庭にでかいブーメランを突き刺しながら、そういえば研究所の横に子供用のチャリが置いてあった事を思い出し、という事はやはり博士の息子か、と結論付けた。

あんなガキがいるってどんな博士なんだよ?マジで不安しかない。どうしよういきなり怒鳴られたら。パワハラを警戒してボイスレコーダーでも持って行くべきだろうか…と思案しながら待つ私だったが、チャイムを鳴らしたというのに出迎えが現れず、何から何までクソすぎる現状に、いい加減ブチギレた。

もう!どいつもこいつもふざけやがって!まとめて粛清してやる!
私は怒りに任せて扉を開け、ようやく疑惑のウツギ研究所へと足を踏み入れた。古民家カフェでも古民家研究所でも何でも来い!とやけくそ状態であったが、意外にも中は普通に研究所であった。

オーキド研究所同様、安定のリノリウムの床には研究機材や本棚が並べられている。外からは絶対にわからないほどガチの研究所で、ますますあの外観の理由がレイコにはわからなかった。

ええ…?研究所だわ普通に…ジョウトではこういう建築が定番なのか?他県の常識がわからない私は呆然と立ち尽くし、そして考えるのをやめた。もうどうでもよかった。
まぁ…いいか、ちゃんと研究所だったし。あちこちから機械音が聞こえる以外は静まり返った室内で、誰か人がいないものかと私は声をかける。

「こんにちはー…」

虚無に向かって挨拶をすれば、すぐに人がやってきた。人いるじゃねーか!とチャイムを無視する怠慢に憤り、私は渋い顔をする。
どう考えても聞こえてただろ。壊れてんのか?頼むよ本当…いろいろあって傷付いてるからさくさく進ませてくれ…。
傷心の私を出迎えたのは、ドット絵からでもすぐにモブだとわかる白衣の男性だった。人のよさそうな笑みを浮かべると、私の正体に気付いたようなリアクションをする。

「あ!こんにちは!もしかして…」
「カントーから来たレイコですけど…」

出身と名前を名乗れば、白衣男はすぐに奥へ通してくれた。ウツギ博士がお待ちかねですよ!と優しげに笑っていたが、身分をきちんと確認せずに私のようなニートを通すセキュリティの杜撰さ、そろそろ指摘していきたいと思う。

オーキド研究所の時から思ってたけど…初対面の人間が顔パスで入れるってどういう事なの?極秘の資料とか絶対あるよね?そうでなくてもプライバシーポリシーとかあるよね?
別にD・N・ANGELの丹羽家なみのセキュリティを期待しているわけではないが、常識的に考えて、最低限鍵はかけておいた方がいいと思う。無断で入れてしまった事を嘆き、これだから田舎は…とまた延々と地域ディスを展開した。懲りないレイコであった。

私が怪しい者でなかった事に感謝するんだな、と上から目線な感情を抱きつつ、モブ助手について行くと、そう広くない研究所の最奥に数秒で到着し、そこで待たされる事となった。
今さらだけど手土産とか持ってこなくてよかったのかな…。手ぶらで来るとはいい度胸やんけ!ってキレられたらどうしよう…あの息子の父親だし…。そう考えた時、私はハッとして窓の方を見た。

そういやあのクソガキが覗いてたの、この部屋だ。ウツギ博士のデスク!
何が面白くてこんなところ覗くんだよ…と窓に視線を向けると、すでに少年の姿はなかった。怪しいニートが研究所付近をうろついていたと大人に言いに行ったのかもしれない。いや違うんだって!怪しいのは私よりも民家風研究所なんだってば!

一人で勝手に焦っていたら、後ろの方から足音が聞こえてきた。同時に名前を呼ばれ、私は反射的に振り返る。

「レイコさん!」

テンション上げ気味に私を呼んだのは、短めの白衣を着た眼鏡のおっさんだった。冴えない顔の中年で、これまた形容しづらい髪型をしている。どう見てもモブ顔だから、また助手か?と私は適当に一礼した。

「待ってたよ、いやぁお父さんにはいつもお世話になっててねー」

その言葉に、父の知り合いが挨拶しに来たのだと察して、私は愛想のいい娘を演じた。こんな田舎で働いてるモブとも関わりあるの?てかうちの父もモブ同然なんだからモブとモブの交流の話なんか聞いて何が楽しいんだよ。どうでもいいからウツギ博士出してくれんか?と願っていれば、それは直後に果たされる事となる。

「初めまして!僕がウツギです」
「え!?」

お前かい!顔がモブすぎるだろ!
適当にドット打った助手だと思い込んでいたのがウツギ博士と知り、私は驚きのあまりフリーズした。だってどう見てもモブだからだ。

え!いやモブでしょ!?だって何も…何も特徴がない…!
せめてものキャラ付けとして装着された眼鏡の奥で、優しげな瞳が光っていたが、私は笑えなかった。顔も薄ければ威厳もない、まるで勤続十年なのに大きな仕事を任される事なく空気のように生きるサラリーマンのような風貌は、博士を自称するには貫禄がなさすぎた。

これが…ウツギ博士…?本当に?
どう見ても冴えないリーマンにしか見えず、あのオーキド博士の有名人オーラのあとだと、どうしても霞んで見えてしまう。

そうですか…あなたがウツギ博士…まぁあんまり威圧的な博士だとこっちも委縮しちゃうし、これくらい親しみやすい方がむしろいいのかもしれないな。年齢もうちの父やオーキド博士よりも若そうなので、それだけ優秀だという事だろう。
見た目で判断するのはよくない…と気持ちを改め、庶民派の博士に改めて一礼した。そうだよ、私のように美しい少女がまさかのニートというパターンもあるんだ。パッと見民家の研究所もあるし、外見だけではわからない事がこの世にはたくさんある、そういう事だよね!ハム太郎!へけっ!

実際は見た目から無職が漂っている事はさておき、私は一応トレーナーカードを提示しつつ挨拶をした。出身はヤマブキ、所持ポケモンはカビゴンと心の中にハム太郎を飼っているニートです。大好きなのはひまわりの種と金と堕落。よろしくお願いします。
などと言えるわけがないので、コミュ障は名前を告げるのみである。

「どうも…レイコです」
「噂は聞いてるよ。カントーのポケモン図鑑を完成させたんだって?そんな優秀な人に研究の手伝いをしてもらえるなんて、心強いよ」
「いや…それほどでも…」

あるけどね。どう考えてもある。

褒められて機嫌を良くするチョロい私であったが、それも博士があるものを取り出すまでであった。
世間話もそこそこに、ウツギ博士は引き出しから厳重にロックされた箱を取り出すと、何やら鍵をガチャガチャやって蓋を開ける。三年前に散々見慣れたはずのそれは、科学の力によりさらなるグレードアップを経て、私の元へ舞い戻った。
やはりお前か。また…会えたね…もう二度と会いたくなかったけど。

「それではレイコさん!早速このポケモン図鑑を君に渡そう!」

出た出た、日吉の演武テニス。私はお馴染みの機械を受け取り、またこいつと寝食を共にする生活が始まるのかと思ったら、テンションを落とさずにはいられなかった。

ついに貰ってしまったか…ポケモン図鑑。三年振りの手触りに、懐かしいやら恨めしいやら複雑な心境だ。
ニートしてたらあっという間に過ぎ去ったこの三年で、科学はさらなる進歩を遂げた。その集大成がこの新型ポケモン図鑑である。
カラーリングや形は前回とそう変わらないが、さらなる薄型化に成功し、どんどんでかくなるiPhoneとは真逆の道を歩んでいる。バッテリーは最長48時間充電いらずで、超望遠ズームを使えば遠く離れたルージュラの毛穴もしっかり映るカメラ機能も搭載だ。ポケモン図鑑とは一体何だったのか、その概念を私は問いたい。

「…ありがとうございます」

礼を述べつつも、私の心には闇が広がっていた。何故カントー図鑑をコンプしたのにまたこんな事をしなくちゃならないんだろう。この三年間問いかけ続けた疑惑が、再び私を襲い来る。
つらい。これを受け取ったとして、本当に今度こそニートになれるのか?またはぐらかされたら、ただ損して終わるだけだぞ。うら若き乙女の青春をこんなものを持って草むらを駆け抜けて過ごすだなんて…絶対に何かが間違っている。毎日家でだらだら過ごす日々こそが正しいはずなのに…。いやどっちも間違ってるな多分。

虚しくなってきたところで、用も済んだしさっさと出ようと私は図鑑をしまった。これをもらったら長居は無用、今晩の宿も探さなきゃだし、とっとこんなド田舎からは撤退するに限るぜ。
鬼門でしかないワカバタウンから逃げ去りたい私は、それじゃ…とウツギ博士にさよならを教えようとした。お前の図鑑はスカイライナーの如く超スピードで完成させてやるから安心してくれ。そして私もハイスピード隼ニートになる。まさにウィンウィンってやつでしょ。
だから引き止めるなよ!と踵を返せば、それがフラグだったと言わんばかりに、ウツギ博士の慌てた声が飛んだ。主人公とはやたら引き止められる生き物だという事を、改めて痛感するレイコであった。

「ああっ!ちょっと待って!」

あー出た出た。なんかそんな予感してたもん。ワザップにも載ってたし。
わざわざ私の前に回ってまで引き止めてきたウツギ博士に免じ、素直に足を止めた。博士って草むらに入ろうとするのを止めたりする生き物だからな、一応覚悟はしてたよ。憎いけど。
まだ何か言い足りないらしいウツギ博士は、引き止めたわりにまどろっこしい態度で苦笑を浮かべる。早くしてくんない?という態度を全面に出していたら、何故か合掌し、お願いのポーズをした。あざとい中年だった。

「申し訳ないんだけど、個人的にお願いしたい事があって…」

そうか。お断りだよ。

心の中では強気でも、自分より地位の高い相手には強く出られないクソニートである。普通に嫌だったが、渋ってても面倒なので聞くだけ聞いてやる事にした。しょうがねぇ、サインならさっさと書いてやるから早く色紙持ってきな。誰もいらねぇよ。

「実はヨシノシティの北にポケモン爺さんの家があって…そこに行ってほしいんだよ」

意外ッ!それはおつかい!
てっきりインスタにあげる写真でもお願いされるのかと思ったが、まさかの誰にでもできる用事を言いつけられ、私は己の才能が腐っていくのを感じた。

はぁ?どういう事だよ。なんで私のような最強ニートレーナーがそんなやばい名前の爺さんのところに行かなきゃならないわけ?雑用にもほどがある頼みに渋い顔をし、いかにウツギ博士のお願いといえども承りたくない案件だった。

まずヨシノシティがどこなんだよ。隣町か?そんなの息子にでも行かせろよ…あの全然似てない息子にさぁ。もしかして超絶反抗期だから頼めないのか?父親と喧嘩中だからああして窓から覗いて謝るタイミングを狙ってた可能性が微レ存?いい子じゃねーか。そんなわけねぇだろド突いてきたんだぞ。息子の代わりに謝ってくれ。

嫌な事を思い出したところで、申し訳ないですが…とお断りしようとした時、そうはさせないと言わんばかりに博士は口を挟んだ。冴えない顔して意外と我が強いと知り、やっぱ研究者なんてろくなもんじゃねぇと再確認するのだった。

「そのおじいさんが何かを発見したらしくて。何かは教えてくれなかったけど、とにかく来てほしいって言うんだよ」
「はあ…」
「いやー…いつも珍しいものを発見しては大騒ぎするんだけど、今回は本物だって言い張ってるんだよね。だから頼まれてくれないかなぁ。もちろんタダでとは言わないよ!」

だが断る、を言う準備は出来ていたが、タダでないと聞き、その言葉は喉の奥に引っ込んでいった。

タダ…ではない?という事はつまり現金…ですか?
全年齢ゲームでそれはないと思いつつ、一応報酬が何か聞いてみるか…とがめつい私は耳を傾けた。聞けば聞くほど怪しい爺さんにしか思えないのだが、本当に私みたいな美少女が行って大丈夫なのか不安である。今の私、ジョウトの全てが奇怪だと思ってるからね。いかにも怪しいところには極力行きたくないんですけど。

ポケモン爺さんって言うくらいだから、ポケモンに関する名物ジジイなのかな。せやろがいおじさんみたいなもんか。博士の知り合いなら悪い人ではないのかもしれないけど…。いろいろ不安を抱える私に、図鑑に続いて博士はまた何かを手渡した。残念ながら現金でも小切手でもなかった。当たり前だろ。

「これこれ!ポケギア!これをプレゼントするよ!」
「ポケギア?」

次から次へと道具を出すウツえもんがくれたのは、ポケギアと呼ばれた機械だった。
何これ、と両手で掴み、折り畳まれた部分を開いてみる。なんかポケモン図鑑みたいだな、液晶画面ついてるし。
二つもいらねぇんだけど、と首を傾げたら、博士はドヤ顔で解説を始めた。おつかい頼む人間にする顔か?

「そのポケギアは主に携帯電話として使用できる」
「へー!」

電話か。普通にめちゃくちゃ便利じゃねーか。思わず感心の声を上げてしまうほどにな。
まだおつかいを了承したわけでもないのに私は勝手に電源を入れ、ポケギアの様子を確かめてみる。
携帯電話かぁ。いいじゃん、悪くないんじゃないかこのおつかい。気前のいいウツギ博士の株が急上昇し、これで何かあった時も救急車や警察を呼べるな、と現実的な事を思った。友達に連絡ができるなどとは考えもしないレイコであった。だって友達いないから。放っといてくれ。

「それだけじゃない、ラジオも聞けるしタウンマップだって付いてるんだ!旅のお供に持っているとすごく便利だよ」
「でもこういうのって…お高いんでしょう?」
「今なら特別!ポケモン爺さんのところまでおつかいに行ってくれたら何とタダで!それを君にプレゼント!」
「えー!?」

茶番。乗ってくれてありがとよ。
通販番組に付き合ってくれる優しい博士に免じて、私はおつかいを受ける事に決めた。本当はポケギアにつられただけだが、そこまでおっしゃるなら…と博士の熱意に心動かされた風を装い、さっさとハイテク機械をポケットにしまう。返せと言われてももう返さない、そんな決意を感じさせる一コマだった。シンプルにクソ野郎だな。

こんなフラットに頼むくらいである、ヨシノシティというのは別にそんなに遠いところではないのだろう。ないよね?これで小笠原諸島とか言われたらぶん殴るぞ。
ちょっと行ってくるくらいで携帯電話くれるなら全然いいよな。こっちには原付もある事だし、すっ飛ばしてさっさと終わらせちゃおう。まぁプテラにぶっ壊されたかもしれないが。絶対いつか化石に戻す。

そうと決まれば取引成立だ。じゃあちょっと行ってきますね、と踵を返した時、窓の外に人影があった気がして、私は足を止める。

今の…さっきのクソガキか?まだ覗いてんのかよ、不気味な奴だな。
ドン引きしながら顔を歪め、一応私は博士に尋ねた。子供とはいえもし不審者だったら大変だからな、いくら田舎でも犯罪が起きないとは限らない。ヒビキくんのような良い子を守るためにも、ここはしっかり事実確認するべきだろう。

「そういえば博士って…お子さんいらっしゃるんですか?」
「え?ああ…いるよ」

あっさり返答を得て、私は少し靄が晴れた気持ちだ。
やっぱいるんだ、あんなやばい子供が。私が言えた義理じゃないけど、マジで教育方針考えた方がいいぞ。本当に私が言えた義理じゃないけどな。でもいろいろ改めた方がいい。私みたいなのにならないためにも…そこまでやばくねぇよ。
少なくともいきなりド突いたりしねぇわと人格者アピを欠かさない私に、博士は首を傾げ、突然子供の話なんか始めたニートに疑問をぶつけた。

「どうして?」
「いえ…さっきお見かけしたもんですから…あんまり似てませんね」
「そうかい?よく似てるって言われるんだけどなぁ…」

どこがだよ。全員眼科行けよ。
町民の目が節穴だという事実を告げられ、私は苦笑しながら研究所をあとにした。まぁ息子ってんならいいんだよ別に…不審なガキじゃない事がわかればいいので。育て方については物申したい事いろいろあるけど、でも研究者の身内なんてみんなろくでもないからあんなもんかもしれないな…私とグリーンを見ればわかるだろ。いい加減悲しくなってきたからやめるわ。

そんな事より出発だ、と私は原付へ跨り、今度こそ水風船でないヘルメットをしっかりと頭部に着用した。とりあえずおつかいだけど、とうとう旅立ちの時である。ここからまた私の地獄の日々が始まるわけだ。

三年経ってさらにボロになった原付と、また太ったカビゴンをお供に、果て無く続くニートロードを走り続ける。時にはつらい事もあるだろう。立ち直れないくらい悲しい事もあるだろう。しかし私は諦めない。全てはニートになるため、決して負けず、逃げ出さず、投げ出さず、信じ抜いてみせる…大事マンブラザーズバンドのようにね。解散したけど。縁起悪いじゃねーか。

さらば自堕落な日々よ!とエンジンを回し、私は嫌々ながらも、ジョウトの大地を踏みしめていくのであった。
ポケモンニートに、俺はなる!

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