13.チョウジタウン

茶番すぎる。
先に行けと言ったくせにマッハ2で飛ぶカイリューに追い越される事が茶番でないなら何だと言うんだ。今となっては盛大な前振りだったとしか思えないんだけど。
まさかの道中で先を越していったワタルと合流するべく、私はチョウジタウンへとやって来ていた。風呂は早いカイリューも速いという二重加速をこなすワタルのスピードに果たして私ごときが追いつけるかは微妙だが、ひとまず原付をポケモンセンターに置いて、指定されたお土産屋さんを探しだらだらと歩いている。
そう広くない町のようだし、何か怪しい木があるって言ってたから多分すぐに見つかるでしょ。本当はすぐさまハンサムエスケープしたいところだが一度了承してしまった手前あとには引けない。気が乗らないながらも渋々とはいえ真面目に捜索し、そして十分も経たないうちに私はお土産屋さんの場所を突きとめるのだった。つーか絶対ワタル一人で何とかなるだろこれ。完全に亀山薫ポジションの私、解せない。

思った通りあっさり見つかった土産屋は、町の東にひっそりと建っていた。
昔ながらって感じの家屋に老舗感を覚えたものだから、本当にここが怪しいのか?って最初は不審に思ったわけ。小さいおじいちゃんが妻を亡くして一度は畳もうと思ったけど町の人達に支えられて今も頑張って経営してそうな雰囲気あったし。時々遊びに来る孫が看板娘をしてくれる的な。そういう想像をね、勝手にしてたんだけど。
ふと横に立っている木を見たらそれも180度変わった。
怪しすぎるこの樹木。この木何の木気になる木どころの話じゃないよ。確かに見た事もない木ではあるけども。
百人の死体が埋まってる系の怪しさではなく、もうてっぺんから見えてる、アンテナが。文明の利器が見えちゃってんだよなぁ。この杜撰な感じは某組織を彷彿とさせたけど気付かなかった事にして私は素知らぬ顔で肩をすくめた。
丸わかりじゃねーかよこんなもん。しかもかなり適当だしなこのアンテナ。チャチな宇宙人の触角みたいなやつが三本ついてる。雑な仕事しやがってゲーフリ…子供は騙せても私は騙されないんだからね。ポケモンなんて子供より大人の方が買ってるぞ。偏見で物を言いました。

何にせよ目的地は間違いなくここだ。めちゃくちゃ気が乗らないが恐らくワタルは先に行ってるはずなので私も観念して御用改めせねばなるまい。なんかこう…悟空みたいに駆けつけた方がいいかな?もしくは死んだと思ったフリーザが生きてた時みたいな登場か、最終手段はタキシード仮面様スタイルもあるけど薔薇を買わねばならないのでタイムロス。こんなどうでもいい事を考えてるのが一番のタイムロスである事に気付いていた私は、普通にチャイムを押して入ろうとしたその時、突如店の中から激しい物音が聞こえてきて驚きのあまり一瞬腕を引っ込めた。
何かが落ちるような、割れるような、蛙ごと岩を殴ったのに割れたのは岩だけで蛙は無事だった時の擬音みたいな、とにかく大きな物音がして狼狽える。チャイムの上の「暴力団お断り」という小さな看板が目に入ってきて余計に不穏だった。断れてないんじゃねーのか。
とにかく入ろうと戸に手を掛けた途端ハッとする。

そ、そうだ…ワタル…ワタルさんが中にいるんじゃないの…?考えた瞬間嫌な予感が巡り背中を冷や汗が伝った。
もしかして先にお土産屋さんに入っていったワタルが暴力団に捕まってリンチにされて…?最悪の場合、死…!?不吉な事が浮かび私は首を振りながら急いでドアを全開にした。
まさかワタルさん…へへへッこれが元四天王か…せっかくだから楽しませてもらおうじゃねーの…!とかいうエロ同人誌みたいな展開に巻き込まれて…!

「カイリュー、破壊光線」

なかった。なるわけがなかったわ。この人も私と同じ、所詮ピンチとは程遠い野生に生きるマウンテンゴリラよ。入って早々やばすぎる技名が耳に入り、逆にリンチにする方であった事を悟って私は死んだ魚のような目を向ける。絶妙なタイミングで侵入してしまった私は、ちょうどワタルがカイリューに破壊光線を命じていたところに来ちまったようで危うく巻き込まれそうになり咄嗟に腰を低くした。ワカバタウンに着いた時プテラに破壊光線をかまされた前歴のある私だからこそ避けられたようなものだが、一般人ならどうなっていたか考えたくもない。何か光線の先に人がいたような気がしなくもないけどそれは気付かなかった事にさせてもらうぜ。
突如として発射させられた破壊光線は、土産屋の中央で構えていたカイリューの口から凄まじい速度と威力で爆音を轟かせる。カイリューの後ろにはやはり先に到着していたらしいワタルが堂々と立っており、長いマントをバサバサとたなびかせているその様はタキシード仮面というよりルナティックに近い悪役っぷりであった。ポケスペの方のワタルじゃないのかこれ。
一体全体何が起きてんだよ!と私は頭を抱えながらその場でしゃがみ込み、衝撃が去るのを半泣きで待った。威力150の大技をこんな民家で撃つとはどういう事!?全てを破壊するディケイドなのか!?何なんだよマジで!お前一体何なんだ!完全にカタギじゃない!すでに帰りたいけど!
あらゆるものが壊れた音と土埃が消えたのを確認し、もはや平穏な世界には戻れないところまで来てしまった私は恐る恐る顔を上げて周囲を見渡した。すると視線の先には、見事に大穴が開いて外の景色が見えている壁と、その下で放心しているこれまたカタギの顔をしていないチンピラ男がいて恐怖すぎる状況にただただドン引きである。
人に向けて撃ってる!
これがのちにネタにされ続ける、かの有名なカイリューはかいこうせん事件であった。

「あんた今の職業なに!?必殺仕事人!?」
「遅かったね、レイコちゃん」
「お前が追い抜いて行ったんだろうが!」

あまりの恐怖に我を忘れて私は叫んだ。もはや取り繕ってもいられない状況で、平然としているのは当然ワタルだけであり、何故か破壊光線を向けられた人はかなりギリギリところで避けたらしいが呆然と座りつくして最終話の矢吹丈みたいに真っ白に燃え尽きていた。
説明しろ苗木!私は燃え尽きた男を指差してジェスチャーでワタルに訴えかける。
どうなってんだこれは!何なの!?この男がギャラドス赤染め事件の犯人だったという事でいいのか!?じゃ何で破壊光線ぶちかましてんだよ!いくらしらばっくれてもこんな取り調べ方法はないよ!
余裕の微笑みをたずさえるワタルに私も思わずガラスの仮面顔だ。ワタル…恐ろしい子…!もう嫌だ帰りたい。どう考えても電波ジャック犯よりこのマントマンの方が危険です。
心底怯えて引いていると、私のうっかり暴言には特に触れる事なく、ワタルは部屋に置かれていた数台のパソコンを眺めて一人納得の声を漏らしていた。やっぱり私いなくても全然大丈夫だと思うんだが何故協力を仰いできたんですか?特命係に亀山薫は必要だが、この事件には絶対私必要ないと思う。人に向かって破壊光線を撃つ事への躊躇いがないのであれば全てを壊し尽くして万事解決っしょ。完全にサイコパスだ。

「やはりここからおかしな電波が流されている…」

何を持って確信したのか知らないがワタルはそう呟き、私の事は無視も同然で部屋の中を見渡していた。マジで何故俺を呼んだ。答えろ。

で?どうなってんの現状は。破壊光線かまされたこいつが犯人って事で解決したのか?座ったまま気絶する跡部景吾のように器用な男を横目に見て私は顔を歪めた。
おかしな電波を流すくらいなら単独犯でも可能な気がするけど、いかんせんこっちは小卒なもんでその作業にどれほどの労力と時間が必要なのか見当もつかない。そしてどうやらワタルはまだ何かを探しているようなので、恐らく事件は完全には終わっていないのだろう。頼むからこれ以上何も起きないでくれよと心から祈り、破壊光線のPPがこの先減らない事を強く願うばかりである。
ていうかこの人本当は四天王クビになったんじゃないのか?何を光線で破壊して左遷されたの?信頼?好青年な見た目に騙されていたが本性はとんでもないサディストのような気がして血の気が引いた。いや見た目厨二だったわ。よく考えてみれば外見には好青年要素一つもない。三年前のあなたの優しさをたった今サドで上書き保存しました。

もはや反抗する気も失せた私は脱力してワタルの動向を見守り、もうどうにでもしてくれと諦めた気持ちで突っ立っていれば、彼は部屋の中央にある明らかに場違いな棚の前で止まり腕を組んでいた。私も視線を向けて上から下まで眺めてみる。
…何だこの黄金聖闘士みたいな色の棚。蜂須賀虎徹くらい浮いてるんだけど。インテリアセンスが壊滅的に悪いな。何故ここに置こうと思ったのかまるで理解できないその棚は、よく見るとガラス戸の奥には物が入っていないし、全体的に安っぽくて戦場ヶ原ひたぎなみに軽そうな印象を受ける。まるで穴が開いた障子に花の形に切った紙を貼り付けたような不自然さを感じるんだが…気のせいではないな?ミステリーの予感に私は眉をひそめていると、ワタルは棚を軽く叩いたあとそれを横にスライドさせる。これはワタルの腕力がゴリラなのではなく、本当に棚の中には何も入っていなかったようで、スカスカの棚はいとも簡単に床を擦らせて移動していった。そして棚の奥から出てきたものは、武家屋敷かタマムシのゲームコーナーでしか見た事のないあの風景で、私はさらに濃厚になった某組織の関与に頭を痛めるのだった。

「階段…」
「やっぱりここだったか」

階段出てきたがな。棚の後ろに階段。地下に続いてるアジト感全開の階段だよ。
え?何これ。超デジャブ。前にも見た事あるよね?ポスターの裏の…スイッチ…的な…くっ、頭が…!何かを思い出しそうになるのを遮るように頭痛がして私は目頭を押さえる。
ないない。さすがに二度も三度も同じ事があってたまるかよ。まだポスターの裏のスイッチの方がわかりにくかったから。いくら杜撰な何とか団でもここまで適当なはずないんで。大体今は資金繰りに忙しそうだったしね。ヤドンの尻尾売って金を稼いでいる段階だったからこんな電波を使った大掛かりな謎の事件起こさねぇだろ。知らんけど。知らんけどもそう信じたい。
ますます帰りたい気持ちになる中、張り切るワタルは得意気に薄暗い階段を見つけたあと私を振り返り声をかけてきたため、一応こっちの存在は認識していたんだなと複雑な気持ちで苦笑を返した。

「行こうレイコちゃん。手分けして中を探ろう」

だから一緒に行けばいいじゃねぇか。何で敵地で単独行動する方向性なんだよ。絶対おかしいだろお前。またしても意味不明な事を提案するワタルに私は二度見を決め込む他ない。
何なの?ゲーム性の問題なの?いいじゃんドラクエみたいに一時的に仲間になったらいいじゃんか。それとも私のピンチに颯爽と駆けつけるためには別行動が必須だとでもいうのか。フラグを立てる気があるのかないのかさっぱりわからなくて、というかもはや今何が起きているのかさえわからなくてストレスフルだ。そして何度も言うが絶対にお前一人で解決できるから帰らせてくれ。
か弱い乙女に一人で敵地を探らせるなんて脳みそまでゴリラなんじゃないかと疑いつつ、しかし私もやはり負け知らずのボスゴリラ…余がこうする事で瀕死にならぬ者はいなかったってくらいカビゴンのドラミングは大地を砕くわけ。ワタルの判断は正しい。正しいが私の心は月に帰ったよ。完全に助け呼んだ。ここにいたくないと願いましたから。残念ながら迎えに来てくれる釈迦的な人はいないので私はこの顎の長くない帝に付き従うしかないという結末なんだけど。非情すぎる。

ノーとは言えない日本人の私は結局言う通りにしてしまい、階段を下りるワタルに子鴨のようにおとなしくついて行く事にした。自分がないと言われ続ける現代人、どうせ私もまたその一人よ。逆に元四天王のドラゴン使いに逆らえる奴いるなら見てみたいけどな。社会的に消されるぞ。
憂鬱すぎる気持ちを何とか殺し、階段を踏む靴音だけを無心で聞いていれば、ふとワタルは何かを思い出したかのように立ち止まると私を振り返ってきた。急すぎてぶつかりそうになり軽く肩を支えられる。
何だよいきなり危ないな。お前がジャンプ漫画のヒロインだったら多分階段転げ落ちて私がラッキースケベする事になってたと思うよマジで。何が悲しくて男の乳を触って赤面しなくてはならない。止してくれと顔をしかめて首を傾げれば、ワタルは今頃マッハ2の話題に触れてきて私を呆れさせるのだった。

「そう言えば…どうして俺より遅かったんだ?先に出たのに」
「…そう言えばって…私カビゴンしか持ってないから空飛べないんですよ」

まず大概のポケモンはカイリューには追いつけねぇからな。ボルトですら勝てるかどうか怪しいもんだ。
こっちが遅いっていうかお前が速かったんだろという目を向けつつも口には出さない大人な私に、ワタルは結構驚いたようで、え?いまどき空を飛ぶ使わないとかやばいんじゃないですか?的な顔をして私をわりとイラつかせる。放っといてくれ。今なら私も、今時ガラケーとか有り得ないでしょと草を生やす若者に腹を立てる初老の気持ちがわかるね。こっちはカビゴン1体だし家にはポンコツのプテラしかいねぇんだよ。触れないでください。家庭の事情があるんだから。
答えた私にワタルは心底同情した目を向けてきて、まるで家なき子でも目の当たりにしているかのような慈愛に満ちた眼差しは当然私をさらにイラっとさせた。同情するなら翼くれ。

「そうなんだ。不便じゃないのかい」
「不便です」

当たり前だろうがマント野郎。なめとんのかワレ。
ガンを飛ばすもまるで気にしていないワタルはわずかに微笑んで、進研ゼミを勧めるかの如く爽やかなテンションで私に提案をしてきた。しかし私が500円しかくれないベネッセを信用していない事を彼は知らない。

「じゃあカイリューを育てるといい。体は丈夫だし重いものだって運べるよ。君のバイクだって」
「原付です。でもドラゴンポケモンって捕獲難易度が高いって言うし…」
「それなら大丈夫。フスベのジムバッジを手に入れたら龍の穴というところに行ってごらん。君ならきっと手に入れられる」

まるで通販番組のようなやり取りで軽快にカイリューをゴリ推すワタルは、違法改造で40レベのカイリューを手に入れてしまうくらいにはマジにカイリューが好きだという事が伝わってきて、わりと引いたしキャラ付けが濃すぎて私の影が黒子っちなみに薄くなっているのも感じる。やめてよ主人公を差し置いて他キャラの方が人気っていう冨樫漫画にありがちな事にするのは。破壊光線だけで充分でしょ。飛影はそんな事言わないよ。

しかしカイリューね。考えもしなかった可能性に頷いて私は帝ほど長くない顎を触る。
サファリゾーンでミニリュウを釣る以外の捕獲方法を知らない世代だから完全にノーマークだったけど、確かにカイリューは空も飛べるし強いし何よりかっこいい。近所のクソガキに超自慢できる厨二ポケモン代表よ。覚える技も多い上に初代では攻撃一位、そう和睦と言いながら太刀中攻撃力一位という江雪左文字のような存在なわけだが、さっきも言った通りカントーではサファリゾーンにしか存在していないレア中のレアポケモン…刀剣乱舞で言うなら03:20:00レベル。私のような根性のない人間はそんな手間暇かけて釣るくらいならその辺のピジョン捕まえて重量ギリギリで飛んでもらうという話なのである。
捕まえるのも面倒、育てるのも面倒、誰がカイリューなんか選ぶんだよ。そう思っていませんか?そんな悩みも今日まで!今ならフスベのジムバッジを持って龍の穴に行くと簡単にカイリューが手に入るキャンペーン中!波乗りと渦潮さえあればすぐに祠まで到達可能!気になるお値段も、なんとたったの600族!今すぐお電話!
みたいな事か?勝手に脳内でジャパネットしながら私は首をひねった。手に入れられるって事はカイリューの無料配布でもしてんのかな。龍の穴とか名前からしてかなり不穏だけど、楽に強くて空飛べるポケモンが手に入るってんなら行ってみる価値はある。何よりどうせ記録に行かなきゃならないしな。安寧の地などない。親父との和睦の道もない。

ちょっとその龍の穴のカイリューについて詳しい話聞かせて下さいよと思って顔を上げたら、ワタルはすでに地下へと消えており、亀山薫というよりは特命係初日の神戸尊のような気持ちで私は地団太を踏むのであった。
絶対一人で充分じゃん!

  / back / top