12.いかりの湖

嫌な予感しかない。

湖を越え、スイクンを越え、ストーカーを越え、バタフライを越え、距離的には大した事はないがやっとの思いでチョウジタウンに辿り着いた私は、早々に嫌な感じを察知して道行く人々を観察している。何やら騒がしい様子の町人達は皆同じ方向に向かって足を進めていた。

オッス!オラ、レイコ!ポケモンニートを目指してるんだ!いや特に意味はない、急に自己紹介したくなっただけだ。そんなニートを目指して日々惜しまない努力をしている私は、今日も今日とて記録に励もうと自らを奮い立たせ、付近の探索をするべく気合いを注入した矢先に出鼻をくじかれてもう全体的に鬱状態である。躁鬱。憂鬱。

…何、なんかあったの?この辺で。なんか事件ですか?コナン絡みの事?特に黄色いテープで封鎖されている様子はないが町の雰囲気を見るに何かしらが起きているであろう事は間違いなさそうだったため、早々に疲労が蓄積していくだけの未来が見えたよねって感じだった。したくねぇわこんな未来予知。
いつも思うけど何も私が町入った直後に事件起きなくてもよくない?不穏すぎる。コナンの事を笑ってる場合ではないよ。正直もうBGM変わる瞬間が果てしなく怖いんだけど。初代みたいに一度自転車乗ったらずっと変わらないでいてほしいわ。何か起きるにしてもせめてドラクエ5のサラボナなみのイベントに抑えておいてくれ。街入ったら犬が飛びついてきてあとからやってきたフローラに「うちの犬が懐くなんて珍しい…」とか何とか言われるあのフラグ全開のほのぼのとしたやつくらいにしといてくれや。この感じだと絶対暗雲立ち込める方でしょ。祠の底にある壺が赤かったってルドマンに伝えに行く方のやつだろうが。実際物理的な意味で北の方に暗雲が立ち込めていたので、リュックに収納した雨合羽をまたしても使わなくてはならない予感に私はついに心を殺した。もう何も考えたくない。

騒がしい人達の会話を盗み聞きしていると、何だかよくわからないがいかりや長介が湖を赤く染めた…?的な事を言っていたので案外ドリフの撮影が行われているのかもしれない、絶対に有り得ないと思いつつも一縷の望みに賭けて私は野次馬をしに見物客に混じって町の北へと進んでいった。一縷の望みに賭けると言ったが、湖というキーワードで大体お察しだったのでもちろん気分は憂鬱である。だってさっき言われたから通りすがりの占い師に。水難の相出てるって。知ってるわ馬鹿野郎。ぶん殴るぞ。


占い師を今から一緒に殴りに行きたくてYAH YAH YAHしている私であったが、現地に辿り着くとすぐに騒ぎの原因を完璧に理解して防水カメラを構えながら荒れ狂う嵐の中に身を投じていた。
いかりや長介が湖でコントしてるんじゃない、いかりの湖というところでギャラドスが暴れているのだ。それも何故か、赤いギャラドスが。

「…ギャラドスって青じゃなかったっけ」

これだけ記録をしていながらポケモンに疎い私であっても、さすがに151匹くらいなら把握しているのでギャラドスの色がおかしい事には当然引っかかりを覚える。逆にこの色でデザイン通りそうだったら私は止めるよ。2Pカラーか?って。
ここへ向かう途中、思った通り雨が降ってきて合羽を着込んだのだが、湖に到着するとそこは松岡修造不在の日本なみに荒れており、雨で視界は悪いし風でいろいろ飛んでくるしギャラドスは暴れて竜巻を連発しているしでこの場所だけ完全に異空間、見物に来た人達も引き返していって物好きの私だけが取り残されていた。いや誰が物好きなんだよ、こっちは真面目に記録しに来ただけだっつーの。近くの茂みでカビゴンを盾に身を屈めながらカメラを回して私は息をひそめる。

しかし参ったなこれ。私の使命はニートという夢を掴むために全国のポケモンを記録する事…つまりあのギャラドスなんとかしないと湖のポケモン記録できないって事でしょ?何とかするのはまぁ何とかなるにしてもだ、それ以前に普通に攻撃して伸しちゃっていいのか?ギャラドスの攻撃が四方八方に飛んでいき、逃げ惑う人々もいなくなったというのに2Pカラーはいまだ暴れまくっていて、比例するように天候も悪くなる一方である。
どう考えても様子おかしいんだけど。それともギャラドスって元々気性が荒いのか?柴犬みたいなもん?もしかしてネズミに耳をかじられた姿を好きな人に笑われて泣いていたらこんな色になってしまったとか、色素がなんかちょっとおかしくなる病気を抱えていて余命幾ばくもない事を知ったギャラドスがやけになって精根尽き果てるまで吠えているとか。そういう事情があるのなら下手に攻撃するのも悪い気がするし…と悩みながらとりあえずカメラだけ回していると、珍しくポケギアに実家からの着信が入って私は雨合羽越しにボタンを押した。
なんだマジで珍しいな。娘が一人旅してるってのに身を案ずる連絡もなく放任している実家から電話っすか。出る前から嫌味ったらしい気持ちを抱えて応答すれば、掛けてきたのは愛憎渦巻く我が父で、何やら最初からクライマックスに興奮して声を上げている。更年期かな?

「ちょっとレイコ!今どこにいるのよ!」
「は?琵琶湖だけど」

初っ端からカマ口調とはなかなかドン引かせてくれるじゃねーの。湖の名前をド忘れした私は適当に答えたあと看板を見て、いかりの湖でしたと訂正を入れたが父はそれどころではないようだった。テンションまでオカマになっているらしい父の声は正直この嵐であまり聞こえなかったが、それ以前に電波状況が悪いのか超音波みたいな音が度々入って鼓膜を容赦なく刺激してくる。何この猫避けのモスキート音的なやつ。若者にしか聞こえないあれか?全体的にうるせぇなと目を閉じて親父の声を拾うべく佐村河内顔で集中し耳をすませた。私本当に聞こえないんです。

「そのギャラドス何なのよ!」

新しいキャラ付けでも狙っているのか定かではないが父は2Pカラーギャラドスについて触れてきたので私は湖に目を向けた。いまだに大暴れして尾で水面をドラムのように叩いている。再就職先はロックバンドで決まりだな。
何でギャラドスの事知ってんだよ、と尋ねようとした私だったが、そういえば録画した映像はリアルタイムで父とウツギ博士の元に転送される事になっているので珍しく私の台風中継を見ていたのだろう、まさか変な色のギャラドスに遭遇するとは思わなかったのでその珍しさに慌てて娘に連絡を寄越した…とまぁこんなところでしょうな。マジでいい加減にしないと私グレるからな。久しぶりの電話と思ったら何、開口一番にギャラドス?もうジョウトも終盤なんですけど。ジムバッジ残りあと二つだよ二つ!もっと言う事あるだろうが!まずこの大嵐の中にいる娘を心配しろ!何なの?私を超人だとでも思っているのか?吉田沙保里じゃないんだよ。
父のテンションと私の苛立ちはマックスに到達し、ギャラドスなみに怒り狂いたい気持ちになっていたが何とか鎮めて舌打ちのあと溜息をつく。

「知らないよそんな事。こっちが聞きてぇわ」

どうせGBカラーになったから色違い出す事にしたんでしょ。察してくれ。

「湖に来た時にはすでに赤いギャラドスが暴れてたんです」
「じゃあそのギャラドス野生?」
「多分ね」
「なら捕まえて送ってくれや」

珍しいから調べたい、とあまりにもあっさり告げられたので一瞬聞き間違いかと思ったが、父の声の後ろからめざせポケモンマスターのBGMが聞こえてきたためどうやら私が難聴なわけではないらしい。ポケモン、ゲットだぜ!と松本梨香が吠える中、そんなBGMに煽られるほど私は雰囲気で生きてはいないので雷雨の中で怒号を飛ばした。なかなかなかなかなかなかなかなか大変だけどレベルじゃないんだよ。寝言を起きながら言う父に首を振って拒否の意向を示すのも当然である。お前の戸籍にさよならバイバイしてぇわ。

「はぁ?冗談やめてよ…こちとら記録以外はド素人なんだぞ。投球フォームとか全然知らないしまずボール持ってないし。ていうか下手したら死ぬわ。ギャラドスにやられて死ぬ」
「大丈夫大丈夫。ボールなら父さんが転送するから。というわけでポケセンのパソコン前で待機ね」

天候も嵐だが、父も突然電話してきて嵐のように去っていく。言いたい事だけ言って即通話を切った父に私の心も大嵐、あまりの理不尽さに危うくポケギアを握り潰しかけた。
こいつ…これでも父親か?本当に?正気で?さすがに神経疑うんですけど。この嵐の中娘が外にいる時点で充分危ないのにさらに獰猛なギャラドスを相手にしろなんて人の親とは思えませんよ。何もわかってない。野生の事、何もわかってないねこの父。これだから実戦経験のないインテリは…と怒りは頂点に達し、風で飛んできたポリバケツを私は思い切り蹴飛ばした。逆風で戻ってきた。痛い。
クソ親父絶対に許さねぇ。PCのPC前で待機とかふざけた事ぬかしやがって死んでも許さん。飛んできて頭にはまったポリバケツを被ったまま私は唇を噛み、何やかんやとあのギャラドスの事は気になるので、まぁ異常があるなら調べてもらった方がいいと思い、結局父の思惑通りに行動してしまう己の人の良さにも怒りの炎を燃やすのであった。こんないい子に育てやがって。絶対に許さねぇからな。バケツ邪魔。

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