「そこの小僧」

エレベーターの鍵を回しながら偉そうな態度で私はツンデレに声をかける。
私とミカンが話し込んでいる間、彼は黄昏ていたのか待っていたのかは定かではないがずっと頂上から景色を眺めていたので、さすがに黙って帰るのも申し訳ないと思いエレベーターを指しながら私は慈悲の心で言い放った。

「これ使えるようになったけど、乗っていく?」

電気が点いたエレベーターの無機質な音が我々の沈黙の中に響き、お互いこの旅でコミュ障を治そうな、と勝手に仲間意識を抱いて私は溜息をつく。さっきはさぁ…私達初めてまともな会話を交わす事ができたような気がしたんだけどあれは幻だったのかな?拳で語り合う事しかできない格闘家みたいな関係がようやく進展したと思ったんだが。いや拳でもいまいち語り合えてなかったけども。いい加減私の強さわかってほしい。マジで。落ち込むから。ネガティブなニートほど面倒なものはないぞ。ねぇ私の事好き?って毎日聞いてくる女の次くらいに面倒臭い。いやそこまでじゃねぇよ。どうでもいいわこんな事。
小僧呼ばわりされて不服だったのか元々不機嫌そうな顔をさらに不機嫌にしてツンデレ氏はこちらを振り返ると、しばらくエレベーターを見つめてから意外と素直に乗り込んできたため今日はやけにおとなしいじゃねーの、なんて冷やかそうとしたがやめておいた。これ以上絡むのは得策とは言えない、今日はこんなクソニートに撮られまくってさぞかし疲れた事だろうからな。誰が篠山紀信だよ。ヌードなんて撮ってねーよ。

狭いが清潔感のある箱の中に入り、私は1階を押して上に表示される電光板の数字を見ながら何となくツンデレの方は振り返らずに浮遊感を全身で感じていた。これまでいろいろと気まずい思いはしてきたがここまで沈黙が重たいと思う事もなかったのでどうにもそわそわしてしまい、降下速度も何だかやけに遅いような気がしてくる。
何でこんな時に限って静かやねんこいつ。いつも一方的に喋って負けて帰っていくくせに。まだDQN語聞いてた方がマシなんだけど。耐えがたい…と息を吐いて壁に背を預けながらちらりとツンデレに視線を向ける。相手もガラスにもたれ掛かり、断固として目を合わせてこなかったので私はますます微妙な気持ちを抱えて溜息をつく事となった。

大体こいつ何でさっさと帰らなかったんだ?私を待ってる義理はないし待ってもらう必要も特になかったんだが?何やらセンチメンタルな事でもあったんだろうかと邪推してアホ毛を執拗に凝視する。針金入ってそうな強度っすよねそれ。
そういやこうなる直前に親の話をしたけど、もしやそれがタブーだったのかもしれない。とんでもないトラウマを抱えてる設定でもあるのかと思い至り私は顎に手を当てる。これまでのツンデレ氏の言動を思い返してみると…ロケット団に親を殺され…復讐に燃えていたが…両親もまたろくでもない人物であった事を知り…自棄になってポケモンを盗み…人間は信じられない、俺にはポケモンだけだ、そなたは森で、私はタタラ場で生きよう…そんな背景が…ないな。このもののけの姫、たぶん普通に元からガラ悪いと思う。勘だけど。スピードワゴンだったらゲロ以下プンプン丸してるところだ。
とは言っても根っからの悪人というディオみたいな奴ではなさそうなので私はガラス窓を見つめて口を開く。ついに沈黙に耐えかねたのと、おとなげない気分が交差した結果であった。

「…きみ、戦えないポケモンに何の価値もないって言ってたけど…」

話し始めるとようやく相手はこっちを見た。

「私に負けてもずっと同じポケモン使ってるよね」

ゴースとかズバットとか。エスパー技で即落ちのやつ。どれだけ負けようがグリーンのラッタみたいにリストラされてないし会うたびに強くなってるから真面目にレベル上げをしているのだろう。使えないポケモンを即座に切り捨てる、そんな真似はしない、何故ならそこには汗と!涙と!友情と!愛情が!存在しているから…変わったね…ツンデレ君…誰が主人公だったっけ?
茶番はさておき、何度私に一撃で倒されても手持ちの入れ替えが見られない事に関してはマジで結構買ってるから。本当。ガチに。この私が。プライドなのか愛情なのか惰性なのか知らないけど君とポケモンの間に確固たる絆のようなものがあると…素敵だよね。ここにきて主人公らしい振る舞いをしようとしている事に気付いてしまった方、君のような勘のいいガキは嫌いだよ。これで次会った時パーティ総入れ替えとかになってたら地獄だね。ポケモンとウツギ博士に土下座して謝るしかねーわ。すまんかった。口は災いの元という言葉の意味を真に理解した瞬間である。
ツンデレは自身のツンデレ性を指摘されて一瞬私を睨みつけたが、直後にエレベーターは1階に辿り着いたのでそのまま彼は何も言わずに私に肩バンをお見舞いして足早に立ち去って行った。マジどんだけガラ悪いんだとぶつけられた腕をさすって私は唸る。
普通にいてぇんだけど。何やねんあの当たり屋。どんだけマナーがなってないんだ。私以上なんじゃないの?放っとけ。もう今後やったら絶対親呼んでもらうからね。いややっぱいいです、やっぱ何か親はやばい気がする。勘。セレビィイベントとかは知らない。勘。

「もっとマシな照れ隠しはないのか…?」

図星を指されて言い訳もできないらしいツンデレの後ろ姿を見ながら独り言を呟き、私は疲れ切った体を伸ばして深い溜息をついた。
突き飛ばしたり肩バンしたりと…やはり貴様とは暴力でしか干渉し合えない関係らしい…そっちがその気ならやってやろうじゃねぇの。金、権力、腕力すべてを駆使し、いつか私が最強だっていう事を認めさせてやるからな…覚えてやがれ。おとなげないにも程がある誓いを立て、ツンデレとの縮まったような広がったような距離感を憂いつつ私はタンバを目指して走り出すのであった。
もう、膝死ぬ。

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