薄々感じていた、というか、ほとんど確信していたところはあった。
杜撰な管理、雑なセキュリティ、下手すぎる偽装、謎の作戦。全てが適当というか、子供だましというか、CERO:Aっぽいというか、とにかく怪しさ満載で、この既視感の正体を私は心の奥底で確かに理解していたと思う。それを頑なに無視してきたのは、そうであってほしくないと願っていたからだ。このアジト、あの組織のものじゃないよね、って。心底願っていたというのに。

俺氏、再びロケット団アジト潜入。
信じらんねぇ。マジで信じらんねぇわ。なに?この三年間、一体こいつら何をしてきたっていうの?何も学んでいないね?1部で油断してジョナサンに負けたというのに3部でも同じように油断して承太郎に負けたDIOくらいどうかしてんじゃないの?何の話ってポスターの裏のスイッチの話をしてんだよ私は。まだそっちの方がわかりにくかっただろうが。何やねん黄金聖闘士みたいな棚の後ろに隠し階段って。語呂すら悪いじゃねーか。信じられない本当。どういう事なんだよ。

まぁつまりロケット団アジトだったというわけなんだが。ワタルと潜入したこの場所、赤いギャラドス事件の犯人、ワタルに破壊光線ブチかまされていた奴、みんなロケット団。全部ロケット団です。もはやロケット団でさえなかったら何でも良かったんだけど。断ち切れない因縁にうんざりして何度も溜息が溢れ出る。オラもうこんな人生嫌だ。三日月も来ねぇ、小狐丸も来ねぇ、虎徹も来ねぇ、何にも良い事ねぇよ。つらすぎる。数多の検非違使を倒してもこの結果、実装されてないんじゃない?虎徹も私の平穏なニート生活も実は実装されてないんじゃないか?今すぐアプデしてくれ。私の人生だけでもな。

何故ロケット団のアジトと判明したかと言うと、侵入者に対応した黒服の団員が一目散にこっちにやってくるのが見えたからに他なりませんわな。思い返しても溜息が出る。なんかもうすぐ見えた。警報鳴ったかと思ったら颯爽とやってきて慌ててサングラスとマスクをつけたよね。身バレ防止のために。果たして下っ端にまで三年前組織を壊滅させた私の顔が知れているかどうかは定かではないが、念のために顔面を覆い、さらにこれ以上の情報漏洩を防ぐべく、出来るだけ顔は晒したくないという理由もあって隠せる部位は隠していきたいというスタンスなわけである。今思えば三年前の私はまるで警戒心が足りなかったわ。顔を覚えられないためにフルフェイスヘルメットで乗り込んでいくべきだった。どっちが不審者かわからん。

そういうわけで変質者スタイルの私は、怪しい侵入者を倒すべくやってきたロケット団員達を片っ端から投げ飛ばし、弾き飛ばし、ぶっ飛ばし、大事になって対策を練られる前にここを攻略してしまわなくてはと、とにかく急いで地下へと進んでいた。何かよくわからないけど地下に続いてるみたいだからひたすらに小走りで突き進んでいる。道とか勘で選んでるが大体一本道のようだし、シルフの謎ワープパネルに比べたら全然チョロいので何も恐れる事はないね。毎日あんなものに乗って仕事してるシルフ社員の方が百倍怖いわ。近未来都市かよ。
侵入者が来たわりには静かなアジト内で、相変わらずの杜撰さを心配しながら軽快な足取りで階段を下りると、角を曲がった先に、今日はもう見飽きたレベルのマントが出現して華麗なるバックステップを決めながら私は停止した。先に行ったから先にいるのは当然なのだが、突然現れると目の毒だし、さらにこのアジトが静かな理由は、こいつが敵をほとんど片付けているからではないのかという疑惑に行きついてますますある思いを募らせるばかりだった。ワタル、一人でも解決できたよね?と。

「ワタルさん…お疲れ様です」

角の先にいたドラゴン使いのマントことワタルに声をかけ、私は力士のような低音で労いの言葉を投げる。全く疲れていなさそうな事はこの際どうでもよく、私に気付いた彼は手を挙げて軽く頷いていた。余裕綽々のその表情の下には、カイリューに沈められた数名の団員が転がっており、日本絵巻に出てくる地獄絵図の様子を彷彿とさせる状況は私をただ怯えさせるばかりである。怖すぎなんだけどこの人。その団員達はちゃんとポケモンバトルで倒したんですよね?リアルファイトではない?ドラゴン使いってドラゴンスクリュー使いの略だった可能性が微レ存か?藤波辰爾が生み出したプロレス技でも決め込んだのかってくらい撃沈している団員達をよそに、新日本プロレス所属のワタルは涼しい顔で私に向けて微笑んでくる。死屍累々状態でなければただのイケメンだったな。私は上手く笑えねぇよ。

「大丈夫かい?」
「はい、ご心配なく」
「…どうしたんだ?その格好」

どうしたんだはこっちの台詞だったが、指摘されるまで自分の不審者スタイルを完全に忘れていた私はハッとして慌てながら変装を解いた。
しまったわ普通にロケット団より怪しい姿を晒してしまったじゃねーの。厨二マントだけでも不審なのに加えて私までこれじゃどっちが悪の組織だか本当にわからなくなる。何よりただただ恥ずかしい、休日の芸能人みたいな格好をワタルに見られちまった事が。こんなところでドジっ子属性を発揮してどうするんだと苦笑を浮かべたら、ワタルは肩をすくめて笑っていたのでわりとツボには入ったらしい。血塗られたアジト、ひと時の休息が訪れた瞬間である。こっちは全く休まらないけどな。羞恥の色に顔を染めて私は咳払いをする。

「…変な組織に顔覚えられたくないので」

言い訳がましい説明をし私は目線をそらした。というか本当に言い訳なんだけど。顔覚えられてるから変装しているというのが真実です。すでに前科がある事を元四天王に知られたくはない…そんな…敵アジトに無謀にも突っ込んでいく野蛮な少女だなんて思われたら私…ワタルさんの事…消さなきゃならん。悪いが消えてもらう、私の可憐なイメージを守るための犠牲となってくれ。元々そんなイメージはないから無駄死にですけど。放っといてほしい。
この私の機転の全く利かない言い訳に納得したのか定かではないが、ワタルは顎に手を当てて頷くとわりとマジな声色で同意してきたため、さすが毎日派手な格好で注目を集めている人は違うなと感心するのであった。

「そうだね…うん、それがいい。女の子だもんな」

目立たない方がいいよ、と言われても全く説得力はないが、そんな事より予想外の方向からときめきワードが飛んできて喪女の私は軽率に心臓を撃ち抜かれた。最後の一言は、ものすごいネイティブな発音でリピートアフターミーと聞き返したい気持ちに駆られて震える。
おん…女の子…?私に…女の子ですって…?一応私が可憐な女子であるという認識はあったんだなお前。なんか先にアジト乗り込んどいてとか言うからてっきり忘れてるのかと思ってたけど。安心したわ。ホッとすると同時にまんざらでもない気分になって本日の諸々を許しそうになるも、忘れてはならない、現在進行形でこの男、女の子を敵地に単騎放置する恐ろしいユーザーである。そう思うなら最初から巻き込まないでくれやと目力に乗せた。言ってる事とやってる事がまるで違うぞコラ。おい。いくら私が誰の助けも借りず戦える孤高の大倶利伽羅だとしてもカビゴンがいなかったらカイ・シデンより軟弱なんだからね!乱暴されたらどうすんだよ!エロ同人みたいに!エロ同人みたいに!
わかってんのかこの人、と恨みがましい目つきを向ければワタルは素知らぬ顔で微笑む。その笑顔の裏で何をしているのかなど私の知るところではない。知ったら沈められそう。東京湾とかに。

「さぁレイコちゃん。ポケモンのために頑張ろう」

不穏な事を考える私の肩を軽く叩いてワタルは言った。そう言われるとすごい崇高な使命を持っているように感じるけど実際私はお前に引っ張り込まれて来ただけだからな、完全におつかいゲー。むしろ今何のために動いているのかようやくはっきりしたって感じ。流れされて生きている自分を情けなく思いつつ苦笑を返しておく。頷いたのは自分の意思だけど何か圧力のようなものが働いている気がしなくもなくてただ怯えた。この男の生え際から発せられる、目に見えぬ強大なオーラ…抗えない…これが…カリスマ性…?ただのプレッシャーです。

まぁ確かにこれ以上ロケット団に好きにさせておくのは癪っていうか、また強制進化させられたギャラドスが増えて捕獲強いられるのも嫌だしな。二度とあんな無茶な投球したくない。もう山王戦の三井寿より腕上がんねぇんだこっちは。ドラフト会議待ったなしだよマジで。一位指名期待大の私は今一度気合いを注入し、仕方ねぇからやってやるよとワタルの方を振り返る。何だかんだと内心で文句言ったけど力合わせて戦っていこうよここは。今こそ協力して進む時。かつては四天王と挑戦者という敵対する関係であったがこのポケモン達のピンチ、過去の事は水に流して共に…いねぇわ。
振り向いた先に、ワタルの姿はなかった。先程と同様に忽然と姿を消してすでに影も形もない。本当にワタルなる存在がここにいたのかさえ、今の私にはわからないのであった…。
いやいたわ。確実にいたから。何なんだあいつ本当に。どんだけ私と別行動したいんだよ。いい加減怒るぞ。激しい怒りによって伝説の戦士に目覚めそうな心をぐっとこらえて拳を握りしめる。そんなに嫌なら最初から連れてくるんじゃないよ!馬鹿!見つめ合うと素直にお喋りできないタイプか!?知らねぇよ!別に私だってワタルの手なんか借りずに戦えるんだからね!今に見てろ!お前のピンチに薔薇投げて駆けつけてやるからな!
妙な方向に気合いを入れた私は、十五分毎くらいにワタルと出会っては別れ出会っては別れを繰り返す奇妙な状況に激昂しつつ地下階段を下り続けるのであった。
ていうかどこまで続いてんだこれ。長すぎ。

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