ニートレーナー対ニートレーナーの戦いは、当然私の勝利という形で幕を下ろし、何とか無職同士の醜い戦いを周囲に晒す事なく即終了する事ができた。働きもせず何やってんだ?って正直自分でも思うからこのバトル、必死に労働する海女さん達に見られなくて本当によかったよね。みんなが海に潜っている間に終わった。カビゴンはもうバタフライの事しか考えていない。鬱。

「悔しいけど私の負けだ!すごいぜレイコ!」

私に勝手に無職同好会扱いされているミナキは倒れたポケモンをボールに戻すと、敗北を噛みしめるような口調で人の肩を叩いてきたので、この人多分もう誰かに触っていないと死ぬダブルアーツみたいな病気なんだなと私は無理矢理思い込む事に決めた。人助けや、私は人助けをしているんだ…でも次触ったら3セウトで1アウトなんで訴訟だからな。忘れんなよ。
いちいち距離が近いミナキを北斗の拳のごとく指先一つで遠ざけ私もカビゴンを戻す。私この疲れ切った状態で果たして海を越えられるのか…?カビゴンさん手ぶらで帰すわけにはいかないんで、とか言ってる場合じゃないな?果てしなく広がる海に憂鬱な気持ちを隠せず溜息をついた。ミナキ君いっそ私の事一緒に運んでアサギまで戻してくれない?と思ったけどこの人の手持ちも空飛べる奴いなさそうだったから私は海女、あなたは海パン野郎として海を渡るしかないのだろう。空を飛べないという共通項まで見つけてしまってますます親近感が増したが、どことなく敬遠してしまうのはやはり…その…服のせいだと…私は思う。生理的に無理という気持ちを今完全に理解したわ。服以外は悪くない。いっそ海パン野郎の方が好感度高いね。ポケスペで履いていたブーメランパンツを披露するタイミング、今だよ。あれはセーフなのか小学館。

「スイクンが君の様子を窺っていたわけが少しわかった気がするよ…」
「それはどうも…」

腕を組んで深く頷いたミナキは若干悔しそうにしていたが、それほど気にもしていなさそうな様子で私に笑顔を向けたためちょっとだけホッとした。もうなんか安心するわ。エンジュジムでのマツバの思い詰めてる感やばかったから君もそうだったらどうしようかと思ってたけど。私に負けて呆然としてるマツバの顔当分忘れられそうにない。軽いトラウマ。マジで泣くかと思ってポケットのハンカチに手をかけていたからね。何ならバッジも貰わずに逃げるくらいの気持ちを抱いていた事も白状するわ。それくらい鬼気迫ってた。鬼気迫る敗北っぷりだった。コガネのアカネちゃんの一件からわりとトラウマを引きずっている私は、タンバジムでのシジマさんの清々しさに感動してジム内の滝に向かって正拳突きを打つっていう珍事をやらかしたりするほど現在、バトルでの勝利というものに少々怯えている。これでミカンがまともじゃなかったら私もうジム行かねぇ。

出禁されずとも自ら出禁していくスタイルを考え始めている私に、ようやくミナキとの別れの時がやってきた。突然現れて突然去って行くスイクンとミナキに今後遭遇しないとも限らないので複雑な心境だがとりあえず一難去りそうな予感にはホッと胸を撫で下ろす。いやもう当分いいっすわ。当分お会いしたくないんで。出来るだけ避ける形でお願いしたい。間違っても42番道路とかで出くわしたくない。別にフラグとかではない。
手を挙げて退却ポーズをするミナキに私もさっさと腕を振ってお帰り下さいのサインを出す。京都だったらお茶漬け出してるタイミングだから今。

「私はこのままスイクンを探し続けてみる。君とはまたどこかで会うかもしれないな。じゃあ!」

予言めいた事を言うミナキに不吉な気持ちを抱いて見送れば、少し進んだ先で彼は一度止まり、再び踵を返して私の元に戻ってくるともはや何度目なのかもわからない両肩掴み攻撃を喰らわせてきたので脳内に藤原のアナウンスが鳴り響く事となった。デデーン。ミナキ、アウトー。
訴訟です。

「…スイクンの動画、くれぐれも頼んだぜ!絶対だぞ…!」
「うん…あの、ハイ。承りましたんでもう行ってくださって大丈夫です」
「じゃあ!また会おう!」

念押しして満足したのか今度こそミナキは走り去っていった。砂浜についた彼の足跡がさざ波にかき消されていくのを見て私は何とも言えない気持ちで息をつく。半目で頭を抱えてカメラに映ったスイクンを見た。
なんか…いや…まぁいいや…まぁ…頑張ろう。何か頑張ろう。神々しいポケモンにマーキングされるのもオプションでストーカーがついてくるのもウェットスーツを着るのもカビゴンのバタフライの激しさに全身を波に打ちつけられても私は耐える、耐えてみせるさ。全てはそう、ニートのため…!ニートのためなら…できない事はない。おつかいだろうが何だろうがやってやるわい。逆にニートにさえなってしまえばこんな苦労しなくて済むんだ、もうさっさとニートになろう。決意固めたわ。早急にニート。それしかねぇよ。
数々の変質者に出会ってよりニートへの気持ちを強めた私はウェットスーツを着込み、薬局でもらった秘伝の薬を持って再びアサギシティを目指すのであった。
…バタフライで。じぇじぇじぇー。

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